明けましておめでとうございます!
今回は八幡がいなくなった俺ガイルsideの世界をお送りします!鬱展開を完璧に描写できてるか分かりませんが頑張って読んでください(丸投げ)。
それとメッサーの階級を“中尉”から“少尉”に変えました。
最近、
学校から帰ってくるといつも腐ってるような目が、本当に死にそうな目で何処と無く生気がなくなっている気がした。
理由を聞き出そうとするが「お前には関係ない」の一点張りで教えてくれない。
そして
これと言って怪しいものはなく諦めて自分の部屋に戻ろうとした時、押入れの中を調べていないことに気付いた。押入れの中には中学生の頃のお兄ちゃんが書いた
中には大量に積まれたラノベや通販でポチったのであろう暗黒剣が立て掛けてあり、物を掻き分けて探していると隠すように置いてある一つのゴミ袋が見つけた。
また
「な、なに……これ」
そこにあった物は入念に切り刻まれた教科書やノート、ボロボロの靴。あまりにも衝撃的過ぎて状況が掴めないままでいると部屋の扉が開いた。
「はぁ……月曜までに新しいノート、買っとかねー……と」
「お、お兄、ちゃん」
戻ってきたお兄ちゃんは私を見て明らかに動揺していた。
数秒、たったそれだけの時間しかない筈なのに、全身に緊張感が走る。するとお兄ちゃんはゆったりと近付いてきて私からゴミ袋を取り返すと部屋の隅に置いた。
「お兄ちゃん。アレって一体──」
「…何でもない」
「へ?」
「ホントに何でもないんだ。小町が気にすることじゃない」
「ッ!」
そう言って笑顔で頭を撫でてくるお兄ちゃんはもう一度ゴミ袋を持って部屋を出ていった。
その日以降。互いに気まずくなり、すれ違う日々を過ごした。何度も声を掛けようとするがあの日の出来事を思い出して伸ばした手を止めてしまう。だけど、少しでもお兄ちゃんが自分から話してくれるのを信じて待ち続けた。
そして、お兄ちゃんが行方を眩ました。
帰ってこないお兄ちゃんに、もう数え切れないほど電話をかけても繋がることはない。
時計の秒針がなる度に嫌な汗が出てきて呼吸をするのも辛くなってくる。徐々に体が震えてきて、手からスマホが滑り落ちていく。
そのタイミングとほぼ同時にリビングの扉が開かれた。
「ただいま~、って小町。アンタこんな時間までなにして、ッ……何があったの?」
「お、おかあ、さん」
お母さんを姿を見た途端、体の力から抜けその場に座り込んでしまった。それを見てお母さんは荷物を頬り投げて私を抱き締めた。
「お兄ちゃんが、帰ってこないの。もう何回も電話してるのに、全然繋がらなくて……それで、それで───」
不安が募っていく中、お母さんの腕の中で上手く言葉にしながら、あの時起きた出来事を話した。
話し終わるとお母さんは私を抱きしめてゆっくりと頭を撫でてくれた。
「小町、アンタはもう寝なさい。後は私とお父さんでやるから」
「で、でも……」
「いいから、早く寝な」
優しくも強調されたお母さんの言葉を聞いて自分の部屋に戻った。それでも収まらない気持ちを落ち着かせるために窓を開けると、冷たい風が髪をそっと揺らした。
部屋へ戻る小町をリビングから見送った人物。
それは八幡と小町の母である“
彼女はズボンのポケットからスマホを取り出して一本電話を繋げると旭は腰に手を当てて話しかける。相手は彼女の夫であり、八幡と小町の父“
「アナタ、今大丈夫?」
『あのな、
「八幡がいなくなった」
『──ッ!!説明してくれ』
電話に出始めた気の抜けた声とは裏腹に声色が低く変わった佐助。それを余所に旭は小町から聞いた事をそのまま話すと佐助は呆れたようにため息を吐いた。
『………ったく、あのバカ息子は』
「何でも溜め込む癖は、アナタにそっくりよね」
『俺は良いんだよ。旭が相談相手になってくれるし…、それより俺の方は上司に掛け合って警察に協力を仰いでみる』
「了解。私の方でも情報を集めてみるわ」
『あぁ、頼む』
