the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百二十六唱——事を成すならば代償は必然。成すべき事とその代償とは

 

 

 

 

 

 

 太った、とずばり言われて反論もせず、黙り込んでしまったからだろうか。それ以降、その話題が浮上することはなかった。

 火付け役であるガイは、あまり気にした様子もなく音機関に眼を奪われている。奥の空間には、物言わぬ音機関の他にゆらゆらと動き回る譜業人形があった。

 それを見つけて、ガイは勿論反応している。

 

「おおっ! すっげー、機械人形だぜ!」

自動人形(オートマタ)……いや、自律型修復機能みたいですね」

 

 それなりに大型の譜業人形には、様々な整備及び修復に用いられる器具が取り付けられている。

 それがわかっているからだろう。ガイは何の警戒もなしに近寄っていく。

 とはいえ、素人にそれがわかるわけがない。ティアが警告を発した。

 

「待って! 何か攻撃してきたら……」

「こいつは別に戦闘用の機械じゃないよ。多分、ここらの音機関を整備するためにいるんじゃないか?」

 

 従って、侵入者を排除するような機能はない。

 それを示すかのように、ガイが無造作に近寄っても譜業人形は一切反応しなかった。

 

「というと、パッセージリングの整備を彼が行っているとか?」

「うん、そうかもしれないな……」

「いえ、パッセージリングではなくてリングを護る周囲の音機関を管理しているだけだと思います。今現在リングに不具合が生じていることを考えれば、リングそのものを修復する機能はすでに失われているものと」

 

 譜業人形に気を取られて生返事のガイに代わり、スィンがそんな見解を述べた。

 なるほど、と納得するイオンに、流石譜業オタクの従者、とアニスからお褒めの言葉を頂き。

 スィンは口をへの字にしながら更に奥へと進んだ。

 

「パッセージリングはこの下のようですが……」

 

 進んだ先に昇降機を見つけて乗り込むも、まるで反応はない。

 不審に思ったらしいジェイドが切り替え装置を探り、出した結論はこれだった。

 

「正常に作動していませんね。これでは動きようがない」

「マジかよ! 階段とかねーの?」

 

 少し前ならだるいだの何だの文句しか言えなかっただろうに、建設的な意見が出たのは結構なことである。

 だが、それらしいものがない今は何の役にも立たない。

 

「見た感じではなさそうだけど……」

「じゃあ、ガイかジェイドがちょちょっと……」

 

 ちょちょっと、でどうにかできるほど生易しい問題ではないのだが。

 それをジェイドがわざとらしく拒否、やり取りを無視してガイが原因究明を勤しんでいる間に、スィンはその場を離れて譜業人形に歩み寄った。

 音機関の耐久年数が過ぎて破損している部位があるのなら、この譜業人形の仕事であるはずだ。

 だが、この自立型修復機能が何もしていないということは、考えられる原因はひとつ。

 

「浮かない顔ですわね」

「直すには壊れた動力を新しいのに変えればいいんだ。けど……」

「替えの動力がないのね」

 

 ナタリアの言葉を否定するでもなく、判明した原因を語る。

 その言葉から先読みしたティアに頷くことはなく、ガイはちらりと後方をみやった。

 

「あいつ以外にはな……って、スィン!?」

 

 彼の眼に入ったのは、いかなる方法か譜業人形を停止させ、譜業人形の所持していた工具を用いて何やらごそごそ手元を動かす従者の姿だ。

 やがてスィンは、片腕に何かを抱えて昇降機へ戻ってきた。

 

「……あいつから、動力を取ったのか?」

「はい。自立型修復機能なのに仕事をしないのはおかしいと思ったから、最初はあれの故障かと思ったんです。ガイラルディア様の見立てを聞いて、これなら代用可能かと」

 

 あっけにとられる一同を尻目に、スィンはそれまでガイが覗きこんでいた動力装置を手早く外している。

 そして調達した動力を取り付けようとするも、接続機器の違いからそれは容易なことではない。

 

「ガイラルディア様、接続器の代用になりそうなもの、ありませんか?」

「あ、ああ。俺がやる」

 

