the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百唱——絡まる糸はほぐれることもなく

 

 

 

 

 

 

 

 

 謁見の間にて監視されていることは露知らず、彼女の言葉を繰り返す。

 

「人殺し、て」

「さっきも言ったように、こんな時勢だからね。死刑相当の犯罪者なんか山のようにいる。いちいち刑にしてたら手続きが大変なんだよ。あんたにはそいつらと、減刑をかけて殺し合いをしてもらう」

 

 ようやっと明かされた、連行の目的。

 まさかの事態に、スィンは目を白黒させるしかなかった。

 

「なんだい? 不服かい?」

「なんていうか……何と言ったらいいか」

 

 戸惑いを隠さず、しかし混乱を露にするでもなく。

 スィンはまず思ったであろう疑問を口にしていた。

 

「僕は死刑レベルの犯罪者なの?」

「第三師団師団長暗殺容疑、及び軍属詐称、あと陛下への不敬罪、軍本部と王宮無断侵入。積もりに積もった感じさね」

「不敬罪?」

 

 何かしたっけか、と首を傾げる。

 カンタビレはその仕草も癇に障ったのか、半眼で言ってのけた。

 

「とぼけても無駄さ。突き飛ばしたろ、私室で。陛下はきっちり覚えていらっしゃるよ」

「……ああ、あれか」

 

 尻の穴と器のちっちゃい男である。

 間違っても口には出さないが。

 

「暴行じゃないんだ。問答無用で打ち首にならなくてよかったー」

「まったくもって残念だよ。その場で処刑されちまえば後腐れがなかったのに」

 

 カンタビレが何気なく酷い。軽口なのか本気なのか、わからないところが、そこはかとなく。

 死刑囚との減刑をかけての殺し合い。十中八九どころか間違いなく、罠が仕掛けられていることだろう。

 その全容を探るべく、興味津々を装ってカンタビレとの対話を続ける。

 

「一対一……なわけがないよね」

「当たり前じゃないか。そんなことするくらいなら、一人ひとり死刑にした方がまだ早いよ」

「マルクトには闘技場がなかったね。演習なんかは基本郊外でやってるけど、死刑囚を野外に連れてくわけない……大勢でドンパチするなら、やっぱり演習場を使うのかな」

 

 図星なのか訂正してやる慈悲もないのか、返答はない。

 ふと、彼女の所作に目をつけた。

 

「……」

 

 腕を組んだカンタビレは、むっつりと形の良い眉をしかめて口を閉ざしている。

 これまでの対話においても、幾度か見た態度だ。さしておかしな点はない。

 ただし、それは縮んでしまったスィンの視線から探ってきたこと。

 現在空蝉はスィンの操作によってカンタビレをまじまじと正面から見つめている。

 真正面からじろじろ眺められて何の反応も示さないほど、彼女は無頓着ではなかったはずだ。

 それを踏まえて、この状態が示すのは──

 

「で、その子供はなんなんだい」

 

 いぶかしむスィンの思考に横槍を入れてきたのは、例によって脈絡のないカンタビレからの質問だった。

 

「……さっきは、どうでもいいて」

「細かいことをウダウダうるさいねえ。質問に答えな」

 

 突如として意見を翻したカンタビレを引き続き眺めつつ、空蝉には顎に手を当てさせる。

 

「ふむ。なんなんだいと聞かれても……子供、だね」

「あんたの子供なのかい? 主席総長との愛の結晶とか抜かすんじゃないだろうね」

「いや、僕の子供じゃないよ。従って主席総長との愛の結晶でもない」

「じゃあなんなんだい」

「……子供の姿、してるね」

 

 そもそも質問自体があやふやで、何が聞きたいのかがわからない。

 子供に関するすべてを聞きたくて意図的に明確にしていないものと思われるが、その意図に乗っかってやる義理はなかった。

 無論それはカンタビレの不機嫌を招くが、今のスィンにとっては些細なことである。

 

「ふざけんじゃないよ!」

「ふざけてなんてない、質問には答えてる。カンタビレどうしちゃったの」

 

 言外に彼女のせいにすれば、カンタビレはわかりやすく顔を真っ赤にして絶句している。

 やがて彼女から、今度は一応明確な質問がなされた。

 

「……なんだって、子供なんか連れ歩いてるんだい」

「そうする必要があるから、だね」

「その必要の理由は」

「必要に理由なんか求められても……そうする必要があるからとしか」

「ああもうまどろっこしい!」

 

 キレちゃった。もとい、短気な御仁である。

 その気質を知っていて、爆発するよう誘導したこともまた事実だが。

 カンタビレの気持ち血走った目が、初めてプチスィンを映した。

 

「お嬢ちゃん、そいつはあんたの母親かい?」

「違うよ。お父さんもお母さんも、どこにもいないの」

「……いない……? だから引き取ったってのかい?」

「え、別に引き取ってないよ」

 

 尋ねられたところで、空蝉は否定しかしない。

 埒が明かないと思ったのか、カンタビレは再びスィン本体に向き直った。

 

「お嬢ちゃん、なんであんたはそいつと一緒にいる?」

「それは言っちゃいけないの」

 

 子供らしく振舞うべく、空蝉にさせていたようにはしない。

 聞かれてもいない小生意気なことをかしましく語る。これだけでも大分、らしくなるはずだ。

 