電話を切った旭はスマホをしまってリビングを出ていこうとするとドアノブに手を掛けたところで八幡がいつもだらけているソファーを眺めた。
「八幡……どうか、無事でいて」
そう言って旭はリビングを出ていく。
暗く無音のリビングでソファーだけがそっと月明かりに照らされた。
比企谷くんは私たち二人を避けて奉仕部に来ていない。
それ処か由比ヶ浜からは数日前から彼は学校に来ていないと聞いている。
なんとも言えないぎこちなさが残るまま定期テスト当日を向かえた
折り返しまで差し掛かったその時、校内放送が掛かった。
『テスト中、失礼します。2年F組由比ヶ浜結衣さん、2年J組雪ノ下雪乃さん。大至急、生徒指導室に来てください。繰り返します───』
突然呼ばれた
聞こえてきた声は平塚先生だったが、何やら慌てた様子で私たちを呼んでいたけど、この組み合わせは間違いなく奉仕部の事。
そう考えていると、竹林での出来事が頭を過る。一瞬の出来事で首を振って我に帰った私は自然と早足になって歩いていると目的地である生徒指導室前に辿り着いた。
扉をノックして中に入ると、そこには椅子に座って待機している由比ヶ浜さんと窓の外を覗く平塚先生がいた。
「あ、やっはろー、ゆきのん」
「来たか、雪ノ下………」
「おはよう、由比ヶ浜さん。それと平塚先生、テスト中に呼び出すなんて何かあったんですか?」
平塚先生は振り返ると悲痛の表情を浮かべるが首を振って私を見た。
「………詳しい事情は後で話す。とにかく今は私の指示に従って着いて──」
「ひ、平塚先生!」
男性教師が慌てた様子で生徒指導室に入ってきた。
「どうしたんですか」
「マスコミが校門前に群がっています!急がないと裏門にも集まってしまいますよッ!!」
「ッ思ってたより早いな………報告ありがとうございます。雪ノ下、由比ヶ浜、聞いていたな、速やかに裏門に移動する」
「え、ちょ、行こうゆきのん!」
早足で去る平塚先生を見て由比ヶ浜さんは急いで席を立って追いかける、それに続くように私も後を追いかけた。
そしてやって来た場所は裏門。
普段使われない場所で滅多に人なんて通りかからない場所だが、裏門前に一台のタクシーが止まっていた。
「二人とも、このタクシーに乗れ。金は私が払っておいた、行き先も伝えてあるから後は乗るだけだ」
「で、でも何処に行くんですか」
「行けば分かる……」
「しかし、それだけでは納得が───」
坦々と説明していく平塚先生に、私は反論しようとしたが肩を強く掴まれ、それは阻まれた。
「いいから、頼むッ」
「───!」
平塚先生は歯を食い縛りながら涙を堪えていた。
私を掴むその手は震えており、弱々しくある先生を見て驚いているその時だった。
「おい!いたぞ!」
「総武高校の教員の方でしょうか!」
「今回の件に関して、何か一言お願いしますッ!」
カメラやマイク、ボイスレコーダーを持った記者たちが此方に向かって声を上げながら走ってきた。
平塚先生はそれを見てすぐに手を離して記者たちの方を警戒する。
「雪ノ下、行ってくれ」
「……分かりました、行きましょう。由比ヶ浜さん」
「う、うん」
私たちは平塚先生に言われるがままタクシーに乗り込み、決して後ろを振り向かないようにする。
「どうか君たちは、折れないでくれ」
不意に聞こえた平塚先生の言葉に顔を向けると同時にタクシーの扉は閉まり、目的地に向けて発進した。
ゆきのんと
「ねえ、ゆきのん」
「……なにかしら」
「平塚先生がさっき言ってたこと聞いた?」
「……ええ」
「あれってつまりさ、ヒッキーが最近休んでるのと関係あるんだよね」
「……そうね」
素っ気ない返事をするゆきのんに、もう少し反応してくれてもいいんじゃないかと声を掛けようとしたが、窓ガラスに写る彼女の表情を見て私は思い止まった。
不安の拭えない表情、、我慢するも僅かに震える唇と手。
