the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百二十七唱——信じることと疑うことと

 

 

 

 

 

 

 ナタリアの仲介により、一同は知事邸の一室を借り受けてスピノザの尋問を始めていた。

 また立ち聞きされては困るということで、スィンは自主的に近辺の警戒に当たっている。

 結果、今現在不審者は自分くらいだということが判明したところでふと、室内から聞こえてくる会話に耳を傾けた。

 

「わしらの話を立ち聞きしてどうするつもりだったんじゃ!!」

「またヴァン師匠(せんせい)達に密告でもするつもりか!」

 

 声を荒げるはアストンにルークだ。

 あったことがあったことだけに、二人とも憤慨の色が色濃く出ている。隠す意味などもちろんないだろうが。

 孤立無援にして逃げ場もないスピノザは、力なく反論した。

 

「ち……違う……」

 

 興奮冷めやらぬ二人をなだめるのは、イオンの声である。

 追及を続けようとした二人を制して、彼は言った。

 

「まあ、待ってください。相手を怯えさせるだけでは何もわかりませんよ。あなたは何をしにメジオラ高原へ来たのですか?」

 

 なんという飴と鞭。流石導師は、使い方をよくわかっていらっしゃる。

 天然なのかもしれないし、やらずともそのうちジェイド辺りが演じただろうが。

 

「わ、わしは……皆の見舞いがしたくてシェリダンへ行ったんじゃ」

 

 イオンの言葉に促されてだろう。スピノザはぽつぽつと、メジオラ高原にいた理由を語り始めた。

 

「その時アストンがメジオラ高原に行ったと聞いて……まずはアストンに謝ろうと……」

「なら逃げることはないじゃろが!」

「こ、怖かったんじゃ! いざとなると何を言っていいのか……それで……」

 

 あの場はつい逃げ出してしまったのだと言う。目についたアルビオールを占拠してまで。

 スピノザがノエルのいる二号機に眼をつけていなくてよかった。

 人がいたから無人の三号機を乗っ取ったのかもしれないが、彼女に何もなくてとりあえず良かったと思う。

 ただ、魔物のうろつく高原奥地へ彼がどのようにして辿りついたのか、非常に気になるところだが。

 

「そんなの信じらんないよ! だいたい、アンタがチクったから総長にバレたんじゃん!」

「……確かにわしは二度も、ヘンケンたちを裏切った。二人が止めるのを無視して禁忌に手を出し、その上二人をヴァン様に売った……」

 

 甲高いアニスの糾弾に、スピノザはうなだれて懺悔を始めている。

 その様子を、スィンが直接うかがい知ることはできなかったが。

 周囲に不審者もない今、その態度はルーク達を油断させるため、促されたものではないと思いたかった。

 

「もう取り返しがつかないことはわかっとる。じゃが、皆を傷つけてわしは初めて気づいたんじゃ。わしの研究は仲間を殺してまでやる価値のあったものなんじゃろうかと」

「……俺、この人の言ってること、信じられると思う」

「ルーク……」

 

 その懺悔を聞き、ほだされたわけでもないだろうが肯定を呟いたのはルークだった。

 彼もまた、大罪を犯した。悔いるその姿は自分と被るものがあるのだろう。

 

「俺、アクゼリュスを消滅させたこと、認めるのが辛かった。認めたら今度は何かしなくちゃ、償わなくちゃって……この人はあの時の俺なんだよ」

 

 沈黙が漂った。

 誰も彼もが言葉を失ったその時、絶妙なタイミングで口を開いたのがこの人である。

 

「もしもあなたの決心が本当なら、あなたにやってもらいたいことがあります」

「な、なんじゃ?」

「瘴気の中和、いえ隔離の為の研究です。これはあなたが専門している物理学が必要になる」

 

 提案をしたのがジェイド──死霊使い(ネクロマンサー)だけに、逆スパイなどの無茶な要求を出されるとでも思ったのか。

 身をすくませた気配のスピノザとは逆に、アニスが憤った。

 

「大佐! こんな奴信じるの!?」

「人間性はさておき、彼の頭脳は必要なんですよ」

「やらせてくれ。わしにできるのは研究しかない」

 

 アニスの苦情をしれっと流し、スピノザの反応を見たようだ。

 彼は一も二もなくそれを受け入れた。

 懸念を示したのは、ティアだ。

 

