※公式が出した风息公園の設定を知る前に書いたので、有料になってしまってます。本当は無料。
あの日から何年か経った。
まだ監房から出されず勾留されるはずが、更生の為にヒト社会で仕事をしろ、と命令が下った。とは言え、まだ警戒対象のようで、人類の街へ赴く際は、必ず監視が付く。そうして近年の人間社会と関わりが深くなればなるほど、あの住処が恋しい、と何度も何度も思った。空が遠く狭い。空気が悪く息苦しい。喧しい。そして〝更生〟という言葉が、気持ちをささくれ立たせた。
「ふう……」
「洛竹。それが終わったら、上がって良いよ」
「わかった」
少し目を細めて口角を上げれば、上機嫌で反応をする人類たち。自分の容姿は、人類社会で好感を与えるようだ。むやみやたらと敵対心を芽生えさせて自分が相手をするなど、もう疲れたので、心にもない笑顔を浮かべて、館に属した花妖精が働いている花屋で働く日々は、色が無い。きっと、この花たちは鮮やかに素晴らしい色彩をしているだろうに。
「美しいって言ってやれなくて、ごめんな……」
仕事着だという前掛けを店長へ返して、夕暮れの街を進む。
自然を――『家』を壊す人類と共存することは、中々に難しい。許しがたいという感情が、消えるにはあと何年、何百年必要になるのか、または己の身が果てるまで燻り続けるのか、自分のことだというのに、感情を管理できないままでいる。风息への不満も、残ったままだ。彼を尊敬をしていた。否、いまでも尊敬している。それ故に殊更憎しみも強い。何故、新しい家族を殺しかけてまで、あの時に実行しようとしたのか。何故、自分に説得させてくれなかったのか。何故という感情から憎しみを抱いた相手は、もうふたりいる。体は冷たくとも温かい存在だったはずの虚准。何故、自分の行く手を阻んだのか。彼は随分年上で、小黑の体質だと、能力を奪われたらどうなるか知っていただろうに。空間系は能力を奪われたら死に至るだなんて、自分は後から聞いて知った。もうひとりは、天虎。何故、一緒に止めてくれなかったのか。どうであれ、無理矢理奪うことは好きじゃない。だって、そんなの、人類がしてきてる行動と一緒だ。説得して、あの子自ら楽園を作り上げてくれていたら――。なあ? 风息……。
館へ帰る為の合流地点へ向かっているはずが、
「入りますか?」
同道巡りの思考から引っ張り上げられて、周りをよく見た。嗚呼――……無意識に
人類の街のはずれを目指して、ひた歩いた。あんなに心地よかった日差しでさえ、街では火に炙られてるように不快だ。
「あ! 洛竹! おつかれっ」
ずいぶん大声で名前を呼ばれて、遠くの前を見れば、花妖精が人類が作った乗り物に乗って近付いてきた。同族へは見繕う気も起きず、足も止めずただ無言で片手を上げる。そんな対応で不愉快になる相手でもない。
「次って、明後日だっけ?」
「そうだよ」
「そっか! じゃあ、また明後日ね」
すれ違いざまの短い会話。彼女からは、人類の街の暮らしが長いという割には濃い木々の気配が漂い、それだけに、乗り物で空気を
館の監房へ戻って、横になった。元々食事は要らない。ただ、家族と口にした物が美味しいと感じて、楽しかったから、摂取してただけのこと。起こされた時は二日後、花屋での勤務の日。花を求める人類には、少しだけ、ほんの少しだけ、好感がある。かつて、自分たちの『家』を破壊し始めた彼らは、破壊しながらも『家』に感謝し、木々花々を愛で、食料となる命もその日必要な分だけを浸食していた。そんな彼らとこの店に来る人類は、花を愛でるところが似ている。されど、たったそれだけ。花をその手に迎えた人類が、空気を汚染する車に乗って去って行くのを見ると、やるせない。
「洛竹」
焼けつく日差しの午後、さいきん聞いていなかった声に、名前を呼ばれた。
あの時分、気持ちが混沌としたまま館の監房に投獄されて、ひと眠りしたら、次に目が覚めたのが何年か後だった。目が覚めてからも、この子には会いにくくて、こっちから面会を希望することもなく、向こうも訪ねてくることはなく、人づての会話であの執行人に正式に弟子入りして、あの子自身も執行人として動いてると知った。それ故に会いにくさが増して、それからさらに数年。再会は、今この時。記憶の中の子と、だいぶん変わっていて、時の流れを感じた。