そのどれもが浅はかだった自分の考えを一瞬で消し去っていく。自分は何をやっていたのだろう、最も空気を読め、それしか取り柄がないのだから、と言い聞かせて次第に募っていく胸のざわめきを残しながら私は視線を窓の外に移した。
タクシーがしばらく道のりを進んでいくと港町的な景色に変わっていき、辿り着いた場所は警察署だった。運転手さんは警察署の入口前のロータリーに停めるとドアを開き、後ろを振り向いて話しかけてきた。
「到着しました。平塚様より、帰りの金銭を頂いておりますので此方でお待ちしております」
「分かりました、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
運転手さんにお礼を言ってタクシーを降り、警察署の中に入っていく。
受付付近で立ち止まっていた私たちに一人の男の人が近寄って話し掛けてきた。
「雪ノ下さんと由比ヶ浜さんでしょうか」
「ええ、そうです」
「はい…」
「平塚さんより伺っております。お待ちしておりました、警部補の“
柳さんの後を追って暫く歩いていると人気がなく少し暗い廊下に入った。
すると柳さんは立ち止まって私たちの方へ振り返った。
「案内はここまでです。この道を進めば小町さんがいます。本来この先は親族関係者以外立ち入り禁止ですが、小町さん本人が呼んでほしいとの事でしたのでお呼びさせていただきました。……それでは」
淡々と説明していた柳さんは敬礼をして来た道を戻っていった。彼の言う通りに先に進んでいくとそこには、生気が抜けきり天井を仰ぎながら長椅子に座る小町ちゃんがいた。
「あぁ……、雪乃さん……結衣さん………」
私たちの姿に気がついた小町ちゃんは声を漏らしながら顔を此方に向けた。
その顔は酷く窶れていて目の下には隈があり、髪もボサボサになっている。彼女がそこまで変わってしまうほどの何かがヒッキーの身に起きたのだとすぐに分かった。
「こ、小町さん。彼は、比企谷くんは何処にいるの?」
「………お兄ちゃんなら、彼処にいますよ」
小町ちゃんが顔を向けた先にあるのは“霊安室”と書かれた部屋だった。
「う、嘘、だよね。小町ちゃん」
「………」
「お願い、嘘だと言ってッ」
「………来てください」
無表情の小町ちゃんに言われるがまま後を付いていく。
そこには白い布で覆われた台があり、台の上が妙に膨らんでいた。
小町ちゃんは台の前に立ち止まると布に手を掛けて慎重に退ける。徐々に姿を見せたのは肘の部分から肉が千切れ、沢山の傷口を縫合した
「────」
「ゥウ、ごめん、なさい…!」
私は事切れたように膝から崩れ落ち、ゆきのんは手で口を抑えて霊安室を飛び出していった。
耳の奥で心臓の鼓動が強く、より強く波打っていくのを感じながら呼吸が荒くなっていく。小町ちゃんはその手に握る布を強く握りしめながら口を開いた。
「一昨日、この近くの浜辺で打ち上げられてるところを散歩していた住人が発見したそうです。………体の方は今、柳さんたちが懸命に探してくれてます」
そう話す小町ちゃんは布をもう一度台に被せて振り返ると、一歩、また一歩と進んで私の前に立つと両膝を着いてそっと手を握ってきた。
「結衣さん………教えてください……」
小町ちゃんは握った手を額に当てると声を震わせながら涙を流した。
「最後お兄ちゃんと会ったとき、お兄ちゃんは、笑ってましたか?」
「────ッ!!ぁ、ぅあ…ッ」
手に滴り落ちて伝わる小町ちゃんの涙の温かさに、頭の中がグチャグチャになって“何か”が一つ、また一つと罅割れていく。
翌日。
懸命な捜索の末、ヒッキーの体を発見する事は叶わず、これ以上の捜査は極めて困難と判断した警察は彼の部屋の押入れから見つかった私物を調べ上げ、イジメによる自殺と推定した後、捜索を打ち切った。
今回の件で学校側は集会を開いてヒッキーの死を全校生徒へ知らせた。
彼を知り、彼に助けられた人たちはその死を悲しんだ。
