小学校に通っていると、曜日の感覚はあれど、月日の流れる感覚には疎くなる。気がつけば、4月は過ぎ、ゴールデンウィークも終わり。梅雨も明け、夏が訪れた。強烈な日光がアスファルトを照らし、うだるような熱気が肌を刺す。時折、道に面して置かれた室外機の吐き出す熱風が体を撫でるたび、暑さへの苛立ちが増す。
「暑い、とにかく暑い」
「はぁはぁ、毎年思うのですが、この国の夏はライヒや合州国よりも暑くありませんか?」
隣を歩いているヴィーシャが、額に浮かんだ大粒の汗をハンカチで拭きながら言った。
「ああ、そうだな。しかも気温だけではなく、湿度もおかしい。体に酷だ」
半日授業で下校しているため、まだ太陽は高い。短く、濃い影が路上に揺れるのを見ながら答える。
突然、ヴィーシャが「そういえば」と話を切りだした。
「校舎裏の戦車の噂ってご存知ですか?」
「噂? いや、聞いていないが」
「サークルの建物の裏に巨大な戦車があるという話なんですが」
「巨大な戦車?」
「なんでもマウスとかいう戦車だとか」
一瞬、興味を惹かれたが、一気に白けた。ふん、ばかばかしい。
「与太話だな。マウスがあるはずがない」
「あのー」
「うん?」
「マウスって何ですか?」
そうか。ライヒでは超重戦車なんていう兵器は作られなかったから、知らないのか。ライヒの戦略に合わず、開発を進めたがるちょび髭の伍長もいない。そのため、ペーパープランすら作られなかった。一応、超重戦車の構想は連邦や合州国にもあったらしいが、前者は対魔導師用の対空砲・対空機銃をつけた多砲塔超重戦車を作り失敗。後者は、計画としては上がったものの、有用性が認められず、ボツになったそうだ。
「マウス、ネズミという名前はついているが、実際はとても巨大な戦車、超重戦車と呼ばれるものだ。重量は180tを超え、車体の前面装甲は200mm、後面も160mmと非常に厚く、通常火力ではまず貫けん。主砲の128mm砲に加え、同軸に副砲として75mm砲を搭載している」
「ものすごく強いじゃないですか! それが!」
目を輝かせているが、問題点も多い。そもそもに無理があるからな。
「いや、重量が嵩みすぎて機動力が低くてな。しかも足回りに信頼性がない。そして、車高が高い。かろうじて動く要塞、いや壁といったところか。そもそも開発が遅れに遅れた結果、数両の試作車を残して肝心のドイツが敗戦し、残存している車両はほとんどない。残ったのを継ぎ合わせたのが、確かロシアの戦争博物館に収蔵されたはずだ。そんな車両が、こんな田舎の小さなサークルにあるわけないだろう?」
「そうですね。あ、でも、それなら一体何を見たのでしょう?」
確かに気にはなるが、
「この暑さの中、探すのは勘弁だぞ?」
「うーん、確かにそうですね」
ああ、やはり暑い。
夏休み前の最後のサークルで、高校の戦車道全国大会一回戦観戦の案内があった。貸切バスで会場に行き、試合が終了しているか否かにかかわらず1日で帰るというプランらしい。対戦カードは強豪聖グロリアーナと黒森峰。まさか一回戦で当たるとは。勝負は時の運ともいうが、試合に臨む選手も運営もこれには驚きだろう。いい試合を見れそうで今から楽しみだ。さらに、このサークルの実際に試合にも出ている上級生らとも話せる良い機会だ。
当日、サークルに集合すると、既に他の参加者も集まっており、その中にヴィーシャの姿もあった。
「おはよう、随分と早いな」
「おはようございます。楽しみで、ついつい早く来てしまって」
よく見ると、うっすら目の下に隈ができている。
「それで、昨晩は眠れなかったと言うわけか」
「えっ、私、そんなに寝不足に見えますか?」
目の当たりを指差すと、ヴィーシャは慌てた様子で隈をこすり始めた。
「まぁ、バスの中で寝ればいい。そんなに気にするな。ところで、ヴィーシャ、1つ気になることがあるんだが」
「はい」
「これは上級生と合同での観戦だよな?」
「ええ、説明ではそうでしたが……」
なるほど、そこまで大きなサークルではないのだろうと薄々感づいてはいたが、思っていたよりもまずい状況かもしれん。集合時間までは既に5分を切っているのだが、
「集まっているのは、ほとんど低学年の生徒のみか」
たしかに、幼稚園から小学校に上がる過程で2、3人はサークルをやめたが、それでもあれほど少なくなるものだろうか。上級生、特に高学年の生徒が少ない。もちろん、用事があって来ていない上級生もいるだろうが、それでもだ。10人もいないとは、まともに試合ができるのか。
出欠の確認がすみ、貸切のバスに乗り込む。クーラーが効いていて、実に快適だ。管理のためか低学年から前に詰めて座る。少しだけでも、上級生から話を聞ければよかったのだが、それは叶わなそうだ。
「なんだか、みんなでバスに乗るのってワクワクしますね!」
「……ああ、楽しいな」
はしゃぐと眠れなくなるぞと言いかけたが、あまりにも楽しそうなので口に出せなかった。途中で眠くなったら寝るだろう。
聖グロリアーナと黒森峰、一体どんな試合が見れるのだろうか。
なんだか、所属する団体が毎度しょっぱい事情を抱えて気がする今日この頃、皆様におかれましてはどうお過ごしでしょうか。
ごきげんよう、ターニャです。
黒森峰はベスト4には入るもの、近年では優勝を逃し続け、往年の勢いが少々ない状態。後援者である西住流も何か手を打たねばと動いているそうで。試合がどうなるか実に楽しみです。
では、また戦場で。