the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百十唱——珍事件勃発

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオール水上走行開始から三日。

 第四石碑の丘付近に点在する砂浜に着岸した一行は、一路ダアトを目指していた。

 ジェイドとスィンのことがあってぎこちない空気を漂わせていた一行だったが、二人が個人的に話し合い、会話を盗み聞いたこともあって徐々にその雰囲気を払いつつある。

 

「ディストから飛行譜石を取り戻す、かぁ~。ダアトに置いてあると良いんだけど」

 

 ふとした会話が途切れた瞬間、そんなことを言い出したルークにジェイド、ナタリアが応じた。

 

「そうですねえ。場合によっては、直接会って取り戻すしかないかもしれませんねえ」

「わたくしはあの者が嫌いですわ。傲慢そうな態度といい、その物言いといい……」

 

 飄々と返すジェイドに対し、ナタリアは感情的にその可能性を忌避している。

 しかしアニスは、超個人的な見解を持ってして、ナタリアに賛同していた。

 

「そうだね~。なんか、トカゲっぽいしね」

「トカゲ……なるほど、確かにトカゲっぽいですわ」

 

 その言葉に、はっきりとではないがナタリアは同意している。おそらく感覚的なもので、なぜトカゲなのかはっきりと説明はできないだろう。

 その反応に気をよくしたのか、アニスはいきなりとんでもないことを言い出した。

 

「多分、あの座ってる変なイスがトカゲのしっぽ代わりで、危なくなったらポーンってディストが飛び出して、イスを囮に逃げ出すんだよ!」

 

 無論、純粋培養されたお姫様は、信頼できる仲間からの言葉を無条件で信じ込んでいる。

 

「まぁ! ではあのイスは、彼のおしりにくっついているのですか?」

「そうそう。きっと無くなったらまた生えてくるよ!」

「彼は人間ではないのですね……」

 

 大真面目な顔でディストは人外であると結論付けたナタリアを見て、わずかでもこの場にいない彼が哀れになったのだろうか。

 訂正を求めるわけでもなかろうが、ルークはジェイドに囁きかけている。

 

「凄いこと言ってるぞ……」

「はっはっはっ」

 

 しかし、ジェイドはとても愉快そうに笑い飛ばした。

 

「間違ってなさそうだから、良いじゃないですか」

「おいおい……」

 

 いつにない笑顔でナタリアの勘違いを放っておくジェイドに、そして彼らの漫才じみたやりとりに、スィンは苦笑を禁じえなかった。

 ディストといえば、アニスが背中に背負うトクナガを作り出した張本人にして、その頭脳はジェイドに比肩しうるほどの冴えを持っているはずである。

 しかし、比較的身近な人間でさえ──それが計算高い腹黒ロリータであれ、評価はともすれば不当と思えるほどに低い。

 ふつうの人、とはどうしても呼べないジェイドとの余りある差を鑑みるに、取り繕うスキルとはかくも大切なものだなあ、としみじみ思わせた。

 と、ダアトの門をくぐって少し。

 

『──キャンディヘアの後頭部に何かが飛んできた』

 

 不意にシルフの声が脳裏に囁かれる。

 キャンディヘアって古い、今はツインテールだよと思うよりも前に、アニスの後ろ頭を斜め後ろから注視した。

 囁きの通り、ヒュッと風を切って、後方から何かが飛来する。

 タイミングを見計らって掴み、飛んできた方向を見やれば、ボロをまとった子供が走り去っていくのが見えた。見るからに浮浪児か何かである。捕まえたところで、あまり重要なことは聞き出せそうにない。

 一方、自分の真後ろで何かがあったと気づいたアニスは、振り向いていきなり視界を占領したスィンに驚いている。

 

「ひゃっ! な、何? 何!?」

「……さぁ」

 

 あっという間に人ごみにまぎれた子供を視線で追うのはやめて、手の中のものを見下ろした。

 

「どうしたの、スィン?」

「アニスの後ろ頭目がけてこんなものが……」

 

 ティアの質問を受けて、手の中の物体を見せる。

 何かを包んだ紙切れには意外に達筆な文字が並べられており、中身を読むまでもなくスィンは持ち主を特定できた。

 

