死に戻り提督のセカンドライフ《完結》   作:室賀小史郎

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あの頃とは違う

 

 ◆◆◆◆◆◆

 

 いつもと同じ時間が過ぎていた。

 変な嫌がらせも流すことで、心の平穏を保てる。

 嫌がらせも慣れれば、対処の仕様はいくらでもある。

 

 しかし―――

 

『提督、病院からお電話が……』

 

『分かった。繋いでくれ――もしもし……』

 

 ―――それを聞いて、どう冷静になれと言うのか。

 

 妹の陽和が21歳の誕生日を迎えたその夜、友人たちとの誕生日パーティを終えて帰る途中で悲劇が起こった。

 豹馬は病院からの一報を受けてすぐにでも妹のところへ行きたかったが、軍人故に任務を優先するしかなかった。

 任務を放棄すれば、また周りから見下されてしまうから。

 

 ―――

 

『ひ、より……?』

 

 艦隊指揮を終えてすぐに豹馬は一睡もせずに陽和が運ばれた病院へとやってきた。

 花束なんて気の利いた物を用意する間も惜しむ程に、豹馬は肩で息をしながらその病室へと入る。

 

 そこで彼が見たものは―――――――――

 ――――――

 ―――

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

「っ!?」

 

 締め忘れた窓の外は快晴の青空が広がっていた。

 豹馬は前の夢を見て、布団から飛び起きてしまう。

 寝汗で寝間着も何もぐっしょりで気持ち悪かったが、それよりも豹馬はすぐ隣にある妹の部屋の襖を開ける。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 陽和は呑気に腹を出して寝ていた。

 豹馬はそれが嬉しかった。

 ちゃんと妹が生きている……これは紛れもない現実で、豹馬が過ごしている今であるから。

 

 だから豹馬は少し安堵し、シャワーを浴びに風呂場へ行った。

 

 ―――

 

 戻ってきても、陽和はまだまだ夢の中で心地良さそうにしている。

 豹馬はそっと陽和の掛け布団を直してあげたあとで、自分もそのすぐ隣に寝そべった。

 

 あの日の事は忘れもしないし、そもそも忘れられない。

 でも豹馬がこの世に戻ってきてから、何もおかしな動きはないし、平穏そのもの。

 

 豹馬は不思議だ、と心底思う。

 前の頃はあんなことになったのに、今じゃとてもそんなことが起こるだなんて思えないからだ。

 

「……おにい、ちゃん……?」

 

 寝顔を眺めていると、ふと陽和が目を覚ます。

 普通の兄妹なら飛び起きるところだろうが、この二人はたった二人の家族。

 飛び起きるどころか陽和は嬉しそうに寝ぼけながらもへらっとした笑顔を浮かべながら、もぞもぞと兄の胸板に潜り込む。

 

「……お兄ちゃん、石鹸の匂いがする……」

「さっきシャワー浴びてきた。寝汗で気持ち悪かったから」

「じゃあ、お布団干さないとね……むにゃ」

「まだ起きるには早い……もう少し寝てろ」

「うん……このまま、頭撫でてて……」

「ああ、分かったよ」

 

 陽和は小さな頃から兄にこうして甘えるのが好きで、大人になった今でもこうして甘えてしまう。

 本当は兄離れしなければいけないと思っていても、その兄も妹離れをしていないならこのままでもいいと思ってしまうのだ。

 両親が他界し、何も分からず、信頼出来るのは兄の豹馬のみ。

 なのでこうして甘えられるのは妹特権、とでも言うのだろうか。陽和は甘えさせてくれる兄のことが今でも大好きで、これからもずっと自慢の兄。

 だから陽和自身、自分は世界一幸せだと思っている。

 

 ―――――――――

 

 本日の艦隊業務はいつもより早めに終わった。

 何故なら今日は梁川提督の妹の誕生日であり、艦隊旗艦の扶桑がそのお祝いにお呼ばれしているから。

 扶桑はそれはもう緊張しっぱなしで、今も豹馬に手を引かれながら、その手は小刻みに震えている。

 

「そんなに震えてなくても大丈夫。陽和は可愛くていい子だぞ?」

「え、えぇ、それは分かっています……でもいざお祝いの席に私なんかがお呼ばれするのはお門違いでは無いかと……」

「いつまでそうやって他人でいる気?」

「え?」

「嫌でももう扶桑は俺と陽和の家族になることは決定してるんだ。だから自分だけが場違いだなんて思わないで欲しい」

 

