傷つきながらなお戦い無茶を続ける少女を見た男は、彼女に想いを告げた。
アニメがやっていた時期からちょろちょろ書いてました。
思い付きで書いたので矛盾などあるかもしれませんが、最後まで読んでもらえると嬉しいです。
これは、いつか、どこかであったかもしれない物語。
「そうだ。私は、海が怖い」
戦いは、いつの世も変わらない。
人類共通の敵が現れて、多くの艦船を沈め、より多くの人々の命と生活を奪う。
その状況を打破するために一時は団結するも、結局意見の相違から決裂し、挙句の果てには人類同士で戦い始める始末。その結果、より多くの犠牲が出てしまうことから目を逸らして。
そうやって多くの者が、広く青く、そして暗く深い海の底に命を散らしていった。
救いたかったものを救えず、守りたかったものさえ守ることも出来ず。
いつだって、海の上には誰かの悲鳴が、絶叫が、怨嗟が、憎悪が渦巻いていた。
きっと彼女は、そんな地獄を延々と見せつけられて来たのだろう。いつ終わるとも知れない、悲劇の数々を。
でも、だからこそ。海部アラタはあえて言うことにした。
「俺は、この海が好きだよ」
「……指揮官、私の話を聞いていただろう?」
「ああ、聞いていたとも。――エンタープライズ」
アズールレーンの最前線拠点である、島の一角にある砂浜。
心地の良い潮騒と磯臭い海風、そしてどこまでも続く海原と青空を見つめながら、アラタは傍らに立つ銀髪の少女と言葉を交わす。
その艶やかな髪と黒のコートを風に揺らしながらエンタープライズは凛と立ち、紫の瞳で静かに海を眺めている。しかしその横顔はどこか、脆く崩れ去ってしまいそうな印象をアラタに抱かせた。
「……ベルファストや他の子たちと、同じことを言うんだな、貴方は」
「そりゃあ、そうさ。確かに海は危ないところかもしれないが、そう悪い物でもないし」
「何故そう、言い切れる?」
「だってほら、水着の可愛い女の子たちが海ではしゃいでるのとか、眼福じゃん?」
「………………指揮官はいつも、そういう目であの子たちのことを見ていたのか」
少し離れた場所で遊ぶジャベリンやユニコーンたちを微笑ましく眺めていると、エンタープライズが冷え切った目をアラタに向けた。
あまりにも失望しきったような目をしていたので、アラタは慌てて咳払いをした。
「違うって、決してやましい目で見てるわけじゃないから! だから目を逸らさないでくれ、エンタープライズ!」
「いや、指揮官も人の子だからな。別に否定はしない」
「そこまで悟った目で理解を示されると逆にいたたまれなくなるんだけど!?」
「悟るも何も、指揮官が普段私をどんな目で見ているか、知っているぞ?」
「待って、今ここでその話しする!? お願いだからこっち向いてくれ!」
エンタープライズの口から飛び出した言葉に、アラタは更に焦る。
こんな反応をするのは、図星を刺されたからに他ならない。
エンタープライズは露出こそ控えめで、精々白のインナーとコートの間から覗く肩と、スカートとストッキングの間に見える太腿の肌くらいしか見えない。
それでも顔立ちは整っていて、出るところも出ててスタイル抜群。
特に胸元は、胴回りに身に付けられたベルトで強調されるのもあって、まだ20代前半と若いアラタはついつい目を吸い寄せられてしまっていたのだった。
同時に彼女はアラタの秘書艦でもあるので、余計に見る機会が多くなってしまう。
それだけまじまじと見ていれば、バレるのも当然と言える。
「指揮官が私をどういう目で見ようが勝手だが、あまり他の子たちをそういう目で見ない方が良いぞ?」
「忠告は本当にありがたいけど、俺が言いたいのはそういうことじゃないから!!」
ゼイゼイと息を切らしながらアラタは抗議するが、エンタープライズはどこ吹く風といった調子で海に視線を戻していた。
