爆発音がようやく2度目の撃沈を告げる。戦果を確認する余裕もなく攻撃隊を帰還させようとするが、追撃を受けて数機落とされる。敵戦闘機とのドッグファイトに意識をとられていると仕留めそこなった爆撃機から爆弾が降ってきた。
「――っ!」
急速旋回によりなんとか避けるものの爆風にあおられて着艦タイミングを逃す。回避行動を強いられることで発艦もままならず、着艦からの攻撃機、爆撃機の再攻撃もできない。
「二航戦に教えてもらうべきだったかしら…」
呟いてから逆さづりにされて弓を構える自分を想像して変な笑いが出た。守りを固めて整えて射る、鳳翔から教わった基本を守り続けたからこそ今の状況でも完全に崩されることはない。
落ち着いた隙を見てゼロ戦を補給のために帰還させる。飛行甲板を滑るゼロ戦を見て、鳳翔が九六式艦戦を使っていたことを思い出す。九六式のほうが性能は劣っていても馴染むと言った鳳翔に託されたゼロ戦は、瑞鶴には窮屈なのだろう。加賀には身に余る烈風を彼女に渡せたことで1つ肩の荷が下りた気がした。
「さて…」
――あとどのくらい耐えればいいのかしら
補給を終えたゼロ戦を構えた。
できるだけ時間を稼ぐのはもちろん、生存そのものを諦めたわけではなかった。赤城も鳳翔も、他の誰かも加賀がいなくなれば悲しむ。そう断言できるほどのものを加賀は手にしていたことに、こんな状況になって気づく。人であろうがなかろうが、艦娘としての加賀は確かに存在していた。そして、それに気づいてなお、すべてを託したことに後悔がない存在に出会えたことに感謝した。
――選ぶ道が正しい、ではないわね。
そんな器用な子ではないし、正解を選ぶ方法など教えてもあげられなかった。でも、瑞鶴なら選んだ道を正しいものに変えていけると、そう伝えたかった。
いつも言葉を間違えて後悔ばかり。伝えられていないことがまだまだある。だから、鉄になったように重い腕をまだ上げられる。
「心配いらないわ」
ぼやけ始めた視界を振り払うようにつぶやき、飛来する攻撃機に焦点を合わせた。
防戦しかできなくなってどのくらい経ったのか分からない。時折放つ攻撃隊も牽制以上にならず、淡々と落ちていく。それでも深海棲艦も正規空母は無視できないようで、足止めという目的は達せている。上空に舞う直掩も少なくなってきたのは、単純な機数の減少以上に加賀の損耗のせいだった。高速移動する航空機をすべて把握して操作するのは脳の負担が大きい。1つのミスも許されない重圧もあり、加賀の思考能力は限界になっていた。そのわずかな空隙に爆撃機が落ちてくる。聞きなれてしまった急降下の音がやけに近く聞こえて振り向いた時には抱えた爆弾が切り離されようとしていた。
回避、迎撃、ダメージ軽減
今更加速しだした思考に体がついていけるはずもなく、脳内で丁寧にシミュレートされた結果は轟沈までつながった。唯一の恩恵は、自分の死を受け入れる時間がわずかばかりできたことだけ。加賀はせめてそれを享受する。
――赤城さん
「さようなら」
私がいなくても、彼女なら上手くやってくれるだろう。
瞼を下ろした暗闇の中で爆弾が弾ける音を聞いた。爆炎が肌を撫でる。だが火は広がらず、皮膚の表面を焼くこともなく消えた。あの世とは簡単にいけるものだと感心しかけたところで空を裂くプロペラ音に意識を引き戻される。
もう誰のものかも分かるほど聞き続けていた音に目を見開く。想像よりも近く見えた姿を否定したくても、それより早く近づかれ、襟元を掴まれる。
「ふざけんな!」
肌に触れるこぶしのぬくもりが、声が、表情が、幻覚を否定する。
「あなた、なんでここにいるの!私がなんであなたを行かせたか分かって――」
「うるさい!いっつもいっつも1人で黙り込んで!分かるわけないでしょ!」
瑞鶴は目線をそらし、言葉を詰まらせる。生まれた間にバツが悪くなり、下に引っ張り気味に手を離し、背を向ける。
「…本当は分かってるわよ。私のためだって」
あげた目線は敵爆撃機を見据えていた。加賀は弓を引く瑞鶴の背を初めて見た気がした。
やはりここにいる瑞鶴は加賀の幻想ではなかった。構える瑞鶴の背は、加賀の想像よりずっと大きく、頼もしかったのだから。
「でも、好きにしろって言ったのは加賀さんだからね!勝手にやらせてもらうわよ!」
加賀の思いなど知らずいつものように生意気な瑞鶴のその背中は、手紙を書いていた瑞鶴と同じだった。
居場所のない自分から逃げたくて艦娘になった加賀とは違う。未来を掴みたくて艦娘になった瑞鶴はどこまでも諦めが悪く、傲慢だった。まだまだ隙だらけの、だからこそ力強い背中に近寄る。
「まだまだ教えることがありそうね。帰ったら基礎の確認よ」
瑞鶴は横に並んだ加賀を、口角を引きつらせながら見るが、もちろん冗談ではない。
「その前にこいつらを倒す作戦、あるんですか?」
「あると思う?」
「はぁ?」
瑞鶴はまだまだ状況判断が甘い。燃料も艦載機も尽きかけた空母2隻で何かできる根拠など残されていない。
――でも、
「心配いらないわ」
私とこの子なら――
「鎧袖一触よ」