裏口の通路を抜けた先は、本部の中心とも言える広大な広間だった。
見上げれば、前に侵入した際は何度も叩いた銅鑼や出てきた兵士をボコにした扉が点在している。
では団員の居住区に、とティアが案内をかって出ようとした矢先。物陰に隠れていた兵士たちが、あっという間に一行を取り囲んだ。
咄嗟にアニスがイオンの前へ出て、その無礼をたしなめる。
「下がりなさい! 導師イオンの御前ですよ!」
しかしその、威厳からは程遠い出で立ちが災いしてか、兵士たちは臆面もなく言い放った。
「残念ですが、どなたであろうとも、この先へ通してはならぬ、とディスト響士からのご命令です」
全員が全員兜で顔を隠しているせいか、妙に気が強い。
慇懃無礼なその態度に、アニスが何かを言いかけた、そのとき。
「フフフ……」
「な……何がおかしい!」
こらえきれない笑声を洩らしたのは、ジェイドだった。
もちろん慇懃無礼な兵士は過敏に反応している。
「いえ、失礼。あなたたちを笑ったのではありませんよ」
そう言われてあっさり納得できるような心の広い人間は、残念ながらいなかった。
予想通り癇癪を起こして、次々に武器を抜いていく。
「くそ! 馬鹿にしおって! 導師イオンだけは傷つけるな。後は殺してかまわん!」
「わっ、来るぞ!」
ルークの警告に従い、一度は収めた武器を構えた、直後。
「その荒ぶる心に、安らかな深淵を」
♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──
静かなる旋律が兵士らの耳を直撃し、容赦なく睡魔の誘惑が彼らの意識を蝕んでいく。
結果、眼前の兵士らに飽き足らず、そこかしこでガシャガシャと鎧の倒れる音が聞こえた。
その様子に、ティアがいぶかしげに上層を見上げるも、すぐにその意識はジェイドの声に引き寄せられた。
「ディストも馬鹿ですねえ」
「何がだ?」
鼻で笑うかのようなジェイドの言葉に、ガイが尋ね返す。
するとジェイドは、眠りこける兵士たちを顎でさした。
「こんな風に守りを固めては、ここに何か大切なものがあると言っているも同然です」
「あ、それじゃあここに飛行譜石が?」
「あるのでしょうねえ」
確定したわけではない可能性が、徐々に現実となっていく。
ティアの疑問に、はっきりとではないがジェイドは肯定した。
「どこに隠しているのかしら」
「それは、ライナーが知っているかもしれません」
「じゃあ、ライナーって奴を捜そうぜ」
ナタリアの疑問にイオンがライナーの存在を思い出す。一行は再び団員の居住区を目指した。
途中、スィンの譜歌の余波を浴びて眠っている兵士を起こさぬよう、慎重に移動する。
一同を先導するアニスは思いつく場所を片っ端から探しているようだった。
しかし。
様々な訓練室の扉を開け、今度はティアに譜歌を歌ってもらい、談話室や食堂を探索するという危険を冒したものの、目的の人物は影も形も見当たらない。
聞き込みをしようにも、彼らを起こすわけにもいかず。
「ここにもいないよぅ! もう、ライナー! どこ行っちゃったのよぅ!」
しまいには癇癪を起こしたアニスが、とある鍵のかかった扉をどんどこ叩いてはナタリアに止められている。
心底困ったように、ガイはため息をついた。
「困ったなぁ……あまり時間をかけるのもどうかと思うんだが」
「どこにいるのか、心当たりはありませんの?」
気を取り直してナタリアがイオンに尋ねるも、彼は申し訳なさそうにうなだれている。
「すみません。僕にはちょっと……」
「この辺りは兵士の訓練所なんかが中心なの。導師が来られることはほとんどないわ」
「じゃあ、ティアとアニスは? 心当たりはないのか?」
フォローに回ったティアだったが、ルークの問いには素っ気ない。
「私は彼とは所属部隊が違うから」
「私は貧乏な人、興味ないもん」
アニスなどは、相変わらずのアニス節で苦笑を洩らすしかなかった。
「「……」」