そして数時間後に記者会見を開いた学校側は、マスコミに対して遺族に対する謝罪とイジメの原因の追究を表明し、学校長とその関係者たちは深く頭を下げた。
ヒッキーの葬儀は親族だけで行う予定だったが、特別に私とゆきのんも参加させてもらえることになり、ひっそりと執り行われた。
ヒッキーの葬儀を終えて三週間が経った。
心にできた傷は時間が過ぎても癒してくれず、私はどうしようもない喪失感を抱き続けながら今日を過ごしている。
「ゆきのん」
「……なにかしら」
「今日も人来ないね」
「そうね、依頼がないのは良いことだわ」
「うん、そうだね」
今隣で笑い掛けてくれるゆきのんも、時々ヒッキーのいた場所を見て苦しそうな顔をしていることが多い。その光景を横目に見ながら胸の奥がキュっと絞まっていく感覚を視線をスマホに移して誤魔化す。
「………」
「………」
静かな教室に時計の秒針が音を鳴らして時間を刻んでく。
────コンコン。部室の扉の向こう側から鳴り響いたノック音に、ゆきのんは手を止めて扉の方へ声を掛けた。
「どうぞ」
「失礼するぞ、雪ノ下。依頼人を連れてきた」
「失礼します」
入ってきたのは平塚先生と茶髪の女の子。
私たちは椅子を整え座り直すと、彼女もまた私たちと向かい合う形で椅子に座った。
いつもなら「後は宜しく頼む」と言って退室する平塚先生は、壁際の方に腕を組みながら凭れ掛かっていた。
それを横目で見ていた私を放ってゆきのんたちは挨拶を交わし始める。
「一年の“一色いろは”です」
「私は雪ノ下雪乃よ。歓迎するわ、一色さん」
「はい、よろしくお願いします。雪ノ下先輩」
「………」
「由比ヶ浜さん、貴女の番よ」
「あ、由比ヶ浜結衣です!よろしくね、いろはちゃん!」
「は、はい。よろしくお願いします、由比ヶ浜先輩」
私がいきなり名前呼びしたせいか、いろはちゃんは少し戸惑いを見せた。それと壁際に凭れながら異様な空気間を放ってる平塚先生を他所にゆきのんは話を進めた。
「それで貴女の依頼とは何かしら?」
「えっと、今度の生徒会選挙の事と………比企谷先輩の事についてです」
暖かく迎え入れた筈の教室の空気が一瞬で凍り付いた。
隣にいるゆきのんはいろはちゃんの話を聞いた途端、怒りを露にしながら冷たく言い放った。
「………冷やかしできたのなら、いますぐ帰って。そしてもう二度と此処には来ないでちょうだい。目障りよ」
「ちょ、ちょっとゆきのん言い過ぎだよ!それにまだ話の途中だし!」
「………それでもよ」
必死に抗議する私に、反抗するゆきのん。
緊張感溢れ、睨み合う時間が過ぎようとしていたが、それは壁に凭れ掛かる平塚先生によって阻止された。
「雪ノ下、由比ヶ浜。少し落ち着け」
「ですが先生!」
「雪ノ下、怒るお前の気持ちは痛いほど分かる。だか最後まで一色の話を聞いてやれ」
納得のいかないゆきのんは平塚先生のお願い通り、目を閉じて一息挟むといろはちゃんの方に向いてもう一度聞く姿勢をとった。
「ごめんなさい、由比ヶ浜さん。一色さん、どうぞ続けてちょうだい」
「はい…。あの日。集会が開かれた数週間前、比企谷先輩が他の先輩方から暴力を受けていたのを偶然見掛けたんです」
「「!!」」
「これが、その時のです」
いろはちゃんは制服のポケットからスマホを取り出して画面をタップすると机の上に置いて一本の動画を私たちに見せた。
『テメーは教室の端で大人しくしてればいいんだ、よッ!』
『ぐッ!』
『ていうか、こんなクソザコ陰キャに時間使ってるの勿体ねーし。もう帰ろうぜ』
『了解~。あ、じゃあさ。この後ス◯バ寄ってかね?』
『それは別にいいけど、コイツどうする?』
『ほっとけ、どうせ残りの学校生活死んだようなもんだろ』
映像が少し荒いけど寄って見るとヒッキーの口元に血が付いていた。いろはちゃんはそこで動画を止めると私たちの方に向く。
「何故、今になって、この映像を私たちに見せたの………匿名で教師に送れば、出所も特定されず、今この時でものうのうと過ごしてるこの屑どもを捕まえられたはずよ。何故、そうしなかったの」