溜め息が漏れそうになるが、エンタープライズのことを見ていたのは否定しようもない事実だったので、どうにか呑み込む。
「その割には、言い方が随分と如何わしかった気がするな」
「そう言われると否定しきれないのが辛い!」
エンタープライズの指摘には、反論できる余地がまるでなかった。
このまま如何わしいか否かについて議論したいところだったが、本題は違う。
「とにかく俺が言いたいのは、海はああやって笑ってあの子たちが遊べて良いじゃんってことだよ。何も怖いことや辛いことばっかりじゃない。あんな風に、楽しい思い出だって作っていける場所だって、俺は思うよ」
「楽しい、思い出……」
そう呟くエンタープライズの横顔は、しかしあまり愉快そうなものではなかった。
それはある意味、当然なのかもしれない。
セイレーンと呼ばれる謎の勢力が突如現れて否応なく戦いに駆り出され、今ではそれに加えてレッドアクシズとまで交戦状態にある。その中でしてきたであろう経験を思えば、彼女がそんな表情をするのは無理もなかった。
「君のお姉さんのことも知ってるし、俺自身、セイレーンが現れてから酷い目にも合ってきたよ。それでもね、好きなんだよ。君たちと一緒に見るこの海が」
「……私は、貴方に海を一緒に見たいなんて言ってもらえるようなことはしてこなかったと思うが。むしろ、叱られた記憶ばかりだ」
「そりゃ、君が無茶ばかりするからだ。あのベルファストが笑いながら青筋浮かべてたくらいだぞ?」
アラタは、エンタープライズが強行出撃した挙句戦場で過労から倒れて帰還してきたときのことを思い出す。
エンタープライズを支えて帰ってきたときの、あのベルファストの表情は、今まで見てきたどの女性の怒りよりも恐ろしかった。
自分に向けられた怒りではないのは分っているが、あの事件以来、アラタはベルファストを決して怒らせるまいと心に誓っている。
「それほどに私は、無茶をしていると思うか?」
「それに気づけていないのなら、相当重症だなと思うくらいには」
「そうか……」
とはいっても、これはエンタープライズの心の問題だ。すぐにどうこうできる問題ではないだろうと割り切って、アラタは話を続ける。
「俺は、君たちの意志を尊重したいって思うけど、君のそれは流石に看過できない。だから」
「し、指揮官?」
不意に手を握られてエンタープライズは困惑するが、アラタはそれに構わず、彼女の手を引っ張り波打ち際まで歩いた。
靴と靴下を脱いで素足になって、寄せては返す波に足を入れる。
程よく冷たく心地の良い海水が、繰り返しアラタの足を浸した。
「ほら、エンタープライズも裸足になって」
「いや、私は……」
「大丈夫、俺がいるから怖くないよ」
躊躇うエンタープライズの手を、アラタは少しだけ強く握る。
「指揮官……」
傾き始めた太陽を背に微笑むアラタを、エンタープライズは不安げな表情で見つめ返した。
「君が、海が怖いっていうのならいくらでも支える。皆を喪うのが怖くて戦うっていうなら、俺は君の帰る場所になる。俺自身に敵を倒す力なんてないけど、それでも、君を“守る”ことはできる。指揮官っていうのはそういう仕事だと思うし、何より俺がそうしたいって思うから」
「……私に、支えなど必要ない。まして、貴方に守ってもらうだなんて……あり得ない」
「……本当、頑固だよね、君も」
ガシガシと頭を掻きながら、アラタはエンタープライズの足元に屈んだ。
突然のアラタの行動に咄嗟にスカートの裾を抑えながら、エンタープライズは彼の頭を見下ろす。
「な、何を」
戸惑っているエンタープライズをよそに、アラタは彼女のストッキングに手をかけると、一気に引き下ろし、靴も同時に脱がせた。
あっという間に素足にされたエンタープライズは、ただただ困ったように自分の足元を見下ろす。
「取り敢えず今は、そんな難しいことは考えなくていいから。――ほら」
アラタはぐっとエンタープライズの手を引いて、波打ち際に引き寄せる。
