幼女戦車   作:半角半猫(旧フランケン)

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第5話 時速38キロの世界

 チハとシャーマンの戦いは、驚くほど静かに始まった。中央スクリーンには、両チームの戦車の位置が示されているが、一向に接敵する様子はない。

 いや、それぞれ一両だけ別行動をとっている。

 なんとなしに母の顔を見上げると、私の頭を撫でながら答えた。

「偵察ね、お互いの位置を探り合っているの」

 高校生の競技でもきっちり偵察から始めるのか。思っていたよりも、本格的、いや実戦的だな。

 やはり、かつての我々のような空からの目がないのは不便だな。そこらへんは戦車道ならではの制限というか、競技としての限界か。それ以上を求めれば、それこそ本当の戦争だ。使用兵科を一種類に制限したのは、競技として成立させるならば正解だったな。

 しかし、せめて自転車やバイクを使えればいいのだが。東部戦線の戦車兵は、よく自転車をつかって連邦の偵察をしていたそうだ。もっとも、連邦も対抗して、狙撃手を数多く配備したため、被害も大きかったそうだが。戦車道ではその心配はないから、使ってみるのもいいかもしれん。

 

 いや、待て待て待て。

 なぜ、私は参加すること前提で考えているのだ?

 落ち着け、これはあくまで観戦だ。やると決めたわけでも、なんでもないのだ。

 

 偵察だ、偵察のことを考えよう。

 

 偵察という点で見ると、シャーマンはチハに比べて不利だろう。

 合州国も同じような戦車を製造していたからよく分かるのだが、シャーマンは航空機と同じエンジンを使う設計のため、エンジンルームが大きい。その結果、中戦車であることと速度、装甲を加味しても、非常に車高が高くなってしまった。もちろん、エンジン共用によって生産性はあがり、また広いエンジンルームのおかげで全く別のエンジンを積めるという戦場での整備性の高さを誇るが、この試合ではその長所は活かされない。車高の高い戦車というのは思っていたよりも目立つ。たとえ、森の中でも、だ。遠目で見たとしても違和感を覚えやすい上、茂みに車体を隠すのにも一苦労だそうだ。戦闘の際も稜線射撃が難しいと、レポートで戦車兵が嘆いていたのを思い出す。

 

 やにわに騒がしくなり、スクリーンを見上げると、知波単学園の本隊に動きがあった。偵察車から連絡があったのか、方向を変えサンダース本隊の方向へ進んでいく。一方のサンダースは高地を確保するために森林沿いの街道を直進しているが、その森の中をチハ9両が強行している。サンダースの偵察車はと言うと、本隊に先んじて高地に到着している。そのため、チハの接近には気がついていない。

 これは、勝負あったか。先頭車と殿車を初撃で撃破できれば、しばらくシャーマンの動きを止められるだろう。当然、腹を見せているわけだからチハでも装甲を貫通できる。退路を確保しつつ、停止して確実にあてれば相手に大きな損害を与えられるだろう。

 

 スクリーン上では森の中だと言うのに、速度を微塵も落とさずにチハの集団がシャーマンの車列に近づいている。知波単の練度はずいぶん高いようだ。この分だと後、10分ほどで接敵か。だが、これでは待ち伏せではなさそうだな。てっきり街道沿いの森林内に停車してカモフラージュを施して一斉に射撃という戦術かと思ったのだがな。これでは、まるで突撃だ。

 

 いや、シャーマンの動きがおかしい。急に速度を上げたかと思うとチハ到達地点と目される場所に急行した。そして、その地点を半包囲するように展開する。チハの動きが察知されていたのだろうか。しかし、一体どうやって?

 

 現地映像に切り替わるとその答えがわかった。鳥である。森林を全速力で駆け抜けているせいで、その鋼鉄の唸り声に驚いた鳥が飛び立っているのだ。街道上のシャーマンには当然鳥は見えないが、高地に先に着いたシャーマンが、気がついたのだろう。そして鳥の飛び立つ位置からチハの進路を大体絞り込み、伝達。

 このように布陣されてしまってはチハに勝ち目はないだろう。チハの主砲ではシャーマンの正面装甲は近づかなければ貫けないが、シャーマンはチハよりも遠くから装甲を貫ける。短い槍よりも長い槍というのは、いつの時代も変わらんな。

 

 こうなってしまった以上、チハは引き返し別の方法をとるしかないが、彼女らは一向に速度を落とす兆しはない。それどころか、地図上ではより速く進んでいるように見える。

 

 莫迦な。偵察車から連絡がなかったのか?