静かに怒声吐くゆきのんは制服のスカートの裾を強く握りしめる。
「雪ノ下、彼女だって……」
「勿論分かってます。でもこの気持ちを一体、何処にぶつければいいんですか」
「───」
顔を上げたゆきのんの頬に涙が伝っていく。
平塚先生はそれ以上何も言うことはなく顔を背けた。
「………比企谷先輩の噂は一年生の間でもそれなりに広まってます。内容はどれも、人の告白を邪魔するような最低人間だったり、文化祭のときプレッシャーに押し潰されそうな女子生徒を攻め立てたといった感じです。だけど」
ヒッキーの噂は私も知っていた。一色さんは浮かない顔で机に置かれたスマホの画面をもう一度タップして動画の続きを流す。
『ぐっ、起きるのも一苦労だな』
ヒッキーは脇腹を抑えながら愚痴を溢し、壁に沿って立ち上がると空を仰いで言った。
『これで良かったんだよ。雪ノ下、由比ヶ浜……』
そこで動画は終わり、いろはちゃんは携帯をしまった。
「この後比企谷先輩は怯えた様子で走り去っていきました。………もし本当に噂通りの人なら
「……随分と彼の事を知ったような口振りね」
「そりゃあ、分かりますよ。私も似たような感じですから」
いろはちゃんは苦笑いしながらと視線を落とす。そしてもう一度私たちを見ると胸を張ってケラケラと笑いながら言った。
「私、こう見えて女友達がいないんです。それで仕方なく男子に愛想振り撒いてたら、それをよく思わない女子が私が風で学校を休んでた隙をついて勝手に生徒会長候補に挙げちゃったんですよぉ~」
「貴女のそれは自業自得なのではないの?」
「えぇ~♡そんなこと言わないでくださいよ~、雪ノ下セーンパイ♡」
「ッチ……あざとい、鬱陶しい、出直してこい」
甘々な声を出して馴れ馴れしくするいろはちゃんに、一気に口調が悪くなったゆきのんは容赦ない口撃を繰り出す。
「あ、あはは……」
一方で二人のやり取りに置いていかれた私は、空笑いしながら胃を押さえた。オナカイタイナァ……。
「まあ、起きたことは仕方ないので甘んじて受けますが、これを利用することにしました。ぶっちゃけて言いますとこれを生徒会選挙で暴露します」
さっきのふざけた態度とは打って変わって真剣な眼差しで私たちに伝えると、ゆきのんは空かさず反論した。
「あなたがやる必要はないわ」
「勿論分かってます。でもやらなきゃいけないんです」
「……だけど」
「由比ヶ浜先輩。私だってこのまま平塚先生にこれを提出して知らぬ存ぜぬで終わりたいですよ。でも私は、自己満足だの偽善だの、お門違いと罵詈雑言を浴びせられても、言わなきゃいけないんです。それが、見て見ぬふりをしてあの時手を伸ばさなかった………私の
「───!」
“責任”。
いろはちゃんのその言葉が静かに頭の中で反響する。
沢山のものに押し潰されようとも自己犠牲を貫き通そうとするいろはちゃんの姿がヒッキーの面影と重なった。
その時、私の胸の中で何かが動き出した。
「だったら、尚更それは!」
「いいえ、引きません!これは私の問題です!」
「お前たち、少し落ち着け!」
いろはちゃんやゆきのんの話し合いは激化して平塚先生が割って入っても歯止めが効かずにいた。
「ゆきのん、いろはちゃん。待って」
自分でも驚くほど冷たい声を出した私は、二人の話し合いを止めて彼女たちの視線を此方に向かせる。
これが間違っていても構わない。あの日、ヒッキーが守ろうとしてくれた私たちの関係は安い言葉一つで壊れるようなものじゃない。
だから、ヒッキー。
「それ、私がやる」
どうか私を見ていてください。
「ただいまより、生徒会選挙を開始します。礼」
司会の合図を皮切りに次々と生徒たちが頭を下げて用意されたパイプ椅子に腰掛けて行く。
いろはが奉仕部に訪れてから一週間の時が流れ、体育館で今まさに生徒会選挙が始まろうとしていた。