 扶桑は俺と結婚して、俺の妻になって、陽和の義姉になるんだよ?―――と切実に目を見つめられながら言われれば、扶桑は緊張するどころか体中が沸騰したかのように熱くなった。

 

「提督……っ」

「俺はいつも扶桑には誠実を心掛けてるよ」

「…………はい」

「うん。じゃあこれで何も不安は無いね?」

「……はい」

 

 扶桑が真っ赤になりながら何とか声を絞り出して返事をすると、豹馬は彼女の腰に手を回して自分の側へと引き寄せる。

 ここは鎮守府ではなく周りには一般人もちらほらいるし、梁川提督は町の有名人。そんな彼が扶桑を抱き寄せると、余計に視線を集めて扶桑は別の意味で狼狽した。

 それでも豹馬は涼しい顔のまま扶桑を離さず、結局そのまま陽和が働く喫茶店まで迎えにいくのであった。

 

 ―――――――――

 

「お誕生日おめでとう、陽和」

「おめでとうございます、陽和さん」

 

「ありがとう、お兄ちゃん! 扶桑さん!」

 

 無事に陽和の誕生日パーティが幕を開ける。

 豹馬は今日まで本気で陽和の近辺を警戒していたが、実のところ前の人生で豹馬を妬んだ屑共と陽和に手を出したグループは繋がりすら持てていない。

 寧ろ能力不足ということで屑共は今大本営に移り、24時間監視体制された状況という厳しい中で下働き生活を送っているのだ。

 だから豹馬が警戒せずとも、何か事件が起こることは無かったのである

 

 内心でホッとしている豹馬とは違い、陽和はもう子どものように大喜びの大はしゃぎ。

 何しろ大好きな兄とその婚約者で行く行くは自分の義姉となる扶桑に挟まれるようにして座り、お祝いの言葉を貰えたから。

 家族が増える……それは豹馬にも陽和にも心から嬉しいことなのだ。

 

「蝋燭に火着けるか?」

「流石にそこまでしなくていいよー♪ それに私、ケーキに蝋燭立てるのって苦手で……」

「昔は立てた蝋燭のとこに付いたクリームまで舐めてたもんな、陽和は」

「うぐっ……だって勿体無いと思って……」

 

 孤児院にいた頃、孤児院の誰かの誕生日には必ずみんなでケーキを作ってお祝いしていた。

 しかし今のようにワンホールケーキではなく、主役も他も平等にカットされたケーキが一個ずつかカップケーキ一つずつ。誕生日ケーキというのは子どもにとってはご馳走であり、陽和は蝋燭に付いたクリームさえも余らせるのが嫌だったのだ。

 

 昔のことを言われた陽和は恥ずかしそうにしながら、それを誤魔化すようにケーキにナイフを入れてカットしていく。

 扶桑の皿には六等分した内の一つを。そして豹馬には、

 

「おい、何で俺だけこんなはしっこケーキみたいなもんなんだよ?」

 

 六等分のそのまた二等分程のケーキだけを皿に乗せてきた。

 

「だってお兄ちゃんが意地悪言うんだもんっ」

「意地悪じゃない。事実だ」

「私が意地悪だと感じたらそれは立派な意地悪になりますぅ〜」

「…………ったく」

 

 兄妹の微笑ましい口喧嘩に扶桑は鈴の音のような笑い声を零す。

 

(こんなに温かい家族の一員になれるだなんて……私はなんて幸せなのかしら)

 

 胸の中に湧いた温かさに扶桑がそう思っていると、陽和が扶桑の胸の中に飛び込んできた。

 

「ひ、陽和さん?」

「扶桑さんっ、お兄ちゃんが意地悪するの! 未来のお嫁さんとしてしっかり今の内から躾けて!」

「し、しつける?」

「そうだよ! DVとかされないように今の内から扶桑さんの言うことは聞くようにしとかないと! それで私は扶桑さんの庇護下に置いてもらえれば、お兄ちゃんは何も出来ない!」

 

 ドヤァと陽和は自信たっぷりに言うが、扶桑は当然そんなこと出来ない。寧ろ普段からあれだけ甘やかされているのに、そんな愛する人を躾けるだなんて扶桑からしてみたら拷問に近い苦行なのだ。

 

「おいおい、扶桑を困らせなるな。それに扶桑の言うことはちゃんと聞いてるぞ、俺は。今日だって朝にキスのおねだりをされたから執務を始める前にたくさん―――」

「―――提督っ!」

 