「アニス宛のラブレターだったらよかったんだけど、ディストからの挑戦状みたいね」

「なぜ、読んでもいないのにそんなことが?」

「ディストの文字なら、飽きるほど見たから」

 

 紙切れを広げ、中身を改める。

 手紙は二枚あり、包んであったのは、小さな──指輪を入れるような小箱だった。

 何が書いてあるのか興味津々の一行の期待に応えるべく、二枚目の手紙と小箱は袖の中に押し込む。

 

「なんて書いてあるんですか?」

 

 イオンの求めに従い、見出しを読んだ。

 

「憎きジェイド一味へ」

「まあ、いつの間にかジェイド一味にされていますわ」

 

 おそらく彼の眼を独占しているのはこの若年寄なのだろう。

 それ以外の呼称でこの一行を呼ぶ彼など思いつかない。

 

『飛行譜石は、私が──この華麗なる薔薇のディスト様が預かっている。

 返してほしくば、我らの誓いの場所へ来い。そこで、真の決着をつけるのだ! 

 怖いだろう。そうだろう。

 だが怖じ気づこうとも、ここに来なければ、飛行譜石は手に入らない。

 あれはダアトにはないのだ。絶対ダアトにないから早く来い! 

 六神将・薔薇のディスト』

 

 せっかくなので紙を掲げて、ジェイドの眼と文面を交互に見ながら読み進める。

 

「だってさ」

「……声真似と、おかしな抑揚をつける必要があったのかを是非ともお聞かせ願いたいものです。あなたに見つめられるのは悪い気がしませんが」

「僕は文章に込められた様々なものが大佐にちょっとでも届くよう、精一杯努力しただけです」

 

 とりあえず名指しされたジェイドに手紙を渡すも、手のひらを返されて受け取りを拒否された。

 仕方がないので畳んで袖の中にしまう。

 

「……なんかいかにもダアトにあるって手紙だな。アホだろ、こいつ」

「大佐、どうします?」

 

 呆れたように呟くルークには取り合わず、ティアは名指しされたジェイドに意見を仰いだ。

 

「ほっときましょう。ルークの言う通りです。きっと飛行譜石はダアトにありますよ」

「ですが、ディストは僕たちに……」

「約束の場所というのは、多分ケテルブルクです。放っておけば、待ちくたびれて凍りつきますよ」

 

 唯一情けをかけようとするイオンに、ジェイドはやはり素っ気ない。

 今の目的を考えれば、ジェイドが正しいのは明白なために彼も不本意ながら頷いている。

 

「哀れな奴……」

「念のために、ディストがここに戻ってきたかどうかトリトハイム様に聞いてみよう?」

「そうだな」

 

 アニスの言葉にルークが頷き、一同の目が教会へと向いた。

 たった一人を除いて。

 

「ところでスィン。今袖の中に何を隠しましたか?」

「もう一枚紙切れと妙な小箱……こっちは僕宛ですかね。『愛しき戦女神、シア・ブリュンヒルドへ』で始まってます」

 

 やはり眼を配っていたらしいジェイドに、スィンはいちいち驚くのをやめて何でもないことのように答えた。

 

「妙な呪いがかかっていると困るので焼き捨てましょう。スィン、それをこちらへ」

 

 予想通り、しかしなんだか妙なことを言い出したジェイドに、スィンは返事をせず紙切れを一枚渡した。

 さりげなくジェイドから距離を取って、もう一枚を広げる。

 

「ってこれ、さっき読んだほうじゃないか」

「ええ、そっちを渡しましたから」

 

 ディストの手紙は、先ほどのものとは文字の大きさが半分以上違っており、びっしりと表面を埋め尽くしていた。

 いわく、スィンがジェイドの傍にいるのが残念だと。その上で、スィンだけでも自分のもとへ来ないかと。

 命を削るような馬鹿な真似はやめて、こんなどうしようもない世界など捨てて、自分と共に彼女を復活させないかという勧誘が、独特の比喩表現と様々な偶喩を用いて表現されていた。

