鎮守府に梁川提督が着任して一ヶ月が過ぎた。
艦娘の人数もある程度揃い、今では第四艦隊までフル人数で編成しても艦娘が余る程に。
ただここは地方の鎮守府であるため、民間漁船を護衛する護衛艦隊を交代で常時漁業海域に派遣している。
また安全は確保されているが、欲を出して軍の制海権外へ出て沈没した場合は自業自得として処理される事となる。そうなる前に艦隊はしっかりと警告を出すので未だに梁川提督が管轄する海域ではそんなことは起こっていない。
そもそもこれまでの日本の漁業は乱獲とも言えるレベルであった。よって今のような程々に獲ることで本来の魚の数が回復し、獲れる魚の大きさも価格も年々増加傾向となった。なので安全に漁さえ出来れば漁師たちの経済状況はうなぎのぼりなのである。
また幸いなことに前生で何かと梁川提督を目の敵にしてきた愚者たちは、己の能力を理解し切れず失態続きで早くも上から常にマークされることになっているらしい。左遷しろ、という声もあるが『左遷した先で何をやらかすか分からない人材を安易に遠くへやるより、大本営監視下に置いておいた方が国民にとって遥かに安全』というスタンスで大本営はしっかりと監理しているのだ。
豹馬も彼らを念のため卒業後からマークはしていたがああも落ちぶれてしまえば、矛先が自分や陽和に向かないだろうと安堵した。
よって今生で豹馬が一番警戒し、常に気を張り続けていた陽和の身の安全は確保されたに等しい。
ただ最近は他の面で少しばかり不安要素が多くなっている。
それは本業……艦隊指揮任務での不安要素だ。
戦争中なのだから危険は常に隣同士であるが、そういう大きな風呂敷でのことではない細かなこと。
梁川提督の置かれている状況……それは梁川艦隊が順調に戦力を増強していくにつれて、こちらの防衛ラインを越えてくる深海棲艦の脅威が増してきているから。
これまでは潜水艦隊や水雷戦隊、稀に戦艦が含まれる艦隊と戦ってきて、豹馬の前の人生経験もあって凌いでは来たが、ここ最近深海棲艦側に空母が含まれることがあるのだ。
深海棲艦は無尽蔵に攻撃を仕掛けてくる。これが同じ人間であれば、余程の無能でも無い限り直接的な軍事行動に踏み切らない。しかし相手は深海棲艦。こちらがどんなに戦力を保持しようと、それは抑止力にならないのだ。そこが深海棲艦の怖いところだろう。
各提督たちは自艦隊が戦闘状態に入ると各艦娘がその目で見ているもの全てが艤装アンテナから作戦会議室の各モニターに転送され、その映像を見ながら指示を出すのだ。
しかしどんなに前の経験があっても空母が相手となれば、梁川艦隊もそれ相応の対策が必要となってくる。
なので、
「最上たちには今から航空巡洋艦の改造を受けてもらう。そうすればこちらも何とか凌げるはずだ」
豹馬は最上型姉妹の四人を改造することにした。
「分かった! 任せてよ!」
「分かりましたわ」
「いやぁ、それだと鈴谷もっと活躍しちゃうねぇ♪」
最上、三隈、鈴谷の三人は乗り気であるが、
「理屈は分かりますが、流石に私たちだけでは今後を考えると難しいのではなくて?」
熊野はちゃんとこれからのことを梁川提督へ投げ掛ける。
「それはもちろん俺も分かってる。だから近日中にこちらも戦力増強ということで、戦艦と空母を着任させる予定だ。本件は既に上に伝えてあるし、上からも承諾を得てる。だから熊野たちには悪いが、その戦力が揃うまで……着任したあとの彼女らの練度が一定数になるまで持ち堪えてもらいたい」
梁川提督の言葉に熊野は納得して「なら任されてあげますわ」と胸に手をやり、フフンと上機嫌に鼻を鳴らして胸を張った。
するとそんな熊野に鈴谷が、
「良かったねぇ、熊野〜。提督に頼りにされてさぁ」
とにやにや顔で言ってくる。
実は豹馬は妹属性(?)の艦娘らと相性が良く、特に末っ子艦娘になると彼へのなつき度が爆上がりなのだ。
ただ末っ子でなくても『提督から頭を撫でてもらえる』というのは、彼女たちからすれば特別なことであるため提督を嫌っている艦娘はこの艦隊の中にいない。
「こほんっ、アホな三女のことは放っておいて……提督、それで私たちは工廠へ向かえば宜しいのかしら?」
