the abyss of despair   作:佐谷莢

103 / 140
第百一唱——硬い固い結び目が出来た

 

 

 

 

 

 

 

 

 張られた暗幕をスクリーンに映し出された光景、スィンとやりとりをする人物を見て驚いたのはティアだった。

 

「カンタビレ教官!」

「知ってるのか」

「士官学校に通っているとき、お世話になった方なの」

 

 ただ、ティアが士官学校を卒業し神託の盾(オラクル)騎士団入りした時はすでに姿がなかったのだという。

 気にはなっていたものの、情報部に所属したとはいえ入りたての新人に調べられることは少なく。

 結局消息を知ることはないまま、現在に至るという。

 

「ああ、以前はダアト教会に所属していたらしいな。あいつとも見知った間柄だと聞いている。その前歴で監視役に抜擢させてもらった」

 

 確かにやりとりを見るに、スィンもまた彼女を知っている様子である。ただ、仲が良かったわけではないらしく、再会を喜んでいる素振りは一切ない。

 それはカンタビレとて同じこと。会話のそこかしこに挑発を挟み、スィンは取り合うことなくひたすら受けては流す。

 何の私怨か、つっかかるカンタビレをのらくらとやり過ごし、時には彼女を牽制して。

 時折ピオニーが手にした譜業で何か囁くと、カンタビレは一度言葉を切って指示されたと思われる質問を繰り返した。

 

「子供のことを聞いてみてくれ」

 

『で、その子どもは何なんだい』

『……さっき、どうでもいいて』

 

 不信感丸出しでスィンは彼女を見つめているが、押し切っている。

 結局何一つとして明らかにはならず、三人は移動することとなった。

 固定式らしい監視機材は、室外へ赴く三人を追わない。

 が、次の瞬間。

 スクリーンにはスィン扮する空蝉の背中と、ちらちら振り返るプチスィンが映りこんだ。

 

「あのカンタビレという軍人に仕込んだのですか?」

「ああ。こっそりと、だけどな」

 

『……更衣室?』

 

 もたつくスィンを急かすようにカンタビレが手を伸ばし、まるでそれから逃れるかのように入室していく。

 途端に視点が切り替わり、固定された監視機材による斜め上からの光景が映し出された。

 

『み……水着、ねえ』

『カナヅチかい? 安心しな、水場は水路くらいしかないから』

 

「スィン、カナヅチじゃないよね? なんであんな嫌そうな顔してるの?」

「水着というか、極端な薄着が苦手だからだな。ところで陛下」

 

 朗らかにアニスの疑問を解消してから、ガイはその声音のままピオニーへ水を向ける。

 その態度は皇帝と向かい合うに値する恭しいものだったが、顔が引きつりまくっていた。

 

「あいつの着替えを覗くつもりはありませんよね?」

「馬鹿言え、覗きじゃなくて監視だ。不正があったら公平性に欠く……」

「監視ならガイと彼女達がしますので、陛下は私と一緒にこちらをご覧になっていてください」

 

 女性陣が、ガイが批難を口にするより前に、ピオニーを羽交い絞めにしたジェイドが自分ごと明後日の方向を向く。

 

「何すんだ、離せ!」

「私の身を案じてくださる慈悲深い陛下のお心には感謝感激雨霰ですが、じゃじゃ馬とはいえ女性の着替えを見張るなど紳士……いえ、偉大なるマルクト皇帝のなさることではありませんよ」

「なんでそこで言いよどむ。確かにあいつに対して紳士的に振舞うつもりはないが、それじゃあ監視にならねえだろうが! お前達はあいつ寄りなんだから、意味ないだろ!」

「フリングス少将も軍人さんも、まさか覗きなんてしませんよね?」

「そうだアスラン、俺の代わりに監視しとけ!」

 

 謁見の間でわやくちゃしながらも、画面の向こう側で事態は進行していた。

 渡された籠を取り落としたスィンは、それを受け取ったプチスィンと共に籠の中身をのぞきこむ。

 それも束の間、彼女はすぐに顔を上げてカンタビレに話しかけていた。

 

『着替えるの……君の、目の前で?』

『当たり前だろ、何赤くなってんだい。あたしにそっちのケはないよ』

『うん、僕にもない……けど』

 

 その間を縫うように、プチスィンが籠を総ざらいしている。

 入っていた水着をあらためたのち、少女はおもむろにカンタビレを見やった。

 彼女がスィンしか見ていないことを確認し、そっと行動を始める。

 傍のロッカーに手をやり、開かないことを確かめるように一度引いて。いつの間にか手にしていた針金を、鍵穴に押し込んだ。

 そのまま手元を動かして、あっさり誰かのロッカーを開けてしまう。

 中を覗き込み、目当てのものはなかったのか。何事もなかったかのように扉を閉ざしてしまった。

 それをもう一度繰り返し、少女は再びロッカーを漁りにかかる。

 今度は取り出した袋の中を探り、取り出した黒布と引き換えに、いくばくかのガルドを放り込んでいた。

 カンタビレがやりとりに集中していることを逐一確認しながら、失敬した黒布──水着を広げて詳細を確認して。

 