 ……気になることはいくつかある。証拠物件として、スィンは手紙を懐の奥深くへ仕舞い込んだ。

 

「スィン」

「問題は、こっちのほうですけど」

 

 心なしか厳しい眼で詰め寄るジェイドの気をそらすように、小箱を取り出す。

 一応、開けたら毒針が飛び出してきても困るので箱の隙間から中身をのぞけば、そうこうしている間にジェイドに取り上げられた。

 

「あの、開けるなら妙な仕掛けがないか気をつけ……」

 

 スィンの話を聞いているのか聞いていないのか。彼は有無を言わさずパチンと開いてしまっている。

 幸いにも、何も仕掛けられていなかったらしい。ジェイドは無事である。

 しかし、その顔は何とも言えない表情へと変化していた。複雑というか、懐かしいものを見るような、驚いているような。彼にしては珍しい表情といえよう。

 興味を持ったアニスが箱の中身を覗き込み、歓声を上げた。

 

「きゃわーv これ、指輪じゃないですか! なんかすっごく高そうな……」

 

 宝飾品と聞いて興味を持ったのか、ナタリアも覗き込む。

 一行の中で一番鑑定眼が養われているであろう彼女は、じっと見つめてため息を零した。

 

「……私の見る限りでは、本物ですわ。それも上質のサファイア、保存状態も良好です」

 

 サファイア。宝石言葉は「純潔」「貞操」「誠実」「不変」。

 宝石の名を聞き、その意味する言葉を思い出したスィンは指輪を一瞥することなく眼を輝かせたアニスを見ている。

 

「アニス。ダアトにいい宝石商知らない?」

「それは知らないけど。いい質屋さんなら知ってるよ、行っとく?」

「行こう。売り飛ばして路銀の足しに……」

 

 ジェイドから小箱を取り戻そうと腕を伸ばしたスィンは、逆にその手を掴まれた。

 

「う」

「もう平気なはずなのに、顔をしかめるとはつれない人だ。繊細な私の心はこれ以上ないくらい傷つきました」

「その傷を悪化させて是非、苦しめ。なんてブラックジョークは置いといて、それを渡してください。後でアニスと売り払ってきます」

 

 掴まれた手を一杯に広げて返してくれるよう訴えるも、彼は小箱から指輪を取り出して不敵に微笑んでいる。

 

「サファイアには、古来より女性の貞節を調べる魔力が宿っているそうです。なんでもみだらな欲望を持ち、浮気をするような人間がサファイアを身につけると色が濁り、とても見られたものではなくなるらしいのですが……試してみましょうか」

 

 ジェイドの手の中で光る指輪は、澄んだ蒼の輝きを静かに放っていた。

 純銀製の地金には繊細な彫刻が施され、三日月の装飾を満月にするかのようにはめ込まれた石が鎮座しており、アニスが眼を輝かせた理由がわかる。

 

「って、旦那。ディストから贈られたモンなんか身につけたら、それこそ呪いがかかりそうなんだが……」

「かもしれませんが、スィンはすでに手紙を読んでいます。大丈夫ですよ、多分」

 

 ガイの言葉を受け流し、ジェイドは自分のいうことを聞かなかった罰とばかりに、スィンの薬指へ指輪を押し込んだ。

 瞬間。頭の中で、カチリ、という音が響いた気がした。

 

「大佐! 左手の薬指じゃ婚約指輪ですよぅ!」

「ああー、そうでした。すみませんねスィン、今度私の買った指輪をつけてもらいますのでそれはやっぱり売却」

 

 聴覚が、次第に衰えていく。

 ぼんやりとしていく意識の中で、ノイズの混じった音がざりざりと奇怪な音を奏でた。

 

『……につけましたね? それは……チャネリング……』

 

 砂を噛むような雑音が、徐々にクリアな響きを帯びる。

 やがて、調律をした直後の音機関のように、声ははっきりと脳裏を木霊した。

 さながら、意識集合体が話しかけてくるように──アッシュと話をするときのように。

 

『さあ、解放してほしくばケテルブルクへとおいでなさい。できればジェイドを連れて。あなただけでも、かまいませんよ?』

 