波が、エンタープライズの素足にも当たった。
「……冷たいな」
ただ静かに足元を見下ろす彼女は、ぽつりと呟いた。
その声色と表情が決して楽しげなものでも、嬉しそうなものでもないのは、アラタにはよく分かった。
エンタープライズの心の傷は、思っている以上に深いのかもしれない。だからそう簡単に、海に足を浸からせたからといって彼女が晴れやかな気分になるわけがないのも、理解出来た。
「戦いが怖くたっていい。大切なものが無くなってしまうのが怖くたっていい。だけどそれは、君一人で全部背負い込むことは無いんだ。ベルファストだって、ジャベリンたちだって、皆、喪うのは怖いと思う。俺だってそうだ。皆がいなくなるのは怖いし、何より寂しい」
「寂しい……」
「そうだよ。だから皆、必死になって戦うんだ」
「そんなことは、分かっている。貴方に言われるまでもない。でも」
「――そうやって皆が傷つくのが嫌だと言って、君ばかり傷つくのは、やっぱり悲しいし、腹が立つよ」
迷い続けるエンタープライズに対して、アラタは思わず本音を零していた。
どんなに皆が止めても、ベルファストがあれこれと世話を焼いても、エンタープライズは中々変わることが出来なかった。
皆が傷つくのが嫌だから、周りが何と言おうと自分の意志を押し通そうとしたのだろうと、アラタは思う。しかし、それは。
「……何故だ」
「君がちっとも、俺や皆のことを頼ってくれないから。ずっとたった一人でボロボロになっても戦い続けて、それでいったい、何が守れるっていうんだ。何で、俺や皆に君のことを守らせてくれないんだ。――俺はそれが悲しいし、悔しい」
率直な思いを、アラタは包み隠さず伝える。
そしてアラタはエンタープライズと繋いだ手から、彼女の紫色の瞳に、視線を移した。
エンタープライズは伏し目がちになっていてアラタと視線は交わらなかったが、しかしその眼には少しばかりの動揺が浮かんでいた。
「……私の、私の戦いは、無駄だったのか?」
「無駄じゃないさ。……正直、君の無茶のおかげで助かった子もいないではないからね。ユニコーンちゃんとか」
「……なら、どうしてそんなことを言うんだ」
「そりゃあ、もちろん」
アラタは言葉を区切って、エンタープライズの両肩に手を置いた。
不意の動作に、エンタープライズも思わず顔を上げ、やっと二人の視線が交差する。
「エンタープライズ。君のことが、好きだから」
「――――――は?」
突然の告白に、エンタープライズは固まってしまった。紫の目を見開いて、言われたことの意味を呑み込めず、ただ呆けたような顔をしていた。
鳩が豆鉄砲を食ったようとはこのことを言うのだろうなと、アラタは思った。その表情がかえって可愛らしくて、つい笑みが零れる。
本当は、伝えるべきかどうか迷っていた。この気持ちを知られるのが、怖かった。
今は指揮官という立場でここにいるが、本来アラタは重桜の人間だ。レッドアクシズとの開戦でこちらに取り残されてしまったものの、皆の厚意もあってどうにか留まれているというだけの、曖昧な状況に置かれた人間にすぎない。
そんな自分が、こんな気持ちになってしまっていいのか。何度も、葛藤した。
けれど、エンタープライズがあまりにも追い詰められていて、何より今にも壊れてしまいそうになっているのを見て、ちっぽけな自制心はどこかへと飛んでいった。
「エンタープライズ、好きだ」
大事なことだから、アラタは改めてもう一度伝える。
「二度も、言うな。聞こえている。ただ、そう言われるとは思っていなかっただけだ」
動揺を隠しきれない様子で、エンタープライズは言葉少なに答えるが、どうにもぎこちない。
「そうかな? まあ、そうかもな。この話の流れで、告白って」
「……私は、貴方に好きになってもらえるような存在じゃないし、そんな存在でもない。私は、戦う
力なく首を振って、エンタープライズは吐露する。
