鎮守府には弓を用いる空母のために作られた弓道場がある。直接の航空機操作とは関係ないものの、集中力を養い、発艦動作に慣れるために推奨されている。
その的の中心に矢が刺さる。
「よし!」
「瑞鶴」
嬉しくなって握ったこぶしを加賀がたしなめる。
「残身を忘れないようにいつも言っているでしょう」
瑞鶴の表情があからさまに不機嫌になる。
「でも当たったんだからいいじゃない」
「偶然ね。次も同じように当てられて?」
言葉に詰まったからには瑞鶴も自覚があるのだろう。それでも小言を言われるのが気に入らないのは変わらない。隣で姉に当たる翔鶴が赤城とにこやかに話しているだけになおさらだ。
「正しい立ち姿を身に着けることが先ね」
「じゃああれはいいんですか!?」
弓を取り上げようとする加賀に抵抗しながら、赤城と翔鶴の逆を指さす。その先でカカカッとまとめて矢が刺さる音が聞こえた。
「やだやだぁ!一本はずしたぁー」
「やった!お昼はなにたべよっかなー」
蒼龍が4本まとめて放った矢は中央には遠かったものの3本が的に刺さった。
いつものことだが、蒼龍と飛龍が昼食をかけて勝負をしている。複数本同時に放つだけでも加賀の理解の外だが
「まだわかんないんだからね!飛龍の番!」
蒼龍は頬を膨らませながら起き上がった。飛龍が変わりに寝ころび、矢を構える。いつも逆さづりやまた抜きなど好き放題な姿勢で撃っているが、今日はあおむけらしい。確かに瑞鶴が言いたくなるのも分かる。しかし
「あの人たちはいいの」
加賀からすれば二航戦を引き合いに出すことが自分を見えていない証拠だ。ふざけていない、とは言えないが、確実に的に当てることができるうえでの次の段階だ。
「確かに私も言いたいことはあるけれど、こと航空戦においては文句はないわ」
「実力っていうなら、さっさと改造受けさせてくださいよ!」
加賀の言葉が癇に障ったのか、瑞鶴は声を大きくした。赤城と翔鶴もこちらを見る。
艦娘はある程度の練度になると改造と呼ばれる強化を受けることができる。基本的にはメリットが大きいため条件を満たしていれば推奨されている。しかし瑞鶴の練度の判断は指導に当たる加賀に一任されており、その加賀が許可を出していなかった。
「何度も言わせないで。技量がなくては搭載数も機動力も意味がないわ」
「だから、その技量をつけるために改造させてくれって言ってるの!もしかして加賀さん、私に負けるのが嫌で――」
「瑞鶴」
珍しく言葉を遮った加賀に瑞鶴は思わず半歩下がる。すると背中に柔らかい感触がした。
「おつかれさまー。おなかが空いてはなんとやら。お昼にしちゃいましょ」
「そうそう、瑞鶴にはおごってあげちゃうよー…蒼龍が」
「ええー聞いてないよぉ、あ、加賀さんと赤城さんも来る?」
飛龍が瑞鶴を後ろから抱えたまま、蒼龍とじゃれつきながら弓道場の外へ引きずり出していく。いつものことながら全く空気を読まない二航戦だが、加賀の溜息は自分に向けて漏れたものだ。
瑞鶴の言い分ももっともだと思う。着実に成長している瑞鶴の気持ちを考えるとまた溜息がこぼれた。
自身が改造を受けたときの感触を思い出す。何が、と問われれば答えることができないが、確実に何かが変化した。漠然と言うなら、体が金属か機械となったかのような冷たい感覚。改造された艦娘は成長が止まる、などといったうわさがあるのも理解できた。長くて3年しか経っていない艦娘の歴史では検証ができていないうわさだが。
誰も気に留めた様子がないことが加賀には不思議だった。
「まさか、私が、ね…」
静かになった弓道場で己の手を見つめ、自虐的につぶやいた。
加賀は幼い時から身寄りがなく施設で育った。他の施設の話を聞いた限り決して悪い環境ではなかったが、口下手な加賀を受け入れてくれる環境でもなかった。艦娘となり赤城と出会った後の記憶が加賀を構成する大部分であり、であればその艦娘という存在が人と異なろうが、もとに戻れなかろうが問題はないはずだ。
実際、加賀は心の片隅に引っかかりながらも受け入れていた。それでも、瑞鶴には受け入れるのではなく、決断をして欲しかった。「艦娘」となる意味を知ったうえで。
人の上に立つ立場となっても依然伝えることが苦手な加賀は、ありのままに気持ちを伝えると瑞鶴の選択を変えてしまいそうで、瑞鶴自ら決断できる時を待っていた。
その時が来るのなら嫌われても良かった。しかし、その程度の代償では望んだ時が来る保障など得られないほどに加賀は不器用だった。
「んんー、なんでだろうねー」
肩を落として歩く北上はゆっくりと後ろを振り向いた。漏れ出た声は疑問ではなくあきらめだった。その視線の先にはたくさんの駆逐艦が連なっている。
間宮に行くってもらしちゃったからかなー
中身を確かめるまでもなく薄い財布をポケット越しにたたきながらため息をつく。
「てか、この子達も給料変わんないじゃんねー…あ、大井っちー」
「北上さん!」
大井が全力で駆けてくる。もともと間宮で落ち合う予定だったのだが。
「ほらほら、あっち行って」
大井が追い払うと駆逐艦は散開していった。いつものことながら北上以外にきつい態度をとる大井の評判は少し心配だったが、今回は財布事情を考えると素直に感謝した。
「ふぅ、北上さんが人気なのはうれしいけれど、困ったものね」
「うーん、木曽がいたときはここまでじゃなかったんだけどねー」
「あの子謎の人気ありましたもんね」
「変にかっこいいからねー」
二人は妹を思い出す。急に移籍になり、たまに連絡を取っているが検閲にかかるのか何をしているか要領を得ない。時間が経つにつれ連絡の頻度も下がっていくのも仕方がないことだろう。
「元気でやってるのかしら」
「いやー、なんにせよねえちゃんたちの面倒みるより楽でしょう」
自分たちのことは棚に上げて球磨と多摩の愚痴を言いながら、間宮に向かっていった。