 がんがんと、頭の中で銅鑼をえんえんと叩かれているような頭痛が押し寄せる。

 たまらず、呻いてふらついたスィンにどんな既視感を覚えたのか。

 ルークがその体を支えるように駆け寄った。

 

「おい、ジェイド! 一体何やったんだよ」

「おやぁ……本当に呪いがかかっていましたか。これは困りましたね」

「困っているように聞こえませんわ! スィン、しっかりしてくださいませ」

 

 ナタリアがヒールをかけるも、スィンの瞳は光を失ったまま。立ち尽くしたまま、顔の目の前で手を振っても反応がない。

 仕方なく、頬を張ろうとしてか、ジェイドが軽く手を振り上げる。

 そのとき、スィンは初めて身動きをした。

 頬に迫る手のひらを、ジェイドの手首を掴んで止める。その手を引き寄せたかと思うと、スィンはいきなりジェイドの首にすがりつくかのような抱擁をおくった。

 一行の大多数が目を丸くして見守り、アニスやナタリアが歓声を上げる中、当の本人はただ硬直している。

 

「な……」

「クククッ。ジェイド、あなたでも赤面することはあるんですね」

 

 囁かれた言葉に、ジェイドはハッと我を取り戻してしなだれかかるスィンの肩を掴み、顔を見た。

 光をなくした瞳が意地悪く歪み、唇の端がいやらしく哂っている。

 口調もさながら、明らかに正気のスィンではない。

 

「シアに抱きつかれて欲情でもしましたか?」

「スィン、こんな往来で……あなたも大胆ですね」

 

 肩を掴んでいた手が、スィンの体を撫でるように移動し、やがて腰に添えられた。

 

「……こ、の、痴漢!」

 

 色の違う瞳に、怒りが灯る。

 光を取り戻した瞳を維持したスィンは、まずジェイドから離れると、左の薬指にはまる指輪に手をかけた。

 ぐわんっ、と鈍器で後頭部を殴られたような衝撃が走る。

 

「シア、馬鹿な真似はおよしなさい! ムリにチャネリングを切ったりしたら「ウダウダうぜぇんだよ、ダニ野郎っ!」

 

 行動を制止する言葉を、誰もがぎょっとするような悪態でかき消したスィンは、歯をくいしばって指輪を抜き取った。

 ぶづんっ! と音を立てて、頭痛が波のように引いていく。

 一息ついたスィンは、ギッとジェイドをにらみつけた。

 

「なんって不用意なことをするんですか、あなたはっ! おかげで一瞬、ディストに思いっきり操られちゃったじゃないですか!」

 

 詰め寄るスィンの剣幕に怯むことなく、ジェイドは冷静に自分の見解を告げてスィンを固まらせている。

 

「ということは、あなたは今何が起こったのか把握できていますね」

「確かに。全然混乱はしてないな」

 

 ガイの追い討ちに、スィンは見えない槍が痛いところを突き刺さるのを確かに感じた。

 ジェイドが不用意な行動を棚に上げ、ついでにスィンの怒りをそらすための方便。更には実際、何が起こったのかを知ろうとした上での発言であることは十分わかっているのだが、反論はできない。

 しぶしぶ、スィンは何があったのかという説明を始めた。

 

「えーと、チャネリングって何のことだか知ってますか?」

「チャネリング? 初めて耳にしますが……」

 

 ナタリアを初め、一同の多数は知らないと首を振る。

 問題のジェイドといえば、軽く首を傾げて薀蓄を語りだした。

 

「チャネリング……ですか。精神をつなぐホットラインのようなもの、といいますか。どこぞの文献では、同位体同士が特定のフォンスロットを同調させることでチャネリングが発生した、とありますね。チャネリングを使えば離れた場所でも会話が可能となり、互いの五感の共有更には、互いの体を操ることもできるとか……まさか」

「大佐! それはまさか、ルークとアッシュの……!」

 

 流石というかなんというか、ジェイドは話していて想像がついたらしい。

 同時に、酷似した現象を思い出したティアに答えるべく、向き直る。

 

