セレブリャコーフ、ではなかったヴィーシャと2号戦車のあるあたりまで戻ったが、肝心の戦車には近づけなかった。十重二十重とはいかないまでも、子供らが戦車を取り囲んでいるからだ。先ほどよりも数は増えて、ざっと20人ほどか?
幼稚園でおままごとに興じていた女子とは違い、ずいぶんと活発そうに、いや、やんちゃそうに見える。転輪や履帯を触ってみたり、下の転輪に足をかけてよじ登ろうとしたりと、同年代の男子以上に行動的だ。おかげで彼女らの手は真っ黒だ。ヴィーシャがあの輪に加わってなくて助かった。流石に再会後の握手で差し出された手が油でギトギトというのは勘弁だ。
さて、指導員の方はいうと、白線をグラウンドに引いたり、クリップボード片手に打ち合わせをしている。この分では、まだ始まるまで時間がかかりそうだ。
うん、することもなく、手持ち無沙汰だ。後ろからただぼんやりと戦車を眺めるだけ、というのも面白くない。近況でも聞こうかと隣をちらりと見れば、ヴィーシャは難しそうな顔をして戦車を眺めていた。
「どうした、ヴィーシャ? ずいぶんな渋顔だぞ?」
「社t、ターニャ、すいません。ただ、ちょっと気になることがあって……」
「なんだ?」
すると、ヴィーシャは戦車を指差しながら言った。
「ラインやサラマンダーで見た戦車よりもずいぶんと車体も主砲も小さいなーと思いまして、あれも戦車でいいんですか?」
なるほど、そういうことか。確かに、ライヒでは3号以降が戦争に投入されたからな。
「あれも戦車だ、2号戦車と言って、第二次世界大戦、この世界での2度目の総力戦の初期につかわれた戦車だ」
「2度目の総力戦ですか?」
前世では、あの戦争の後には、合州国と連邦の冷たい戦争とそれに付随した局地戦しか行われなかったからな。よく似てはいたが、やはり根本的に違う世界だった。
「ああ、この世界では、2回の総力戦の後に冷戦を経験している。そして、この世界に魔導師は存在しない」
「はい、絵本で魔法使いが完全に架空の存在として扱われていて驚きました」
そこでカルチャーショックを受けるのか。
「ああ、そして魔導師が存在しないことでなかなか発達しなかった兵器が……」
「戦車というわけですか」
「そういうことだ」
前世において、戦車は対魔導師用の装甲車両の延長として発達した。そのため、当初からその有用性が認められ、また騎馬の代わりとして運用を考えられたため、第1に機動力と装甲、第2に火力と言った優先度で開発が進められた。そして機関銃の発明とそれに伴う新たな形態の塹壕戦の中で洗練された。しかし、この世界では……
「構想自体はあったものの、機関銃と塹壕戦の登場でようやく戦車の開発が始まったからな。第一次大戦の戦車は、それはひどいものだぞ? そして、敗北したドイツ、まぁこの世界におけるライヒは覇権国家の夢を諦めきれず、次の戦争の準備を始めた。その過程で生まれたのがこの戦車だ。言っておくが、当時としては画期的だったんだぞ?」
「この戦車が、ですか? その、あまり性能が高そうに見えませんが……」
3号以降の戦車に見慣れていては無理もない感想だが、軽戦車の中でもこれは傑作だ。
「ドイツは次の戦争で勝つために新たなドクトリン、電撃戦を取り入れた」
「電撃戦? なんですか?」
魔導師がいたからか、ライヒでは電撃戦なんて構想はなかったな。
「この世界では魔導師がいないから、迅速かつ高火力で敵を迎撃することが難しい。そこで、敵が組織立って反抗し、戦線を持ち直される前に素早く要所を押さえ、降伏させることを目的とした電撃戦という考え方が生まれた。そして、電撃戦の命である速力を重視したのがこの2号戦車だ」
「えーと、素早く敵を叩くためにうまれた戦車というわけですか?」
「ああ、もっとも当初は戦車を作る、いわば練習台の役割や繋ぎの役割も大きかった。しかし、予想に反して多大な戦果をあげてな」
機関砲であることに加え、榴弾砲も使用可能であるため歩兵相手に強いことは予想していたが、月刊戦車道の2号戦車特集を見たときには驚いた。
