the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百十八唱——肉を引き裂き、鮮血を吸い込む瞬間を待ち望みながら

 

 

 

 

 

 

 

 シェリダンの南、正面ゲートから外へ飛び出す。

 先ほどやってきたのは先遣隊か偵察隊の類だったらしく、そこに神託の盾(オラクル)騎士団の姿はない。

 ただ、もうその姿が確認できる位置まで、一小隊クラスの兵士たちが近づきつつあった。

 

「シルフに願う。僕の眼となり、耳となっておくれ」

『あいあいさー♪』

 

 視界を閉ざし、遥か南に位置する港の様子を探る。港には、ざわめく人々の中心にアルビオールが着陸していた。操縦席から転がり出てきたノエルが、駆け寄ってきた技師たちに事情を説明する。

 彼らの一部は高台へと登り、兵士がやってくることに気付いたらしい。

 アストン、ヘンケン、キャシーらの指示に従い、技師たちが慌ただしく準備を始めていた。

 この調子なら、すぐに狼煙は上がることだろう。スィンはシルフに礼を言って、瞳を開いた。

 砂塵の彼方に、神託の盾(オラクル)騎士団の姿が垣間見える。

 できるだけ、近寄らせないようにしなければ──

 彼らの狙いは、港へも向かっていった時点で地殻突入作戦の妨害だろう。となれば、ルーク達一行のみならず、協力した技師らもただではすまない。

 

「天空を踊りし雨の友よ。我が敵をその眼で見据え、紫電の槌を振り下ろさん……」

 

 つまり、手段を選んでなどいられないのだ。

 確実に相手を屠らなければならない。

 

「インディグネイト・ヴォルテックス!」

 

 足元で譜陣が輝き、すぐに消える。対象の周囲に譜陣が展開したためだ。

 兵士らの姿を認めたあたりで、稲光が認められた。対象を囲みこむ帯電した嵐に引き続き、上空から降り注ぐ雷撃の連打は確実に兵士の何人かを消し炭へと変えているだろう。

 だからといって全滅したわけではないのだ。手は、緩めない。

 

「炎帝に仕えし汝の吐息は、たぎる溶岩の灼熱を越え、かくて全てを滅ぼさん──サラマンド・フィアフルフレア!」

 

 譜陣が出現しない代わりに、彼方で炎柱が吹き上がる。

 地面から吹き出した蒸気は全身鎧をまとう兵士を蒸し焼きにし、追撃として立ち上る炎柱が渦を巻いて対象を火葬するという古代秘譜術だ。

 ──マリィベルの扮装時に行使すれば意識を保つことすらできなくなるこの術、もちろん本来の姿であっても消耗は激しい。

 ふーっ、と息をついて、門に手をつき、ふらつく体を支える。

 これで多少兵士の数は減っただろうが、楽観はできない。そう遠くもない未来に大挙するだろう、対処しなければ。

 正規の譜術士ではない上、譜術士の訓練もロクに受けたことのないスィンは、元来譜術は使えない。譜術そのものに関する知識は多々備えているものの、実践に関してはせいぜい、特務師団長時代ヴァンがアッシュに行った訓練を見学し、ダアトの蔵書でかじっただけだ。

 それゆえに、スィンは古代秘譜術しか使えない。

 蔵書を見て思い出した古代秘譜術そのものの知識を、正規の譜術士ならば知らないわけがない常識すらわからなかったスィンが、今の自分でも扱えるようにアレンジしているのだ。

 旅の中で、ジェイドやアニスの使う通常の譜術に興味がなかったわけではない。

 興味こそあったが、悠長に習っている余裕はなかったし、それに──

 

「シアさん!」

 

 呼ばれて、伏せかかっていた瞳を開く。

 振り返れば、ギンジが息も絶え絶えに駆け込んできた。

 

「狼煙の話を通してきました。急いで皆さんと合流して、港へ向かってください」

「ご苦労様。お疲れのところ恐縮ですが、皆に伝言をお願いしたい」

「え?」

 

