「作戦も最終段か…といっても、だ」
大規模作戦が発令されて一週間ほど、特に問題も発生せずに順調に進んでいった。だが、白瀬が前泊地からの付き合いである艦娘をわざわざ呼んだのは労をねぎらうためではなかった。
「古今東西、戦場でホラーは付きものですケドネ」
金剛は肩をすくめながらも軽く流すつもりはないようで、他の2人も与太話と軽んじている様子はない。
「大和さんの、気配…ですか」
この作戦中に敵地へと進んでいく過程で噂にのぼってきた話だ。大和のいるような感じがすると、特に大和と親しかった艦娘から複数の報告があった。内容が内容だけに報告までされないこともあったが、今ではこの鎮守府ならだれもが知っている。
「うーん、私は会ったことないからかなあ」
何度か出撃している吹雪は眉を寄せて首をかしげた。気配といってもなんとなくそんな気がする、程度のものなのだろう。事実他の鎮守府では似たような報告もされていない。
「あり得ると思うか?」
ありえない、と断言されればそれで終わる話だ。だが、鳳翔の話す素振りを見る限り、白瀬はそうならないと思っていた。
「私たちが艦娘となった当時から、私たちと深海棲艦は対であるという考えはありました。艦娘の異なる姿だとも。金剛さんの言う通り、よくある与太話でしたが、反攻作戦が可能になり、姫と呼ばれるものと対峙するようになると――」
思っては、いた。だが、
「私は確信しました」
「…どういうことだ?」
完全に肯定されるとも思っていなかった。声の抑揚を極力抑えて問いかける。
「かつて親しかった人が沈んだ海域で相対した特異な深海棲艦は、彼女の面影がありました。私以外は気づいていないようでしたが」
「それで、どうしたんですか?」
白瀬と金剛がつぐんだ問いを吹雪は口にして、すぐに手で抑える。鳳翔は目を閉じる。
「それで良かったのだと思います。消えていく光の中に確かに彼女はいましたから」
白瀬は今更思い至る。深海棲艦を沈めた瞬間、通信越しに伝わる静かな想いを。鳳翔だけでなく、先の作戦での金剛もおそらく同じ感情を持っていた。
「俺達はお前たちに押し付けすぎてるな…」
「そんなことは決して…」
それが謝意なのか諦観なのか、おそらくはかつての大戦から続いている歪みの果てを前にした無力さがこぼれた。
「テートク」
金剛のぬくもりを背中に感じた。首元に添えられた腕に手を当てた白瀬をみて金剛は微笑んだ。
「私もこんな世界を嫌いだったことがありマス。いっしょに戦った友とたもとを別ったことも。デモ、幸せだッテ、この鎮守府のみんなが好きだッテ今なら言えマス。それはみんなのおかげで――」
金剛の腕に力がはいる。揺れ動くものをつなぎ留めたいと願うように。
「なにより、テートクがいてくれたからですヨ」
諦めていた世界を誓ってくれた。誓いを捨てないでいてくれた。そんな人を無力などと言わせない。
「そうか…」
白瀬は金剛の腕を握り止め、視線を合わせた。
「ありがとう、金剛」
「あ、あの、司令官!」
だが金剛の天に舞い上がらんばかりの高揚は吹雪に遮られた。白瀬の目がすぐに吹雪に向いてしまい、金剛は頬を膨らます。
「でも、変じゃないですか?」
「吹雪さん、どういうことですか?」
申し訳なさそうにしながらも先を促された吹雪は続ける。
「うまく言えないんですけど、今回のは気づく人が多すぎるっていうか…今まではなんとなくだったんですよね?」
「まあ、お前たちでもその程度の認識だったからな」
噂話の多い帝国海軍で艦娘としての歴が長い3人が個人的に思うところがある程度だ。あまり話したいことではないこともあるだろうが、深海棲艦と艦娘を気配だけで結びつけるほどの根拠にはなりえないのだろう。
「それにしてはみんな大和さんがいる気がしてるのって、本当に大和さんがいるからじゃ――」
視線を吹雪に集めたまま険しい表情になった周りをみて再び口に手を当てる。
「そ、そんなわけないですよね。なに言ってるんだろう、私…」
「あり得ると思うか?」
恥ずかしさをごまかそうと笑う吹雪を置いて鳳翔に尋ねる。
「大和がいると思うか?」
「分かりません」