 手持ちのパーツを組み合わせて手製の接続機器を作り、代用する。

 無事作動可能となったにも関わらず、一行の顔に喜色はない。

 特にルークは、動かなくなった譜業人形を見つめて、きゅ、と唇を噛んでいる。

 

「……行きましょう」

 

 てっきりジェイドがこのことについて絡んでくるかと思えば、ルークの心情を思いやってか茶々はなく。

 作動した昇降機に連れられ、一同はパッセージリングのある最奥まで無事、到達した。

 

「では、起動させてください」

 

 ジェイドに促され、スィンはパッセージリングの前へと進み出た。

 上空には各地のパッセージリングの状況を示す譜陣が浮かび上がり、代償として汚染された第七音素(セブンスフォニム)をスィンの体が吸収していく。

 これが手遅れと言われた所以なのか。これまで感じてきた倦怠感も苦痛も、今までにも増して感じる。

 

「ルークはタタル渓谷と同じように制御をお願いします」

「わかった」

 

 そう言ってスィンと同じように歩み出した彼の横に、ジェイドもまたパッセージリングに近づいた。

 その手には、見慣れない音機関が携えられている。

 

「旦那、そいつは?」

「ちょっとした計測器です。瘴気のことで、ね」

 

 瘴気、と聞いて何に勘づいたのかと内心びくついたスィンだったが、それは杞憂に終わった。

 彼はその計測器を、地核の振動周波数を調べる際と同じように起動したパッセージリングの譜石へあてがったのである。

 程なくしてそれを取り外す頃、ルークの作業も終了していた。

 

「終わったぜ」

「御苦労さま」

「こちらも……第七音素(セブンスフォニム)に瘴気が含まれているのは、間違いなさそうですね」

 

 難しい顔で計測器を眺めていたジェイドが、計測結果を見て断言する。

 それを聞いたルークがティアにパッセージリングに近づくなと促すその横で、ガイが首を傾げた。

 

第七音素(セブンスフォニム)は、どうして瘴気に汚染されているんだ?」

「瘴気は地中で発生しているようですから、あるいは地核が汚染されているのかもしれません」

 

 その事は、以前ローレライが汚染されているらしい、ということから連想はできる。

 過保護だと従おうとしないティアを強引にパッセージリングから引き離したルークは、顔をしかめた。

 

「ってことは、星の中心が汚染されてるってことか。中和なんてしきれないんじゃないか?」

「いえ、地核が発生源なら活路が見出せそうですよ」

 

 星の中心が汚染されているということは、星が存在する限りその汚染も広がり続けているということだ。

 中和してもするそばから新たな瘴気が発生されては、追いつかないかもしれない。

 そんなルークの発想を真逆の観点から可能だとするジェイドに、アニスが話についていけなかったのか解釈を求めた。

 

「え? え? 瘴気を何とかできるの?」

「ええ。星の引力を利用すれば。ただそれは私の専門ではないので、確約はできませんが……」

「それでも、可能性はあるんだな」

 

 朗報もそうでないものも、確かでないことは滅多に口に出さないジェイドがそう言うのだから、かなり期待できる話なのだろう。

 ルークの問いにも、ジェイドは否定しない。

 

「ええ。それにベルケンドでは引力についても研究が盛んです。私の知識よりは頼りになると思いますよ」

「ならベルケンドへ戻ろうぜ」

 

 そうと決まればまずは地上へ戻ろうと、一同がパッセージリングに背を向ける。

 そんな中、ルークによって入り口付近に立っていたティアが難しい顔でスィンに近づいてきた。

 

「どうかした、ティア? おなか痛いの?」

「いえ、体調は悪くないわ。それよりも……」

「ティア、具合が悪いのか?」

 

 何かを尋ねかけたティアが、ルークの接近により口を閉ざす。

 彼女がルークをあしらっている間にスィンはガイに呼ばれており、彼女が何か言いかけていたことを気にしながらもそれを尋ねるようなことはしなかった。

 下手に何かを尋ねて、藪蛇になっても困る、ということもある。何せティアは、ティアの体はパッセージリングを起動させる際に汚染された第七音素(セブンスフォニム)を吸収してしまうことを知っているのだ。