 呆けるギンジから眼をそらし、彼方を見やる。兵士たちの姿は、随分大きくなっていた。

 彼らの足は、止まることを知らない。

 

「このまま南門で防戦する。皆は北門から連中の目をかいくぐって、港へ行ってほしい」

「ええっ!?」

「タルタロスの移動なら人数分足りてるはず。向かってくる兵士を片付けていたら、とてもじゃないけど時間が足りない。それでなくても港に行かれてタルタロスが沈められでもしたら、どうにもならない。だからといって、シェリダンをほっとくわけにはいかない。ある程度片付いたら港へ行くつもりだけど、置いていってくれても構わないから」

 

 躊躇するギンジをせかして伝言に向かわせ、スィンは血桜に手をやった。偵察だか何だかわからないが、荒野の砂塵を蹴って疾走する一匹の馬が猛接近してきたからだ。

 狙い撃ちができないほど素早いわけではないが、術を使うにはもう少し休みたい。

 単なる一兵士、加えて乗馬しているのならば、馬に攻撃して落馬させるという手が使える。

 爆走する騎手の姿が、徐々に明らかとなった。

 一兵士ではないらしく鎧は着ておらず、黒を基調とした師団服の、目が覚めるような真紅の髪を翻した──

 

「へ?」

「おい、一体何がどうなってやがる!?」

 

 瞬く間に南門に到着し、軽やかに馬上から着地したのは誰あろう鮮血のアッシュだった。

 呆気にとられるスィンに詰め寄り、困惑したように彼方を見やる。その眼には、神託の盾(オラクル)騎士団兵士たちの姿が映っていることだろう。

 

「何でここに、っていうのはいいとして、見てわかるでしょう。地殻突入作戦を前にして、連中が妨害に来た。皆には先に行くよう伝言を送って、囮とシェリダン防衛のために僕はここにいる」

「あんたは行かないのか?」

「ついさっき、急にアルビオールが襲われたんで独断で計画を始めちゃった。行くつもりだったけど、間に合わなかったらお留守番。参ったな、君が来てるなら港の防衛を頼めばよかった」

 

 軽くため息をついて、ちらりと集会場を見やる。

 今のところ動きはないように見えるが、もう皆は北門へ向かったのだろうか。

 

「……俺のほうからあんたに連絡することはできない」

「そうだね。だからそれはいいとして、常駐してるキムラスカ軍、呼んできてほしい。雑兵はいいとして、六神将クラス……ヴァンが来ている可能性だってあるから」

 

 単なる兵士だけならば、たとえスィン一人でもどうにかできないことはない。が、片手間に六神将クラスの相手となれば、勝敗関係なく生存することも難しくなる。

 更に、援護するつもりなのか何だかわからないが、門の内側には工具や武器屋店主が配布した武具で武装する技師たちがいるのだ。スィンが出たら門を閉めるよう技師のひとりに伝言を頼んだのだが、未だ門が閉じられる気配はない。

 もっとも、アッシュがやってきたから、今のところは好都合なのだが……

 

「使い走りさせるみたいで悪いけど、ガイ様にこれ、渡してほしいんだ。もういなかったら、後で返してくれればいいや」

 

 首から提げたロケットを外し、アッシュに渡す。

 使い走り、という単語で眉間に皺を寄せたアッシュだったが、表向き特に文句を言うでもなく、素直に受け取っている。

 

「……気を抜くなよ」

「了解」

 

 短く言葉をかわして、すれ違う。

 アッシュの乗っていた馬の尻を叩けば、もうそこまで迫りつつある兵士の敵意に脅えてか、馬はどこかへ走り去っていった。

 そして──

 

「……女狐!?」

「こんにちは、神託の盾(オラクル)騎士団主席総長付き副官、第四師団師団長、リグレット奏手」

 

 兵士を従え、警戒もあらわに譜業銃を引き抜くリグレットに対し、スィンは血桜を引き抜くこともせず迎えた。

 

「警戒しろ! 道中の譜術襲撃は、身を潜めた死霊使い(ネクロマンサー)である可能性が高い!」

「今まで警戒してなかったんだ」

 

