ゴーティエ家の失われた重騎士 作:22の月
無論、それがシルヴァンに対する仕打ちを緩和してくれる訳ではなかったが、いつかの歴史で盗賊団を作り、一人の教師の元に敗れ去ったもうひとつのありえたかも知れない歴史の彼よりかは幾分か変わる未来を創り出せるかも知れない。
あの時、廃嫡された時に素直に運命に従っておけば良かったのかもしれない。家を追い出された時には既に俺の未来はなかったのだろう。それならと僅かな抵抗とばかりに盗賊団を作って家宝の槍を盗んで、それで呆気なく死ぬ。
我ながら笑える最後だったと覚えている。
もう一度やり直せたならな、そう思った事も少なくない。だがそれら全てはも最早叶わぬ夢。いくら望んだって紋章が俺に現れる訳でも無く、今から過去に戻る事も無し。未練たらたらで地の底をさまよっていた。
でも、それでも。
もう一度だけ、やり直せたならば。
この手で未来を変えてみせる。
そう考えて、意識は闇へと沈んだ。
「......にうえ」
「なんだ......誰だ。うるさいぞ......」
「兄上、起きてくれって。父上が兄上を呼べって」
「そうか......夢か......」
目覚めはある意味最悪だった。後悔ばかりの人生、まさか幽霊になって初めて見た夢が、弟に起こされる夢だとは。
眠いから後にしろと言って、俺はまた眠りにつく。いや、正確に言えばつこうとした。だが、自分の中の意識のひとつが眠らせてくれないまま警鐘を鳴らしている。俺はこのまま寝ていていいのかと。今目覚めるべきではないのか、と。
「......行くか」
目を見開き、上半身をゆっくり起こした。利き腕を支柱に身体を起こしてみれば、そこは懐かしい我が部屋だった。
訓練用の槍や斧が棚に立てかけてあり、すこし古ぼけた机の上には用兵術の書籍や理学の書、フォドラの歴史などの記された書物が産卵していた。夢にしては妙に鮮明だった。
ベッドから降りて身を伸ばす。かつての日課がまるで忘れられていたかのような感覚。その感覚に違和を覚え、窓の外を見る。館の周りはいつか見た賑わしい市場がマイクランの目に入った。
「兄上!父上がカンカンだ!急げって!」
部屋の外からシルヴァンの声が届いた。聞くに、いつの日か俺を廃嫡した野郎は怒っているそうだ。はん、と鼻で笑いながら服を着替える。懐かしいクローゼットの中にはいつも来ていた茶色の平民服がかけられている。
その中の一着を手に取り、来ていた寝間着を脱ぐ。
そして気が付いた。
胸の傷が消えている。教師に付けられた傷が塞がっていた。いや、正しく表すなら『跡形も無く消え去っている』と言った方が正しいだろう。死んだ時、確かに胸に傷を付けられたはずだ。あの教師と斬り合い、紋章の力に飲まれた時には既に死んでいた。その光景を、死んで直ぐに幽魂となって確認できたからだ。そしてトドメを刺された時には付けられた傷が、霊となった俺の胸にも刻まれた。痛みは無かったと記憶している。
「どういう事だ......いや、今は夢の通りに進むか」
服を着替え終わり、館の二階へ降りる。階段を下ればそこは広い空間が自慢のリビングだ。暖炉や広いテーブルがある。言わば応接間を兼ね備えた談話室といった所か。今はここに用がある訳では無いので更に階を降りて廊下に出た。
廊下は左右に別れており、正面には広い玄関が来客を出迎える。左の廊下には使用人室やキッチンがある。逆方向には両親の部屋や、そこから行ける地下宝物庫がある。用があるのは両親の部屋だ。
部屋の正面に立ち、ドアをノックした。
「失礼します」
「......入れ」
暫くの沈黙の後、重い声がマイクランに応えた。金色の彫刻と蒼き獅子の刻まれた豪華な木製ドアを開ければ、いつものミントティーを飲む父がマイクランの到着を待っていた。
「遅かったな」
「まあ、すみません」