 透かさず扶桑が豹馬の口を手で押さえると、それを見て陽和はコロコロと機嫌良く笑った。

 

「うふふふっ、本当に仲良しなんだね、二人って♪」

 

 そんな陽和を見て、豹馬も扶桑も共に笑い、和やかなパーティとなった。

 

 ―――――――――

 

 誕生日パーティもそろそろお開きとなった頃、

 

「俺は嬉しいっ! 本当に嬉しいんだっ!」

 

 すっかり出来上がってしまった豹馬はそう叫びながら、またグラスに日本酒を注ぐ。

 

「提督、そろそろお水にした方が……」

「……ああ、この一杯で終わりにする」

 

 扶桑の提案に豹馬が頷けば、陽和はさっさと日本酒を台所へ片してしまった。

 最後の一杯を飲み干すと、陽和は透かさずそのグラスへ水を注ぎ入れる。

 

「お兄ちゃん、滅多にこんなになるまで飲まないのに……」

「それだけ嬉しいんだよ、俺は……」

 

 豹馬が切にそう言って水を飲むと、陽和は「そっか」とだけ返して兄の背中に抱きついた。

 

「……お兄ちゃんがいなかったら、きっと私、ダメだった。私一人でなんて生きていけなかった」

「…………」

「陽和さん……」

「私ね、お兄ちゃんがいるから頑張れるんだよ。お兄ちゃんがいるから、私は幸せなの」

 

 扶桑がいようが気にすることなく陽和は兄への思いを吐露していく。

 豹馬はそんな妹の思いを黙って受け止めていた。

 

「お兄ちゃん、大好き。世界一……ううん、宇宙一大好きだから」

「……おう」

 

 陽和の言葉に豹馬は短くだが、優しい声色で返す。

 すると陽和は甘えるように彼の背中に額をグリグリと押し当てながら、「お兄ちゃん……♪」と幸せそうに零した。

 そんな兄妹愛を目の当たりにした扶桑は、まるで自分のことのように心の奥が温かくなるのを感じ、目の前の兄妹を優しく見つめるのだった。

 

 ―――――――――

 

 それから日付けを跨いだ頃、扶桑は今夜はこのまま梁川兄妹宅に泊まることが決まっていたため、居間で陽和と談笑をしていた。

 豹馬に至っては酒をいつも以上に飲んでいたのもあって、既に自室に引っ込んで就寝中。

 

「へぇ、お兄ちゃんって扶桑さんにはいつもそんな感じなんだ〜!」

 

 その話題はやはり豹馬のこと。しかしその内容はあの兄が如何に扶桑へ砂糖を撒き散らしているか、ということばかり。前からちょいちょい聞いてはいたが、いざ本格的に聞いてみると砂糖のシロップ漬けよりも甘く感じてしまう。

 陽和が長年見てきた兄豹馬は色恋なんかに全く興味が無く、扶桑が照れながらも語る豹馬は別人のようで聞いていて飽きない。

 小さな頃から自分もそうなのにいつも保護者として先頭に立ってくれた兄。そんな彼が人並みの幸せを謳歌していることを陽和は知りたかったのである。

 

「はい、いつも提督には良くしてもらってばかりで……私だけでなく、艦隊のみんなから慕われています」

「へへへ、何かそう言われると私まで嬉しくなるなぁ」

「本当に、私には勿体無いくらいのお方ですよ」

「でも扶桑さんは結婚したらそんな勿体無い人のお嫁さんだよ? 気後れしてちゃダメだよ」

「……そう、ですね」

「お兄ちゃんって一度決めたら折れないから。でも自分にとって大切なものは、何が何でも守る人だよ」

 

 他ならぬ陽和が言えば、扶桑だって否定は出来ない。

 そもそも彼が自分に対してあれだけ日頃からうんと甘いのだから、陽和が言うことも理解出来た。

 

「私は妹としてしかお兄ちゃんの支えになれないけど、扶桑さんは私以上にお兄ちゃんの支えになれるはず。こんな言い方ズルいのは分かってるけど、言わせて。お兄ちゃんをこれからもよろしくお願いします」

 

 真面目に陽和がそう願うと、扶桑は陽和の表情が豹馬ととても似ていたので、まるで彼に言われているようにドクンと胸が跳ねる。

 そして「はい」と力強く頷きを返すのだった―――。




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