the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百二十八唱——膨らむ違和感~可愛いではすませない

 

 

 

 

 

 

 

 ベルケンドにてもたらされた情報に従い、ダアトに至る。街の中央にそびえる教会を目指しながら、まだ見ぬパッセージリングについて議論が持ち上がる。

 口火を切ったのはルークだ。

 

「教会の中にパッセージリングがあるのかな?」

「わかりません。ただ教会にはザレッホ火山に繋がる通路があるという噂があります。そんな話があるくらいですから、どこかにパッセージリングへ続く道があるのかもしれません」

「とにかく探してみましょう」

 

 一同の中において、ダアトの教会と関連があるのは四人。

 イオンにアニス、ティアに一応スィンだ。広い教会とはいえ、四人も関係があるにはある。

 何かとっかかりはないかと思ったらしいアニスが目を向けたのは、スィンだった。

 在籍期間は五年と、四人の中で二番目に短い期間だが、着いていた役職が役職である。

 

「スィン、何か知らない? 特務師団長時代、ザレッホ火山行ったことあるんでしょ?」

「あるよ。所用で火山調査の必要があったから、この際教会の中から行ける通路の噂をはっきりさせようとしたら、主席総長にすんごい怒られて断念。しょうがないから普通に行って火山側からも探したけど、結局それらしいものは見つけられなかった」

「総長が? なんで?」

「さあ」

 

 とにかくそれらしいものは知らないと、締めくくる。

 しかし、アニスの興味はパッセージリングへの道ではなく、主席総長──ヴァンが関わったことに移行していた。

 

「じゃあ……なんて言って怒ったの?」

「危ないことをするな、火山から帰れなくなったらどうするんだ、ってさ。当時は人様に言えないような仕事ばっかり押し付けといて、よく言うよと呆れたけど」

 

 ただ、人に言うことができない後ろ暗い仕事であったとしても、確かに危険だけはなかった覚えがある。よほどのドジや不運が重ならない限りは、比較的安全なものであったことに違いない。

 危険があったとすれば、スィンが自らの意志で赴いた様々な秘境探索くらいだろうか。

 そんな彼女は現在、誰とはち合わせてもいいよう、スィン・セシルの仮装をまとっている。

 ダアトからの手配が解けたからといって、イオンの供として堂々乗り込むのはいかがなものかと、油断してのこのこ赴いて、トラブルを起こしてしまう危険性がないわけではないのだ。

 もう油断はしないと、余計なことも一切しないよう心がけている。

 そんなわけで意気揚々と、何ら恥じることなくダアトの教会へ足を踏み入れる。

 正面の扉をくぐり礼拝堂を通ったところで、一同は意外な顔とエンカウントすることになった。

 その人物とは。

 

「モース!」

「導師イオン。お戻りですか」

 

 ルークを丸無視どころか、モースはイオン以外を視界に入れていないように見える。

 これまでの確執などなかったかのような顔をしているモースに、イオンは淡々と用向きを話した。

 

「セフィロトを探しに来ました」

「……ああ。ユリアシティから報告は受けています。パッセージリングは、あの扉の先にありますぞ。一本道ですから迷うことはありますまい」

 

 奇妙な棒読みに近い返答は、内心の表れなのかどうか。

 とりあえずその指が指したのは、礼拝堂の吹き抜け、上階に属する空中通路を抜けた先だ。

 

「ヴァン師匠(せんせい)はどうしたんだ」

「ふん。奴は監視者としての職務を放棄して、六神将と共に行方をくらましたわい」

 

 仮にもキムラスカの王族にふとい口を聞いたなと思う。レプリカであることを知っているからか、キムラスカ王室との癒着に失敗したせいか。

 

神託の盾(オラクル)の姿もあまり見かけませんが、まさか……」

「半数以上がヴァンの元に走りおった」

 

 流石ヴァン。こんなカエル面とは人徳が違う。

 ティアの顔を見てヴァンのことを一層強く思い出したのか、モースは苦々しく吐き捨てた。

 

「ええい、忌々しい! おかげで神託の盾(オラクル)騎士団の再編成で大忙しだ」

 

