the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百二十四唱——これまでの行いと、薄れた自覚と、発覚した事実

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュウ医師の処方箋と引き換えに、一週間分の薬がまとめて手渡される。

 それを受け取ったティアは廊下へ出ると、効能を確認してから自分の荷袋に収納した。

 

「さーてと。スィンの検査は数時間かかるって言ってたよね。待ってる間、どうしよっか?」

 

 アニスの言葉に、普段なら即答するであろうジェイドはぴくりと肩を動かしただけで、何も言わなかった。更に先ほど、容態の説明を盛大に断られたガイが、いかにも不愉快そうに眉を動かす。

 空気の険悪さを肌で感じたのか、珍しくナタリアが焦った調子で話題を変えた。

 

「そ、そういえば、次のセフィロトはどこなのでしょう? 確かセフィロトといわれる場所で行っていないのは……」

「パダミヤ大陸とラーデシア大陸、それにシルバーナ大陸ですね」

「アブソーブゲートと、ラジエイトゲートを除けばな」

 

 これが功を奏した様子で、二人は問題なく補足を入れている。

 雰囲気が和らいだことを知ってか知らずか、話題はティアが引き継いでいる。

 

「ええ。それに関しては、ここにユリアシティの研究者が来ているらしいわ。パッセージリングの場所を聞いてみましょう」

 

 研究所内を練り歩き、ユリアシティから訪れている研究者の所在を探し。教えられた部屋の扉にノックをすれば、出てきた研究者はティアの顔を見て小さく頷いた。

 ティアが頷き返す辺り、二人は顔見知りなのだろう。

 

「話は聞いている。大事はないそうだが、無茶はするなよ」

「ええ、ありがとう。それで、パッセージリングの場所なのだけれど……」

 

 ティアが本題を切り出せば、彼は棚から取り出した書類を眺めつつ即答に近い返事を寄越した。

 

「今、確実に場所を特定できるのは……メジオラ高原の奥部と、ロニール雪山だけだな」

「ロニール雪山ですか……」

 

 示された場所を聞き、イオンは珍しく顔をしかめている。

 その理由とは。

 

「あそこは、六神将が任務で訪れたとき、凶暴化した魔物に襲われて大変な怪我を負ったと聞いています。危険ですから、なるべく最後にしたほうがいいと思うのですが……」

「同感ですね。地元の住民でも、あの山には滅多に近づきません」

 

 六神将までもが負傷したという例は、ロニール雪山がどれだけ危険な場所であるかを物語っている。

 加えて、地元住民だったジェイドの発言に異を唱える者はいない。

 

「よし、じゃあまずはメジオラ高原に行こう」

「ならその間にもう一箇所、パダミヤ大陸のセフィロトの場所を探しておこう」

 

 ルークの言葉に、研究者もそう続く。

 お願いします、と彼に頼んだところで、一同は再び研究所の廊下へと出た。

 研究所内を歩き回ったとはいえ、話自体はすんなり終わったのでそれほど時間は経っていない。

 

「じゃあ、買出しでもしてくるか。スィンが終わったら、すぐ出発できるように」

「そのことですが……なぜスィンは、あのようなことを言ったのでしょう」

 

 ジェイドやガイが反応を示すよりも早く。

 投げかけられたルークの言葉に、ナタリアは思わしげな表情を浮かべた。

 

「それは……大佐に知られたくないからじゃあ」

「本当に、そうなのでしょうか?」

 

 アニスの言葉にも、彼女は自分の懸念を杞憂に変えていない。

 心なしかその目は、医務室のあった方角へ向けられている。

 

「大佐に知られるのが嫌だ、などというのは口実で、本当に重大な何かを隠しているのかもしれませんわ」

「考えすぎだと思うけどなー……」

 

 そんな呟きを零したルークにナタリアが何故かを問えば、彼は素っ気なく正論を持って返した。

 

「だったら、何か兆候が出てるはずだろ? 現に俺たちはそれで、あいつの疾患のことを知ったんだし。それ以外何もない、ってことは、今までと何も変わらねーってことじゃねえか?」

「……確かにそうですけれど……」

 

 表立っての反論はないものの、何となく釈然としていないナタリアに、アニスが頭上に電球を灯らせて提案している。

 

「そうだ。そんなに知りたいなら、詳しい検査が終わった後、スィンには必ず事実が知らされるはずなんだから、そのとき聞いちゃえば話は早くない?」

 

 これなら絶対に事実が聞けるはずだ、とけしかけるアニスに、ナタリアは名案だと思いながらも逡巡した。

 

「ですが、数時間と言っていましたから。いつ終わるかはっきりとは……」

「じゃあ今から医務室に張り付いちゃおう。それともナタリア、私に任せてくれれば十文字につき一ガルドで検査結果、聞いてくるけど?」

 

 どうやら初めから、仲間から小銭をせしめることを考えていたらしい。

 盗聴は犯罪だ、というティアの指摘により、一行は各自買出しをすることで時間を有効に使うことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方、医務室では診察台に腰掛けたスィンがシュウより検査の結果を聞いていた。

