「提督、本日の任務での報告書を提出しに参りました」
執務室のドアをノックしてそう言うのは扶桑。
その隣には妹の山城も控えている。
観艦式という着任式から早半年。
扶桑と山城の二人は今では航空戦艦として梁川艦隊の主力艦隊になっている。
姉妹が交代で旗艦を務め、安定して防衛海域を守っており、梁川提督も二人をとても評価していて扶桑も山城も幸せだ。
一時は己らの過去の記憶から『自分たちはすぐに主戦力から外れる』と思っていたが、梁川提督が現状においてこれ以上に戦艦を欲していないとして二人は本当の意味で自分たちの居場所を見つけられた気がした。
『ああ、入ってくれ』
その声に扶桑と山城は背筋を伸ばして入室する。
「ご苦労様。早速見せてもらうよ」
爽やかに微笑み、扶桑から報告書を受け取る豹馬。
しかし報告書を見つめる表情は実に真剣で、毎回この時は扶桑も山城も変に緊張してしまう。
「…………」
扶桑はそれでも豹馬の顔から目が離せない。
何故なら扶桑は今回の任務で自身の練度が最高値である99に達し、豹馬からは常々『俺は扶桑にケッコンカッコカリの指輪を渡すよ』と甘い声で囁かれてきたから。
そう、豹馬と扶桑はそれだけ懇ろな関係なのだ。
扶桑は物腰の柔らかい大和撫子。少々ネガティブなところはあるが、豹馬はそんな彼女を持ち前の明るさで笑顔にし続け、気が付いたら二人共に異性として意識していた。
最初こそ扶桑は『提督のお側にいられるだけで幸せ』と考えていたが、豹馬が『俺はそれだけじゃ満足しない』と迫り、扶桑をその愛で陥落させたのである。
この二人の関係に自他共に認めるシスコンの山城はというと、かなり好意的。
何故なら山城にとって梁川提督は信頼出来る人間であるから。
山城は普段から提督に対する素っ気ない態度や姉を思う強い態度で誤解されがちだが、誰よりも姉の幸せを願っている。
それに梁川提督がどんな人間であるか、この半年で姉と共に知ってきた。
彼も妹を思う兄。山城からすれば性別は違えどシンパシーを感じざるを得ない。そんな男が自分の誇りである姉を蔑ろにするはずがない……ならば姉を幸せに出来る男は梁川提督しかいない、ということなのだ。
だから山城は今この状況をルンルン気分で楽しんでいる。
これから姉の幸せな瞬間を間近で見れるのだから。
こんな時くらい二人きりにしてやれ、と思われるかもしれないし山城も最初はそうしようとしていた。
しかし姉である扶桑から『山城に見届けて欲しいの』と縋るように言われれば、山城に『見届ける』以外の選択肢はない。
「……うん、今回の報告書もよく出来てる。このまま上に提出するとしよう」
「は、はい」
「はいっ」
やや声が震える扶桑とは対象的に山城は元気ハツラツ。
そんな二人に豹馬はつい笑い声を漏らしてしまった。
「……ごめんごめん。扶桑、そんなに不安?」
「…………少し」
「そっか……ならその不安は今から喜びに変えよう」
そう言うと豹馬は小箱を机の上に、二人に見えるように置いた。
それはケッコンカッコカリをするための指輪が入った箱であり、扶桑は今にもワッと泣きそうになるのを懸命に堪え、そんな姉の雰囲気を察して山城はそっと姉の右手を両手で包んだ。
「山城、ありがとう……」
「いいえ、姉様。山城は妹として誇らしいばかりです。この大切な瞬間に立ち会ってる自分の場違い感は何とも言えませんが……」
「そんなことないさ。扶桑にとって山城は掛け替えのない妹。なら自分の大切な瞬間は側にいて欲しいと思うものだ。俺だって本当なら陽和をこの場に呼びたかったし、陽和も立ち会いたがってた」
申し訳なさそうに言う山城に豹馬がそう言えば、山城は「ありがとうございます」と微笑む。
