幼女戦車   作:半角半猫(旧フランケン)

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第11話 黒森峰、前へ

 出発して一時間弱、観戦会場であるスタジアムに着いた。対戦カードが豪華なせいか、駐車場には、何十、何百台もの車が停まっていた。普通の乗用車の隣に軍用の車両まであるのはこの世界ならではの光景だろう。

「うわー、なんだか懐かしい車両までありますね」

「キューベルワーゲン、黒森峰か」

「それ以外にも、サンダース、プラウダ、アンツィオ、知波単、マジノ、BC、継続、ポンプル、聖グロ、ベルウォール、いろいろな学校が集まっているんですね」

「それだけ、注目されている試合というわけか」

 

 観客席もバスと同じように年齢別で分けられていた。隣に座ったヴィーシャは、妙に膨らんだリュックサックからおやつを取り出して食べ始めた。随分と気が早……

ちょっと待て。

「ヴィ、ヴィーシャ、それは?」

「Kパンです。この前、母に連れてってもらった戦車のお店に売ってまして。懐かしくて、つい。あ、いりますか?」

 差し出されたのは、帝国お約束のパン、貧しい食糧事情を裏から支え続けたあのパンだった。好きではなかったが。

「いや、美味しく食べたまえ」

 はい、というとヴィーシャは美味しそうにKパンをほおばった。ボソボソしてパサパサした味気のないパンのどこが美味しいか分からないが、懐かしさは感じないでもない。もっとも、思い出すのは塹壕に身を潜めた日々だが。冷えた食事に苦いだけの代用コーヒー。2度とごめんだ。

 

 試合開始直前、最初の位置についた両校の車両が映し出される。聖グロリアーナは歩兵戦車であるチャーチル1両にマチルダ6両、そして巡航戦車のクルセイダーが3両という。一方の黒森峰はティーガー2とティーガー1が3両ずつ、エレファントとヤクトティーガーが2両ずつという装甲と火力を重視した構成となっている。

「この戦車の構成、どちらが有利なのでしょう?」

 ヴィーシャが2個目のKパンを食べながら聞く。ふむ。

「歩兵戦車と重戦車の対決だが、マチルダが頼りない。速度が遅い上、ティーガーに装甲と火力で劣る。フラッグ車のチャーチルは装甲と火力は優れているが、数が1両しかない上、黒森峰にはヤクトティーガーの128mm砲がある。鍵はクルセイダーだろうな。装甲はもっとも貧弱だが速度と火力がある。真正面からやり合うのには分が悪いが、やりようもあるだろうさ」

 

 

 試合開始の合図とともに、両者は前進を開始した。互いに数両の偵察を出しているようだが、まだ会敵する様子はない。聖グロリアーナが若干彼女ら寄りに位置していた小高い丘を占拠し、戦車壕を掘って迎撃の準備を固めた。随分と手早いな。対策は万全というわけだ。陣地に陣取っているのはチャーチルとマチルダ6両。残りの3両は偵察と遊撃の部隊のようで主な街道を抑えに向かっている。さすが、クルセイダー、すでに街道を抑えに走っている。

 しばらくは互いの位置の把握で、戦端を開くまでにはまだ時間がかかりそうだ。会場にもゆるい空気が流れる。各校の生徒も席を立って、どこかへ行ったり、アンツィオの生徒はピザの販売をしている。

「わー、おいしそう」

 3個目のKパンに手を伸ばしながら、ヴィーシャが呟いた。確かに、コーラとあわせて食べたらさぞかし美味かろう。

「アンツィオは大抵大会で屋台とか出しているから、今度家族で行ってみたらどうだ?」

「ほんとですか?! あー、でもターニャとも一緒に……」

「小学一年生では無理があろう。ま、いつかな」

 

 

 しばらくして、黒森峰の偵察に出ていたティーガー1が聖グロリアーナの本隊を発見したようだ。黒森峰本隊が動き出し、他方面に行っていたティーガー1も順次戻って来ている。一方、聖グロリアーナはまだ黒森峰を発見できず、うち2両は随分と遠くまで行ってしまった。

 黒森峰は聖グロリアーナの陣取る丘へと進んでいるが、森の中をショートカットしていることに加え、重戦車が多いためか速度は遅い。しかし、フラッグ車を中心において守りつつ、陣形に乱れが一切ないとは、さすがの練度だ。聖グロリアーナも大きな街道を中心に見回っているため、黒森峰の部隊の侵攻に気がついた様子はない。

 森から出る直前に偵察に出ていたティーガー1を戻して、最終的にヤクトティーガーとエレファントを前面に、中央にフラッグ車、側面をティーガー1、殿にティーガー2という布陣で、まっすぐ丘の麓の平原を駆ける。