 このままでは、自殺行為だぞ。

 

 

 

 完成されたシャーマンの包囲網に飛び込んだチハ9両は、あっという間にその数を減らした。驚くべきは、どれだけ数が減っても突撃し続けたことか。最後には、偵察していた車両まで突っ込んでいった。全く、戦車兵の粘り強さではなく、敗戦間近のどうしようもない状況下での突撃精神を真似たのか。全くもって度し難い。

 あの状況下では、シャーマンはチハ到達予測地点を囲うように布陣し、なおかつチハの偵察車はバレていないようだった。ならば、包囲部隊の側面に回り込んで、シャーマンの背後から強襲する選択肢もあったはずだ。

 

「最近の知波単は、ちょっとねぇ」

 見上げると、母も渋い顔をしている。

 よかった、あの試合が戦車道のベーシックではないらしい。

「昔はね、強いわけではなかったけれど、もっと粘り強くて、しぶとかったわ」

 母は、目を細めながら、懐かしむように話し始めた。

「私が高校生の頃はね、知波単と全国大会なんかで当たると、げぇって感じだったのよ。待ち伏せ、カモフラージュ、戦車壕掘っての砲撃って、まだわからないか」

 昔は突撃バカではなかったと。彼女らは、一体どこで間違えたのだろうか。

 しかし、戦車壕を掘れるとは。ルール的な意味でもだが、女子高生の体力的な面でも驚いた。高地に陣取って、戦車壕を掘れば即席の防衛陣地だ。空からの攻撃もないため一方的に撃ちおろせる。

 意外だが、なんでもありなのだな、戦車道というものは。

 

 

 

 試合後、サンダースは一般客向けに戦車道のブースを開いていた。戦車道用の服、パンツァージャケットというらしいのだが、それを展示したり、砲弾を持ち上げてみようという企画もあったが、何よりも衆目を集めていたのは戦車搭乗体験だった。

 用意されていたのは当然ながら、シャーマン戦車。整理券が配布され、母と抱きかかかえられながら列に並ぶ。時間がかかるのなら、別に乗らなくとも構わないのだが。

 しかし、意外なことに列が進むのは早かった。なぜだろうと首を伸ばして前の方を見てみるとシャーマン戦車が何両も待機しているのが見える。そして次々に乗せているものだから、5、60人はいた行列もあっという間にはけていく。一体何十台持っているのだろうか。

 

 そうこうしていると、ついに我々の番がきた。母親が私をハーネス付きの抱っこ紐で固定し、キューポラから身を乗り出す。私の視線が戦車の進行方向に固定される。

「それでは、行きますよー」

 

 気の抜けた声とともに鋼鉄の車体がうなりをあげ、履帯が地面を踏みしめつつ、前に進み始めた。

 林道のような道だが、臆することなくシャーマンは進む。航空魔導師の頃はもっと早い速度で飛んでいたが、それよりも直に速さを感じた。顔に当たるそよ風の感触と左右に流れる風景が“走っている”という実感を与えてくれる。

 「舗装路に出たら速度あげますねー」

 これ以上速くなるのか!

 視界がひらけ、道路に出ると、予告通り戦車はより軽快に走り出した。確か、シャーマンの舗装路での最高速は時速38km超だったか。顔に吹き付ける風が、先ほどとの比ではない。風景も流れるように過ぎていく。

 

 

 

 柄でもないが、その時胸に去来した感情は、皮肉でもなんでもなく「楽しい」だった。

 戦車道、乙女のたしなみ、この世界の、私の知らない常識。

 やってみてもいいかも知れん。

 

 




絶対に興味を持つことはない、そう思っていた分野が意外にも面白く、やってみようという気になってしまう、そんな経験はおありですか?
ご挨拶が遅れました、谷野碧です。
母の思惑にまんまと乗せられてしまったという感じが否めませんが、3度目の人生、少しくらい寄り道をしてみてもいいかも知れません。
とはいえ、出世に響くようならば考え直しますが。今からそのような心配をするのは意味意がありませんね。
では、また戦場で。
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