そして山城は「さぁ、姉様」と扶桑の背中を軽く叩いて、姉を梁川提督の元へ行くよう促した。
「………………」
「今日は一段と綺麗だね、扶桑」
「…………虐めないでください」
「事実だから」
豹馬のいつも以上に優しい声色の彼女への賛美。それだけでカァーッと耳まで赤くなる扶桑。
実のところプロポーズカッコカリをすると前々から公に宣言されていたのもあって、山城に『こういう時くらいお化粧しましょう!』と鈴谷たちも呼んで薄っすらとだがメイクアップしてきたのだ。
それを豹馬は一目でそれに気付き、言葉にしてくれたのだから扶桑の心臓は今にも爆発しそうなくらい高鳴っている。
豹馬も、そして山城もそんな扶桑が可愛くて仕方がない。
「……あの、提督……早くお願いします」
「俺こういうのは時間たっぷりに存分にやりたいんだよね」
「…………私の心臓が保ちません」
「困ったね。指輪を渡せば、今以上に俺は扶桑に甘くなるんだけど?」
「………………ぴぃ」
思わず音を上げる扶桑を豹馬はより目を細めて愛おしく見つめる。山城は心の中で『姉様が可愛い』とホクホクだ。
「このまま何時間でも扶桑を見つめていられるよ」
「…………ご冗談を」
「冗談じゃないのはその本人がよく知ってるのにね?」
「………………ぴぇ」
「はは、これ以上やると流石に嫌われるかな」
しかし豹馬の視界端に見える山城が『んなこと無い無い』とジェスチャーを出す。
なので豹馬は少し安心した。でも扶桑がこのままでは卒倒してしまうかもしれない。なので豹馬はゆっくりと立ち上がり、扶桑の前まで行って、俯く扶桑の顔を両手で優しく包み込みながら覗き込んだ。
彼女のルビーのような赤い瞳は大きく揺れ、それでもしっかりと豹馬の目を見つめ返している。
豹馬はもし自分がこういうことの経験が豊富なら、ここで甘いセリフを出せただろう。と内心苦笑い。
何せ前の人生でこんな甘い経験は一度も無かった。
今が本当に初めての恋が実った瞬間である。
だから―――
「……扶桑……」
「……んむぅ!?」
―――愛しい扶桑を目の前にして、豹馬は口よりも唇が先に彼女へ愛を伝えてしまった。
最低だ。情けない。そう頭の中で豹馬は思う。
しかし扶桑がすぐに両手を背中に回してくれたお陰で彼女も今を拒んでいないのだと分かり、豹馬も力いっぱい扶桑を抱き寄せた。
「……んんっ、ちゅっ、ふぅんっ……」
豹馬から強く抱き寄せられ、思わず甘い吐息が漏れる扶桑。
それでも必死に、離れたくないと告げるように、扶桑は己の唇を豹馬の唇に重ね続ける。
先程までは全身が燃えるように熱かったのに、口づけを交わしたその瞬間からそれまでの熱は唇と腹の奥へと別れた。何故なのかは分からない。扶桑も初めての経験だから。
でもそれは悪いことではない、と扶桑は何となくそう思えた。
何故なら―――
「……扶桑、とても幸せそうな顔してる」
「…………はい」
―――今この上なく幸せな気持ちだから。
「扶桑のことが好き過ぎて言葉より体が先に動いちゃったよ……」
「わ、私のせい、なのですか?」
「そ、扶桑が可愛いせい」
「ひ、酷いですぅ……」
「そうかな? 俺を狂わせる原因はいつだって扶桑なのに。これでも冷静な提督だって町の人から言われてるんだけどね。でも扶桑のことになると冷静ではいられなくなる。ね、扶桑のせいでしょ?」
「…………ぴぃ」
「あはは、その鳴き声も本当に可愛いよ」
「…………」
扶桑はもう何も反撃が出来ず、ただただ提督の肩に顔を埋めるようにして逃げる。
すると豹馬はそんな彼女の髪を優しく手で梳いて―――
「俺とケッコンカッコカリ、してくれるかい……扶桑?」
―――この上ない甘い声で、真っ赤な扶桑の耳元でプロポーズカッコカリをした。