「まあ、しらみ潰しに調べていくしかないですね」
どこか諦めたように、ジェイドがしめくくる。
部屋の前を離れかけ。ふと思い立ったスィンは、アニスに話しかけた。
「……ねえアニス、ライナーの私室って知らない?」
「え。知ってるも何も、ここだよ。鍵かかってるけど……」
それを聞き。スィンは迷いなく扉の前で膝をついた。
鍵穴から中の様子を確かめ、髪から取り出したヘアピンを取り出し、手早く変形させる。
「家捜しするの? でも、本人が持ってるかも……」
「飛行譜石ってね。あんまり大きくはないけど、人間が気軽に携帯できるほど小さなものじゃないんだよ。だから、部屋とかに置いてある可能性のほうが高いんだ」
探るだけの価値はある、と言いたげに、ヘアピンを鍵穴に突っ込む。がちゃがちゃという音が続いた。
一見無作為に動かしていた手が、やがてカチンッ、という軽快な音と共にヘアピンを引きずり出す。
立ち上がったスィンの手で、扉はあっけなく開いた。
「いやあ、お見事ですね。本職かと疑ってしまうほどに」
「お褒め頂き光栄です。どうやら僕は、あなたの心の鍵も勝手に開けてしまったようで~」
皮肉るつもりが思わぬ反撃に遭い、ジェイドは絶句させられている。
しかしそれも一瞬のこと。
ジェイドをやり込めたことに何の感慨も抱いていないらしいスィンが、中へ入っていくのに続く。
そのやりとりに、他の面々──特にアニスがにまにまっ、と頬を緩ませた。
「なぁ~んか、拍子抜け。ちょっと前まで殺すだの殺さないだの物騒なこと言ってたのが嘘みたい」
「嬉しそうですわね、アニス」
言っていることは不穏だが、その表情はそぐわないにも程がある。
ナタリアがそれを指摘して、アニスは「そりゃあね」と続けた。
「あの時の空気がずっと続いちゃうのかと思ってたもん。大佐が開き直っちゃったのは気に食わないけど、あれよりはずっとマシ」
「……あれは、聞いてるこっちが恥ずかしかったな……」
盗み聞きしていた際のことを思い出す。
もちろん声だけしか聞いていないが、あの強烈な口説き文句に女性陣は顔を赤らめた。
続く怪しげな会話、物音にイオンを除く男性陣は必要以上に想像力を高めてしまっている。
スィンがジェイドを拒絶したらしいということ、ジェイドが女性用仮眠室から追い出されたことでようやく、何もなかったとわかったが。
それから二人の態度は通常へと戻りつつあったが、これまでの言動を見てもわかるように、ジェイドが態度を露骨にしつつある。
実力行使に及ばないのはスィンの意思を尊重してのことなのか、それとも彼女の憎しみを和らげるパフォーマンスなのか。
「何が恥ずかしかったんですか?」
ジェイド以外の誰も来ないことを不審に思ったのか、不意に部屋の中からスィンの声が飛んできた。
なんでもない、とガイが返し、二人に続いて残りの面々が広くもない部屋に入る。
奥の机の横に置かれた木箱を同じようにこじ開けて、スィンは一抱えもある巨大な鉱石のようなものを取り出した。
例えるなら、小玉スイカか。通常サイズのメロンか。
「これが、飛行譜石……」
「確かに、これでは携帯しかねますね。ディストが実際持っていかなかった理由が、わかるような気がします」
どのような技術が用いられているかは、定かでない。これがそうなのかと万人を唸らせるほどに、飛行譜石は煌々と輝いていた。
中に刻まれているのだろうか、時折放たれる光の中、帯状の譜がぼんやりと浮かび上がる。
スィンも、初めて見たときはつい状況を忘れて見入ってしまったほどだ。
こんなに目立つものを、むき出しで持っていくわけにはいかない。
ところが。
「さあ、スィン。これを服の中に仕込んで」
「ん?」
おもむろにジェイドがスィンの手から飛行譜石を取り上げ、ずいと突きつける。
何事かと戸惑うスィンに、ジェイドはにっこりと微笑んだ。
「そんな顔しないでください。お腹の子はちゃんと認知してあげますから。お望みとあらば籍をおっと」
