ゴーティエ家の失われた重騎士   作:22の月

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三章 仮の日常

季節でいえば、暑い所ではもうそろそろ初夏に入るのではないだろうかという頃である。ガルグ=マク大修道院には併設された巨大な士官学校があり、ベレスは傭兵だったにもかかわらず、アロイスの推薦で教師に異例の抜擢を受けたそうだ。という旨の話を、彼とマヌエラは茶会の中で話の種にしていた。話題の食い付きが良かったのが印象的だった。

 

「変な事もあったものですよね、マヌエラさん。まさかの、傭兵が学校の教諭に大大抜擢!なんてもんですから、初めて聞いた時は驚かされましたよ、本当に」

 

「ええ、本当よね。あたくしもてっきり、ジェラルトさんが先生になるのかと思ったわ。だって渋いもの............ああ、ところで()()()さん?ハンネマン先生を見なかったかしら?あの人が落としてった物があるから、届けようかと思ったのだけれど」

「ハンネマンさんですか?いいや、見てませんね」

「あら、そうなのね......わかった、あたくしも自分で探してみるわ。お茶、ありがとうね」

 

そう言って、()の好物の三日月茶を飲み干して、その場を後にした。先程マヌエラに『マーク』と呼ばれた男が、茶器を片手に席を立つ。橙色の髪色をした鎧騎士の男は、騎士団に入団するまでは『マイクラン』と名乗っていた。それは、ガルグ=マク大修道院の中で知っている者はエドガルドの他には片手で数える程しかいない。

 

 

 

もうすぐ着く頃だろうか。曲がり角を曲がれば、手入れされた庭と隣接している食堂の裏口が目に入った。

 

「マークさんっ!」

「ん?......おう、ヘレンじゃないか。この前の模擬戦の優勝は青獅子(ルーヴェ)だったな。お前も中々やるじゃあないか」

「えへへ、やっぱり修行の賜物ですよ!」

 

食堂に着くやいなや、後ろから声をかけられる。常に甲冑を着込んでいるから振り向くのが遅くなってしまうのだが、声のした方向を見てみればその声の正体が分かった。ベレスが担任の教師を不器用ながらに務め、ディミトリが級長の役を果たしている青獅子の学級(ルーヴェンクラッセ)の一生徒だ。

この子の名前を『ヘレン=フォルクハーツ』という。

理学が何よりも得意で、金鹿の学級(ヒルシュクラッセ)の座学トップのリシテアという少女といい勝負らしい。

 

「マークさん、今日はもう仕事は無いんですか?」

「そうだな...........今日済ます分は終わらせたばかりだが」

 

躊躇いつつも正直に話す。理由はすぐにわかるだろう。

 

「じゃあ教えてくれますよね!()()!」

「あのな、お前はもう少し『適材適所』という言葉を......」

 

そう、何をとち狂ったのかこのヘレン、 魔法が一切扱えない重装運用を教えて欲しいと前節からねだり続けて来ているのだ。うんざりしすぎて、もうほんの少し教えてしまった程だ。

 

「そも、なんで重装運用術にそこまでこだわるんだよ。お前は理学が得意な上、槍術も斧術も、果てには重装すら苦手じゃないか。時間の無駄になるだけだぞ」

「ボルトアクスだとか、私の高い理力によって性能を引き出せる武器がありますよ!でしょ?」

「まず前提に、教会の認可したボルトアクスは斧術を会得した奴だけに使用許可が降りるんだぞ。お前な、斧術は何級まで上達してるんだ?」

「...........D級」

「......はぁ、こっそり成長してるのが何とも言えない」

 

以前はE級だったというのにな。そう言ってヘレンを適当にあしらいつつ、食堂の台所に到着する。修道女と食事当番の生徒が皿を洗っていた。

 

「よう」

「あら、マークさん。お疲れ様です」

「ティーカップを洗いに来た。布巾はある...よな?」

「はい、ありますけど.....僕が洗いますよ?」

「仕事増やす訳にはいかんだろ。ほら、寄越しな」

 

男子生徒の申し出を断って、自分もカウンター入り口を開けて中に入る。貯水槽から水を組んで火で暖め、湯にしてからカップを中に入れる。汚れを落とした所で引き上げ、水分を拭き取れば、そこには茶葉の汚れは見えなくなっていた。

 

「よし...........手伝おうか?」

「ああ、いいんですよ!僕の役ですから。ね?」

「ええそうです。私達の事は気にせずともいいですよ」

「そうか、じゃあまたな」

 