「あなたは兄の──ヴァンの研究者でしょう。そんなことをすれば殺されるかもしれないわ」

「……それでもやるんじゃ。やらせてくれ」

 

 罪を認め贖罪を求める人間が、償いを提示されて躊躇する理由など何もない。

 懇願するスピノザにこちらはほだされたのだろうか。怒気をなくしたアストンの声がした。

 

「なあ、みんな……今一度この馬鹿を信じてやってくれんか?」

「だけど……裏切り者だよ……」

「この人に、二十四時間監視をつけてはどうですか? それで研究に合流させればいい」

 

 あの出来事が相当許せなかったのか、二度三度と重ねるアニスを納得させるようにジェイドが再び提案する。

 ただここはキムラスカ。有名人とはいえマルクトの一軍人が決められることではない。

 その場に立ち会っていたベルケンド知事・ビジリアンは難色を示した。

 

「私の一存では……」

「……では、わたくしが命じましょう。ジェイドの言う通りに計らってください」

 

 権力って便利だ。

 尤もこの場合、ナタリアの全責任がいってしまうわけだが。とにかく知事の承諾は得られた。

 

「御意にございます」

「この研究、粉骨砕身で協力する。本当にありがとう……」

「まあ、ここまで言って裏切ったら、大した役者だな」

 

 ガイの茶々はさておいて、ビジリアンが部下を呼び事の詳細を説明する。

 その間に、ジェイドは何かをスピノザに渡したようだ。

 

「私の瘴気隔離案については、走り書きですがここに纏めておきました。検証してみてください」

「では、スピノザは第一音機関施設へ連れて行きましょう」

「わしはアルビオール三号機を修理して帰る。頑張れよ、スピノザ」

 

 知事の部下に付き添われスピノザが退出、それに続いてアストンもまた知事邸より出てくる。

 入れ替わるようにしてスィンが中へ入ったところで、知事が一同に対して口を開いた。

 スピノザのことが済むまで、空気を読んで話さなかったのだろう。

 

「そうそう。研究員たちから皆さんに伝言を承っています。もう一つのセフィロトは、ダアトの教会付近にあるそうです」

「教会に!? 初耳です」

「あそこ広いもんな。とにかく行って、探してみるか」

 

 驚くイオンに、特に不思議がることなくルークが促す。

 特に異常も不審者もなかったと報告するスィンにガイが事の結末を語り、知事邸を後にしようとした矢先のこと。

 スィンは小さな呟きを聞いた。

 

「なんでそんな簡単に信じちゃうの? みんな、馬鹿みたいだよ……」

「とりあえず、頭から信じてるのは少数だと思うよ」

 

 珍しくイオンから離れて、アニスがぶぅ垂れている。

 聞かれているとは思っていなかったのか、珍しく本気で驚くアニスを見ていけしゃあしゃあと言葉を繋げた。

 

「一応利用できるから利用しよう、ってスタンスでしょう? ガイラルディア様の言う通り、あれで裏切ろうものなら大した役者だと思う」

「……スィンなら、ガイの言うことなら何でもその通りだって思うでしょ」

「そう思えるならラクでいいね。でもアニス、イオン様の言うこともすることもすべて正しいとでも思ってるの?」

 

 それを肯定するには、まず何が正しくて何が悪いのは、はっきりさせなくてはならない。

 結果的に正しかったことを正しいとするならば、イオンとていくつもの間違いを犯していることになる。

 それを無視するアニスではなかった。

 

「そ、それは……」

「疑うことも大事だと思うけど、同時に利用できるものは何だって利用するべきだと思う。信じる信じないの前に、することしてもらわないと困るんじゃない?」

 

 切り離してものを考えられない辺り、普段大人顔負けの腹黒さ……否、賢しい少女の素が伺える。

 それにしても気になるのは、裏切り者に対してどうしてここまでアニスがムキになるのか、だ。

 この間のことが相当腹に据えかねたか、スィンの知らない少女の過去が関係している、だけなら実害がないからかまわない。

 しかし、あの過剰反応。まるで魚の骨がひっかかったように、妙な違和感を覚えるのだ。

 ただ、隠し事をしているのはスィンとて同じ。その点で、スィンは一同を裏切っているも同じなのだ。

 干渉する資格はないものとして、そしてそんなことをする余裕もないものとして、アニスに追及などする意志は欠片もない。

 

 ──それが後に、どのような結末を辿ることになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

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