インフィニット・ストラトス 蒼空に鮫は舞う   作:Su-57 アクーラ機

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71話 例えお前が何者でも

 俺の名前はウィリアム・ホーキンス。

 世界で2人目のISに乗れる男で、今は――

 

『ワールド・パージ、調整完了』

 

 今は――ただの戦闘機乗りだ。

 こんな砂と岩ばかりで熱いだけの飛行基地に俺がいるのは、奴ら――家族を殺したテロリストどもへの復讐を果たすためである。

 

「…………」

 

 そして、そんな俺は今、最っっ高に機嫌が悪い状態だった。

 空調の壊れた部屋で待機させられているからというのもあるが、一番の原因は30分くらい前にまでさかのぼる。というのもまあ、()(てい)に言えばちょっとした口喧嘩(くちげんか)だ。

 どうにもこの基地には新参者の俺をよく思わない連中がいるらしく、新入りのくせに戦果を出しているのが気に食わないらしい。

 

「(クッソ、あのボンボン野郎が……)」

 

 で、その中でボス面をしているのが俺より階級が少し上のパイロット(腕前はお世辞にも並とは言えないレベル)だ。なんでも親が有力な議員だとかでそこそこの階級につけたんだとか(完全に親の七光りだな)。

 そいつが事あるごとにゾロゾロと手下を引き連れて俺に絡んでくるもんだから鬱陶(うっとう)してくてしょうがない。

 と、そんなこんなで今日も今日とて『ありがたいご指導』を受けてきたというわけだった。……んなことしてる(ひま)あるなら飛行訓練でもして来い、トーシロどもめ。嫌味じゃ戦闘機は()とせねえんだよ。

 

「はぁ……」

 

 気づけば俺の口からはため息が漏れていた。

 どこから聞きつけたかは知らないが、俺が親無しだということがあいつにバレたらしい。

 それをネタにたっぷり1時間バカにされたのが、今機嫌が悪い一番の理由だった。

 しばらくはこんな調子が続くのだろうと思うと憂鬱(ゆううつ)だ。

 軽くボコってやろうかとも思ったが、なんとか踏みとどまった自分を褒めてやりたいくらいだ。

 

「……誰が好きこのんで……」

 

 無意識に漏れた俺の呟きは、室内に設置された扇風機の羽音にかき消される。

 

「っ〜〜〜! にしてもクソ熱いなぁ、ったく! 空調の1つくらいさっさと直してくれよ!」

 

 スーツの胸元を緩めて、手元の冊子でパタパタと扇ぐ。

 しかし、ぬるい風しか送られてこない上に絶えず腕を動かしているせいで体は(かえ)って熱くなる一方だ。

 

「あ〜、もういい。どうせこの部屋には誰もいねぇんだ」

 

 申し訳程度に置かれた扇風機の風を独占してやろうと、そう考えてイスから腰を浮かせる直前だった。

 バンッと勢いよくドアが開かれて誰かが転がり込むようにして部屋に入ってくる。

 

「ウィル!」

 

「……あん?」

 

 いきなり自分の愛称を呼ばれて、俺は反射的に振り返る。

 息も絶え絶えに立っていたのは迷彩服に身を包み、帽子を目深く被った女だった。

 腰まである長い銀髪が特徴のそいつが俺の名前を呼んだのだろう。

『ウィル』なんて呼ばれたのはいつぶりだろうか。その名で呼ばれたのを懐かしく感じるが、それもほんの一瞬だけだった。

 

「なんだあんた。いきなり人の名前を馴れ馴れしく。見ず知らずの奴にそう呼ばれる筋合いなんざないんだが?」

 

 ふと、口を()いて出てきたのは、そんなつっけんどんな言葉だった。

 

「ぇ、ぁ……ウィル……?」

 

 帽子に阻まれて女の表情をうかがうことはできないが、声音から明らかな動揺が伝わってくる。

 なんだこいつ。愛称を誰かに言いふらした覚えはないぞ。……まあいい、なんでこの女がそれを知っているかはひとまず保留だ。

 

「……あんた俺にケンカでも売ってんのか? それをやめろって言ってるんだ」

 

 なぜかはわからないが(・・・・・・・・・・)、その愛称で呼ばれることに強い不快感を覚えた俺の口は、より高圧的な言葉を吐き出していた。

 

 ▽

 

「…………」

 

 足が(すく)むとはまさにこのことか。ナイフのように鋭い目で(とら)えられた私は声も出せずにその場で硬直してしまっていた。

 顔も声も確かにウィルのものなのに、そのタールのように濁った(ひとみ)からは明らかな『拒絶』を感じる。

 こんなウィルの姿は見たことがない。想像すらできない。(ゆえ)に私の頭の中は真っ白だった。

 

「で?」

 

 低い声で呼ばれて、私は意識を急激に引き戻される。

 

「何か用があるんじゃないのか? それとも、用もないのに声をかけてきたのか?」

 

『さっさと用件を言って失せろ』とでも言いたげな様子のウィルに気圧されながら、私の口は自然に動いていた。

 

「お前は……本当にウィル――ウィリアム・ホーキンスなのか……?」

 

「…………はぁ?」

 

 素っ頓狂な声を上げて片眉を上げるウィル。

 いきなり何言ってんだこいつと、口に出さずとも表情から察せてしまう。

 

「人をなりすましみたいに言いやがって……。俺は正真正銘ウィリアム・ホーキンスだよ」

 

 大げさにため息をつきながら「失礼な奴だな」と続けて、それからすぐにさっきの仏頂面へと戻った。

 ……確かにさっきの自分の発言は変だったと思うが、今のこいつを見たら誰でも同じことを思うのではないだろうか。

 まあ、余計なことを言うと話が面倒な方に進みそうだし――

 

「そう言うあんたこそ、その格好コスプレじゃないのか? そんなちっこいナリで軍人は無理があるだろ」

 

「は?」

 

 今度は私が声を上げる番だった。

 失礼なのはいったいどっちだろうか。右手の親指と人差し指で小さな隙間(すきま)を作るジェスチャーをしながら、ウィルは私を見て鼻で(わら)う。

 もちろん自分の身長が他の同年代に比べて低いことは自覚しているし、ウィルと並べば頭1つ以上の差があるのも事実だ。少し前には兄妹だと勘違いされたこともあった。

 だからこそ、最近は身長が伸びるトレーニングや食生活にも気を配っているし、そ、その……胸が大きくなるようにも努力して――

 

「……こんなちっこいのが正規兵かよ。軍もずいぶん採用ハードルを下げたもんだ……」

 

 カチン

 

 ………………………………ほぉう?

