死に戻り提督のセカンドライフ《完結》   作:室賀小史郎

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変化と通常

 

 陽和の誕生日から早数カ月が過ぎた。

 

「………………ふむ」

 

 豹馬にとって今世最大の心配事が消えたことで、彼は艦隊指揮に専念出来ている。

 とは言っても最近は迎撃する際、深海棲艦の艦隊内にフラグシップやエリート等と位置付けされる強敵が含まれることが多々あり、梁川艦隊を含めた各地方鎮守府で今のところ押し返してはいるが艦娘たちの消耗が激しくなってきているという懸念材料が出てきた。

 梁川提督自身の前人生経験が功を奏し、梁川艦隊は現状何ら問題は無いように見えるが、彼は知っているのである。

 これから先、深海棲艦の艦隊がどんどん強力になっていくことを。

 

 前の人生で各地方鎮守府はこの敵の増強スピードに付いていけず、対応が後手に後手にとなってしまった。

 それ故ジリジリと各地方が悲鳴を上げ、最終的に各泊地の提督たちによる大艦隊決戦を余儀なくされ、多くの艦娘が犠牲となったのだ。このことが原因で多くの提督たちは心労と精神的苦痛を負い、退役する者も多くいた。

 ただこうなったのには地方鎮守府の各提督たちが慢心していたせいもある。彼らは日頃から任務を黙々と遂行するが、人間はどうしても同じことを繰り返していると注意力が下がってしまう。よって小さな変化を見逃し、大事に至ってしまったのだ。

 

 だから豹馬はこのところの敵編成統計データを見ながら、うんと悩んでいる。

 敵が強くなると言うことは簡単でも、今後こうなると証明するのは難しいのだ。ましてや自分は前にこんな経験をした、等と言って誰がそれを信じようか。下手をしたら精神病棟へまっしぐらである。

 

「…………う〜ん」

「あのぉ、提督?」

「ん〜?」

「私はお邪魔ではないでしょうか?」

「どうして?」

「どうして、と言われましても……」

 

 扶桑は豹馬の問いになんと返せばいいのか困った。

 ここは執務室。そして豹馬は統計データとにらめっこ中。なのにそんな彼の膝上に扶桑は否も応もなく座らせられている。

 資料で扶桑の顔は隠れているので、正面から見れば真剣に思案している提督に見えるだろう。しかしそれ以外から見れば、やってることと状況が違い過ぎているのだ。

 

 しかしこれもこの鎮守府では当たり前の光景。寧ろ扶桑が執務室にいるのに豹馬の膝上にいなかったら、みんなはケンカか天変地異の前触れかと思うくらい。

 

「そんなに俺の膝の上は居心地悪いかな?」

「…………そうではなく」

「なら問題無いね」

「……はい」

 

 完全敗北した扶桑は諦めて豹馬にその身を委ねた。

 ちらりと彼の顔を盗み見れば、真剣にデータを見つめている彼の顔が見え、普段の甘いマスクとは違った凛としたマスクが更に扶桑の胸を甘く締め上げてくる。

 苦しいことなんて何もされていないのに、相手のことを見ただけで苦しくなる……でもその苦しさは嫌な感じはせず、寧ろ心地良さすら感じた。

 

 それだけ扶桑は自分が豹馬を愛しているのだと思え、そう思える自分が嬉しくて、そんな人の最愛の相手が自分であることが嬉しくて、つい頬が緩む。

 豹馬は豹馬で扶桑の頭や頬を空いている手で撫でたり、ほんのりと漂ってくる髪の香りを嗅ぐことで今後のことを考えるというストレスを軽減させており、正にWin-Winである。

 ただ、そろそろ扶桑の恥ずかしゲージがぶち壊れる寸前。何故なら扶桑の顔が真っ赤であるから。

 

「…………扶桑」

「は、はい……?」

「好きだよ。心から」

「……ぴぃ」

 

 唐突な告白に扶桑は何とかいつもの鳴き声を返す。

 すると豹馬は扶桑の頬に軽く口づけを落として、優しく自分の膝から扶桑を解放した。

 