当然、扶桑は何度も何度も頷いて、豹馬の肩を嬉し涙で濡らす。
それを見ていた山城はハンカチだけでは足りず、制服の袖まで使って嬉し涙を拭いていた。
―――――――――
その日の夜。
当然シンコンカッコカリである扶桑は豹馬と夜を―――
「はぁ……こんなに幸せで罰が当たらないかしら?」
「姉様、幸せなのにそんなことありませんよ」
―――共に過ごすことはない。
扶桑にとっては心の準備が必要。豹馬としては早く妹へこの幸せを報告したい。
よって豹馬はブレずに今日も妹が待つアパートへ帰って行った。
そして宿舎では幸せの絶頂である扶桑が二階の自分の部屋の床で左薬指の指輪を抱きしめてコロコロと転がっており、山城はそんな姉を微笑ましく見つめている。因みに山城の部屋は扶桑の部屋の右隣。
プロポーズカッコカリをされてから扶桑は夢を見ている気持ちだったが、食堂で仲間たちから多くの祝いの言葉をもらい、妖精たちからは鯛の身を混ぜ込んだちらし寿司を振る舞ってもらった。
ここまでされれば扶桑も夢見る乙女のままではいられず、現実を受け入れ、この有様なのだ。
「山城、私、梁川提督とケッコンカッコカリしたのよね?」
「そうですよ、姉様」
「私が提督の中で一番ってことなのよね?」
「そうですよ、姉様」
「私が提督の奥さんってこと、なのよね?」
「そうですよ、姉様」
この問答をこの二、三時間の間に何百回したことだろう。
普通の人なら呆れて答えることさえしなくなるだろうが、山城はこの通り違って何度も何度も心からの笑みを浮かべて答え、《全肯定AI・オッケーヤマシロン》と化している。
扶桑はその答えを聞く度に「きゃあっ」だの「そんなっ」だの「大変っ」等と言いながら、蕩けた表情で床を転げ回った。きっと今がブレイクダンス世界大会のステージ上だったなら、扶桑は軽く優勝出来るだろう。何せ障害物をしっかりと全て避けているのだから。やはり最高練度者は伊達ではないのだろう。
こんなカオス空間にツッコミ役がいないとは恐ろしいことである。
「あっ、私ってカッコカリとは言え、提督のお嫁さん、なのよね?」
「そうですよ、姉様」
「だ、だったら明日から提督を何とお呼びすれば?」
「姉様のお好きなようにお呼びすればいいのでは?」
「で、でも急に呼び方を変えたら変に思われない?」
「姉様は提督から急に『なぁ、お前』と呼ばれたらどうなります?」
「………………ぴぃ」
「その反応であれば嬉しいのですね。ならば大丈夫ですよ。ほら、それと同じで提督も姉様から特別な呼ばれ方をしてもらえたら喜ぶと思います」
山城は豹馬がどういう性格をしているのか、これまでの彼とのコミュニケーションである程度把握している。ならば急に扶桑が彼への呼び方を変えたところで何も気にしない。寧ろ扶桑が相手なら彼はとても喜ぶはず、と確信していた。
しかし当の本人、扶桑は未だ提督から『お前』と呼ばれたことを想像し、その想像でヘブン状態から脱せずに妹の言葉が届いていない。
「うふっ、うふふふっ……『お前』だなんて……まるで私が提督だけの所有物のよう……嗚呼、提督ぅ、私は、扶桑はあなたの女です。どうぞお好きなようにお呼びくださいませ……」
うふふうふふ、と両手で顔を覆って床を更に早く転がり回る扶桑。
傍から見たら今の扶桑はドリルみたいな物だが、それを指摘する者は誰もいない。
しかし流石に夜なのにドゥルルルッと勢い良く転がっていれば、下の階にいる者たちの迷惑になる。
なので山城は心苦しいが扶桑の幸せ高速スピンを止めることにし、夜遅くまで姉の幸せな姿を見守るのだった―――。
恋愛パートはすっ飛ばしていくスタイル←
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