 確かに、定例の検査では詳細がはっきりするまで数時間かかる。しかし、大まかなことはすでに判明しているため、大体のことを先に聞いているのだ。

 仲間たちに知られまいとするスィンの意を汲み取ったシュウ医師の、事実ではないが嘘でもない言葉だった。

 

「──と、いうわけです。それで……どうされますか」

 

 一通り聞き終わり、スィンは小さく息をついた。

 ほぼ予想通りの結果である。たったひとつのことを除いて。

 

「ありがとうございました。それだけわかれば、もう十分です」

「まだ検査結果が……」

「後で聞きにきます。今の質問のことも、少し考えたいので」

 

 目を見開くシュウ医師に背を向けて、医務室を後にする。

 研究所に所属する研究員も滅多に使わないような通路、そこから先にある錆びだらけの階段を使って、スィンは屋上へとやってきた。

 空は高く太陽は輝き、雲はのんびりと風に流されていく。

 本日は、晴天だった。

 古びた柵に手をかけ、絶景と称するには程遠いベルケンドの街並みを眺めているうちに、眼下が騒がしくなったことに気付く。

 柵から離れて様子をうかがえば、それは先ほどまで行動を共にしていた一同の姿だった。彼らは頭上にいるスィンのことなどもちろん気付かず、あっという間に街並みへまぎれていく。

 その姿をぼんやりと見送っていた彼女ではあったが、ふと脳内に再生されたシュウ医師の言葉に、小さくうなだれた。

 

「今更……今になって、なんて」

 

 絶対に話せない。主はもちろんのこと、彼にも、誰にも。

 

 これで何度目になるかもわからないため息をついて、今度は天を仰ぐ。

 まるでスィンの行いを白日の下へさらけだそうとするかのごとく、太陽の光は鋭かった。

 天罰か、神罰か、それとも自業自得なのか。

 名前はどうでもよかったが、こうも色んなことが続くと勘ぐりたくもなる。

 

 いるかいないかもわからない神様。

 これは身に過ぎた行いを、過ちを繰り返した、罰ですか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコンッ、という規則正しいノックの後に、扉が開かれる。

 開かれた先に診察台に腰掛けたスィンと、彼女の前に立ちカルテを手に何らかを話しているシュウ医師の姿だった。

 

「……以上です。他に何か、質問は?」

「いいえ、ありません。ありがとうございました」

 

 話に一区切りがついたところで、先頭に立って医務室へと入ったガイはスィンへと詰め寄った。

 

「……どうだった?」

「良くもなっていませんが、薬が効いているのか悪くもなっていません。小康状態、だそうです」

 

 その言葉に、シュウ医師が頷いたのを見て取ったガイ、そして他一同は改めてほっと息をついた。

 これで、憂いすべてに決着がついたのだ。もはや、何を心配することもない。

 

「よーし。なら、メジオラ高原に行こう。セフィロトの降下作業を進めるんだ!」

「待ってください」

 

 医師に礼を述べ、医務室を後にしようとして。

 スィンがいない間、決まったこれからの方針を聞こうとして、彼女はシュウ医師に呼び止められた。

 彼は本棚の奥から、分厚い書類入れを引っ張り出している。

 

「何か?」

「こちらを持っていってください。これは、あなたに差し上げます」

 

 一抱えもあるそれを開くと、それはこれまでスィンを診てきた手製のカルテであることが判明した。

 それらが渡されること、その意味を察して咄嗟にシュウ医師の顔色を見る。

 彼は、その視線から一瞬逃げるものの、すぐに目線を合わせてこう言った。

 

「もう、ここへ通う必要はありませんよ」

 

 その言葉に。スィン同様、やりとりを見ていたナタリアはまさか、と口元に手を当てた。

 

「ということは、もう瘴気蝕害(インテルナルオーガン)に関して心配はないということですか!? 今回処方したお薬だけで……!」

「──ええ。まあ」

 

 確かにナタリアの言うとおり、見た目何ら変わりなくカルテを渡されたということはもう通院の必要はないということ、すなわち病気の完治を意味するだろう。

 皮肉なことに、この場合シュウ医師がとったのは真逆の理由だった。

 もう、ここへ来ても無駄だということだ。

 もう自分の手には負えない。通院したところで、何の処置も施せない。

 だからこそ、個人カルテの全てをスィンに渡した。

 もはや、彼が所持していても何も意味がないから。

 後悔は、ない。すべては自分で選んだことだ。

 ここに至るまでの過程も。そして選ばされる未来も、今この瞬間も。

 すべては主のために。自分が生きる、その理由と目的のために。

 無邪気に祝福してくれる仲間たちと共に、スィンは笑みを浮かべた。

 これこそが、望んだものだから。

 主の笑顔。それは彼のみの幸せでは、成り立たない。

『仲間』の笑顔や、幸せもなければ、いけないから。

 

 

 

 

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