「うん、そういうこと。改造を終えたらまた執務室へ報告と航空巡洋艦になったみんなの姿を見せに来てくれ」
「了解しましたわ」
熊野は豹馬にそう返すとそそくさと執務室を出て行ってしまう。
そんな熊野の行動を姉の最上たちは可笑しそうに笑った。
「提督、熊野は照れてるだけだから気にしないでね」
「ええ、もがみんの言う通りですわ。寧ろ今頃スキップで工廠へ向かってると思います」
「熊野は素直じゃないからね♪ んじゃま、とりあえずあとでね、てーとく♪」
最上たちの言葉に豹馬は「ああ」と相槌を返し、彼女らを見送る。
すると今度は最上たちと入れ替わるように電が入ってきた。
電は現在秘書艦として豹馬の補佐役をしており、資料室から言われた物を持って戻ってきたのだ。
「司令官さん、言われた物を持ってきたのです」
「ああ、ありがとう。預かるよ」
豹馬が電に言って持ってきてもらった物は自分の艦隊名簿。
駆逐艦(着任順)
電、暁、雷、響
初霜、初春、子日、若葉、有明
白露、時雨、五月雨、涼風、春雨
村雨、夕立、海風、山風、江風
秋月、照月、涼月、初月
軽巡洋艦(〃)
那珂、神通、川内
大淀、夕張
重巡洋艦(〃)
熊野、鈴谷、三隈、最上
潜水艦
伊58、伊19、伊168
以上が梁川艦隊の面々である。
豹馬は改めて名簿を眺め、頭の中で最近の哨戒任務時にぶつかる深海棲艦艦隊らの戦力を比べた。
どんなにシミュレーションしてもこのままではこちらが押し負けてしまう。
なので今回の戦力増強の要請は妥当であると判断した。
「電たちが弱くてごめんなさいなのです」
唐突な電からの謝罪に豹馬は訳が分からず「ん?」と首を傾げた。
「電たちが弱くてごめんなさいなのですっ」
聞こえていなかったと判断したのか、電はハッキリとまた謝罪する。
それでも―――
「何か蚊が飛んでる音がするな〜」
「〜〜……もう、司令官さんっ」
―――とぼける提督に電は暁直伝のプンスカ(怒って両手を挙げて相手に意思を見せること)をして見せる。
しかし提督はケラケラと笑うのみだ。
「この艦隊に誰も弱い艦娘なんていない」
笑顔で放ったその一言は、目も声色も真面目なものだった。
豹馬は今生ではいつもポジティブに生きようと決めている。決めているのもあるが、前生のように豹馬を取り巻く環境が穏やかなのもあって自然と前向きにさせているのだろう。
何故なら前生が余りにも殺伐としていたから。
だから艦隊の誰かがネガティブなことを零すと、豹馬は聞こえない振りをしてとぼけるのだ。
そうすると自然と彼女たちは提督のおとぼけにネガティブなことを忘れてしまうから。流石に真剣な悩みに対しては彼も真摯に向き合うが、ここの艦娘たちは提督に似てとても心穏やかなので今のところ素直に本音を吐露している。
「みんながみんな、今出来ることを責任を持ってやってる。だから電やみんなが気にすることは何も無いさ」
「……はい」
「敵が強くなってきたら、こちらもそれ相応の対策が必要となる。だから今回、戦艦と空母を上に要請したんだよ。今の戦力で無理に応戦して、艦隊の誰かが欠けるのは避けたいし、そうなると地域の人々が危険に晒されるリスクが増えるから」
「はい」
提督の考えに電は今度は明るい声色で返事をした。
そうだった……自分の上官は常に前を向いている人だ、と改めて思ったのだ。
「それにこのままだと俺も安心して陽和が待つアパートに帰れないし、寝れないからな」
「うふふ、相変わらず司令官さんはシスコンさんなのです」
「たった一人の家族だからこればかりは仕方ない。それに陽和も頻繁に連絡を寄越すしな」
ほら、と豹馬は自分のスマートフォンのメッセージ画面を見せる。
そこには一時間毎に陽和が寄越したメッセージがズラッと並んでいたので、電はまたクスクスと笑った。
「流石ご家族なのです♪」
「俺はついつい返事忘れるんだけどな。ここなんて見ろよ……『晩御飯どうする!!!!?』って来てて、一時間後には『返事が無いから食堂で済ませると判断した!!!!!』だってよ。俺この時上と今回のことで話し合ってたのにさぁ」
豹馬が苦笑いで愚痴を零すと電は「仕方ないのです」と笑って返す。