 当然、マチルダ・チャーチルの阻止砲撃が行われ、偵察に出ていた3両のクルセイダーも転進して本隊に合流を図るが、今の所すぐに合流できそうなのはクルセイダー1両のみだ。これで、飛び出したら蜂の巣になる。本隊からの指示を受けたのかは分からないが、森の中に潜み、機会を窺っている。

 聖グロリアーナの防御陣地は固く、地の利もあるが、火力がチャーチル頼りになっていることが大きな弱点だった。マチルダは履帯を狙って砲撃しているようだが、今のところただの賑やかしだ。前面の装甲に命中した弾もあるようだが、史実通りドアノッカーと化している。コンコンと叩かれているヤクトティーガーとエレファントはマチルダの砲撃を気にも止めていないようだ。

 そして、黒森峰の先頭のヤクトティーガーの128mm砲が火を吹いた。行進間射撃と相手の戦車壕によってまだ至近弾にとどまってはいるが、距離が近づくにつれ、徐々にエレファント、ティーガーらの砲撃も加わり、10門の火砲から放たれる砲弾が鉄の暴風雨となって聖グロリアーナに降り注ぐ。地面がえぐれ、土煙が立つ。

「地形が変わる勢いだな、あれは」

「あはは、塹壕への砲撃を思い出します」

「私もだ」

 スクリーンに土煙とは違う黒煙が映った。

「聖グロリアーナ女学院マチルダ2両行動不能」

 アナウンスが撃破を伝え、白旗の上がったマチルダが映る。 

 これは、勝負あったか?

 さらに舞った土煙でけぶってよく見えないが、聖グロリアーナの砲撃も散発的なものに……

 いや、待て。違和感がある。

「なにか、おかしい」

「どうしました?」

 この違和感の正体はなんだ?

 土煙がもうもうと……

 

「土煙じゃない、あれは煙幕だ!」

「えっ」

 4個目のKパンを咥えたヴィーシャが呆けた顔でこちらを見た。

「重砲や榴弾ならともかく、戦車砲のおそらく徹甲弾であんなに土煙は上がらん。土煙に似せた煙幕を黒森峰の砲撃に合わせて張ったんだ」

「それじゃ、つぎは」

 スクリーンの地図を見ると、ああやはり。準備は万全というわけか。

「黒森峰が抜けた森にクルセイダーも全車待機している。丘の上のフラッグ部隊、そしておそらく頂上から下りて横から突くマチルダ部隊、後ろからケツを蹴り上げるクルセイダー部隊。黒森峰の4両は突撃砲、駆逐戦車で回転砲塔を有していないから、囲んでしまえば、2両撃破されたとはいえ聖グロリアーナが圧倒的に有利だ」

 

「互いに礼!」

「ありがとうございました!」

 聖グロリアーナと黒森峰の生徒が互いに頭をさげる。どちらもパンツァージャケットはヨレヨレで、オイルや煤で汚れておりどちらが勝ったのかは一見わからない。ただ、聖グロリアーナの隊長の澄ました顔とは対照的に、黒森峰の隊長からは隠しきれぬ笑みが漏れていることが全てを物語っていた。

 戦術では聖グロリアーナが上手だった。包囲網を作り、四方から圧力をかけ、殲滅する。予想外だったのは、黒森峰が慌てずに、フラッグ車へどんな損害が出ようとも進み続けたことか。そしてエレファントの砲弾がチャーチルをかすめ、それにおどろいたのか危険を感じたのかはわからないが、フラッグ車とそれを守るマチルダ2両が後退。その時点で、黒森峰もその数を半分に減らしていたが、構わずこれを追撃し、1両残っていたヤクトティーガーがチャーチルを討ち取った。

 常に、前進し続けるドクトリン。知波単とも似た部分はあるが、腕と戦車と有能な指揮官がいるという点で、黒森峰は勝利を納めたのだろう。

「今回の試合、最後までドキドキしました!」

 試合後、ヴィーシャは興奮した面持ちで、何個目かわからないKパンを片手で握りつぶしながら言った。

 全くだ。とても面白い試合だった。

 

 

 

 後日、黒森峰が久々の優勝を果たしたことを知った。

 




いやはや、面白い試合を見た後というのは、極めて気分が爽快になります。
ごきげんよう、ターニャです。
撃てば必中、守りは堅く、進む姿に乱れなし。
まさしく、今回の黒森峰の姿でしたね。
しかし、これが戦車道の正解というわけでもなし。
私も、経験を生かして戦術を立案できたならば願うばかりです。
では、また戦場で。

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