「それでは始めに、生徒会長立候補。1年C組 一色いろはさん、お願いします」
「はい!」
司会に呼ばれ、
「うぅ……」
「由比ヶ浜さん、本当に大丈夫?」
「あ、あはは……かなりキツイ。お腹痛くなってきた」
それを側で見ていた雪乃は結衣の背中を擦りながら心配そうに声を掛ける。
「心配しておいてアレだけど、弱気になっては駄目よ。相手は人を手にかけても平然を装える塵芥なんだから」
「ち、ちり……なにそれ?」
「……ごめんなさい、難しく言いすぎたわね」
「ちょ…馬鹿にしすぎだし、それくらい分かるし!ほらあれでしょ、人間失格の人!」
「由比ヶ浜さん、それは太宰治よ。塵芥と関係ないわ」
「あ、あれ?」
「………一色さんの演説でも見ましょうか」
「そ、そうだね……!その方がいいよ!」
なんとも言えない空気間に当てられた二人は逃げるようにいろはの演説に目を向けた。それから時間は着々と進み、いよいよ結衣の出番が来る。
「続きまして、同じく生徒会長立候補。2年F組 由比ヶ浜結衣さん。お願いします」
「は、はい!」
緊張しきった声色に結衣は弛んでいた背筋を真っ直ぐ伸ばし返事をする。
「行ってきます、ゆきのん」
「ええ、頑張って」
挨拶を交わした後、結衣は袖から出て一礼するとマイクが設置された演台の前に立つ。全校生徒と教師たちが結衣に注目する中で、結衣は瞳を閉じて深く息を吸った。
「……」
一分間。
静寂が場を満たしきったその時間は、生徒たちの不安を煽り、次々と周囲がざわめき出す。その瞬間を見逃さない結衣は口を開いた。
「……生徒会長に立候補した、由比ヶ浜結衣です」
不意に始まる演説に生徒たちは静まり返った。
掴みは成功、と結衣はひっそりと握り拳を作り、雪乃と共に練り上げてきた原稿を坦々と読み上げていった。
どれも在り来たりな夢と目標。それでも普段の彼女から感じられないほど、丁寧で落ち着いた口調は自ず人を引き付けていった。
原稿も終盤に差し掛かり、結衣は遂に実行に移す。
「それから……私がここに立って最も言いたかったのは……2年F組、比企谷八幡くんについてです」
その一言で生徒たちは勿論、教員たちですら動揺を隠せずにはいられなかった。
結衣は目配せで静に指示を送り、プロジェクターを起動させると上手の壁に貼り付けられているスクリーンに映像が映し出された。それはあの日、いろはが奉仕部に持ち込んだイジメの動画だった。
「え、ウソ……」
「ね、ねえ。あれってこの前の集会で言ってた、ヒキタニじゃない?」
「ああ、それにあの三人組、E組の清水*1にF組の龍門寺*2、B組の近藤*3じゃないか……」
「おいマジかよ、彼奴らそんなことする奴だったのか」
「嫌だ、怖い」
前のスクリーンの光景に周囲の生徒たちは動揺と唖然、恐怖を感じて彼ら三人組から距離をとった。当人たちは周囲の状況に焦りを隠せないまま声を上げて抵抗した。
「ふ、ふざけんな!こんな映像デタラメだ!」
「そ、そうだ!映像なんていくらでも捏造できる!龍門寺も何か言えって!」
「……あ……が、………だ…」
「え?」
「龍門寺?」
「アイツが悪いんだよッ!あのクソ陰キャがッ!ゴミはゴミらしく死んでればいいんだよ!」
「お、お前何言って」
激しく怒鳴り立て容疑を認める龍門寺に対して二人は明らかな動揺を見せる。
「いつも本見ながらニヤニヤして気持ち悪い上に他人の事情に首突っ込んで問題しか起こさねえような奴はな。はっきり言ってゴミ、邪魔でしかねーんだよ。だから俺が“粛清”してやった!もう二度と学校に来れないよう徹底的に、彼奴を痛め付けてやった!寧ろ感謝してほしいくらいだねえ!!アハハハ、アハハハハハ!!!」
目を見開いて笑う龍門寺は追い詰められた影響で半狂乱に陥っていた。そんな彼に周囲の生徒は恐怖で騒ぎだし、彼との距離を開けていく。
「黙って」
しかし結衣のその一言で場は静まり返り、生徒たちは彼女の声色に体を強張らせる。結衣は演台の前の階段をゆっくりと降壇していく。