スィンは迷いなくジェイドの爪先を踏みつけた。
「誤解を招くような発言はやめてください、不快です。勝手に妊婦にしないでくださいよ」
「いいんですよ、そんなに照れなくても」
「僕が照れてるように見えるなら眼鏡変えたほうがいいんじゃ……いや、もういいです……」
いい加減疲れたのか、ジェイドの戯言は聞かなかったことにしている。
スィンはこれまで背負っていた袋の口を開いた。
取り出されたのは、どこで調達してきたのか、荒削りの水晶の塊である。大きさは、飛行譜石とほぼ同じだった。
「こんなもんいつ手に入れたんだよ」
「第四石碑にさすらう商人とかいうのがいたのは覚えてる? あれから購入した」
水晶の塊を木箱の中に収め、更に用意していた新たな錠前で蓋をきっちりと施錠する。
もちろん元の錠前とは種類が異なるから、誰にも開けられない。
それでも重量はあるから、多少のイヤガラセ──もとい時間稼ぎにはなるだろう。
「いつになく手が凝ってるなあ」
「梃子摺らせてくれたことに対するお礼です」
ぱんぱんっ、と手を払い、荷袋を担ぎ上げた。もともとスィンはこれを持って本部に足を踏み入れている。外にいた見張りの兵士に、ことさら怪しまれることはない。
長居は無用とばかり、一行は部屋の主が現れるよりも早く本部からの脱出を図った。
幸いにも兵士は寝こけたまま、平和そうに寝息を立てている。流石のルークも、もうその兵士を蹴りつけるようなことはしなかった。
念のため教会から十分距離を取り、ちょっとした広場までたどり着いて初めてルークが後ろを振り返る。
追っ手、もしくは尾行者に類は見受けられない。
「これで後はアルビオールを使って、伯父上たちを運べばいいんだな」
ほっと息をついたルークではあったが、彼は続いたイオンの言葉に不思議そうに首を傾げた。
「その前に、提案があるんですが」
「なんですの?」
ナタリアの疑問を挟み、イオンはとある提案を始めた。
「平和条約の際、キムラスカとマルクト、そしてダアトも、降下作戦について了承できます。ですか、ケセドニアは自治区であって国家でないために……」
「蚊帳の外ですね」
それが、国家に頼らない土地に住む者の定めである。
国に税金を納めない代わりそういった権利もろもろの見返りがつかないのは当たり前のこと。だが。
「本来そのような権限がないことはわかっていますが、アスターも立ち合わせてやれませんか?」
今回に関わらず、イオンは彼と以前より面識がある協力者だ。
世界の一大事に、権利だの何だのつまらない理由でつまはじきにはしたくなかったのだろう。
「成り行きとはいえ、外殻を降ろすことを最初に認めてくれたのはあの人だもんな。いいんじゃないか?」
ルークの答えに、反対する者はいない。むしろ反対する理由がない。
「なら、まず俺たちはケセドニアへ行く。俺たちがアスターと話す間に、ノエルには陛下たちをユリアシティへ運んでもらおう」
「それなら時間が無駄にならないね」
「みなさん。ありがとうございます」
ガイの提案にアニスが頷き、イオンは反対されなかったことに要らない礼をする。
そんな中、スィンはちょっぴり安堵を覚えていた。
少なくとも、これからすぐにピオニー陛下と顔を合わせずに済むのだ。
アルビオールは一兵団を乗せることなどできないから、当然平和条約をする者同士、可能でも供は二、三人だろう。
スィン自身に恐れることはないが、問題は両国の王二人だ。
とりあえず平和条約を締結させるまでは、平常心であってほしい。
無事アルビオールへとたどり着き、久しぶりに飛べるため興奮するノエル、アルビオールの心臓部たる飛行機関に触れることができると大喜びのガイを横目に、スィンは黙々と飛行譜石の取り付けに勤しんでいた。
「こんな風になってるのかあ。いやあ、眼福だな!」
「ノエルー、そっちのシャフトとってー」
「は、はい……ガイさん、本当に音機関が好きなんですね」