「小黑。背が伸びた?」
「そうかな。ちょっと伸びたかも。あのねあのね、洛竹。これ、贈り物」
持っていた紙袋を、差し出してくる。困った。せっかくの小黑からの贈り物だというのに、いまは、水折りをしていて手が水浸しだ。すると小黑は、仕事中だったね、どこに置いておこうか、と頭を掻いた。トレードマークの猫耳は、今は被る帽子で見えない。きっと、その中でへたれてることだろう。
「あらまあ、坊や、ひさしぶりだね」
「おばさん! こんにちは」
――尻尾が見当たらない。もしかして、変化術が上達したのかな。耳も無いのか? 可愛かったのに。
「なんだい、洛竹に用かい?」
「そう」
「知り合いだったんだねえ。あんた、坊やといっしょに昼飯食っちゃいな」
本来の休憩より、四十分ほど早い。
この子に対して気後れが大きくて「受け取るだけにする」と口にする前に、小黑が飛び跳ねて喜んでしまったから、指示通り、昼休憩を取る事にした。食べた後に渡すね、と笑う小黑は、あの歓迎会で見せてくれた笑顔。
あの時が続けばよかったのに――……。
「小白と山新がね、おもしろいとこ連れてってくれてさ」
小黑のお気に入りだという料理店で食事をしながら、近状を聞く。友人関係になったという人類の娘の話、その娘の兄が妖精だという話、自分と同時期に館に捕縛された人食い妖精の話。特に、娘との話題は多く、すっかり共存しているようだった。彼も『家』を奪われ、自然の力の弱い人類の街で、正体を隠して住まわざるを得ないというのに、何故、自分とこうも違うのだろう?
「洛竹?」
「ん?」
笑みを返す。
「洛竹、笑わなくなったね」
いま、笑いを浮かべたじゃないか。そう言うと、小黑の顔に影が差した。気後れを隠しているけれど、この子は、距離感を察知したのかもしれない。
「許せてないの?」
「……うん」
「もういいんだよ?」
「きみは、殺されかけたのに」
すると、小黑は食後の皿も食べかけの皿も、机の端に除けて、例の紙袋を置いた。可愛い眉は、ぎゅっと寄っていかにも不機嫌さを表している。強い眼差しが突き刺さり、次いで、開けて、と命令が飛んできた。その姿は、対峙した執行人のようで、好かない。それでも、小黑からの贈り物は嬉しい。紙袋をそっと引き寄せて膝の上に乗せる。中身は、竹だった。ちゃんと取り出して、と更に命令が飛ぶ。
「风息……」
「そうだよ」
「虚准」
「実はそれ、三個目なんだ。彫る時、角、折っちゃって」
「天虎」
「いちばん彫りやすかった」
残るこの姿は、自分だ。
「山新がね、日本って国の物が気に入ってて、竹
ギクリ。
「洛竹たちのことも、酷いことした相手って思ってない。
それこそ、曖昧に笑って有難うと言って、手の中の灯籠を眺めた。
館の周りはいつだって、太陽と月が交互に顔を見せるものだから、監房の中の電気とやらを点けなくても、月明かりで充分の明るさだ。
「あれ?」
袋の中は竹灯籠だけではなかった。確かこれが、蝋。小黑の説明だと、この蝋に火を点けてを竹の中に入れると、あの花のようになるらしい。しかし、種火がない。扉を開けて、半身だけ廊下に出す。看守が、ああ、いた。
「火、持ってる? ――なにも企ててない。ただ、蝋燭に火を点けたいんだ」
竹灯籠を見せると、この監房へ歩いてくる。確認するみたいだ。
「……外から持ち込めたという事は、危険物ではないようだな」
「小黑からの贈り物」
「――小黑様から。いいだろう」
小さい蝋燭に、看守が灯を燈す。それを竹灯籠の底へ、置――はは、気付かなかったな、底に
「火を、ありがとう」
「……」
ベッドの横に、灯籠を置いて横になって眺める。燈火は赤い筈なのに、灰色と薄い灰色にしか見えない。瞼を閉じれば、『家』の翠色も、天虎の柿色の毛皮も、虚准の
……やっぱり、家族が愛しい。憎しみがあっても、愛しい想いが強いや。
「天虎。虚准。……风息」
『家』に帰れたら、小黑の言う