「この戦車の主砲は20mm機関砲だが徹甲弾も装填可能だ。東部戦線では、T34、連邦の主力中戦車もどきを撃破した記録もある」
「えっ、こんな砲でですか?!」
「もちろん、側面や後部を狙ったらしいがな。それでも傾斜した45mmの装甲をぬいたんだ」
「なかなか侮れない戦車ですねー」
はぇーと言いながら、ヴィーシャは幾分か驚いた表情で2号戦車をもう一度見つめた。
しばらくすると指導員が号令をかけた。やっとか。
「はーい、みんなー集まってー。呼ばれた人から前にでて座ってねー」
そして、2号戦車に群れていた子供らがグラウンド脇のベンチ前に集まったのを確認すると、50音順に名前を呼び出した。
「少し、離れちゃいそうですね」
「20人程度だ、1人2人分くらい離れるぐらいだ」
「谷野碧ちゃんー、碧ちゃんー」
呼ばれたか。
「はい」
「あ、いたいた。じゃ名札つけてと、こっち並んでね」
そういって、胸元に戦車の形を模したフェルト製の名札をつけられた。随分と可愛らしく作ってある。
そして、ヴィーシャも呼ばれ、最後の子も呼ばれると、出席確認が無事ついたようだ。
「はーい、みんな。おはようございます」
「おはよーございます!」
他の子に合わせて挨拶をする。2人挟んで左に座るヴィーシャが目を丸くしたのが見えたが、きちんと挨拶できたのだろうか。
「私は名倉しおりです。しおり先生って呼んでね。今日は、戦車が実際に動くところをみんなで見るよー。というわけでカモン!」
そういうと、ガレージの扉が開き、中から戦車が現れた。おおっ、あれは!
「パンターだ!」
私の右隣の子が叫んだ。
「えーと、すどうちゃんだね。あの戦車についてどんなこと知ってる?」
「えーとね、ドイツの中戦車で5号戦車なの。じそく50きろ? 以上で走れて、すごい大砲を持ってるの!」
「よく知ってるねー。他にも知ってるよーってお友達いる?」
まばらに手が挙がったのを見て、私も手をあげる。こういうところで点数稼ぎをしておいて悪い道理はない。
「じゃあ、たにやちゃん」
「はい、パンターはソ連のT 34の出現を受けて傾斜装甲を取り入れ、前面装甲も分厚くなっていますが、側面や背面は薄く、そこをつかれて撃破されることが多かったようです」
「そのとおーり! 詳しいね! グッド! それじゃ、動いているところ、見てみよっか」
どうやら及第点をいただけたようなので、動き出したパンターを眺める。
先ほど引いていた白線に沿って走っているようだが、中戦車であの運動性能は凄まじいの一言に尽きる。さらには、グラウンド奥の標的に向かって停止射撃や行進間射撃を実施、射撃管制装置が付いているわけではないのに2、3発目で当てるとは、よほど腕がいいのだろう。
その後も白線の上に置かれたコーンをスラロームでかわしながら避けたり、急停車や急発進をするたびに、歓声が上がった。
かくいう私もこのデモンストレーションには舌を巻いた。第二次世界大戦時の戦車でここまでの機動ができるとは。大会などでもスクリーン越しに見てはいたが、実物を前にするとやはり凄い。
戦車道は操縦技術面では本物の戦車戦を超えている。
これが、競技化の力か。
一連のデモンストレーションが終わり、解散となったが、子供たちはまだ熱気に包まれていた。
あるものは走行技術に、あるものは砲撃に、またあるものは戦車が動いていること自体に。
「ターニャ、パンターすごかったですね!」
「ああ、あの技術はすごいな」
「はい、来年からアレに乗れると考えるとワクワクします」
「……ああ」
そうか、今までは見るだけだったが、来年からは乗れるのか。
実に楽しみだ。
突然なことで恐縮ですが、戦車において最も重要な要素はなんだと思いますか?
火力でしょうか? 装甲でしょうか? 機動力でしょうか?
ごきげんよう、ターニャです。
戦争の大局を決するのはバランスのとれた性能と生産性・整備性だったことは歴史が証明しましたが、個々の戦場では必ずしもそうではなかったようで。競技である戦車道ではなおさらでしょう。
私は確信しております。最後に勝敗を決するのは、性能でも神でもなく、人間であると。
ではまた戦場で。