 

「……ふん、体格で相手を過小評価する時点で、自らを愚か者だと認めているようなものだな」

 

 売り言葉に買い言葉。頭にキた私はついつい喧嘩腰で返してしまう。

 そうすれば当然、ウィルも仏頂面をさらに深めて言い返してきた。

 

「……ためになるアドバイスをどーも。お礼に背の伸ばし方でも教えてやろうか? ミニマム軍人さん」

 

「なっ!? よ、余計なお世話だっ! この馬鹿者!」

 

「だーれがバカだ!」

 

「ふんっ、バカにバカと言って何が悪い! バカめ!」

 

「こ、こいつ……! ほんっと態度だけはやたらデカい奴だな! このチビ(ドワーフ)!」

 

「ど、ドワーフだと!? 夫に対してなんだその言い草は!?」

 

「誰が! いつ! 結婚したって!? 記憶回路壊れてんのか!? 医務室で頭の検査でも受けてこい(新しいCPUでも積んでもらってこい)!」

 

「なんだと!?」

 

「なんだよ!?」

 

 周りに止める者のいない口喧嘩は天井知らずでヒートアップしていく。

 

『ワールド・パージ、異物混入。排除を開始する』

 

 お互い今にも掴みかかりそうな距離でにらみ合っていると、突然男とも女ともとれない無機質な声が響いた。

 それからタイミングを見計らっていたかのように、ガチャリと部屋のドアが開かれる。

 

「うへぇ、相変わらずあちぃ部屋だなぁオイ」

 

 入っきたのは、ウィルと同じく深緑色のパイロットスーツに身を包んだ男。

 そいつは私達を見るや気さくに声をかけてきた。

 

「よう。なんか面白い話でもしてたか? 俺も混ぜくれよ」

 

……面倒なのが増えた……

 

 ボソリと呟いて露骨に嫌そうな顔をするウィル。

 隠す気のないその小声は、当然の私の耳にも届いていた。

 

「(聞こえているぞ……!)」

 

 ジロリと横目で睨むと、ウィルは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。本当に何がどうしてこんな性格になったんだ、こいつは!?

 

「なんだオメーら。ひょっとして痴話喧嘩(ちわげんか)の最中だったか?」

 

「『痴話(ちわ)』は余計ですっ!!」

「『痴話(ちわ)』は余計だっ!!」

 

「なっはははは! 今度は息ピッタリの夫婦漫才か? いいぞー、もっとやれ〜!」

 

 そう言ってはやし立てる男に、ウィルは顔をしかめて口を開いた。

 

「夫婦ぅ? ハンッ、誰がこんなチンチクリンと……自分は胸とタッパは『ある』方が好みでしてね」

 

「な、なぁっ……!?」

 

『胸と身長(タッパ)』のところを強調しているところに確かな悪意を感じた。こ、こいつ……あとでどうしてくれようかぁ……!

 ヒクヒクッと、右の目尻が怒りで引きつる。

 

「ヘイヘイ、ホーキンスぅ……。レディーに向かってその台詞はご法度(はっと)だって前に教えたろぉ?」

 

 このバカはあとで必ずシメ上げる。そう固く誓った私の内心を知ってか知らずか、男はウィルの発言を呆れたように(たしな)めた。

 

「はぁ……それで、隊長はなぜここに? 暑いから涼みに行くとか言ってませんでした?」

 

 勢いを削がれたのか、ウィルは私から視線を外し、面倒くさそうに男に訊ねる。

 

「ああ、ちょいとこのお嬢さんに用があってな」

 

 そう答えて私に視線を向けてくる、隊長と呼ばれる男。その目はさっきまでの気さくな様子から打って変わり、こちらをジロジロと観察しているようだった。

 

「あんた見ない顔だな。新入りか? どこの所属だ?」

 

「それは……」

 

 回答に詰まる私に、男はたたみかけるように言葉を続ける。

 

「どうした、答えられないのか? そりゃあ当然だわな」

 

「隊長? 何を言って……」

 

「気をつけろホーキンス。この女、スパイだ」

 

 ニヤリと、男は邪悪に口元を歪めて言う。――背後に立つウィルには見えない角度で。その視線から隠れるように。

 

「(こいつ……!?)」

 

 その笑みを見て私は確信した。こいつこそがウィルを閉じ込めている元凶、倒すべき敵であると。

 

「スパイ? こいつが?」

 

「ああ。間違いなく『トロイアの息子たち』が送り込んできた工作員だな」

 

「な――ッ!!?」

 

 瞬間、ウィルの顔色が大きく変わった。

 (いぶか)しげに私を見ていた目は驚愕に見開かれ、半開きの口は閉じることすら忘れてしまっている。尋常ではない反応のしかただ。

『トロイアの息子たち』という単語に反応していたようだが、そのような組織は聞いたことがない。これが夢の中で作り出されたものかはわからないが――

 

 カチャッ、カチリ……

 

 静かに、しかし、はっきりと聞こえた金属質の音が私の思考をさえぎる。

 知っている音だった。

 ホルスターから抜いたピストルの、安全装置を解除した音。腰から引き抜かれたブラックメタルのそれが、チャキッと私の心臓を(とら)える。

 

「っ……、ウィル……」

 

「……………」

 

 口を一文字に結んだ険しい表情のままウィルは応えない。

 照準器(サイト)越しに私を(にら)みつけるその(ひとみ)は、烈火のごとき怒りと確かな殺意で満ちていた。

 

 ▽

 

『トロイアの息子たち』

 反大国主義を掲げる巨大な多国籍テログループであり、俺の両親を殺した仇敵(きゅうてき)。その工作員が目の前の女だと聞かされて、気づけばピストルを抜いていた。

 グリップを握る手には自然と力が加わり、トリガーにかけた指が半分ほどにまで引かれる。

 

