手の甲に乗せた瑞雲を指先で弾く。舞い上がる水上機のプロペラ音を聞き、損傷が直ったことを確認する。
「器用なものね」
瑞雲を見ながら頷いているところに声をかけられる。日向は声の方向を見ながら足元に着水した瑞雲を拾い上げる。淡々とした賞賛は艤装もなく航空機を飛ばしたことにだ。
「私の体が船なら、腕はカタパルト。そう考えれば難しいことではない」
日向の答えに、飛び交う瑞雲を見ながら複雑な表情をわずかに見せる。
「加賀、だったか。昨日は世話になったな」
「こちらこそ」
「大した腕だ。我が鎮守府の加賀にも見習わせたいものだ」
素直な賞賛を返したつもりだったが、どうしても抑揚が出ないせいで社交辞令のようになってしまった。だが、加賀もそんな話をしに来たわけではないのだろう。
「だが君には迷いが感じられるな」
加賀は相変わらず無表情だが、先ほどの反応を見ても大体察しはついた。腰に携えた刀を握る。
「皮肉なことだが、艦娘としての戦いを突き詰めていけば軍艦としての戦いから遠ざかっていく。改しかり改二しかり、我々しかり、だ。君にはそれが耐えがたいことなのだろう?」
「…私、ではないのかしらね」
加賀は肯定も否定もせず、ひとりごちた。視線は相変わらず海に向けられている。飛び交う瑞雲に問いかけるように独白を続ける。
「勝手に押し付けているだけよ、正しいのか分からないのに。律儀に船として戦うことしか誇れるものがないのね、私は」
「君の弟子はなかなか果報者だな」
日向の苦笑いを見て加賀はようやく表情を変える。あからさまなあきれ顔だったが。
「話を聞いていたの?」
「弟子を想い悩めるのは師として前提の資質だと思うがね」
「おーい、ひゅうがー」
ますます冷たい表情を深める加賀だったが、補足の前に遠くから伊勢に呼ばれた。どうやら時間切れのようだ。
「君は君だよ、加賀。我々が船だろうと人だろうと、それは変わらないさ」
「無責任ね」
せめて楽天的と言って欲しかったが、無責任ついでに最後に告げる。
「悩んでいれば答えも勝手に降ってくるものだ。それまで思案を楽しめばいい」
相変わらず無反応の加賀を置いて伊勢に合流する。
――人であろうとするために船であることに固執するか。
なかなか興味深い考えと思った。少なくとも日向の中にはない思考だ。気づけば伊勢が物珍しそうにのぞき込んできていたので
「いや、珍しく語りすぎてしまったと思って、な」
と告げてやると伊勢は腹を抱えて笑い出した。そのまま日向の背中をばしばし叩く。
「いやいや日向、それいつもの事じゃん!」
「…むう」
木曽はなりだしたキッチンタイマーを黙らせる余裕もなくグリルの火を止めた。腕がなまっていることを痛感しかけたところでようやく気が付く。
「なんで俺が飯作ってんだ!」
「まあまあ、久しぶりに顔出したんだからご飯でも作っていくクマ」
「ニャー」
あまりにも早くだされたこたつに入って寝転がる姉たちは全く動じない。大井と北上も入って四隅を埋めているのは、以前は見なかった光景だ。かつては多少なりとも手伝ってくれたはずなのだが。
「あなたがいなくなって北上さんにまで炊事をさせてしまってるんだから」
「やっぱりさ、作ってもらうのがおいしいよねー」
言い訳にならない言葉を聞きながら料理を運んでいくと球磨と多摩が跳ね起きる。大井がずれて開けてくれたスペースに入り込み、魚をくわえる二人を見つめる。なんだか懐かしい気持ちを押し込もうとすると不意に動きが止まる。
「木曽は強くなったにゃー。1人でも頑張ってたんだにゃ」
「でも、寂しかったらいつでも帰ってきていいクマ」
「な、なんだよ、急に」
4人に見られていることに気づき、赤くなった顔を隠す。小さな笑い声が聞こえてますます熱くなっていく顔をこたつに埋めた。