 彼女自身は違和感しか知らないようだったが、そのことをつつかれても面倒であることは確か。

 故に、スィンはなるべく彼女との内緒話を避けていた。

 来た道を戻って、再びメジオラ高原奥地へと戻る。

 河口で待機しているはずのアルビオールへと戻る最中、一同は彼方よりやってくる人影と遭遇した。

 

「あれ……アストンさん!?」

「ルークや! 元気か!」

 

 現れたのは、地核突入作戦時港で別れたアストンである。

 一同の盾となりかけ、スィンの譜歌にて昏倒した彼は、何故かあちこちに包帯を巻いていた。

 

「シアお嬢ちゃんも……ん? ちとふっくらしたか?」

「太ったってよ、スィン」

「……老化現象でしょうか」

「いやいや、お前さんはもう少し横幅があっていい」

 

 図らずも体型のことを出されて沈みかけたスィンだが、アストンはフォローなのか本音なのかわからない一言で済ませている。

 そんなにわかりやすい太り方をしているのだろうかと、スィンが手鏡を取り出して自分の顔の形を確かめる最中にも、彼の話は続いた。

 

「実は、作戦直後また例の兵士どもが襲ってきての。常駐していたキムラスカ兵士、それと、アッシュといったか? あやつらのおかげで殺されずにはすんだんじゃが、みんな揃って病院送りにされちまってな」

「八つ当たりってこと? 何考えてんだか……」

「教官が、そんなことを……」

 

 リグレットが扇動してのことか、あるいは作戦失敗に暴走した兵士のしたことか。いずれにせよ彼女の責任であり、軍人として最低の行為であることに変わりはない。

 憤慨、あるいはショックを受ける現役軍人の彼女達とは対照的に、ナタリアは純粋にその被害を憂いていた。

 

「皆さん、アストンさんも、大丈夫なのですか? よもや大事に至っていることは」

「わしはこの通りじゃが、他の連中はまだ入院しとるんじゃよ。時々見舞いに行っとるが、まあ元気なもんじゃ。嬢ちゃん達に助けられた命、無駄にはできんよ」

 

 どこまで信じていいのかわからないが、少なくともアストンの言葉に嘘はなさそうだ。

 無駄に命が散らなかったことを安堵して、ふとティアが本題を呟いた。

 

「でも、アストンさんはどうしてここに……」

「何もしないでいると、腕がなまっちまうんでな。だもんで、アルビオールの二号機を……や、一台壊しとるから三号機か。とにかくそれを作ったんじゃ」

「で、また墜落した?」

 

 にこにこ笑顔で揶揄するアニスに、アストンは眉をしかめて否定する。

 しかしその言葉は、途中で途切れた。

 

「ばかもん! 試験飛行の途中でおまえたちを見つけたから……」

 

 アニスを見下ろしていたその目が、ふとスィンの視線を追う。

 いつの間にやらアストンではなく彼の背後を見やっていたスィンの目に映るのは、一人の老人だった。

 アストンの挙動で気づいた一同の仕草で気づいたらしく、小さく後ずさる。

 

「ひ……っ!」

「お、おまえ!」

「ス、スピノザ!?」

「また立ち聞き!? 超キモイ!」

 

 キモイと言われて傷ついた、わけでもなかろうが。一同に存在を感知され、スピノザはくるりと背を向け逃走した。

 もちろん、そのまま生温かい目で見送るわけにはいかない。

 

「待てー!」

「俺達も追いかけよう!」

 

 怪我のことがあってか、走れないらしいアストンをルークが自発的に背負う。

 一同とスピノザでは足の速さにとんでもない違いがあったが、それでも距離の利を縮めることは難しかった。

 その姿が見えなくなり、アルビオールの待機する河口付近にてルークに無理やり背負われたアストンが空を差す。

 

「空を見ろ!」

 

 その指に従い上空を見やれば、アルビオールと同じシルエットがメジオラ高原から飛び去って行くところだった。

 一同の真上に飛晃艇の影が落ち、見る間にその姿が遠ざかる。

 

「あれは……アルビオール!?」

「いや……似ているが、違うな」

 