 ザマミロと思った。これでモースの動きが封じられたのなら、それはそれで万々歳だ。

 ガイの後ろに控えつつそれとなく顔を背けていたスィンだが、次の瞬間顔を強張らせた。

 

「時にティア。そなた、シア・ブリュンヒルドのことは知っているか?」

「えっ……」

「アニス、お前は知っているだろう。前特務師団長、採魂の女神ブリュンヒルドだ。今の状況で無理やり捕まえても被害が大きくなるだけだから手配こそ解いたが、緊急召集が解けたわけではない。見かけ次第即通報するのだ。いいな」

 

 ヴァンの情婦がうんたら抜かしていたくせに、まだあきらめていないのか。

 心なしか肩を怒らせつつ立ち去りかけたモースだが、一応アニスに向かってこんなことを言い捨てた。

 

「そうそう。パッセージリングへ続く部屋は、侵入者避けに隠し通路の奥になっておる。せいぜい気張って探せよ」

 

 アニスに向けて、とはいえその言いぐさは厭味の一言に尽きる。

 天然気味とはいえ完全な天然ではないナタリアが、悪意を敏感に感じ取り憤慨した。

 

「まあ、感じの悪い!」

「まあまあ。平和条約締結で戦争を起こすのが難しくなったから機嫌が悪いんだろうよ」

「邪魔されないだけマシだよぅ」

 

 流石にガイやアニスはわかっているらしく、ご機嫌斜めのプリンセスに事実を話してなだめにかかる。

 イオンもまた、小さく頷いた。

 

「ええ。彼は預言(スコア)を遵守したいだけです。大陸を崩落させて、レプリカ世界を作ろうとしているヴァンとは目指す物が違います。だから、僕達を邪魔する理由もないのでしょう」

師匠(せんせい)か……師匠(せんせい)どこへ行ったんだろう……」

 

 ──実を言えば、ルークの呟きに対して、スィンは答えを持っている。

 彼女が何を思ってあんな行動に出たのか、ずっと勘繰りの対象だった。一に嫌がらせ、二に罠、三に──

 確証こそないが、メジオラ高原にてリグレットに投げつけられたもの。彼女はヴァンから、これを渡せと言われていたのかもしれない。

 スィンの掌には、ワイヨン鏡窟で採れる鉱石があった。

 例えヴァンがワイヨン鏡窟に潜伏していたとしても、スィン個人でヴァンへ会いに行く理由などない。捻出すれば理由が作れないでもないが、ガイの意向を第一の重きに置くスィンにその選択はない。

 故にその疑問に答えることはできなかった。

 やがて気持ちを入れ替えたルークを先頭に、モースに示された扉の先へと赴く。

 扉の先。そこは大量の本棚に隙間なく書籍が詰め込まれた、資料室だった。

 

「この部屋に、パッセージリングへ続く隠し通路があるのか?」

「そうね……。一本道といっていたから、ここを探してみましょう」

 

 何が鍵になっているのか、その場所はどこか。ノーヒントではあるものの、まずは探してみようと一同は資料室の探索を始めた。

 噂究明のため、教会を練り歩いた際はこの資料室を調べた覚えがない。ここを調べるよりも早く、ヴァンに叱責されて探索を断念したのだ。

 初めて探す場所に、まずはおかしな場所はないかと練り歩く内。

 奇妙なアニスの悲鳴が聞こえてきた。

 

「ひゃっ。ころんじゃったよ~ぉ!」

 

 まるで大根役者が舞台上で演技したような台詞、続いてどしん、という音。

 その直後、ごりごりごりと岩を擦るような音が聞こえてきた。

 

「あ、あれえ?」

 

 その場へ集まればアニスが不思議なポーズでとある場所を見つめており、その視線の先には本棚に隠されていたと思しき扉がある。

 おそらく驚いている、という気持ちの強調をしているのだろうが……一言で表せば変だ。

 

「こんなところに隠し通路があったとは……」

「しかし、なんでモースはここを知っていてイオンは知らないんだ?」

「恐らく被験者(オリジナル)の導師は知っていたんだと思いますよ」

「よし、行ってみようぜ」

 