そしてこの兄妹は本当に仲良しだなぁ、と思うのだった。
―――――――――
それから約二週間後に鎮守府へ……梁川艦隊へ初めて戦艦と空母が着任した。
着任したのは戦艦扶桑とその妹山城、そして装甲空母大鳳と軽空母の龍驤に日進の計五名。
梁川提督や既に着任していた艦娘はそれはもう喜び、着任式に至っては町中の人々まで呼んで観艦式と称して大々的に歓迎した。
本来、そんな気軽に観艦式は出来ないが豹馬が前生で得た知識と経験をフル活用して上へ『観艦式をやることの重要性』を認めた文書を電子メールで送り、上は大いに感銘を受けて即座に許可を出した程。
観艦式をやることで地域住民たちの軍に対する安心度の上昇と軍と艦娘への理解度上昇。
それは軍だけが得をするのではなく、そこへ鎮守府を設置した政府の評価に繋がり、以前のように恒例行事として行えば遠方からも人が来てくれる上に、鎮守府の敷地内で地域住民たちによる屋台村も併せて催せば地域住民たちにもメリットが増える。
また深海棲艦のお陰か日本人の国防意識も高くなり、陸軍と警察を中心としたスパイ対策組織によって今の日本にスパイは入ることも出来ないし、サイバー攻撃すらも通用しない。仮にスパイ活動等をしても闇雲に国際秩序を混乱させることになるため、国際的なスパイ組織やハッカー集団は各国から監視下に置かれている。その上、スパイ組織もハッカー集団も『世界のため』という共通点があるので、各国と協調路線にいるのだ。
よって観艦式はスパイの心配が無いので国民を招くことが出来て、更にはその地域にとって復興行事として手助けにもなれる。
そんな観艦式を開く際に最も驚いたのは着任したばかりの五人の艦娘たちだ。
こんなにも自分たちを歓迎してくれている。
提督や艦娘たちだけでなく、地域住民たちまでも。
彼女たちは驚いた……しかし同時に深海棲艦からこの人たちを守りたいという気持ちがより一層強くなった。
故に彼女たちは自分たちの上官となる梁川提督がいかに優秀で地域の人々を大切にする信頼出来る人物なのかを確信したのだ。
―――――――――
「んぁ〜……疲れた。行事って準備期間が一番楽しい。終わると怠さしか感じない」
観艦式という大行事を終え、豹馬は町の人々が乗り込んだ最後のバスが見えなくなるまで正門前で見送ったあと、やっと肩の力を抜いた。
急であったために今回は遠方から人を呼ぶことは出来なかったが、地域住民たちとしては場所は限られているが自由に商売をしていい上にそれ以外の人々もお祭り感覚で買い物と艦娘たちの雄姿を見れて、本当にいい表情で帰っていった。
豹馬はそれが嬉しかった。間違ってなかった。やって良かったな。と。
勿論、妹の陽和も来ていたし、あれもこれもと豹馬に屋台村の食べ物を強請ってホクホクで帰っていった。
「司令官さん、まだお片付けの途中なのです。司令官さんも早く手伝って欲しいのです」
そこへ今回進行役という大役を果たした電がやってきて、早く早くと提督の制服の袖を引っ張ってくる。
電の方へ豹馬が顔を向ければ、その後ろには電の補佐をしてくれた電の姉である暁たちの姿もあった。
「司令官、暁は昼間いっぱい頑張ったんだから、最後くらいは楽させてくれてもいいんじゃないの?」
「姉さんの言う通りだね。司令官には片付けが終わったら私たちの労い会をしてもらわないと……ね?」
「い〜っぱい頼ってもらえて雷は大満足よ! でもご褒美は欲しいなぁ……なんて♪」
それぞれが豹馬に求めるもの……それは『魅惑のナデナデタイム』である。
どういう訳か豹馬のソレには彼女たちを引きつける何かがあり、今ではどの艦娘も豹馬のナデナデの有無によってポテンシャルが大きく変わってくるのだ。
「……俺、みんなの頭撫で過ぎて腕だけムキムキになれそう」
苦笑いで豹馬が言えば電たちは揃って『何それキモい』と声を揃え、豹馬は「酷えな」と笑顔で返す。
確かに酷いかもしれない。しかしこれが豹馬と艦娘たちの日常で、それは豹馬が心から望んだ穏やかな時間であった―――。
次回からやっとヒロインと提督が近付きます。
読んで頂き本当にありがとうございました!