「そろそろ頃合いだな。扶桑、新しく戦艦を着任させようと思うんだけど、誰か希望はあるかな?」

「……戦艦、ですか?」

「ああ。流石にこのまま扶桑と山城の二看板に頼っても、統計データを見る限り今後敵は強くなる。だからここで新しく戦艦を着任させて、二人ずつ交代で第一艦隊に編成しようと思うんだ」

「…………」

「今の内から連携等の練度を高めておけば不測の事態にも対応可能だろう。扶桑たちの負担も少なくなる」

 

 扶桑は豹馬の言うことは分かったが、心に微かなヒビみたいな物が生じた。

 これまで接してきて、彼が簡単に主戦力を変更することは無いと分かっている。しかし実際にそうなってみて、やはり新しい戦艦の方がいいとなれば話は変わってくるのだ。

 扶桑はそれが不安だった。また過去のように、ただ待つだけの戦艦になるのではないか、やっぱり欠陥戦艦だった、なんて思われるのではないかと。

 

 なのに―――

 

「それに戦艦を増やせば、俺と過ごす時間も確保しやすいよね?」

「……へ?」

 

 ―――豹馬がそんな私利私欲満点のことを言うので、扶桑の不安は水平線の彼方へと飛んで行ってしまった。

 しかし次に見た豹馬の表情で、扶桑は気持ちを引き締めることになる。

 

「深海棲艦の脅威が増して、ここで食い止めないと町に被害が出るんだよ」

 

 先に言った豹馬の言葉に嘘偽りは一切無い。それでも真の理由を言われて、扶桑は思わず背筋が冷たく感じた。

 

「……脅威が増すという理由をお聞きしても?」

「簡単なことだ。これまでの統計データを見る限り、敵は小さくだけど増強してきてる。徐々に徐々に増強させ、こちらの知らぬ間にこちらより戦力を上げてしまう作戦だろうね。何しろ俺ら地方は同じことの繰り返しでいちいち統計データと見比べるなんてしていられないから」

「でも提督はそれをして、気付かれたと?」

「俺、これでも頭いいんだよ?」

 

 わざとふざけて見せると、扶桑は少しホッとする。

 それだけ扶桑にとって豹馬の冗談は安心感があるのだ。

 豹馬としては前に経験したから、等ととても言えないのでそう言うしかない。

 

「それにこれまでうちは戦力を増強していない。それが増強するとなれば他の地方鎮守府にもこの話が回る。そうすればみんな多かれ少なかれ『あそこが増強するならうちも』とやるはず」

「提督は地方の提督たちの間では鬼才だ、と言われていますからね」

「他人の評価なんてどうだっていい。俺は深海棲艦が俺の大切なものを壊そうとするから、それを守りたいだけだから」

「素晴らしいお考えだと思います」

「その大切なものの中に扶桑も入っているんだけどね……君を今前線から下げるなんてことは出来ない。頭ばかり回って前線で何も出来ない自分が悔しいよ」

「そんなことありません。私はこのために存在しているのです。私も提督と同じで、大切なものを守りたいから戦えるんです」

「……ああ、扶桑、好き」

 

 豹馬はそれだけ言うと扶桑を抱き寄せて、その唇を吸い上げる。

 優しいのに、それはそれは激しい情熱が込められた口づけ。

 豹馬が唇を離すと、扶桑はまるで先程の口づけで力を吸われたのではと思えるくらい腰砕けになって床に崩れ落ちた。

 

「扶桑は俺とのキスに弱いね」

「……はぁっ、はぁっ……提督の、せいです……はぁはぁ」

 

 頬を赤く染め、呼吸を整えながら、やっとの思いで言い返す扶桑。しかし豹馬は幸せそうに笑うのみ。扶桑はそんな彼に『ズルい……』と思いながら彼の太ももに顔を埋めて逃げるのだった。

 

 そこへトントントンとノックの音が響く。

 扶桑に構わず豹馬が返事をすれば、防衛ライン警備から戻ってきた第二艦隊が入ってきた。

 

「失礼します。第二艦隊旗艦、神通。警備任務を那珂と交代し、ご報告をしに―――」

 

 そこで神通は言葉を詰まらせる。

 何故なら扶桑が提督の前に跪いているのが見えたからだ。

 