鳳翔は言い切る。何の根拠もないただの妄想だと。
「ですが、知りたいと思います」
その妄想の先を。根拠のない希望の果てを。
「じゃー、レッツゴーデース!」
「えっ?ええっ?」
「落ち着け」
勢いあまって首を締め上げる金剛と話が呑み込めずにいる吹雪をいなす。
――大和を救出する
どんな思いがあろうと、意思があろうと、この戦いの主人公はここにいる誰でもない。金剛が教えてくれた。
俺がここにいる意味は――
「武蔵を呼んでくれ」
「なんだ。お前たちもいたのか。で、これは私への裁判のつもりか?」
武蔵は肩をすくめて小さく笑った。背後にいる長門と陸奥を一瞥して提督に目を向ける。初めて深海棲艦の本拠地に触れたのは武蔵だ。その報告がなにもなかったでは追及されるのも道理だ。
「それも言いたいことではあるけどな。まあ座ってくれ」
より好ましくない話題を避けるために自ら言及してみたが、効果はなかった。観念してソファに腰を掛け提督と相対した。
「大和が取り戻せるとしたら、どうする?」
「やはりそんな与太話か」
ソファに深く背をあずけて天井を見上げる。くだらない話と断じてみると、提督も困ったように笑った。
「与太話、か。確かにそうだが、ものは試しだ。やってみて損はないだろう?」
「国防を預かる者の言葉とは思えないな。どうするつもりかは聞くつもりもないが、通常行動と異なることをすればそれだけでリスクだ。提督ならば冷静に判断を――」
「――武蔵!」
提督の返答を促したつもりだったが、後ろから横やりが入ってしまった。見ると長門が前がかりの陸奥を抑えていた。
「あなたはいつもそう!1人でなんでも分かったふりして!」
「冷静な判断はお前たちの役目のはずだ。情に流されて本来の使命を見失ってもらっては困るぞ」
「助けたいって思ってなにが悪いのよ!みんなあなたのように薄情じゃ――」
言い過ぎと思ったのか、長門は陸奥を押し戻す。うつむく陸奥を隠すように立った長門は言葉を引きつぐ。
「武蔵、確かに危険は伴うが、私たちを信じてほしい。皆協力は惜しまない。望みは薄いが大和が助かるなら――」
「助かったらどうなる…?」
いつの間にか視線が机の端にあると思ったときには声を漏らしていた。自然と手が閉じられ固く結ばれる。
「もしも助かったら、私たちはどうすればいい?深海棲艦が沈んだ艦娘だと知って、それでも沈めろと言うのか?そんなことができる艦娘がどれだけいる?仲間が沈んだ海で、お前の友人は運が悪かったから諦めて殺せ、とでも命令するのか?」
深海棲艦に大和が強く表れたのは奇跡的なことでも、深海棲艦に艦娘が内包されているのは奇跡ではないかもしれない。もしも本当にあの深海棲艦が大和であったなら、すべての深海棲艦が艦娘となりうるのなら、そのことで艦娘という防衛手段が瓦解するかもしれない。
「奇跡など起きないほうがいい。今なら――」
「武蔵」
――私だけが耐えればいい。
そう言おうとして提督に遮られた。顔を上げると提督も同じように顔だけ上げたまま武蔵を見ていた。ただ、武蔵とは対照的に目は揺らがず。
「お前の言うことは正しい。鎮守府、ひいては艦娘と人類の行く先を見据えた冷静な判断だ。でも――」
提督は静かにつばを飲み込む。多分武蔵も。
「それはお前の役目じゃない」
「――っ」
なにかを言い返そうとして、なにかで終わった。言葉に詰まる武蔵を見て提督は続ける。
「国の未来を案じるのも命令を下すのも、その責任をとるのも俺の仕事だ。艦娘であるお前が口を出していい領分ではない」
ようやく目があった。
「お前のやるべき事はなんだ、“戦艦”武蔵」
「――ははっ」
こぼれた笑い声につられて大きくなる、楽しいとは程遠い、けれどこの高揚を示すには十分な獰猛な哄笑。
そう、私は戦艦だ。強大な火力を携えた、戦うためだけに作られた船。
「はじめに見たときはとんだ優男が来たと思ったものだが、なかなか言うようになったじゃないか」
「別に隠していたわけじゃない。こうなったのも君たちのおかげだ」
ならば遠慮はいらないということか。
立ち上がり、提督を見下ろす。
「私を出撃させろ。あいつに…大和に言ってやりたいことがある」