今まで纏っていた覇気はどこへやら、そこにいたのは、ただ一人の
なるほど、ベルファストが自分を含めた艦船のことを「人」であると定義するのも当然だろう。たとえどんなに強い力を持っていようが、彼女たちは己が意志を持ち、心を持つ人間でしかないのだ。
エンタープライズは、それに気づけていない。
どれだけ多くの敵を屠り、どれだけ多くの仲間を守ろうと、休みなく走り続ければ心も体もいつかは簡単に壊れてしまう。
けれどアラタが気持ちを伝えたことで、わずかながらでも揺らぎが生じているのも、また確かだった。
「俺にとってに君がどういう存在かは、俺が決めることだよ。だから、何度でも言う。俺は君が好きだ」
「……どうしてだ」
「さあ? 気が付いたら好きになってた」
「そんな無茶苦茶な……」
「人の気持ちってのは、案外そんなもんさ。因みに好きになったのは、レッドアクシズと開戦した日に初めて会ったときだな。一目惚れさ。けど今は、いくらでも好きなところを言える」
「……例えば、何だ」
「皆のために頑張って戦って、最後まで守り抜くところが好き。そのくせ自分のことはテンでダメなところが好き。海の向こうをずっと見ているときの目が好き。声が好き。髪が銀色で綺麗なのも好きだし、顔なんてめっちゃ凛々しくて可愛い。スタイル良いし、服の着こなしもかっこよくて好き。肌も綺麗だし、手もけっこう線が細くて好き。ほんのちょとでも話が出来ただけで嬉しい。ベルファストに世話を焼かれて困惑してるところとか、可愛いにもほどがある。あとそれから――」
「待って! 待ってくれ! 分かったからこれ以上言わないでくれ、恥ずかしい!!」
一度語り出したら止まらなくなってしまったアラタを、エンタープライズは顔を真っ赤にして止める。アラタも、砂浜の方で控えているベルファストも恐らく初めて見るであろう、普段クールな彼女には似つかわしくないほどに、乙女な反応を垣間見せていた。
「そうか? まだあるんだけど」
「それを聞いていたら、夜が明けてしまいそうだから勘弁してほしい。というか、言っていることが矛盾している気がするのだが」
自分の行動を咎めておきながら、それをアラタは好きだと言う。そこが、エンタープライズには理解できなかった。
「別に、矛盾はしてないさ。俺はただ、皆のことを守るのもいいけど、それ以上に自分を大切にしろって言いたいだけさ。怖かったら、その気持ちをいくらでも聞くし、戦いたくなかったらいくらでも休ませる。だから」
そう言いながら、アラタはエンタープライズを抱き寄せた。
拒絶されたって知るものか。嫌われたって知るものか。ただ、エンタープライズがいつか笑っていてほしいだけだから。
「君は一人なんかじゃない。俺も、ベルファストも、皆もいる。だから、頼ってほしいし、背中だって預けてほしいし、甘えるときは甘えてほしい」
エンタープライズは、アラタに抱きしめられたまま身を強張らせた。
「……本当に、私は貴方にとって価値のある
「ああ、誰よりも。それから君は
「でも私は、戦わなくちゃいけない。もう、誰かが傷ついて沈んでいくのは、嫌なんだ。そうでないと、私は…………」
小さい、と思った。
寄る辺もなく、ただ一人で孤独に戦い続けてきた少女口からこぼれたのは、弱々しい言葉だった。
強い意志を持って戦う彼女の背中は、不思議と大きく見える。けれど抱きしめると、思っていたよりも華奢で、その上あんな生活をしていたというのに、よくもまあ戦い続けられたものだとアラタは思う。
例えそれが、人ならざる者の力であったとしても。どんなに大きな力を持っていたとしても。
「君は、一人じゃない。この戦いは、君一人で戦ってるんじゃないんだよ、エンタープライズ」
「それは…………」