「…………お、お邪魔をしてしまい、申し訳ありません」

 

「何か勘違いしてるな? 扶桑は恥ずかしくて俺の太ももに顔を埋めてるだけだ。そんなことより報告をしてくれないか?」

 

 豹馬がそう言えば、神通は小さく咳払いをして報告を始める。

 報告の内容はいつもと変わりない。そして変わりないということは、やはり今回も敵は鎮守府発足時より精鋭化されていることになる。

 

「……なるほどな。神通としては敵の塩梅はどうだった?」

 

「今のままでしたら問題無いです。こちらが押し負けることは無いでしょう。しかし戦力を増強されるとなると……」

 

「そうなる前に手を打つ必要があるな」

 

 豹馬がそう言えば、神通はしっかりと頷いて見せる。

 

「分かった。その点についてはこちらで何とかしよう」

 

「お願い致します」

 

「じゃあ、時間も時間だし、第二艦隊は食堂に集合」

 

「了解しました」

 

 神通が一礼して執務室をあとにすると、

 

「ほら、扶桑。いつまでそうしてるんだ? 第二艦隊のみんなを労いに行くぞ」

「…………はい」

 

 扶桑を連れて食堂へと向かうのだった。

 

 ―――――――――

 

 豹馬は艦隊が戻ると、彼女たちを自ら労うために食堂へ集合させる。

 前の人生では辛く優しくない現実から逃げるように仕事をしていたが、今は出来るだけ現実を謳歌しようとしているのだ。

 そのため豹馬は孤児院にいた頃の経験を活かして簡単な食事をみんなに振る舞うことにしている。

 今は丁度一五〇〇過ぎ。おやつ時であるため、ホットケーキを焼いた。

 因みに今回第二艦隊に編成されたのは神通・夕張・照月・春雨・涼風・龍驤。

 

「召し上がれ」

 

 提督がそう促せば、神通たちは眩い笑顔を浮かべて思い思いにホットケーキに手を出す。

 神通と春雨はシンプルにバターで、涼風と龍驤はバターにシロップ。夕張に至ってはそれに加えて生クリームで、照月の場合は更にこそへチョコレートソースをかける。

 

「ん〜……提督のホットケーキって最高っ!」

 

 夕張がそう言うと、他の面々もホットケーキを頬張りながらコクコクと同意した。

 

「提督ってお料理が本当にお上手ですよね」

「孤児院育ちだからな。これくらいは出来るように育たてられる」

 

 普通なら誰もが不憫に思ってしまうが、当の本人が一切不憫だと思っていない。だから誰もが彼の言葉に『なるほど』とただそう思った。

 

「にしても司令官はホンマに料理上手やもんなぁ。扶桑が羨ましいわぁ」

「だよなぁ。扶桑さんって幸せ者だよなぁ」

 

 龍驤と涼風がにやにや顔で扶桑の両脇を小突くと、扶桑は真っ赤になった頬を両手で押さえながら「幸せでごめんなさい」と言う。

 それでもその表情は幸せに溢れているため、それを見た誰もが『お熱いこって』と苦笑いした。

 

「幸せなのはいいことだよ! うん!」

 

 照月が何度も頷いて言うと、全員が『確かにね』と笑う。

 彼女たちは扶桑が艦時代の苦労を知っているため、艦娘になって得た幸せを心から喜んでいるのだ。

 それはそうと、

 

「さぁ俺の愛する扶桑。口を開けるんだ」

「は、はい……あ〜……」

 

 相変わらず豹馬と扶桑の激甘シュガーハッピーセット風景は見ていて胸焼けがしてくる。

 扶桑の定位置は豹馬の膝上。よって今も扶桑はその膝上に乗せられ、甲斐甲斐しくもホットケーキを食べさせてもらっている。

 少し前ならみんなの前でこんなことをすればオーバーヒートして気絶していたが、今は豹馬の激甘待遇が身に沁みたのか遠慮は見えるが拒否反応は見えない。

 そんなこんなで神通たちは相変わらずの二人を生温かく見守りつつ、無味と化したホットケーキで口の中のジャリジャリを飲み込むのであった―――。




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