カウンターから出て、手を振って別れを告げ、食堂を後にする。次に向かうのは訓練所だ。ここに来れば大抵は訓練している生徒や、たまに騎士や聖騎士が得物を振るって鍛錬している事がある。自身の武芸の腕を磨きたくなったら、ここに来る事で大体の場合相手は見つかる。そして、その()()は稀に他の生徒たちの間でも起こりうる。今回はその稀なケースに当たった様だった。

 

「おい、聞いたか!?フェリクスがセイロス騎士を四人抜きだってよ!」

「マジかよ!?次の相手は!?」

「今からカトリーヌさんと戦うらしいぜ!」

「おいおい、こりゃ見物だなぁ!」

 

訓練所に行くまでの道に居た男子生徒が、別の男子生徒に話しかけられて、その内容に驚愕して共に訓練所に走り去っていった。その内容をしっかり聞いていた彼も、半ば野次馬のような感覚で見物に向かった。

 

 

 

 

 

 

訓練所の中では即席の闘技会場が設営されていた。舞台の中にある四つの椅子に座る騎士達は皆疲れた様に項垂れていた。中央に立つフェリクスを見据えるのは同じく騎士団の精鋭、聖騎士カトリーヌだ。

 

「貴女がカトリーヌ殿ですか?」

「そうだ。アンタが私に挑みたい、っていう青獅子(ルーヴェ)の生徒の剣士、フェリクスだな?」

「ええ。聖騎士と手合わせできるとは、僥倖です」

「いいね、その目!アタシに似て、強さを求める貪欲な目。よしフェリクス、相手になるよ、全力で来な!」

 

カトリーヌのその一言に訓練所は騒然となる。なんと一聖騎士が一人の生徒を対等な相手と認めたのだ。カトリーヌは聖騎士の中でも一二を争う剣術の達人。そのカトリーヌが全力を出せる相手......フェリクスという男も、目は離せない。

カトリーヌの一言で自分が全力で戦っても良い相手だとわかったフェリクスは不敵に笑い、剣を構えた。

 

「面白い......その腕、見極める!」

 

フェリクスの鋭い突きがカトリーヌの腹部を狙う。それを見てカトリーヌは剣を両手で握り、上から下にかけて、フェリクスの剣を巻き込む様に下ろす。

剣を取り上げられる前に自ら離し、素手で殴りかかるフェリクス。カトリーヌはそれを見て二度の連撃を避け、地面に手をついて大きく翻り、フェリクスから距離をとった。その隙を突いて床に転がった剣を拾い、構える。

振り出しに戻った戦局に歓声があがる。

 

「やるねぇ、口だけじゃない事は褒めてやるよ」

「俺とてただ勝つ訳では無い。力を発揮して勝つ事こそ、剣士に求められるものです」

 

二人の剣士の睨み合いに、湧き上がっていた歓声も収まり、再び戦いの行く末を見守る。

 

ジリ、ジリ、と少しずつ間合いを詰めるフェリクス。反対に剣を両手で握って防御の構えを取るカトリーヌ。

 

「ハッ!」

 

先に斬りかかったのはカトリーヌだ。カトリーヌの剣筋がフェリクスの首を捉えた。フェリクスは身を捻ると同時に、その勢いを殺さずに剣を振り抜く。カトリーヌは当たらなかった剣をそのまま胴体の横に持ってきて防御する。

 

ガキィン!

と、金属を力任せに叩きつけた時に鳴る、砕けるのではと思う程の甲高い音を発した事で漸く気付いた。

 

「ま........待て!こいつら訓練用の剣じゃなくて鋼の剣で斬り合ってんのか!?」

「.....えっ!?そ、そりゃまずい!早く止めましょう!」

 

その一言で野次馬の生徒達のほとんどが二人を抑える為に走る。剣を握り、互いにばかり集中していたフェリクスとカトリーヌは生徒達に難なく抑えられた。

 

 

その後、やりすぎだという事で大司教からお叱りを受けたらしいのだが、それは俺の預かり知らぬ所である。

そもそも、剣で斬り合っていたからって止める事はなかったのだが......生徒たちは野次馬精神が旺盛な割には些か臆病な者が多いのか、まさか指摘しただけで中止処分まで下されるとは思わなんだ。

 

当のフェリクスは決着を阻止された事で腹を立て、カトリーヌも久しぶりの好敵手との決着を付けられなかった事に、強く不満を口にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう......明日からはもっと鍛錬をきつくするか......ん?」

 

訓練帰りの道を歩いていた所でセテスの姿が目に入る。セテスもこちらに気が付き、歩み寄ってくる。

 

「やあ、マーク。騎士団での生活はもう慣れたかな?」

「どうもセテスさん。殆ど慣れました。元々遠い地で傭兵をしていたので、あまり違和感はありません」

「そうか、それは良かった......少し話は逸れるがいいか?」

「どうかしたんですか?」

 