「皆おんなじだ。戦えば傷つくし、心も体も、疲れてしまうことだってある。それは俺も、エンタープライズも、他の艦船の子たちも変わらない。だから皆で支え合って、足りない物を補い合って、いつ終わるのかも分からないこの戦いを乗り越えてくんだ。例え君が、君にしかない特別な力を持っていたとしても、それは変わらないと思う」
「それで本当に、いいのか? もし私が休んでいる間に誰かが沈んだら……。きっと私は、自分を許せなくなる」
エンタープライズの手が、しがみつくようにアラタの制服の襟元を握りしめていた。
心細そうなエンタープライズの姿は、紛れもなく彼女が人間だということを示していた。ただ彼女自身が、そのことに気付いていないだけだ。
「俺だって、エンタープライズが傷ついたり、万が一沈んだりしたらと思うとすごく怖い。俺の声が届かないところで君が消えたら、なんてことがあったら、もっと何か出来たんじゃないかって、思うかもしれない」
「……そう思うのなら指揮官は何故、私を引き留める。無茶をするなと言うんだ」
「そりゃあ結局、人ひとりに出来ることなんて、そう多くはないからだよ。たとえどんなに頭が良くても力が強くても、俺達には足と腕が二本ずつしか無いんだ。足りない分は、皆と補い合えばいい。もっと皆を頼っていいんだ。あの子たちだって、決して弱くないんだから」
「それでも、私は……」
アラタの胸元に額を当てて、エンタープライズは俯く。
「まあ、あれこれ言ったけど、それが今の俺の気持ちだよ。一方的に自分のエゴを押し付けてるだけだから。頭の片隅にでも残してくれたら、それでいい。最後に決めるのは、エンタープライズ自身だから」
「……貴方は、私に甘いのか厳しいのか、よく分からないな」
「そりゃあまあ、エンタープライズが可愛いからなあ。ただ、見ていて危なっかしいからつい、あれこれ言いたくなるんだよ」
「それではまるで、子ども扱いじゃないか」
なるほど、確かに言い得て妙だ。
艦船少女たちが人類の前に姿を現したのは、この数年程度のことだ。そのときに人としての精神性を獲得したとされるから、子ども扱いというのもあながち間違いではない。
「気に障ったのなら謝る。ごめん」
「いや、怒っているわけではないんだ……。ただ、指揮官に子どもだと思われていても、何も言い返せないと思ったんだ」
「その自覚があるんなら、大丈夫かな」
「……指揮官?」
抱擁を解いて、正面からエンタープライズを見据える。
彼女の紫色の瞳は、まだ
「どうした? 不安ならもう一回抱きしめるけど」
「い、いや、それはいい……! もう十分だ。というか、他の子たちにはやるなよ? 普通にセクハラだからな?」
「他の子たちには、ってことはエンタープライズならいいんだ?」
「なっ! そ、そんなことは言ってないだろう! というか指揮官、こんな人目のある場所でいきなり抱きしめるな! あの子たちが見てるじゃないか!」
頬を赤らめて、エンタープライズが右手でさっきまで波打ち際で遊んでいた、ジャベリンやユニコーンたちを指さす。
アラタが視線をやると、ジャベリンたちは遊ぶのも忘れて、各々が顔を赤くしてアラタたちを見ていた。
「うん。これは明日にでも、基地で噂になってるだろうな」
「そんな呑気に言うことなのか!?」
「だって俺はエンタープライズのこと好きだし、隠すようなことはなにもないさ。――けどまあ、なんだ」
一拍置いて、未だ恥ずかしそうな表情のエンタープライズの端整な顔をじっと見る。
「今にも君が壊れてしまいそうだったから、放したくないって思った。君が独りで、海の中に沈んでしまわないように……。俺が君の傍にずっといるって、伝えたかった」
「…………指揮官は、本当にずるいな」
エンタープライズが帽子の唾に手をやり、深く被りなおす。それは、火照った顔を隠すためなのか。それとも、涙を見られたくなかったからなのか。アラタからは、窺いようもなかった。
「エンタープライズ」
「何だ」
「好きだ」
「……知っている」