短い会話を繰り広げていく。気難しい父は気の置けない相手がほとんど居ない。それは家族でさえ例外は無い。夫婦の間柄だけは違うようだが、シルヴァンにも、特に紋章を持たない俺には辛く当たったものだ。その全てが懐かしく感じたが、今はその夢を見ているのだ。自覚のある夢は明晰夢と言うそうだが、これもそういう類なのだろう。
「マイクラン。お前を呼んだのは、もうお前自身でもわかっておるだろうが......」
「わかっています。
そう聞くと父は重い面持ちで頷く。
あの時はまるで剣に付着した血を拭き取るかのようにバッサリと廃嫡した記憶があるのだが、夢の中では随分と美化されているらしい。
「......では、私物を纏めて出ていきます」
「...........すまぬな。紋章がないばかりに、お前に辛い思いをさせてしまって。だが、わかってくれ。紋章を持たぬお前が我が家を継ぐことは出来ぬのだ」
そう言って、父は隣接する寝室に戻っていった。
はて、あんな事を言ったかなと思うも、夢の中である上に細かい事までは覚えていないから、もしかしたら言ったかもしれない。
「っ......あ、兄上!本当なのか、今の話?!」
「シルヴァンか?まあ、当然の結果だな。お前への当たりもあるし、自然とこうなるだろうよ」
「俺への......当たり?......なあ、兄上。少しおかしいぜ。兄上はいつも俺には優しかったじゃないか」
「......え?」
今、なんと言ったのだ?シルヴァンは今、俺がいつも自分に優しくしていた、と言ったのか?いくら夢でも、願望ばかりを映すわけでは無いだろうに、なぜこんな事を夢の中の人間に言わせるのだろう。それに、違和感の正体も未だ掴めていない。
「......わかった。兄上がおかしいのは目を瞑るよ。でも、兄上程の人ならきっと騎士にでもなれるさ」
「...........そうだな。......なあシルヴァン」
訪ねると、シルヴァンは目を向けてくる。
「俺は、お前に酷い仕打ちを繰り返していたか?」
「...........兄上、本当におかしくなっちまったのか?兄上は俺に槍術や馬術を教えてくれたろ?兄上が得意な重装運用術は俺には合わねぇっていってさ」
そこまで聞いて、確信した。
俺は夢を見ているのでは無いのだ。これは夢ではない。
そう言い聞かせないと気が触れそうだった。こんな事を弟に言わせる程俺は後悔していたのか?そう思わずにはいられなかった。
「......兄上?とにかく、俺にとって兄上は優しい兄上だ」
「そうか。それならいい。...........またいつか会おうぜ」
そう言ってひらひらと手を振って父の部屋を後にし、自室に戻る。ベッドの隣に佇む甲冑に袖を通すと、青年期にはずっしりと感じた筈の重甲冑が、25の誕生日を迎えてからはそんなに重いとは思わなくなった。
小物を入れる為に腰に下げている麻袋の中には、とりあえず一週間は食事を取っていられる程度の小金はある。後はこれだ。特別に鍛えられた、鋼の槍。重騎士としては軽量で扱いやすい鉄の槍や、強力だが鉄よりも比較的脆い銀の槍よりも、重い代わりに頑丈で、戦技を多用するような扱いにも耐えうる鋼製の方が良い。斧は投擲用にショートアクスだ。小さい割に腕力だけで威力が出せるように特別重い。二つとも小手先の工夫ではあるが、あの時破裂の槍を持たなければこれを携えていただろう逸品である。
「......行くか。未練なんてある訳もねぇからな」
槍を背負い、斧を腰に提げて重い鎧を鳴らしながらドアを開く。そこにはシルヴァンが立っていた。
「兄上...........行くんだな」
「まあな。適当に傭兵でもやろうと思ってるよ」
「そっか......元気でな。どこか行く予定はあんのか?」
「いや、特にはねぇな。傭兵団を作るのも良い」
おどけてそう言えば、シルヴァンは「案外似合いそうだ」と笑った。だが、そのまま去っていくマイクランにそれ以上声をかけてやる事は出来なかった。
あらすじにも描きましたとおり、本作品は『マイクラン=ジョゼのゴーティエの苦難 風花雪月』のリメイク作品です。
前作は恐らく本作進行に合わせ消す事になります。