 のんびりと茶々を入れる。理由は述べるまでもなく、時間稼ぎに囮だ。

 今のうちに彼らが、港へ向かっていてくれるといいのだが……

 それに応じることなく、リグレットは語気荒く言い放った。

 

「偵察部隊の消息が途切れたのも、貴様らの仕業か!?」

「裏方のくせに、アルビオール破壊なんて突っ走るのが悪い」

 

 おそらく武勲を急いでの強攻だったのだろうが、それが裏目に出たことは彼女も察したらしい。

 細面の顔立ちを怒りに歪め、歯噛みしているのがよくわかる。

 

「他の連中はどうした。地殻の振動を止めるのではないのか」

「さあて、どこにいるんだろうね」

 

 嘘ではない。現時点において、スィンは彼らがどこにいるのか知らないのだから。

 しかしリグレットは、スィンが狙った以上に深読みをしたらしい。

 

「いかな貴様とて、この人数を食い止めることはできまい。その気になれば、我々はシェリダンを狙うこともできるのだからな。余計な犠牲を生みたくなくば、無駄な抵抗はやめて武器を捨てろ!」

「どっちが無駄な抵抗してると思ってる? 今しがた、余計な犠牲生みまくったくせに」

 

 初めに見た一個小隊から随分少なくなっている兵士団を見回して、スィンは憎たらしげに皮肉った。

 けしてよくは思っていないだろうスィンの揶揄を受け、リグレットの柳眉が、これ以上ないほどに逆立つ。

 

「貴様……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 真紅の長髪を振り乱して放たれた彼の一喝によって静まった一行には、当惑が広がっていた。

 

「あ、アッシュ……!? どうしてここに」

「そんなことを悠長に話している場合か! 兵士どもに制圧される前に、早く港へ」

 

 当惑とかすかな喜びを浮かべるナタリアに叱咤するも、その言葉は中途でかき消された。

 何故なら、初めてアッシュを眼にしたギンジがルークとアッシュを交互に見るなり、驚愕の一言を放ったからだ。

 

「る、ルークさんが二人!?」

「「こんなのと一緒にすんじゃねぇ!」」

 

 オリジナルとレプリカによる、見事な罵声のハーモニーがここに実現する。

 それは一度の奇跡に終わらない。

 

「「誰がこんなのだと!?」」

「「てめえに決まってんだろうが!」」

「「ふざけんじゃねーぞ、この」」

「屑が!」

「でこっぱちが!」

「「なんだと!」」

 

 そのまま牙をむき出しにして睨み合う獣の如く、半ば唸りながら顔をつき合わせていた二人だったが、ふとアッシュが我に返った。

 

「っ、そんなことをしている場合じゃねえんだよ! 何をやらせんだレプリカ野郎!」

 

 最後に悪態をついて、視界からルークを追い出す。

 そして彼はガイの名を呼び、それまで握っていたものを放って寄越した。

 

「シア……スィンから、お前に渡せと言付かっている」

「スィンから……」

「あいつのことは任せろ。必ず港へ送り届ける」

 

 そのままきびすを返して出て行こうとするアッシュだったが、「待って!」というナタリアの言葉が後ろ髪を引く。

 

「あなたはどうするのですか!? まさか兵士たちを、スィンの代わりに引き受けるつもりでは……」

「常駐しているキムラスカ軍に事情を説明し、援護を求める。数が数だからな……ナタリア」

「何ですの?」

「……き、気を……いや、何でもない」

 

 振り向くことも、言いかけた言葉を完結させることもせず、彼は足早に立ち去った。

 持ち前の鈍さゆえに、何を言われかけたのか察することができなかったナタリアは、ただ黙って彼の出て行った扉が揺れる様を見つめている。

 

「さあ、急ぐんじゃ!」

 

 あまりに激しい一行の口論に口を挟むことができず、ただ手をこまねいて見守っていた二人が裏口を示した。

 こうなれば、アッシュを信じるしかない。

 一同はそんな共通の認識のもと、視線を交わしあい頷きあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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