「大事な秘密は、ミダリに知らない人に言っちゃだめなの。淑女たるもの、慎み深く振舞わなきゃいけないんだって」

 

 予想に反して、カンタビレは何も言わなかった。

 ませた子供言葉は彼女の毒気を抜いたらしく、返す言葉も見つからないようで何とも言えない表情をしている。

 彼女がトーンダウンしたところで、空蝉が発言した。

 

「カンタビレ」

「な、なんだい。躾けてあるからこの子から聞き出そうとしても無駄だってのかい?」

「なんか鳴ってるよ」

 

 先程からツーツー音を立ててカンタビレを呼ぶ、壁に取り付けられた音機関を指せば、彼女は離席してそれの応対に出た。

 スィンを警戒して、だろう。その目だけはスィン扮する空蝉から外れない。

 やがて彼女は用件を聞くだけ聞いて返事もなく、やりとりを打ち切った。

 

「移動するよ、立ちな」

「殺し合い、準備できたんだ」

「……とにかく、歩きな」

 

 カンタビレに促されて、とりあえず前を歩く。

 どこに行けばいいのかさっぱりわからないため、分岐に到達するたび立ち止まり、その都度彼女に行き先を尋ねるという行動を繰り返して今に至る。

 

「……更衣室?」

「鍵は開いてるよ」

 

 演習場に誘導されるものとばかり思い込んでいたスィンの──空蝉の動作が鈍る。

 一拍遅れてドアノブに手を伸ばし、開け放った。進むよう急かすように伸びてきたカンタビレの手から、どうにか逃れる。

 基本的に空蝉は、他者の視覚を誤魔化すことだけしかできない。

 誰かと触れ合うことは前提としていないため、操るスィンはともかく他人の手がちょっと勢いよく触れただけでも負傷したと感知し、消滅する危険がある。

 

「女性用更衣室」

「参加前に、ここで身体検査を受けてもらう。武装を全部外して、そこの籠に預けるんだ。チビちゃんに持たせてもいいけどね」

 

 それはすなわち、プチスィンには武装解除も身体検査もされないということか。このそこはかとない絶望的な状況における一筋の光明である。

 黙してそれに従ったスィンだったが、次なる一言で思わず目を剥いた。

 

「み、水着!? 水着着て、闘わないといけないの!?」

「本当は囚人服に着替えてもらう予定だったんだけどね。乱戦になったとき見失わないようにと、暗器隠されても困るから」

 

 はいこれ、と足元にあった籠を渡される。

 思わず空蝉で受け取り損ねて、スィンは自分で抱えるようにして降ってきたそれを受け止めた。

 中には水着と思われる布切れがいくつか、収められている。

 自分の目でそれをあらためる傍ら、空蝉でカンタビレの気を引きにかかった。

 もちろんのこと、ただ気を引いているわけではない。

 

「着替えるの……君の、目の前で?」

「当たり前だろ、何赤くなってんだい。あたしにそっちのケはないよ」

「うん、僕にもない……けど」

 

 通常ならばスィンとて、同姓の前で着替えることは殊更嫌がるほど抵抗があるわけではない。

 しかし此度、着替えるのは空蝉。被服すら構成音素の一部である空蝉を、カンタビレの眼前で着替えさせることはできない。正確には、脱ぐ被服がない。

 ……どうしよう。

 そして問題は、それだけではなかった。

 着られる水着、許容範囲の水着が用意された籠の中には一枚もない。

 籠に入っていた水着の内訳はビキニタイプが八、ワンピースタイプが二と実質二者択一で、いずれも武器を隠し持てないようにか露出が非常に激しい。

 ビキニはおろか、ワンピースの形をしていても変に穴だらけで、実際に着たらそこかしこから肉がはみ出ること請け合いである。

 水遊びには縁遠く、水練は着衣でするもの、水着は下着と変わらないという意識の持ち主がいきなり着るには抵抗が大きすぎた。

 とはいえ、嫌がったところで間違いなく時間の無駄。この場から遁走しない限りは、何を言い訳したところで結果は変わらないはずだ。

 小さく息をついて、スィンは空蝉を操った。

 

「──わかったよ。着替えるから、あっち向いて」

 

 カンタビレの目が完全に空蝉へ向かっていることを再度確認して、スィンは一枚の水着を広げていた。

 黒を基調とした色合いに、袖まであるシャツと足首まであるスパッツを縫いつけたような意匠の水着である。

 無論のこと、籠の中に入っていたものではない。

 空蝉で彼女の気を引いている間に、開けることができたロッカーから拝借したものだ。

 袋に入っていた新品と引き換えに、迷惑料を含めたガルドを滑り込ませたので、窃盗ではないと心の中で言い訳をしておく。

 ビキニでもワンピースでもない、種別も分からぬその他。露出が低い代わり、体の線が浮き彫りになることが非常に気になるが、これより他はない。

 それでもこれをそのまま空蝉に着せることはできないのだ。

 

「あのねえ、駄目に決まってるだろ。不正がないように監視してるだけなんだから、早いところ」

 

 すげなく断られたところで、スィンは空蝉の傍へと体を寄せた。

 まさか更衣室に監視用機材があるとは思いたくないが、念には念を入れて。

 スィンは自分のスカートの中から、眼球ほどの黒玉を取り出した。

 

 

 

 

 

 

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