そう言うとセテスは眉間の皺を深め、辺りを見渡す素振りを見せてから彼に耳打ちした。

 

「実は、最近君の出自を疑う者がいる。君は腕は確かだし、セイロス聖教会にもとても協力的だ。...........そこでだ。差し支えなければ、私にだけ君がどこの出身なのか教えては貰えないだろうか?そうすれば、疑いをかける者には私が言って聞かせておく」

 

話してもいいものだろうか。疑問に思ったが、折角の第二の人生を変な容疑をかけられてふいにされてはたまったものではないので、素直にセテスに話す事にした。

 

「...元々、俺は王国貴族ゴーティエ家の出身です。紋章が無いので廃嫡されちまいましたけど......今はもう、セイロス教会の騎士です。今更あの家に未練はありませんよ」

 

「ゴーティエ......という事は、シルヴァンの家の出身か......ん?........ゴーティエ家を廃嫡された................君はもしかして、ゴーティエ家の長男のマイクランではないのか?」

 

答えに至ったセテスが、目を見開いてマークに訊ねる。彼は、焦らなくても問題ないというようなジェスチャーをしながら、セテスの勘の良い問に答えた。

 

「はい。元は隠すつもりもなかったんですが、弟が居ると知った時に、慌てて名前を隠そうと思いまして」

 

「そうか......シルヴァンには会わなくていいのか?彼は君の弟なのだろう?」

 

「シルヴァンとは顔を合わせないようにと思っていますから。ここに俺がいる事を知ったら、学業にどんな支障をきたすか、予想もできません。ただでさえあいつ、女癖が悪いそうですし......」

 

「うむ......我が妹にも目をつけている様なそぶりが見られれば、即座に対応させて貰おうと思っている」

「ははは、それは良い。ちょうど、矯正にもなりますよ」

 

その後、暫く雑談をして別れた。セテスは口の固い人だと確信しているので話したが、本来は誰にも話さない予定だった。そもそも、話したところで双方にメリットがあるかと言われれば、無い訳である。

しかし、彼には話してもいいと思えた。彼は確かに厳格だが、それは約束事を確実に守ろうとしてくれるという事でもあるし、常に顔に貼り付ける厳しい表情の裏には人柄の良さが溢れている。

セテスはとても誠実な人間だ、というのが彼の評価だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、セテスとの話で少し時間を取られてしまったが、本来訓練所を出て向かいたかった所は学生寮の最も端、新任教師ベレスの部屋だ。ひと月前の約束で、時々話をすることにしていたからだ。

 

ドアをノックし、中にベレスがいるか確認する。

 

「俺だ。いるか?」

「マイ........マーク?入っていいよ」

 

許可を得、ドアを開ける。ベレスは自室の机で何かしらの資料を読んでいたのだろうか。椅子に座ったまま目を通していただろう書物を綴じ、マークに向き直った。

彼もベレスの部屋の外に誰もいない事を確認してドアを閉じた。マークがベレスを見遣ると、彼女も同じように彼を見返す。やがて口を開いたのは、マークだった。

 

「あの約束、守ってくれているみたいだな」

「うん。こうして今日も話してる、約束は守ってるよ」

「ああいや、そっちじゃねぇ。俺の本名を口にするなって約束だよ。お前、時々抜けてるところがあるから、どこかでうっかり俺の名前を口に出しちまうんじゃあないかって心配になるんだよ」

「なら大丈夫。口は固いから」

 

そう言ってベレスは胸を張って答える。よく見ればその額には汗をかいており、何かしら運動をしていたのかと思わせる。一度見ては気になって仕方なかった。

 

「今日は週末だが、何をしていたんだ?訓練か?」

「いや......生徒達とご飯を食べてた。食べてたんだけど、その時に気持ち悪くなって......」

「おいおい......一体何を食ったんだ?」

「キジローストにサラダパスタ、ブルゼン、シャーベット......あ、後タルトと魚のバター焼きだったかな」

 

成人男性の胃に収まるかも怪しい量の食事を取ったというベレス。マークにとってはローストだけで十分すぎる量なのに、彼女の胃は鋼鉄で出来ているのかと錯覚させた。

 

「お前......そりゃそんなに食ったら気分悪くもなるだろ」

「今はもう大丈夫だけどね。私、食べるのは大好きだから」

 

そう言うと机の引き出しから小包を取り出す。可愛らしいピンク色のリボンを解いた中には、狐色をした香ばしい香りの焼き菓子が六つほど入っていた。ベレスはそれを一つ頬張った。

 

「まだ食うのか、ベレス?」

「うん。まだ食べれそうだから」

 