「(……ダメだ、落ち着け。冷静になれ……!)」

 

 今すぐにでもトリガーを引ききってしまいそうな己を理性が必死に制止する。

 撃つ前に考えろ。生け捕りにすれば、連中の有益な情報を吐かせることができるかもしれない。俺の目的は『こいつ』ではなく、『奴ら』なのだ。

 

「どうした、ホーキンス。早くそいつを撃て」

 

 横から急かすように割り込んでくる隊長。

 普段の彼にしては珍しくずいぶんと攻撃的な思考だが、すぐ目の前にテロリストの工作員がいればこうもなろう。

 

「いえ、こいつはこのまま拘束しましょう。何かしら情報を持っているかも――」

 

「ホーキンス」

 

 短く、はっきり。俺の名前を呼ぶ隊長の声は、まるで聞き分けの悪い子供を(さと)すようだった。

 

「何を迷う必要がある? この女はお前の実の両親を殺した奴らの仲間、(かたき)の1人なんだぞ?」

 

 耳元で、優しくささやくように。

 隊長の言葉の一言ひとことが何の抵抗もなく頭の中へ入ってくる。

 

「ウィル、よせっ……! そいつの言葉に耳を貸すな!」

 

「それはこっちの台詞だ。今さらテロリストと話すことはない」

 

「なっ、誰がテロリストかっ! いやそれより、実の両親を殺されたとはどういうことだ? お前はまだ生まれて間もないころバージニアさん達に拾われたと、自分で言っていただろう!」

 

 ふと、この女の言葉に小さな引っかかりを覚える。

 俺がガキの時に拾われた? でも、俺が育ったのは孤児院で……。それにバージニアなんて名前の知り合いは俺にいないはずだ。

 しかし、なぜだろうか。俺はその名前を知っているような気がする。いや、知っていると言うよりもっと身近な――

 

『ワールド・パージ、強制介入』

 

「ぐっ……!?」

 

 ズクンッと、頭に割れそうな痛みが走った。

 これ以上の余計な思考はさせないとばかりの激しい頭痛に額からは脂汗がにじみ出る。

 

「惑わされるな、ホーキンス。奴は人心掌握術に()けた手練(てだ)れの工作員だ」

 

 ズクンッ、ズクンッ。脈動する激痛に頭の中が徐々に塗りつぶされていく。

 

「親を殺され、平和だった日常も奪われ、お前には何が残った? お前も奴らから奪ってやるべきだと、そうは思わないか?」

 

 痛みに耐えかねて震える俺の手に、上から重ねるようにして隊長の手が添えられる。

 心臓を狙っていた銃口が、ゆっくりと女の額に合わせられた。

 

「奴らが何をしたかを忘れるな。これはお前だけに許された権利であり、果たすべき義務だ。……さあ、その女を撃て」

 

 言って、隊長は1歩2歩と後ろへ下がっていく。

 

 ▽

 

「本気……なのか……?」

 

「…………」

 

 ウィルは応えない。

 激痛に、ギリリと歯を食いしばりながら、怨嗟(えんさ)のこもった瞳で私を(にら)んでいる。

 

「やめろ、ウィル。正気に戻れ」

 

 震える声で必死に出力した言葉をしぼり出す。

 当然、恐怖心はあった。これほどまでに濃い殺気を、それも恋人からぶつけられて(ひる)まない方がどうかしている。

 

「黙れ……」

 

 痛みに荒く息をつきながら、ウィルは唸るように口を開く。

 

「っ、こんなことが本当にお前の望んでいるものなのか!?」

 

「黙れェ……!」

 

 殺された両親だとか、復讐だとか、こいつの身にどれほど壮絶な過去が隠されているかなど私にはわからない。

 けれども、ここで復讐者の道に()ちてしまえばウィルがウィルでなくなってしまうような気がして。二度とあの笑顔を見れなくなってしまうような気がして。

 例え銃口を向けられてでも、大切な人を失いたくなくて。

 (ゆえ)に、私は1歩も引き下がる気はなかった。

 

「目を覚ませ! ウィル――」

 

 パァンッ!

 

「うっ……」

 

 乾いた音とともに、発射された9ミリ弾が右(ほほ)をわずかにかすめる。

 

「わかっていたはずだ。復讐など虚しいだけだと! そんなことで死んだ者が蘇ったりなどしないと!」

 

「ッッ〜〜〜〜!! ごちゃごちゃとォッ!!」

 

 また銃声。肩をかすめた弾丸が、そのまま髪を一房(ひとふさ)持っていった。

 

 ▽

 

「くぅっ……!」

 

 弾がかすった肩を押さえながら、女は小さくうめく。

 だと言うのに、こいつは黙るどころか、その痛みを振り払うように声をさらに張り上げた。

 

「っ、失ったものはもう返ってこないと言ったのはお前だぞ!」

 

 必死の命乞いでも、自棄を起こした末の罵声でもなく、この女は本気で俺に何かを訴えかけている。……なんなんだこいつは。なぜ俺にこだわる? 何が目的だ? 

 

「だから、もう失いたくないから守るんだと! あの時お前は確かに言った! 忘れたなどとは決して言わせん!!」

 

 言っていることがまるでわからない。……けれども、なぜかこいつの言葉に耳を傾けてしまう。

 

「ホーキンス! 何をしている! 早くそいつを殺れ!」

 

 遮るように背後からした隊長の怒鳴り声にハッと意識を引き戻されて、俺は慌ててピストルを女の額に構え直した。

 あとは指先にたった2キロの力を加えるだけで終わる。そう、たったそれだけなのに……体が、動かない。

 

「(なぜだ……! なぜ引き金が引けない!? こいつはテロリストで、(かたき)で、倒すべき敵なんだぞ! なのに、なんでっ……!)」

 

 まるで撃つことを(こば)んでいるかのように、指先がピクリとも動かない。しっかりと構えているはずの銃が、手が、震えて照準が定まらない。

 

「『守る』と言っていたお前が奪う側に()ちてどうする! 私の嫁はっ、ウィリアム・ホーキンスはそんな男ではなかったはずだ!!」

 

「……!」

 

「今のお前は、ただいたずらに暴力を振り回すだけのテロリストと何ら変わりはせん!!」

 

 その言葉は、霹靂(へきれき)のように俺の全身を駆け抜けた。

 

「(ま、待て……。今の、言葉……)」

 

 似たような言葉を俺は知っている。だが、どこで聞いた? 誰に言われた? 誰に言った?