「確かにヒッキーは、一人でいることが多かった。時々何言ってるか分からない時だってある。本を読んでる時も、ニヤニヤしてて正直気持ち悪いと思ったこともある。でも、彼は何時だって自分を犠牲にしてでも他人を助けちゃう大バカ者で、本当に、本当に凄い人なんだ。だから───」
一歩、また一歩と力強く床を踏みしめて、龍門寺に近づいていく。
「───私が信じて憧れた彼を、侮辱しないで」
一粒の涙を勇気に変えて、彼女は今、龍門寺の前に立ち塞がった。その姿に覚悟に動揺を見せた龍門寺は結衣の眼差しに怒りを覚える。
「ぐぅッ!!ベラベラと、うるせぇんだよ!このアマッ!」
「────ッ!」
龍門寺が腕を上げ、結衣を殴り掛かろうする。結衣は逃げもせず堂々と胸を張り、龍門寺を向ける目を強めたその瞬間。
「カハッ!」
風を切り、何かが龍門寺を殴り飛ばした。
一瞬の出来事でうまく状況が飲み込めない生徒たちは彼が殴り飛ばされた方へ向く。
「イデ、イデデデッ!」
「私の大切な
そこにいたのは、誰もが知る黒髪と白衣を靡かせて龍門寺を取り押さえていた静の姿があった。
拘束され身動きがとれない彼は、暴れる事はせずただ悔しそうに歯を食い縛っている。嫌でも理解してしまったのだ、自分がもう完全に詰みだと言うことを。
「くそッ………クソが──────ッ!!!!」
龍門寺の悔恨の叫びが体育館に響き渡る。
その惨めで嘆かわしい姿を見た清水と近藤は力なく膝を着いた。後にやって来た警察に三人の身柄は確保され、波乱を呼んだ生徒会選挙はこうして幕を閉じた。
「……終わったわね」
「うん」
生徒会選挙を終えたその日。
「じゃあ、私こっちだから」
「あ、うん。バイバイ」
「ええ、また明日」
挨拶を交わしてゆきのんを見送っていると彼女は足を止めてこちらを振り返った。
「ん?ゆきのん?」
「ッ………由比ヶ浜さん。貴女の真っ正面から立ち向かえるその覚悟、とても格好良かったわ」
「ッ!!!////え……えへへ、ありがとうゆきのん!」
恥ずかしくも嬉しい気持ちが勝ってしまい変な笑い声が出てしまったが、ゆきのんも恥ずかしいのか頬を赤く染めていた。
「そ、それじゃあまた明日////」
「うん、また明日!!」
そうして笑顔で見送ってゆきのんと別れた後、私は家に帰るのではなく電車を乗り継いで近くの海浜にやって来た。
吐く息が白くなり始める秋の終わり頃。
一人歩く浜辺には人は居らず、ちょっとした貸切状態で少しウキウキするが、それと同時に寂しくも思える。
水平線に浮かぶ夕日は景色をオレンジ色に染め上げながら沈んでいく。
そんな夕日を眺めていると私は徐に靴下とローファーを脱いで海へ入ると、穏やかに押し寄せる冷たい波と足趾の間を通る砂の感触に心地良さを感じながら足を動かす。
「綺麗……」
沈む夕日に導かれるように歩いていると体の3分の1が海に浸かっていることに気づいて足を止めた。
もしこのまま進めば私も、ヒッキーと同じ場所に。なんてくだらない妄想に首を振って目を伏せる。
彼に見ていてほしいと願って、前に進んだはずなのに、こうやって後ろを向いては彼との思い出に、手を伸ばしてしまう。
「えへへ、頑張ったよヒッ───」
この迷いを誤魔化せると信じて今日もまた“嘘”を吐いて笑顔を作ろうとした。でもそれは、“日の満ちる
「───あれ? なんで、……うぅ…ぐすッ…ヒグッ」
突然出てきたソレは何度拭っても、溢れ落ちていく。
その青い雫は夕日色の海に波紋を描きながら、彼との思い出に溶けていってしまう。
「ヒッキー………」
甘いのも
欲しかったものを全部失って、漸く気付いた。
溢れ出てくるこの
「─────────ッ!!!」
♪それ俺裏話♪
この世界線では、いろはと結衣は初対面だゾ!
そして由比ヶ浜が生徒会選挙で演説ができたのも全部裏で手を打っていた平塚先生のおかげだ!
次回 Mission04 思い出 ダイアリー②