「ええ。時たま二人が会話したり、あるいはいつぞやの……ルークがスィンに掴みかかったことがありましたね? あれもチャネリング現象のひとつです」

 

 当事者のルークすら驚くその事実に何ら動じず、ジェイドは厳しい顔でスィンを見た。

 

「まさか、今それが行われていたと言いたいのですか?」

「そのまさかです」

 

 とても信じられないという風情のジェイドに、スィンは手に持った指輪を掲げて見せる。

 

「これ、よく見ると譜業の一種なんですよね。こんな小さな譜業、大佐の眼鏡級に技術が優れてないと無理ですけど、ディストが仕掛けてきたことを考えれば別におかしなことはない。本来同位体でもフォンスロット操作しないとありえない現象を、この指輪が接続器(コネクタ)になって役割を果たしたみたいですね」

 

 うっかり指にはめないよう、慎重に持って観察する。

 宝石自体はナタリアの鑑定眼が正しく何もなかったが、台座、地金部分には何か細工した後があった。

 この場で解体するわけにはいかないが、おそらく間違いないだろう。と、いうよりも、それ以外に理由が思い浮かばない。

 

「でなければ、誰があなたなんかに抱きつきますか」

「これは手厳しい。アルビオールではあんなにかわ」

 

 ジェイドの脛を蹴りつけて黙らせる。

 残念なことに彼の脛は軍靴に保護されてノーダメージだが、黙らせることには成功した。

 

「かわ?」

「ええい! 年中セクハラ発情男、ついでに禿予備軍が何を抜かす!」

 

 首を傾げた導師イオンの疑問を掻き消す。

 スィンはびしっとジェイドに向かって中指をおったてた。

 下品ですね、と顔をしかめたジェイドだが、意識はすでに違うところを指摘している。

 

「若年寄の次は禿ですか。私は今でもフサフサですよ?」

「髪が細い上にもともとなのか、つむじが大きめ。あと五年もしたら、きっと地肌が見えるようになる」

「安心してください。セクハラも発情も、あなた限定ですから」

「安心できる点が何一つないんですけど! そして認めないでよ、セクハラも発情も!」

 

 禿予備軍疑惑を華麗にスルーしたジェイドが、思わぬ反撃に目を白黒させるスィンをギャースカ喚かせた。

 他の一同はすっかりと置いてきぼりにされているが、不思議と懐かしいやりとりが復活したことに無意識の安堵を促されている者が多く、苦情は発生しない。

 一方、一通り喚いてから、ふぅっ、と大きく息をついたスィンは手を伸ばしてジェイドから手早く小箱を奪い取った。

 指輪を小箱に押し込める。

 

「とりあえず、これはとっておきます。後で解体するなり何なり……アニス、悪いけど売れなくなった」

「……まあ、しょーがないかな。身につけたらおかしな声が聞こえるなんて、気味悪がられるに決まってるし」

 

 気を取り直したアニスの先導で、一同は教会の扉を押し開けた。教会内部は閑散としており、兵士は数えるほどしかいない。

 一同の顔を見ても無反応というのは、やはりイオンの存在あってなのか。あるいは、下っ端過ぎて一行の顔どころか最高指導者たる彼の顔すら知らないのかもしれない。

 礼拝堂の奥まった場所でなにやら作業をしていた壮年の男性が、多人数の気配に気付いてか、顔を上げる。

 探していた当人の出現に、スィンはさりげなくルークの後ろへ隠れた。

 

「導師イオン! お捜ししておりましたぞ!」

 

 開口一番、詠師トリトハイムはイオンの姿を眼に留めている。

 ティア、アニス両名はともかくとして、この場にそぐわない面々がいることに気付いていない。

 

「すみません。ですが、所用でもうしばらく留守にします」

「導師としてのお勤めは如何なさいます!」

 

 申し訳なさそうに謝罪するイオンに、意訳・「仕事しろ」と叫びながら彼はさりげなく重要な情報を洩らしてくれた。

 