 肝心な記憶だけが黒いモヤに包まれたように思い出せない。

 

『ワールド・パージ、異常発生。再度強制介入を行う』

 

 思考を邪魔するように、あの激しい頭痛がまたも俺に襲いかかってきた。しかも今度はより強烈な痛みを伴っている。

 

「ぐ、うぅぅぅ!!?」

 

 記憶を探っていくたび増していく痛みに気が狂いそうになる。あまりの気分の悪さに吐き気すら(もよお)してくる。

 

「(なるほど、これ以上先に触れられると困るってわけだな……!)」

 

 それを確信したならあとは簡単だ。思い出すだけでいい(・・・・・・・・・)

 吐き気と頭痛に耐えながら、固く閉ざされた記憶の扉を力づくでこじ開けて、そして――

 

「思い……出したぁ……!!」

 

 握り締めたピストルを、隊長――の皮を被った偽物野郎に向ける。

 途端にその目が、ギョロリと黒いガラス玉のように変わった。

 

「ワールド・パージ内の異物排除を優先する」

 

 偽物が人外じみた動きで女に飛びかかる。が、それを黙って行かせると思っていたのなら大間違いだ。

 

「異物を排除。異物を排除。いぶ――ッ!?」

 

 進行方向にタックルの勢いで割り込み、偽物の胸倉を掴み上げて、まずは鳩尾(みぞおち)に拳を1発。

 

「真っ先に女に襲いかかるとは、紳士を気取ってた隊長とは正反対だな。なあ?」

 

 逃げられないよう、すかさず壁に押し付けて銃口を下顎(したあご)に突きつける。

 

「いぶっ……いぶつっ……異物、排除……」

 

 トドメに引き金を引こうとした瞬間、偽隊長の顔が死んだ父さんの顔に、そして母さんの顔にと変化していった。

 

「……ウィル、お母サンを……撃つノ……?」

 

「ッ!!」

 

 最後の抵抗なのか、もう一度俺の精神へ揺さぶりをかけようと考えたらしい。だが、今の俺に対してその行動は最大の悪手だ。

 

「もういい……! 消えろ!!」

 

 引き金を引き切る。容赦など一切しない。

 例え隊長の姿形をしていようが、父さんと母さんの顔を真似ていようが関係ない。

 

「――!?!?」

 

 肉親をなんの躊躇(ためら)いもなく撃つのか? と、膝から崩れ落ちた偽物はそう言いたげに俺を見上げていた。

 

「みんな死んだ。父さんも、母さんも……隊長ももういない。お前のやっていることは、神経を逆撫でするだけだッ……!」

 

 そう、全員とうに死んだ人間だ。こいつのやっていることは俺からすれば、ただ死人を(もてあそ)んでいるに他ならない。

 チャキリと、母さんの顔を真似た偽物の、その額に銃口を強く押し当てる。

 ――銃声。

 

「グギッ!?」

 

 額に風穴の空いた偽物は、短く断末魔を残して水風船のように弾けて消えた。

 

「……はぁ……ちくしょう……」

 

 張り詰めていた気が抜けたのか、俺はその場にドサリと座りこんで項垂(うなだ)れてしまう。

 足に力が入らないどころか、そもそも立ち上がろうとする気力が湧いてこない。は、はは……なんだこりゃ。情けねぇ……。

 

「(…………もう、とっくに乗り越えたと思ってたんだがなぁ……)」

 

 両親の死も、隊長の死も。きっちり決着をつけたと思っていたのは、ただの思い込みでしかなかったらしい。

 あんな悪夢に()せられて、偽物の世界で踊らされてしまっていたのだから。

 

「ぁ……?」

 

 ふと、(ほほ)を伝う何かに気づいて手を沿()わすと、指先がわずかに濡れていた。……なんで泣いてんだよ、俺は。

 あそこに立っていたのは顔を真似ただけの偽物で、倒すべき『敵』だったのだ。そう、何も間違っちゃいない。だから、何も思うことなどない……はず、なのに……。

 

「ッ〜〜〜! ちくしょォッ……!!」

 

 頭ではわかっていても、心がそれを否定していた。

 

「ウィル」

 

 嗚咽(おえつ)を殺しきれずにしゃくり上げていると、誰かの声に呼ばれる。振り返れば、そこには迷彩服の女が立っていた。

 腰まで伸びた美しい銀髪。

 凛々(りり)しさと可愛らしさを両立させた顔立ちに、異質な存在感を主張する左目の黒眼帯。

 正体を隠すためにかぶっていたであろう帽子はすでになく、ルビーのように赤い右目がこちらを見つめている。

 

「……ラウラ……」

 

 わずかに残っていた頭の中のモヤが、今度こそ払われていく。

 目の前にいるのは、間違いなくラウラ・ボーデヴィッヒその人だ。そう確信を得た瞬間、胸の中のものが一気に(あふ)れ出してきた。

 安堵(あんど)、罪悪感、情けなさ、やるせなさ……それらがごちゃ混ぜになって押し寄せて来る。

 

「っ……!」

 

 今にも泣き出してしまいそうになった俺は、自分の唇を思い切り噛みしめて踏みとどまった。

 ダメだ。やめろ。これ以上、みっともない姿を(さら)すな。何も知らないラウラに泣きついて、そんなことして何になる……!

