艦これ回想録~波濤の記憶~   作:COOH

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第33話 no more cry

季節外れの日差しが作る木漏れ日が鎮守府の隅をまだらに照らす。碑銘すら刻まれぬ石と誰かが供えた花の前で、長門はただ立っていた。

「終わったよ」

誰にも聞こえない言葉が零れ落ちた。分かっていた。何かが戻るわけでも、許されるわけでもない。分かっていたはずなのにどうしようもなく悲しくなる。

「それでも、歩き出せる気がするよ」

告げるべき者がここに眠っていないことがさみしく、伝えきれないことが胸に痛みを残す。うつむきかけた長門の傷を隠そうとするかのように、優しく胸が包み込まれる。

「もういいのよ」

「…そうか」

陸奥のぬくもりを確かめながら、背中から回された手をしっかりと握り返す。

「ありがとう」

少し照れくささを感じながら、陸奥に微笑みを返す。

「いつもそばにいてくれて」

長門の肩に体をあずけ、静かに目を閉じた。

「当たり前じゃない。姉妹だもの」

 

何を成したわけではない。これからも変わらない日々が続くのだろう。そう思いながら、長門は建物の一角を見つめる。この静けさをもたらしてくれた者が軍規違反をしたのもまた事実だ。それは本人も分かっていたようで、けして明るいとは言えない今後を何でもないように言っていた。どこかすっきりとした表情が救いだったが、提督としてはいられないと告げられて返す言葉もなかった。

どうしようもない無力な自分を恨みながら、少しでも彼の行く先を照らせる何かを思案した。

 

 

 

白瀬に連れられて初めて来た大本営の内部で吹雪はまじまじと内装を見ていた。それに合わせてゆっくりと歩いていると、二回目なのにもう見慣れてしまった姿が曲がり角の先で見えた。

「おっす、新入りくん!派手にやっちゃったみたいだねー」

相変わらずの軽薄な笑みが忘れようもない事実を突きつける。前回と違い、今日の白瀬は裁かれに来たのだ。硬い表情をする白瀬に吹雪が追いつくと、吹雪が驚いた声を上げた。

「ええ!?みかひゃひゃん!?」

その驚声は亜庭に乱された。

「初めまして、吹雪ちゃん」

亜庭は吹雪の頬をつねる。顔を近づけにやつく亜庭を吹雪は不思議そうに見返しながら、されるがままになっている。一通り頬の柔らかさを堪能されてからようやく放してもらえる。

「えっと…初めましふぇ?」

「いやー、ついついつまみたくなっちゃ――げぅ!」

亜庭の首に腕が回され締め上げられる。髪を短く整えた艦娘が申し訳なさそうに亜庭の上から顔を出す。

「ごめんね、僕のところの提督が嫌な思いさせて」

表情こそ申し訳なさそうな笑みだったが、下で必死のタップをされても腕を緩めないところに固い意思を感じる。

「ちょっ――もがみん…まだ、させてな…い――」

「そんなわけないだろ。ちょっと目を離すとこれなんだから」

引きずられていく亜庭を呆然と見送りながら、なんとか思い出した疑問を吹雪に向ける。

「知り合いか?」

「えっと、人違い、です…たぶん」

歯切れの悪い吹雪の答えを詳しく聞く前に、壁にかかった時計が開廷の時間を告げた。

 

 

予想と違わぬ追及にうんざりしていたところで水を向けられた。加勢を微塵も疑わない間抜け顔に悪態の一つでも付きたくなる感情を抑えながら、宗谷は告げる。

「損害もなく深海棲艦を鎮圧したのは事実だ」

「だが、彼の鎮守府はしばらくまともな艦隊運用もできないほど――」

「トータルとして見ると全鎮守府を動員する従来作戦より消費資材は少ない」

粗末な反論に不快感を露わにすると小太りの提督は言葉を詰まらせた。

結果論は嫌いだが、大規模作戦のはずを単独で終わらせてしまった以上、戦果を見ると非の打ち所がないがないのも事実だ。責めるならば無理を通そうとした過程だが、作戦の詳細を検分する発想もなく、見たところで理解できない輩がほとんどだ。これ以上は面倒なので釘をさしておく。

「枯渇した資源は他の鎮守府から回せばすぐに回復する。あなたたちの遠征記録をみると随分ため込んでいるようですし」

こんな駆け引きもなにもないやり取りで黙らせられることにうんざりする。亜庭の言葉を借りるならば一国分の軍艦を指揮する立場である帝国海軍の提督とは、数多の利権が存在する。その利権をほぼ独立した個人の裁量に任され、その立場が日本海軍の天下りに使われるのであれば腐るのは必然と言って良い。目の前の男にしても、艦隊運用に支障がない程度の横流しで収まっていることを称えるべきなのかもしれない。

ともかく、結果を責められず過程に触れられない限り残された主張は単純に命令違反だが、それは最終的に元帥に委ねられるもので――

「鎮守府を通常作戦遂行可能へと復帰することを優先する」

咎めるより鎮守府の機能維持が最善と言われれば反論の余地は与えられない。元帥の腹は知らないが、白瀬を追放したところで入ってくるのは日本海軍からのお下がりだ。白瀬を追及することができないのがこの帝国海軍の実情だった。

 

重い音と共に白瀬が倒れた。口の中を切ったのかわずかに血を滲ませる。

「司令官!」

膝をつく吹雪もまとめて見下ろす。白瀬の上げた目線が抗議でも困惑でもないことは見て取れた。

「楽しかったか?神に祈るのは。それとも神とでも思い上がったか?」

「そんな、司令官は――」

困惑が引かないまま声を上げる吹雪を白瀬は制する。そのまま立ち上がるのを見届けず出口へと歩き出す。

「ありがとうございました」

律儀な敬礼と共に改まった謝辞が聞こえた。少し遅れて陽炎が小走りで追いついてきた。

「司令らしくないわね、八つ当たりなんて」

この程度で反省も何もないだろう。そんな安い覚悟だったとは宗谷も思っていない。無意味だと分かって、それでも殴ったのだからは確かに八つ当たりだ。

「別にいいけどね、変に感化されないなら」

心配されていることに気づき顔をしかめると、陽炎は手を頭の後ろで組んで笑った。

「ま、それはないか」

 

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