the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百十九唱——合流、できたらいいな

 

 

 

 

 

 

 

 構えられた譜業銃が照準を定め、引き金に細い指先がかかる。

 一瞬たりとも間を置かずして放たれた射出弾を反射で避けた結果、門の一部が破損した。その音こそが、開戦を告げる物騒な調べとなる。

 一斉に剣を引き抜いた兵士たちに対して、スィンは唱えておいた古代秘譜術を発動させた。

 

「セイレネウス・タイダルウェイブっ!!」

 

 途端、幻想の海原が召喚される。

 暴れる海流が兵士たちに襲いかかりもみくちゃにし、立ち上る水流が津波と化して、飛沫型の衝撃波が殺到する彼らを一様に吹き飛ばした。

 展開された譜陣が消えると同時に、海原も消えて失せる。

 無論、それはリグレットも例外ではない。

 

「くっ……!」

 

 衝撃波のあおりをくって吹き飛ばされた兵士が期せずして彼女に激突する。飛沫型の衝撃波は耐えたものの、成人男性の体重と鉄の塊はどうにもならなかったのか。

 リグレットは譜業銃を手放す勢いで体勢を崩した。

 

「獅子戦吼!」

「うあぁっ!」

 

 そこをすかさず追撃し、リグレットという六神将の脅威を一時的に無力化させる。

 だが、とどめを刺しに追撃すれば、周囲の兵士たちにシェリダン入りを許してしまうだろう。

 

「リグレット様!」

 

 彼女の身を案じて叫ぶ手近な兵士の顔面に血桜をつきたて、沈黙を促した。そのまま、倒れている兵士や動きの鈍い兵士の鎧の隙間へ刃をこじいれていく。

 しかし、全員が全員古代秘譜術の餌食になったわけではない。

 

「貴様!」

 

 激昂し、斬りかかる兵士の一撃を回避し、下がる。反撃もできたが、健在である兵士は彼のみではない。

 他方向からの同時攻撃を捌き、更に予想される反撃をただ凌いでいては、スィンの体力と精神力が磨り減っていく一方だ。

 じりじりっ、と後ずさり、間合いを計った。そのとき。

 

「伏せなさい、お嬢ちゃん!」

 

 どこか丸っこい言葉と同時に異様な熱波を感じ取り、考えるよりも回避を選択していた。いくらなんでも、敵のまん前で這い蹲るなど危険すぎる。

 一足飛びにその場からの離脱を図れば、スィンの真後ろに現れたタマラが、譜業を抱えて豪快に炎を散布していた。

 近頃のお年寄りは過激である。

 

「タマラさん!?」

「直にキムラスカ軍が来るわ。それまで私たちで持ちこたえる。あなたも早く、港へ!」

 

 そんなよく通る大声で敵に情報を与えないで頂きたい。

 幸いリグレットは吹き飛ばされたまま、まだ戦線に復帰していないが……

 門のすぐ脇で躊躇していたスィンの傍を、タマラ参戦で気合を入れたらしい技師たちが『うおー!』と鬨の声を上げて逆に兵士たちへと殺到していく。

 戦い方こそ素人同然だったが、事前にスィンが減らしたために、人数では遥かに勝っていた。

 流石に譜業の火炎放射器などという物騒なものを抱えているのはタマラ一人だが……それでも危険なことに変わりはない。

 とはいえ、これだけ大規模な混戦ともなると、使える手段はただひとつとなってしまう。

 どうしたものかと悩んでいると。

 

「何をしている!」

 

 金属鎧が擦れ合う音を次々と奏でて、キムラスカ軍であることを示す朱色の色調が組み込まれた鎧の兵士らが続々と駆けつける。

 その後ろでは、アッシュが仏頂面で彼らの後についてきていた。

 更に。

 

「みんな、下がるんじゃ!」

 

 集会場すぐ傍のため池らしい場所に、譜業を取り付けたイエモンが棒状の何かを構えている。

 直後、その棒状から凄まじい水流が発生し、足並みそろえて退避した技師たちを唖然と見送っていた神託の盾(オラクル)兵士たちに直撃した。

 

「「うわああっ!」」

「このシェリダンを襲おうなんぞ、五十年早いわ!」

 

 ふぉふぉふぉ、と高笑いを上げた老人だったが、次の瞬間には「うっ!」と呻いてその場に倒れこんだ。

 操作していた棒状が、操り手を失って沈黙する。

 水流がなくなったことをこれ幸いと、神託の盾(オラクル)兵士たちを捕捉するべく動き出すキムラスカ軍兵士たちをすり抜け、スィンはイエモンのもとへと駆け寄った。

 銃声がしなかったため、狙撃されたわけではないだろうと思っていたが……

 

「ど、どうしたんですか?」

「あたた……こ、腰が……」

 

 ……どうやら、水流放射による反動が腰にきたらしい。あるいはぎっくり腰でも起こしたか。

 ともあれ、無事に切り抜けることができた功労者を、労いの意味を込めて治癒すべきかと悩んでいると。

 

「まったくだらしないねえ!」

 

 譜業火炎放射器を携えたタマラがやってきて、譜業を無造作にその場へおいた。

 

「シアお嬢ちゃん、ありがとうねえ。おかげで助かったよ」

「安心するのはまだ早い。リグレットの姿がないんだ。単身港へ向かったのかもしれない」

 

 タマラの労いに答える間もなく、やってきたアッシュの警告に顔を引き締める。

 そう、シェリダンを護って終わりではないのだ。ほっとしている暇などない。

 