 

「…………。すまん、情けない姿を見せちまったな。もう大丈夫だから、とっととこんな場所離れようぜ」

 

 そうだ、それでいい。これは俺の心の中だけに留めておけばいいんだ。

 ラウラの視界から隠れるように(そで)で目元を雑に(ぬぐ)い、俺はひねり出した空元気で無理やり立ち上がった。

 

「……お前……」

 

「おいおい、そんな顔するなって。ほれ、この通り!」

 

 沈痛な表情を浮かべるラウラに、俺は笑顔を作っていつもの調子を(よそお)う。

 

「な? 俺はもう大丈夫だか――ら……?」

 

 いきなりだった。

 首元に両手が()えられて、そのまま引き寄せられたかと思うと、次の瞬間、俺はラウラに頭をかき(いだ)かれていた。

 

「お、おい。何を……」

 

「まったく……、お前はつくづく隠しごとの下手な奴だな。おまけになんでも独りで抱えこもうとする……」

 

「ラウラ……?」

 

 ギュッ……と優しく抱きしめながら、ラウラは呆れたように、しかし、確かな温かみのある声音で言葉を(つむ)いでいく。

 

「どうせお前のことだ。私に余計な心配をかけるだの、迷惑がかかるだのと考えていたのだろう?」

 

「っ……!」

 

 ラウラの指摘に思わず、ピクリと肩を跳ねさせてしまう。

 当然、そんな反応をすれば、言葉にせずとも肯定してしまっているようなものだった。

 

「やはり図星か。ふふ、わかりやすい奴め」

 

 小さく笑ってから、「だが……」と続けたラウラは俺を抱く腕に少し力を込めて――

 

「それこそ余計な心配だ」

 

 ピシャリ。短くはっきりと、そう言った。

 

「泣きたい時は思い切り泣けばいい。(つら)いことがあったなら気が済むまで吐き出せばいい。それくらいでお前を拒絶などするものか」

 

 当たり前だろう、と言わんばかりに放たれたラウラのその言葉に、心が大きく()らぐ。

 

「よ、よせよ……。こんな……」

 

 こんな優しくされたら、そんなことを言われたら、俺は……。

 ジワリと視界がにじんで、まぶたが熱を持ち始めた。

 

「愚痴でも泣き言でも私が受け止めてやる。心が折れそうになったなら、その時は隣で支えてやる。だから……」

 

 せっかく治まりかけていた嗚咽(おえつ)までぶり返してくる。

 

「――もう、独りで苦しまなくてもいいんだ」

 

 それが、トドメの一撃となった。

 

「う、うぅ……! っく……!」

 

 一度決壊したダムは、もう塞ぎようがない。

 すがるように、俺は華奢(きゃしゃ)なラウラの体を抱きしめて、静かにむせび泣くのだった。

 

 ▽

 

 学園のシステムが復旧したのは、それからすぐのことだった。

 俺が遭遇したあの科学者はすでに逃亡したあとであり、その後さらなる襲撃や異常事態も起こらなかったので、ひとまず防衛作戦は終了という運びとなった。

 電脳ダイブを行った専用機持ちは身体に後遺症がないかを医療室で徹底的に調べられ、ついさっき自室への帰室許可が下りたところだ。

 ちなみに、今回の戦いで負傷した楯無先輩は治療と休息を()ねて、少しの間だが入院生活を送るらしい。

 

「……はぁ……」

 

 俺も今しがた検査と聴取を終えて自室への帰路についたところだ。気づけば時刻は午後9時。電脳ダイブのせいで感覚が狂ったのか、ずいぶんと時間の回りが早く感じる。

 とにもかくにも、ようやく部屋に戻って休めると喜びたいところではあったが、足取りは(ひど)く重い。

 というのも、俺にとっては部屋に戻ってからが本題だからだ。

 

『――あとで話がある――』

 

 先に検査を終えたラウラが自室へ帰る際、俺に振り返って放った一言である。

 正直、なんとなく『話』の内容が予測できてしまうだけに部屋に戻るのが怖くてしょうがない。

 当然だ。あの時の俺は正気じゃなかったとはいえ、電脳空間内でのラウラへの仕打ちを思い返せば、例え平手打ちが飛んできたとしても文句は言えない。

 今、俺の胸中では情けない姿を見られた気恥ずかしさより、罪悪感や恐怖の方が(まさ)っていた。

 

「(……部屋までの道がもっと長ければ、なんて思ったのは初めてだな……)」

 

 そんな俺の気持ちに相反して、いつの間にか自室のドア前にまで到着してしまう。

 ……平手打ちだけならまだ(おん)の字だ。そんなことより、今回の件でラウラとの関係性が壊れてしまうことの方が俺にはずっと恐ろしく感じる。

 

「(ぅ……寒気までしてきた……)」

 

 見慣れたいつもの内開きドアが、今日だけは処刑場へと繋がる門のように思えてしまう。

 

「ふぅ……ぃよしっ」

 

 突っ立っていても問題の先延ばしになるだけだと、俺は深呼吸をしてノブに手をかけた。見苦しい言い訳なんてせずに、大人しく罰を受け入れよう……。

 

「た、ただいま……」

 

 恐る恐る声をかけて、ゆっくり玄関へ踏み込む。――が、反応がないどころか静かすぎるくらいだ。

 不審に思いながらも部屋へ上がると、件の彼女の姿はすぐに見つかった。

 

「……………………」

 

 イスに座るラウラは、何やら物思いに(ふけ)っている様子で俺に気づいていないらしい。

 

「……ラウラ?」

 

 名前を呼ぶと、ラウラはハッとしてこちらに振り向いた。

 

「あ、ああ……。ウィルか。戻っていたなら声のひとつでもかけてくれればよかったものを……」

 

「あー……。一応、声はかけたんだが、な……」

 

「む……、そうか……。それは、すまなかったな」

 

「………………」

「………………」

 

 やはり電脳空間での一件のせいだろうか。俺はもちろん、ラウラの受け答えもかなりぎこちない。

 だが、俺が今すべきことはここでラウラの顔色をチラチラ(うかが)っていることではなかったはずだ。

 

「――な、なあ、ラウラ」

 

 話を切り出されて「?」という表情を浮かべるラウラに、俺はガバリと頭を下げた。

 

「すまなかった!」

 

 怒っているだろうか? 困惑しているだろうか? ラウラの表情は見えないが、俺はただ精一杯に言葉を(つむ)いだ。

 

「電脳空間でのことは全部覚えている。ラウラに何を言ったかも、何をしたのかも。本当にすまなかった!」

 

 察したように「あぁ……」と声を漏らすラウラ。

 次にどんな言葉が飛んでくるだろうかと俺は身構えたが、返ってきたのは予想外の台詞だった。

 

「その話は今はいい……」

 

「えっ……?」

 