「大詠師モースも戻る早々、神託の盾(オラクル)を引き連れてアラミス湧水洞に向かわれるし……」

「なるほど……ユリアロードを封じて、私たちがディストに会いに行くよう仕向けているんですね」

 

 エキサイトするトリトハイムには聞かせないよう、ぽつりとジェイドが零す。

 実力行使すれば突破できないわけもなかろうが、多くの血が流れる上に乱戦でイオンがかっさらわれる可能性もあった。

 それに人間相手となれば、無駄に戦うわけにはいかない。

 

「お出かけになるならせめて、導師守護役(フォンマスターガーディアン)をもう五人、いえ十人……」

「大所帯では身動きができません。アニス一人で結構です」

 

 導師に無理強いはできない、という前提のもと、トリトハイムはどうにか妥協案をつきつけているものの、イオンに一刀両断された。

 話題を変えるように、アニスがトリトハイムの視界に入らんと、イオンの隣に移動する。

 

「あのー、詠師トリトハイム。神託の盾(オラクル)騎士団のディストはどうしてますかぁ?」

「律師ディストなら、少し前にここに戻りましたが、また慌ただしく出ていきましたよ。付き人の唱師ライナーなら、詳しいことを知っているでしょう」

 

 これで、ディストの所在ははっきりした。

 

「ライナーって人は、どこにいるんですか?」

「今は神託の盾(オラクル)本部で訓練を行っている筈です」

「行ってみましょう」

「ああ」

 

 ルークの問いにあっさりと答えてくれたトリトハイムが人数の多さをいぶかしむ前に、ティアが移動を促す。

 頷いたルークを筆頭に素早く移動を行うも、彼らは早々に行き先を阻まれた。

 

「申し訳ありませんが、外部の人間を本部へお通しすることは禁じられています。導師イオン、並びに団員だけなら通しますが」

 

 ライナーに会うだけならばいいが、もしものときのことを考えて戦力分散、イオンの守護が極端に薄くなるのはまずい。

 兵士につっかかろうとするルークをティアが押さえ、アニスが全員を一端外へと誘導した。

 

「どうするのですか? 唯一の入り口を塞がれては……」

「大丈夫です。関係者以外立ち入り禁止、団員のみ通行可能、本部に直接行ける裏口があります!」

 

 こっちこっち、とアニス、ティアの両名に導かれ、教会の横手へ回り込む。

 ところが、二人は不意にピタ、と足を止めた。

 

「うぇ! まっずぅ~……」

 

 何かと思い覗き込めば、裏口らしき小さな扉の前に一人の兵士が常駐している。

 二人の反応からして、いつもは見張りなどいないのだろう。

 

「ディストの奴、こんなところにまで……やっぱり陰険なんだから」

「……仕方がないわ、今は非常時よ。譜歌を使うわ」

 

 アニスが唇を尖らせ、ティアが譜歌を使わんと一歩前へ出たその時。

 

「いえ。ここは僕に任せてください」

 

 二人をやんわりと押しのけ、誰あろうイオンがしっかりとした足取りで裏口へと向かっていった。

 そのさりげなさに、誰も止める暇がない。

 

「イオン様……!」

「仕方がありません。ぎりぎりまで見守りましょう」

 

 危害が加えられそうになったら速やかに突入できるよう、各々武器を構えて事の次第を見守る。

 一方で、普段は近づくことさえためらわれる指導者の出現に、見張りの兵士は明らかに戸惑っていた。

 

「導師イオン!」

「唱師ライナーに面会します。通して下さい」

 

 挨拶も何もなく、簡潔に自分の用事を注げたイオンに、兵士はしどろもどろと言い訳を募る。

 

「は……。しかし、大詠師モースが……」

「この教団の最高指導者は誰です?」

「し、失礼しました! どうぞ!」

 

 静かなるイオンの言葉には、逆らいがたい迫力があった。

 後々のことを考えれば逆らうことの愚かしさを自覚するまでもない彼の言葉に、兵士は彼に道を譲っている。

 イオンの合図に従って、一行は扉の奥の通路を進んだ。

 

「イオン様、カッコ良かったですぅ!」

「ありがとうございます、アニス」

 

 

 

 

 

 

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