『わかったよ』

 

 着替えるからと言う理由でカンタビレすら向こうを向かせようとして、すげなく断られる。

 その瞬間、少女は自らのスカートから、黒玉を足元へ投下した。

 もちろんスクリーンは真っ白に染まり、あらゆる光景をも映さなくなる。

 

「うわ、なんだ!? 音機関の故障か!?」

「……よかった。何とかうまくやったみたいだな」

 

 煙幕が晴れたそのとき、スィン扮する空蝉は黒を基調とした水着を身につけていた。

 一方、換気扇で煙幕を払ったらしいカンタビレは、非常にじっとりとした目でスィンを──空蝉を睨んでいた。

 

『あんたねえ、こんな狭いところで煙幕なんか使うんじゃないよ。けむいったらありゃしない……あれ? そんな水着用意したかな』

『~』

 

 見るからにご機嫌麗しくなく、更に不思議そうなカンタビレにも頓着せず、空蝉はものも言わずに漆黒の外套を羽織る。

 水着から目をそらせるためにしたことのようだが、彼女はあっさりと引っかかってくれた。

 

『ちょっと!』

『武装なら外したし、そもそも見失わないようにっていう措置でしょう。疑うならあなたが今身体検査すればいい』

 

 実に嫌そうな顔で、それでも一応武装の有無を確認したカンタビレは、そのまま演習場へ向かうと宣言して二人を促した。

 空蝉に持たせていた武装すべてをプチスィンが持っているのか、小さな両手が血桜を握り、籠の中には何も入っていない。

 もちろん、スィンがそれまで身に着けていたはずの被服の類も。

 スクリーンが切り替わり、再びカンタビレにこっそり取り付けた監視機材の視点へと移動する。

 

 

 

 

 カンタビレが先導しているためか、一行の歩みは速い。

 しばらく歩いた先の、演習場入り口にて。ここへ辿りついてようやく、カンタビレはスィン達に振り返った。

 二人は手を繋いだまま、彼女の動向を見守っている。

 

『ここが演習場さ。中に死刑囚が散っている。残らず掃討すりゃ、あんたの勝ちさ。罪は帳消し、無罪放免。生き残ったたった一人にその褒美が与えられる』

『耳とか親指とか首とかは?』

『いらないよそんなもん。いいかい……』

 

「……なあ。何の話なんだ?」

「ええ、耳や親指、首がどうしたのでしょう?」

 

 スィンが何を尋ねているのかわからないと、ルークが言う。

 それにナタリアが頷くも、アニスもティアも──神託の盾(オラクル)騎士団という軍に所属する二人もガイも、答えようとはしない。

 ピオニーすらも口ごもったその答えを、この人はいとも簡単に口にした。

 

「変則的ですが、これより死刑囚の処刑が始まるわけです」

「う……うん、そうなんだよな」

「その死刑囚が死んだ証として、体の一部を採取しなくていいのかと尋ねたのでしょうね」

「「!」」

 

 殺伐とした質問を、何の含みもなく尋ねてみせたスィンに戦慄すると同時に、彼女もまた軍属であった過去を持つことを思い出す。

 

『減刑擬似戦闘参加者には、このバッジが配布されている。これをつけた奴が死刑囚、そうでないのは監視係だ。つけてない奴に手を出したら、そこで強制排除、場合によっちゃその場で死刑さね。仕留めた奴のバッジを剥いで、全員分集めりゃそれでいい』

 

 どこでもいいから分かりやすいところにつけろと、カンタビレは取り出したバッジを空蝉に手渡した。

 87という番号が描かれた安全ピンつきのバッジを目にして、ぼそりと呟く。

 

『また、八十七人の中で一人だけになるんだ』

『何か言ったかい?』

『ううん、何でもない』

 

 心持沈んだ表情を改めることもないまま、着込んだ黒外套の襟に取り付けた。

 その場所自体になんら問題はないらしく、カンタビレの嫌味は違う方向にかかる。

 

『水着といいそいつといい、黒が好きだね。総長の好みかい?』

『何を着てもお前はお前だって言ってたかな。総長は自分の好みを押し付けるような真似をしないよ。これはただ、喪に服しているだけ』

『喪に……?』

『死んだ人を想って悼んでいる、でもいい。亡くした人たちを忘れたくないの』

 

 空蝉の表情は硬いまま、カンタビレの揶揄に取り合うどころか気づいた風情もない。

 擬似戦闘を行うに際して他に規則はないのかと問われ、嫌味を聞き流されたカンタビレはひとつ咳払いをした。

 

「演習場内は適当な場所に武器が転がっているはずだから、そいつを使うのは自由だ。武器の持ち込みは当然不可。そっちのおチビさんが持っている分は容認するけど、あんたの使用は認めないからね」

「違反したら?」

「少なくとも愉快なことにはならない。それだけは保証しとくよ。場合によってはあんたのお仲間にとばっちりがいくかもね」

 

 続けられる説明を表向き粛々と頷く空蝉の陰で、プチスィンは口元に手を当てて大きく深呼吸していた。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。