 ノエルを操縦士に据える一同が借り受けたアルビオールは白を基調とした機体だが、あちらは黒。ついでに携わった製作者の数で細部のデザインが異なっているのだろう。

 その答えはアストンが握っていた。

 

「あれはわしの三号機じゃ……」

「また逃げられてしまいますわ!」

「ぬう! 二号機で奴を追跡じゃ! どうせ試験飛行用にしか燃料を積んでおらん。すぐに墜落するはずじゃ!」

 

 哀れアルビオール。この名のついた飛晃艇はどうしても墜落する定めなのか。

 一同が搭乗するアルビオールが、いつか墜落しないことを祈る。

 

「スピノザは、物理学の第一人者です。味方にすれば瘴気問題で役に立ってくれるでしょう」

「わかった! アルビオールで追跡だ!」

「わしも連れて行ってもらうぞ」

 

 ジェイドが言外に殺してはまずいと呟き、一同は大急ぎでノエルの待つアルビオールへと飛び乗った。

 操縦席にて仮眠を取っていたらしいノエルは、毛布を跳ねのけて何事かと尋ねてくる。

 

「先程の三号機を追跡するんですね。お任せください」

「頼むぞ!」

 

 寝起きとはいえ、ノエルの反応は素早い。

 即座に計器を起動させ、三号機をレーダーで索敵。その間にエンジンを起動し、アルビオールもまた大空を舞った。

 タイムラグによって肉眼での索敵は難しかったが、搭載されたレーダーでの索敵にひっかかった様子である。

 程なくして、ノエルの眼にも三号機は捉えられた。

 

「三号機発見! ですが、おかしいです」

「どうしたんだ?」

「白煙を上げて……あ!」

「ああああっ! 貴重な三号機がああっ!」

 

 窓の外の光景は、ノエルの報告通り白煙を上げてきりきり舞いをしつつ、垂直落下した三号機の姿である。

 ガイは悲鳴を上げて窓に張り付いているが、助けられるはずもない。

 いかなる方法か一応横転などはしていないようだが、操縦者が無事か否かは土煙で判然としなかった。

 

「生きてるかなあ」

 

 あまり心配そうに聞こえないルークの発言だが、無理はない。

 しかし過去の経験を生かしてなのか、アストンは胸を張って言い切った。

 

「三号機は頑丈じゃ。墜落による衝撃で人体に影響は出ないわい!」

「この辺りの魔物はお年寄りには厳しい。街に逃げ込む筈です」

「よし、ベルケンドへ行こう!」

 

 どうにか着陸している有様の三号機を見て、いの一番に飛び出したガイが頬擦りをせんばかりにその状態を見ては嘆いている。

 そんな彼を引きずり、スピノザに怒りを向けさせてベルケンドへ向かった先。

 彼は大通りに堂々と姿を現していた。

 裏通りに身を潜めるとか、物理学の第一人者でも荒事に無縁な人間には考えが至らないらしい。

 

「いたわ!」

 

 あまりに堂々としていたせいだろう。

 穏便に制止するつもりだったのか、ティアの言葉を聞いたスピノザがまた走り出す。

 それを追おうとして、スィンはルークに止められた。

 正確にはルークの挙動か。

 

「行くぞ! あいつを威嚇しろっ!」

「は、はいですの~!」

 

 ミュウをひっ掴み、高々と片足を上げたルークが思い切り振りかぶる。

 投擲されたミュウはスピノザの後頭部に見事命中、その勢いで彼の前へ回り込んだ後に火を噴いた。もちろん威嚇程度、スピノザが火に巻かれることはない。

 驚き、思わず回れ右をしたところでガイに捕獲される。

 

「おーっと、あんたには色々聞きたいことがあるんだ。大人しく……」

「ガイ様、もう少し言葉を選んでください。ナタリア、知事を通して場所を借りられないかな」

 

 どうしてこう、堂々と表通りでドンパチ繰り広げられるのだろう。権力はあるから厄介事はもみ消すことはできるだろうが、それだけの問題ではないはずだ。

 傍目にはか弱い老人を取り押さえたガイが、ハッと我に返って周囲を見回す。

 しかし今になって離すこともできず、彼はベルケンドの知事であるビジリアンと話をつけてから、知事邸へスピノザを連れ込むことになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

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