 てっきり『話』の内容とはこのことだとばかり思っていたのに、まさかの後回し。

 俺は、なんとも間の抜けた声とともに顔を上げた。

 

「それよりも、どうしてもお前に聞きたいことがある」

 

 見上げた先、ラウラの表情は真剣そのものだった。

 

「……聞きたいこと、ってのはいったい……?」

 

 まるでこれから尋問にでもかけられるかのような、そんな空気を肌で感じる。

 

「隠しごとはなしだ」

 

 そう一区切り入れたラウラは、ほんの一瞬だけ躊躇(ためら)うような様子を見せてから再度口を開いた。

 

「――ウィル。お前は……、お前はいったい『何者』なんだ……?」

 

 その曖昧(あいまい)抽象的(ちゅうしょうてき)な質問は、しかし、俺からすればいきなり核心を突かれたも同然だった。

 

 ▽

 

 ヒュッ……と、小さく息を飲む音がする。

 

「…………質問の内容がはっきりしないな。『何者』ってのはどういう意味なんだ?」

 

 なるべく冷静さを取り(つくろ)ってはいるものの、動揺を完全には隠しきれていないのが丸わかりだった。

 ウィルは何か後ろめたいことがある時、決まって一文字に結んだ口の右端を2回ヒクつかせる(くせ)がある。

 仕事柄、他人の機微(きび)に敏感――というより単にこいつがわかりやすすぎるだけだと思うが。

 

「『殺された両親』、『奴らへの復讐』、『トロイアの息子たち』」

 

 3つのワードを口にすると、ウィルの眉間にわずかなシワが寄った。

 

「無論、ワールドパージが創り出しただけの夢幻(むげん)だったという可能性もある。いや、普通なら考えるまでもなくそう結論付けるだろう」

 

 何なら私自身、あれから何度もその可能性を疑った身だ。本当にただ適当に創り出されただけの世界なのではないかと、自分の考えすぎではないかと。

 だがしかし……ただの夢や幻だけでは片付けられない不可解な点が、そんな私の考えを一蹴(いっしゅう)したのだった。

 

「あれは人の願望や強く印象に残っている記憶を元に仮想世界を構築すると、簪はそう言っていたな」

 

「……ああ」

 

「ならば、お前があの血生臭い世界を望んだか、もしくはあの世界がお前の――ウィリアム・ホーキンスの記憶の一部だったということになるだろう」

 

「っ……。それは……」

 

 と、何かを言いかけたウィルは、けれども口をつぐんでしまう。

 それから何度か口を開きかけては躊躇(ためら)うような素振(そぶ)りを繰り返したのち、ウィルは自身のベッドにドカリと腰掛けた。

 

「…………。……何を見た? 全部見たのか?」

 

「断片的なものが流れてきただけだ。――だが、ウォーバード5というコールサインには覚えがあるのではないか?」

 

 それが決め手となった。

 一瞬、目を見開いたウィルは、やがて観念したように小さなため息をひとつ吐いた。

 

「プライバシーもへったくれもないな……」

 

「私の過去を見たお前が言えたことか?」

 

「そりゃ違いない」

 

 そう言って困り笑いを浮かべたウィルは重々しく口を開いた。

 

「……エルメリア連邦空軍、第3航空団隷下(れいか)、第108戦闘攻撃飛行隊ウォーバード所属。認識番号:15-92-62553」

 

 軍でしか耳にしないような単語の数々に、聞き覚えのない国の名前。

 しかし、ポツリポツリと告げていくその表情は至極真面目で、適当なウソでその場を乗り切ろうとしているようには到底思えない。――そも、つくならもっとそれらしいウソをつくだろう。

 ウィルは何かを隠している、とは薄々感じていた。妙だと思い始めたのは先日のタッグマッチトーナメント。あの日のウィルは普段と比べて明らかに様子が違っていた。

 悪夢となってうなされるほどの過去。それを問いただしても(かたく)なに話したがらず、無理やり話を切り上げられる始末。

 そして、その後に乱入してきた謎の無人人型航空兵器(ターミネーター)に対する過剰とも言える反応。何より、なぜアレの細かな知識までもウィルが持っていたのか。

 

「……なあ、ラウラ」

 

 バラバラだったピースがひとつずつ組み上がっていく。これまでに感じた全ての疑問は、あの電脳世界での記憶に繋がっているに違いない。

 

「もし、『俺はこことは違う世界で一度死んだ人間だ』なんて言ったら、俺の正気を疑うか?」

 

 ウィルは自分自身を小馬鹿にするように、フッと鼻で(わら)った。

 

 ▽

 

 あぁ……、言った。言ってしまった。

 俺の元いた世界のことを。両親の死を。復讐に燃えて戦いに明け暮れたこと。そして、(みずか)らの最期(さいご)の瞬間さえも。

 

「(終わったな……)」

 

 こんな荒唐無稽(こうとうむけい)な話をいったい誰が信じるというのか。恥知らずのウソつきか、ビョーキ野郎の(そし)りを受けてもなんら不思議ではない。

 少なくとも俺は、(みずか)ら体験することになるまでこんな話を信じる側ではなかった。

 

「こんなこと言われても、こいつ何言ってんだって思うだろう。それでも……」

 

 それが俺にとっての真実であり……脳裏にこびりついて離れない、忘れようのない記憶なのだ……。

 

「なるほどな」

 

 そう言って組んでいた腕を()き、静かに目を開くラウラ。

 俺はというと、ただ黙って次の言葉を待つしかない。

 時間にして10秒にも満たないだろうが、俺にはそのわずかな間すら居心地が悪くてしょうがなかった。

 

「……わかった。信じよう、お前を」

 

「……えっ……?」

 

 またもや間抜けな声を上げてラウラの顔を見上げる。

 

「し、信じるって……疑ったりしないのか……?」

 

 それを自分で言うのかとも思うが、予想外のラウラの言葉に俺はそう()かざるを得なかった。

 

「確かに突拍子(とっぴょうし)もない発言だとは思ったが、お前の話を聞いてみれば多くの点で辻褄(つじつま)が合う。――それに何より……」

 

「?」

 

「お前がウソをついて私を(あざむ)くような男ではないとわかっているからな」

 