「あ、後のことはわしらに任せろ。気をつけるんじゃぞ! ……いたたっ」

「わかりました。イエモンさんも、お大事に」

 

 シェリダンを護りきった功労者たちに一礼し、アッシュの先導に従って街の外へと出る。

 彼の向かう先には、先ほど逃がしたはずの一頭の馬が、のんびりと少ない草を食んでいた。

 

「アレを使う。港まで送っていくから、少しでも休息を……」

「それには及ばない。僕一人で行くよ」

「だが……」

「二人分の体重はきっと負担になるよ。それに、第二陣、第三陣が来ないとも限らない。アッシュは、ここをお願い」

「……わかった」

 

 頷きあい、片手を打ち合って互いに健闘を祈る。

 軽く馬を撫で、一息に鞍へ飛び乗ったスィンは、振り返ることなく港へ向かった。

 追いすがる魔物を蹴散らしての全力襲歩は、スィンを乗せて走る馬の体力を犠牲にし、目覚しい速さで港へと到達した。

 その場で馬を解放し、身を低くして船着場へと向かっていく。

 港の中は静かだった。

 もう決着がつき、タルタロスが出港したからか、それとも──

 角を曲がったところで、スィンはぎくりと足を止めた。

 神託の盾(オラクル)騎士団特有の全身鎧をまとった兵士が、そこかしこで路上に倒れ伏している。死んでいるにしては、血飛沫どころか血臭も感知できない。

 注意深く近寄ってみれば、兜に刻まれる音叉型の隙間から、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 ティアの譜歌では、意図的に威力を拡大しない限り、これだけの人数を眠らせることはできないだろう。しかしあれはかなり消耗するし、時間もかかる。

 そして彼らの剣が一様に抜かれているということは、まぎれもなくここで闘争が勃発しようとしていたのだ。

 発生しかかった闘争を、一瞬にして静めたというのは……ガスでも撒いたのだろうか。

 そんなことを考えつつも、次の角を曲がれた船着場まで一直線、という辺りに差し掛かって。

 

「……失策だな。リグレット」

 

 懐かしい、そんな声を聞いた。

 今すぐに駆け出したい気持ちを抑えて、角からそっと様子をうかがう。

 スィンに吹っ飛ばされてから、タマラの言葉を聞いて単身ここまでやってきたのか。

 リグレットは息を荒げながらも、譜業銃を取った。

 

「すみません。すぐに奴らを始末します」

 

 まずい──と思った矢先。

 急激な音素(フォニム)の動きがあったかと思うと、譜業銃を構えたリグレットは、輝きによって昏倒を促されていた。

 おそらくは、ジェイドの譜術。

 

「ルーク! いけません」

 

 ジェイドの攻撃に合わせてルークが追撃を仕掛けようとしたのか。

 ここから彼らの動きは見えないが、制止するジェイドにくってかかるルークというやりとりは聞こえる。

 ……もう、躊躇している暇もないらしい。

 

「どうして!」

「今優先するのは、地殻を静止することです。タルタロスへ行きますよ」

「……くそっ!」

「其の荒ぶる心に、安らかな深淵を──」

 ♪ Toe Rey Ze Qlor Luo Toe Ze──

 

 第一音素譜歌【夢魔の子守唄】ナイトメア・ララバイを放つ。

 ティアが知っているかどうかは定かでないが、譜歌は範囲を絞ることで威力の拡大が図れるのだ。

 下手に調節を誤ると味方どころか自分にも効果が及ぶため、易々行使できるものではないが……物陰に潜む今、集中するに事欠くことはなかった。

 

「んなっ……!」

「う……」

 

 人がどさどさと崩れ落ちていく音を聞きながら。

 スィンは唯一、視界に映るヴァン目掛けて一目散に駆けた。無論足音、気配に気を配ってなどいない。

 彼は睡魔に耐えつつも、あっさりと彼女の姿を認めた。

 片膝を立てて地べたに這い蹲るのを耐えるヴァンのうなじに、無言で抜き放った血桜を叩きつけ──

 

「くっ!」

 

 誘惑する夢魔の囁きを振り払うように。

 ヴァンは己の大剣をもってして、断頭台の如き迫る血桜の緋い刃から己の首を護りきった。

 鋼と鋼の激突する音が、波間の耐えぬ港に響き渡る。

 

「……っ」

 

 ヴァンの首を落とし損ねたスィンが、唇を噛んでその場から離れた。

 真後ろではなく、未だ佇むルークとジェイドの傍──彼らの眼前に、アストン、ヘンケン、キャシーがナイトメア・ララバイに抗えずか一様に倒れている。

 一方、ヴァンの傍には一人の老人が深淵にてたゆたっていた。

 リグレットが昏倒している今、この場で脅威とみなすはヴァン、一人しかいない。

 心臓を絶え間なく殴打されているような錯覚に陥りながらも、スィンは血桜を力の限り握りしめた。

 

 今なら、今ならば──! 

 

 血桜を正眼に構えなおし、今度こそとばかりに、踏み込もうと試みた矢先。

 

「スィン!」

 

 後ろから腕を掴まれ、踏ん張ることもできない力強さで引きずられる。視界が強引に先導するジェイドの背中に切り替わり、スィンは引かれるまま、肩越しに振り返った。

 未だ立ち上がらないヴァンの傍に、昏倒から立ち直ったリグレットが駆け寄っている。

 その光景に、張り裂けるような哀しみと、眼もくらむような激情を覚え。

 スィンはふところから煙幕弾を引きずり出し、無理なその体勢から投擲した。

 地面に激突した瞬間から、真っ白な煙が一面に立ち込める。

 

 

 

 

 

 

 

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