艦これ回想録~波濤の記憶~   作:COOH

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前話を投稿日(水曜)のうちに読んでくださったかたは、追加パートがあるので前話を確認していただけるとありがたいです。
読まなくても本編に支障はないですが。


第29話 Electro Arm With Emotion

朝雲は動かなくなったタービンを見つめていた。動きのないそんな景色など楽しいはずもなかったが、ほかに視線を向ける先もなかった。もう時を数えるのも諦め、岸壁に背をあずける意味もないように思えてきた。

なんとか小島にまでたどり着いたものの、深海棲艦の勢力内では通信も行えずただ助けを待つしかない。艦娘となったおかげで体力は上がったとはいえ作戦が終わるまで耐えられるとは思えない。そもそも

「沈んだと思われてるか…」

砂浜に倒れると力が抜けた。強くなった体も無為な時間を引き延ばすだけになったが、ゆっくりと馴染ませていった諦観のおかげで絶望と呼ぶほどまではならなかった。今はまだ。

波音だけが続く聴覚に無線の電子音が入り込んだ。

 

 

金剛が背筋を伸ばすと、後ろの姉妹も同様の反応を見せた。深海棲艦に感知されることを警戒して最小限に抑えていた無線に応答があった。わずかな時間であったが、範囲を絞っていただけあって場所を特定するのは容易だった。

はやる気持ちを抑えて向かった先で、確かに人影が見えた。

「朝雲!」

比叡を筆頭に3人が駆け寄り、立ち上がろうとしてふらつく朝雲の体を支える。金剛と朝雲は顔合わせをしているものの、接点と呼べるものはそれぐらいしかない。付き合いが長い比叡たちのほうが親しいのは当然だ。言葉を交わす様子を少し離れて見守る。

「…なににやついてるのよ」

朝雲に訝しげな目を向けられて金剛は自身の表情を顧みる。

誰も気にしなかったこの作戦の最大前提――朝雲が無事でいること。

助ける是非を問うても、助ける相手がいることをだれも疑わなかった。それを愚かと断じることもできるが、疑えば作戦自体が行われなかったのだと思うととてもいとおしいことだと金剛は思う。

それにようやく気付いたのだから、にやつくぐらいするはしてしまっても仕方がない。思わず抱き着くくらいも。

「ちょ、ちょっと!なに…」

「ありがとうございマス」

朝雲がここにいてくれたから、希望はつなげられた。

ためらいがちに腕を回す朝雲を抱きかかえる。早く帰りたくなった。提督が、みんなが待つ鎮守府へ。

「テートクー!今帰りますからネー!」

「お姉さま!音を立てると深海棲艦に!」

3人は加速する金剛を慌てて追いかける。背後では気配を察した深海棲艦が動きだしているが、金剛は意に介さず進む。

「高速戦艦が追いつかれるわけねーデショウ!行きますヨー!」

「あの、金剛お姉さま…私が分析するまでもなく――」

眼前の水底から深海棲艦が現れ、金剛が急停止する。霧島が静かに眼鏡を正す。

「こうなるかと」

「…Oh」

探し出せなかった獲物をようやく捉えた深海棲艦が全方向から向かってくる。

「ひえぇー」

「は、榛名は大丈夫です!」

妹たちの視線から逃げるように顔をそらすが、胸を軽く叩かれる。

「ばかじゃないの?」

「の、ノープロブレムデース!」

朝雲にまであきれた表情を向けられて逃げ場を失う。金剛は深く息を吸った。打開策はある。金剛にとっては未知ではなく、だからこそなんの保証もないと知っている力が。

抱えていた朝雲をあずけて針路へと向き直る。

己の全てを賭すつもりで振り返ったはずなのに、広がる水平線を前に覚悟が揺らいで消えた。

1艦隊で相手取るにはあまりに多く、なお増え続ける深海棲艦。それが――

自然と口角が上がる。

――それがどうした

この水平線の先に、帰るべき場所がある。その海を共に進んでくれる仲間がいる。ならば、金剛の航路を阻むものなどありはしない。

かつてない高揚感と確信に応じ、金剛の艤装が変化し、進化する。最高の速度と火力を携えて。

「行きますヨ!本気でついてきてくださいネー!」


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