 そう言って自信満々といった様子で口角を上げるラウラに、俺は自分がどれだけ深く信頼されているのか気づかされた。

 

「例え前世のお前が何者であったとしても、お前はお前だ。私の嫁で、私の愛するウィリアム・ホーキンスは確かにここにいる」

 

 膝上で固く握り込んでいた両の手にラウラの小さな手が添えられる。

 

「っ……ありがとう……!」

 

 同情でも共感でもない。ただ俺の言葉を信じて、肯定(こうてい)してくれたことがたまらなく嬉しかった。

 普通ならデタラメだと一蹴されるような話に耳を傾けて、そして信じるとまで言ってくれる。不覚にも視界がにじみそうになった。俺は……この上ない幸せ者だ。

 

「――さて。本題が解決したところで話を戻そうか」

 

「…………『話を戻す』?」

 

 そうオウム返しに言って眉をひそめると、いつの間にか移動していたラウラの両手に顔を左右からはさまれた。――身動きできないくらいガッチリと。

 

「ら、ラウラ? 痛いんだが……」

 

「…………」

 

 なぜかラウラは笑顔だった。それこそ怖いくらいに。

 笑顔とは本来、コミュニケーションの他に攻撃的な意思の表れでもある、というどこで聞いたかも覚えていない雑学がふと頭をよぎる。

 ゾクリ、と背中を得体の知れない悪寒が走った。

 

「あの……ラウラ、さん……?」

 

チビ(ドワーフ)だのチンチクリンだの……」

 

 悪寒の正体はすぐ判明した。……しまった。さっきの話が印象深すぎてすっかり失念していた……!!

 

「まな板だの幼児体型だのと、ずいぶん好き勝手に言ってくれたものだなぁ、んん?」

 

「ま、待った! 後半2つは言ってないぞ――」

 

何 か 言 っ た か ?

 

「この(たび)は数々の失言、大変申し訳ありませんでしたぁ!」

 

 (はじ)かれるように俺はベッドの上で正座を作った。

 顔をラウラの手にはさまれていなければ、きっと美しいまでの土下座(ド・ゲーザ)披露(ひろう)していたことだろう。

 

「まさかウィルからそんな風に思われていたとはなぁ、私の心は深く傷ついてしまったなぁ」

 

「う、うぐぅ……!」

 

 なんともわざとらしい口調から半分はからかい(・・・・)の意図が混じっていると察するが、今の俺に何か言い返すような権利はない。

 

「そうかそうか。『胸と身長(タッパ)がある方が好み』、かぁ」

 

 どうやらかなり根に持たれていたらしい。

 ()えきれず、俺は両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「わ、わかった! 本当に悪かった! そっちの降伏条件をなんでも飲むから、どうか許してくれっ……!」

 

 ピクリ。ラウラの眉根がわずかに動く。

 

「……それは無条件降伏、ということか?」

 

「お、おう」

 

 恐る恐るうなずくとラウラは俺から離した右手を口元へ持っていき、スッとそっぽを向いた。

 

「そうか……。なんでも……な、なんでもか……」

 

 ブツブツと独り()ちるその横顔はこころなしか桜色をしているように見える。

 果たして、俺はいったい何をされるのだろうか。何をさせられるのだろうか……。

 

「よ、よし……!」

 

 俺の処遇を決め終えた――というよりどこか決心した様子のラウラが、こちらに向き直って口を開く。

 この時の俺は、これから文字通り眠れない夜を過ごすことになるとは思ってすらいなかった。

 

 ……

 ………

 …………

 

 ▽

 

 青い月明かりがカーテンを通して差し込んでいる。

 シン……と静まり返った室内の、ベッドの上にウィリアムはいた。

 

「…………」

 

 ゴソゴソ、ゴソゴソ、と何度も小さな身動(みじろ)ぎを繰り返し、そしてカッと目を見開いた。

 

「(眠 れ な い……!)」

 

 コーヒーをバケツで飲んだわけでも、ましてや目が()えているわけでもない。

 その原因は、現在ウィリアムの胸にスッポリ収まっている。まるでぬいぐるみを抱いて寝るかのような姿勢だ。

 

「(ご、拷問もいいところじゃねえか……!)」

 

 生殺しの感覚を味わいながら、ウィリアムは胸元に視線を落とす。

 スゥ、スゥ……と規則的な寝息を立てているのは、大きなクマのぬいぐるみ――などではなくラウラだった。

 

「(温か――ではなく! やわらか――じゃなくてぇ! く、くぅぅっ……!)」

 

 心の中で激しく悶絶(もんぜつ)しながら、防衛戦を展開するかのごとく理性に総動員をかける。

 そう、ウィリアムの『無条件降伏』に対するラウラの応えとは、『今晩は一緒に寝ること』であったのだった。

 

「(クソぅ……何か気を(まぎ)らわせるものでもないと冗談抜きでヤバいぞ……!)」

 

 シャンプーの(さわ)やかな香りに混じって鼻腔(びこう)をくすぐる甘い匂いに理性をゴリゴリ削られる中、ウィリアムは枕横に置いてあったスマホを手に取った。

 

「(時差的にあいつらも起きてる時間だろうが……おっ、ビンゴ!)」

 

 アメリカにいた頃、いつも4人で使っていたパーティーチャットのアプリを起動する。

 フレンド一覧を(のぞ)くとすでにゲームで遊んでいるらしく、ウィリアムは早速イヤホンを繋いでパーティーへ飛び入り参加した。

 

「んお? 誰が入って来たんだ? って、おお! ウィルじゃねえか!」

 

 ポロン♪ という音に反応して画面端に目をやったマイクは、意外な参加者に思わずゲームの手を止めた。

 

「マジで!? マジだ! よう、ウィル! 久しぶりだなぁ!」

 

「ほんとだ! おいおい、こうして4人揃うのなんていつぶりだぁ?」

 

 遅れて、ジョニーとジムも大はしゃぎで半年ぶりの友人を歓迎する。

 (なつ)かしい声にウィリアムも顔を(ほころ)ばせながら、ポチポチとチャットに文字を打ち込んだ。

 

【久しぶり、元気そうだな】

 

「モチのロンだぜ! そういうウィルこそ元気にやってるか?」

 