そう言ってベレスは一つ二つと次々に焼き菓子を頬張っていく。この場合は()()の方が正しい言い方になりそうな気がしないでもないが。

 

気が付けば窓から差し込む光は橙色に輝いている。時刻は夕方に差し迫ったという所だろうか。そろそろ兵舎に戻ろうかとドアノブに手をかけた。同時にベレスに帰ることを伝える。

 

「じゃあ、話は逸れちまったけど、俺はこれで」

「行くの?お菓子は要らない?」

「要らねぇ。大体、俺は甘いものは得意じゃないんだよ」

 

「そっか」とだけ答えて、ベレスはまた机に向かい、先程読んでいた本を開いた。口をもごもご動かし、中からはバリボリて焼き菓子を噛み砕くような音も聞こえてくる。

 

マークは優しくドアを閉めた。

 

それと同時に背後から声をかけられる。影が差して目立ちにくくなっているとはいえ、やはり誰かに見つかるとは思ったが、それがよりによってこの生徒だとは考えたくなかった。

名を出される事を危惧して咄嗟に口を塞ごうと動く。

 

「どうも、マイクラン───むぐっ」

「いい加減、そう呼ぶのはやめろ。いいな?」

「(......コクコク)」

 

試みは成功し、口を塞ぐ事が出来た。機敏な動きに驚いた彼が頷いたのを見て、ゆっくりと手を離す。

 

「......ふぅ。酷いじゃないか、急に口を塞ぐなんて」

 

そう言ってクロードはへらへらと笑う。

 

「あのなぁクロード。俺もお前が俺の本名を軽々しく口に出したりしなきゃ、いつもこうして出会い頭に口を塞ぐ理由なんて出来ないんだがな」

「ははは。良いじゃないか」

「良くねぇ。......ったく、お前と関わってると頭が痛いよ」

 

頭を抑える。

 

「というか、お前何でここにいる?」

「いやいや、『何でここにいる』はこちらのセリフだぜ。第一、ここは学生寮だ。因みに俺は先生に用があっただけだ。......あー、それとあいつらもそうみたいだな」

 

クロードが言いながら肩を竦めて笑う。その言葉で後ろを振り向くと、そこには二十日前にマークもといマイクランと共闘したエーデルガルトとディミトリの二人が立っていた。

 

「マイ......マークさん。先生の部屋で何を?」

「そこは(せんせい)の部屋よ?マークも私達みたいに剣の教えを乞いに来たのかしら?」

「いや、違ぇ。あいつが俺の本当の名前をうっかり言ってしまってねえか確認しに来ただけだ」

「あら、そうなのね」

「そうだったか。俺はてっきりマークが先生に愛の告白を───ぐほぁっ!?」

 

碌でもない冗談を吐いたクロードの腹を思い切り引っぱたく。効果は抜群だったようで、もんどり返ってのたうち回っている。

 

「......こればかりはお前が悪いな、クロード」

「そうね。これは言い訳のしようも無いわね」

 

そう言って二人はマークに会釈して、ベレスの部屋をノックする。ベレスが外に出て二人の顔を見るやいなや、自室に置いてある訓練用の剣を手に取って訓練所に向かった。クロードも起き上がって三人について行く。

 

「...........はあ、やっと終わったか」

 

そう言って頭を掻きむしりながら太陽の位置を確認すると、夕暮れもそろそろ大地に沈むかという頃だった。それと同じタイミングで鐘の音が鳴り響く。フォドラ民謡でも広く採用されている、馴染み深いメロディが、もうすぐ兵舎に帰ろうと急かすようにも感じる。

 

「(特に何をする事もなく、時が平和に過ぎれば、俺の選択は正しかったとわかる......はずだ)」

 

そう考えながらも帰路に着いた。

ガルグ=マクの鐘は高らかに鳴り響いていた。

 




マーク

マイクランが、青獅子の学級にシルヴァンが在籍していると分かって咄嗟に名付けた偽名。本人に会った場合はマイクランではなくマークとして接して欲しいと言うつもり。
編集前はエバンシュトという名前だったが、どうせだったら過去作と何かしら繋がりがあって、マイクランという名前と似ているものが良いな、と今の名前になった。


ヘレン=フォルクハウツ

青獅子の学級に所属する生徒。16歳の少女で、魔法が大の得意。特に黒魔法の扱いに長けているが、座学の方は平凡かつ微細なミスが目立つせいで点数が危うかったりする。重装運用術に隠れた才能を秘めている。斧術は普通に不得意。
ルミール村の出身で、魔獣に襲われて死んだ両親の代わりに村長が親代わりとなって王国魔道学院に通っていた。卒業後、教員の推薦にてガルグ=マク大修道院併設の士官学校に入学した。



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