【まあまあってとこだ。トラブルは絶えんし、今もちょいと寝付けなくてな。俺もゲームに混ぜてくれ】

 

「おう。それはいいけどよ、なんか悩みとかあったらいつでも言えよ?」

 

「そうそう。今すぐ何かしてやれるわけじゃないけどさ、話くらいなら聞いてやれるし」

 

「遠慮なんかしなくていいからな? なんたって俺達、おしゃぶり(くわ)えてた頃からの付き合いだしな!」

 

 ジムの言葉が笑いのツボに入ったのだろう。ダハハハハ! と、言った本人を含めた3人が爆笑する。

 つられて噴き出したウィリアムはさらにチャットを打ち込んだ。

 

【ありがとよ。また何かあったら愚痴(ぐち)に付き合ってくれ】

 

「おう。今なら初回半額にしておいてやるよ」

 

「金取んのかよ」

 

「セコい商売してんなぁ……」

 

 そうしてまた、ゲラゲラと笑う3人。

 このなんともノリが軽い幼馴染(おさななじみ)達の雰囲気がウィリアムはとても好きだった。

 

「んで、何のゲームする?」

 

【今やってるやつでいいぞ】

 

「よっしゃ! そんじゃカスタムマッチにするか! 俺、部屋開くわ!」

 

「空戦! 空戦にしようぜ! 俺、さっきから陸戦でボコられてるから息抜きしたい!」

 

「空戦か? ふふふ……この間、大金はたいて買った課金ジェット機でチクチクしてやるよォ」

 

【オーケー。開いたら招待くれ】

 

 久方ぶりにいつものメンバーが揃った喜びも相まって、4人はテンション最高でセッティングを始めていく。

 これから始めるのは、陸、海、空の多種多様な兵器を使って戦うオンラインゲーム。ウィリアムが日本に渡るまで、4人でいつも分隊を組んで戦うほどやり込んでいるものだった。

 

「チーム分けはランダムでいいだろ。よし、全員準備完了したな? ――お前らケツ掘ってやるよヒャッハー!」

 

 マイクの声を合図に2vs2の空戦が始まる。

 そして、そんな4人のやり取りを、本当は狸寝入り(たぬきねいり)を決め込んでいたラウラが薄目を開けて見ていた。

 

「(なっ……!? ここまで(・・・・)したのに、無反応どころかゲームだと……!?)」

 

 ラウラの眼の前では、スマホを横持ちにしたウィリアムがポチポチとゲームに(いそ)しんでいる。

 

「おっと……ジョニーの奴、会わない間に腕を上げたな……」

 

 渾身(こんしん)の誘惑(ラウラ視点)を受けているにもかかわらず、「だが、まだまだ甘いな」などと言ってドヤ顔を作っていた。

 

「(むぅっ……!)」

 

 ウィリアム本人は理性崩壊を防ぐためゲームに手を出したわけだが、そうとは知らない(がわ)からすれば『ゲームごときに負けた』ように思えてしまう。

 それがとてつもなく悔しくて、操作の邪魔でもしてやろうかと思ったラウラは、ギュッとウィリアムに抱きついた。

 

「ミ"!?」

 

 ゲームに集中することで気を(まぎ)らわしていたところに不意打ちの密着。ラウラの思惑(おもわく)とは少しベクトルが違ったものの、見事に妨害は成功した。

 ひっくり返ったセミのような声を上げて硬直したウィリアムは、つい手元を狂わせてしまう。画面の中では、操作を誤った戦闘機が巨大な岩棚に衝突していた。

 

「ありゃ? どうした、ウィル。お前らしくない()ちかただな」

 

「ゲームのラグか?」

 

【すまん。ちょっと手元が狂った。マッチ再スタートできるか?】

 

 チャットに文を打ち込みながら、ウィリアムは胸元にもう一度視線を落とす。

 

「ったく、いきなり抱きついてきて……。寝ぼけただけか? 本当に寝てるんだよな、こいつ……?」

 

 なんてことはない。ボソッと呟いただけの、ただの独り言。――が、しかし、直後にパーティーチャットの面々が声をハモらせた。

 

「「「オイ待て、どういうことだ?」」」

 

【? どういうことって、何がだ?】

 

「おう、とぼけんじゃねえ! 声聞こえてんだよ!」

 

「ミュート切れてんだよなァ」

 

「詳しく、説明しろ。俺達は今、冷静さを欠こうとしているぞ……」

 

 言われてハッとしたウィリアムは、慌ててチャットのステータス画面に目をやる。

 

「……Uh-oh(まずい)……」

 

 視線の先には、『ミュート解除』の表示が出ていた。

 

【よーし、落ち着いて話し合おう。俺達は対話のできる生き物だ】

 

「とか言ってますよこいつゥ」

 

「よろしい。ならば地獄行きだ」

 

「リア充に慈悲なんてもんはねぇんだよォォ!!」

 

【待て待て! そもそも女だって確証はあるのかよ!?】

 

「……逆に訊くけどよ。お前、野郎と同衾(どうきん)すんのかよ?」

 

 ……………………。

 瞬間、ウィリアムは(みずか)ら墓穴を掘るどころか、そこに飛び込んだことを悟った。

 

「ギルティだこの野郎!!」

 

「リア充から翼をもぎ取れェェ!!」

 

「そぉら行け! 青き清浄なる世界のためにぃ!!」

 

 もはや聞く耳持たずなマイクとジョニーに加えて、味方チームであるはずのジムにまで背後からミサイルを撃ち込まれてしまうウィリアム。

 

【バカ! 味方を狙ってミサイル撃つ奴があるか!?】

 

 イヤホンをしているため会話内容こそ聞こえないものの、明らかに慌てふためいたその顔をこっそり見上げながら、ラウラは小さくほくそ笑んだ。

 

「(ふ、ふふっ……。いい気味だ……♪)」

 

 静かで、けれど騒々しい夜は()けていく。

 まやかしなんかではない、体を包まれる確かな(ぬく)もりに心地よくあくびをしたラウラは、やがてゆっくりと微睡(まどろ)んでいくのだった。

 

【ちょっ! マジでやめろってオイ! お前ら今度覚悟しとけy_

 

 

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