 イオンやルーク、後からやってきたガイなどは素直に扉の出現に驚いているものの、その場にいたらしいジェイドは心なしかアニスに目をやっている。

 罠の類がないことを確認して扉を開けば、そこは大規模な譜陣が床一杯に描かれた部屋だった。

 それ以外の備品は一切ないが、譜陣は常に明滅している。

 疑いもなく駆け寄り、譜陣に足を乗せたのは。

 

「あ、この譜陣に入ったらいけるんじゃないですか?」

 

 先程から行動が妙になってしまったアニスだ。

 これは見逃せないとでも思ったのか、ジェイドが釘を刺している。

 

「アニス、ちょっと」

「な、なんですかあ、大佐」

「あなたはここを知っていましたね?」

 

 多少の自覚はあるのか、挙動不審にあったアニスにそのものずばりを尋ねた。

 イオンは素で驚いているものの、他一同の反応はジェイドとそう変わらない。

 そして少女は、きっぱりと言ってのけた。

 

「本当ですか?」

「知りません! 全然知りません。それより行きましょう! ほら! 早く早く!」

 

 あまつさえ、イオンを置いてさっさと転移してしまう始末。

 導師守護役(フォンマスターガーディアン)を解任されても文句が言えない仕事ぶりである。

 

「嘘くせー……」

「……ふむ。まあいいでしょう」

 

 今のところ実害がないと判断したか、ジェイドも一応納得しアニスの後を追う。転移した先の環境は、まさしく火山の中といった具合だった。

 ただならぬ熱気が辺りを漂い、ただその場にいるだけで汗が噴き出る。しかし行き来が容易い譜陣が備わっている辺り、頻繁にやってくる人間がいるのだろうか。

 譜陣の付近には、少なからず人がいた形跡が残されていた。

 

「ここは……何かの研究をしてるみたいだな」

「モースのものでしょうか。こんなところで何を……」

「そんなことより、パッセージリングはどこなんでしょう!」

 

 雉も鳴かずば撃たれまいに。見事なまでの棒読みである。痛すぎて見てられないほどだ。

 わざとらしい話題転換に出たアニスに、あえて話しかけたのはジェイドだった。

 彼が疑っているとなると、何もしなくていいから楽で助かる。

 

「……アニス♪ あまり怪しすぎると突っ込んで話を聞きたくなりますよ」

「……う……」

 

 アニスのことはジェイドに任せておこう、との判断だろう。

 二人のやりとりに関せず、ルークとティアは独自に最奥への道を模索している。

 

「この奥でしょうか」

「行ってみよう」

 

 明らかに人工的なつり橋を渡り、その下に見える煮えたぎる溶岩の熱気に焙られながら。

 しばらく道なりに進むと、やがてパッセージリングを護る扉が現れた。

 

「じゃあイオン。ここを頼むよ」

「はい」

 

 最早恒例となりつつある作業だが、行う本人にとってはそこまで単純な話ではない。

 まるで力を使いきったかのように消耗をあらわとするイオンに、先程から様子がおかしいアニスが駆け寄り、その体を支えた。

 

「イオン様、扉を解放する度に倒れますね」

「すみません」

「いいんですけど、心配ですぅ……」

 

 ──アニスの様子は通常に戻っている。あの挙動不審も棒読みも、嘘のように治っていた。

 それがわかっていてか、誰一人としてそれに突っ込まない。

 

「ごめんな、イオン」

「いいえ。お役にたてて嬉しいです」

 

 行きましょう、とアニスの肩を借りたイオンが歩を進める。現在の体調に加えこの気温、かなりつらいはずなのに彼は一切弱音を吐かなかった。

 その姿に魅せられて、アニスが元に戻ったのだと信じたい。

 しかし悲しいかな、その幻想は一瞬にして瓦解した。

 

「やっぱり、遺跡の中でも暑いわね」

「イオン、大丈夫か?」

「はい……ありがとうございます」

「えっとえっと。こんなトコ、とっとと、終わらせよっ!」

 

 流石にここまで来ると看過もできなくなってきたのか、一同の疑念の視線が少女に集中する。

 違う意味の汗を流しただろう彼女は、とりあえずジェイドに矛を向けた。

 

「な、何ですか大佐。私かわいいですか?」

「やれやれ。まあいいでしょう。こんなところに長居は無用ですしね」

「そうだな。やるべきことを片づけちまおう」

 

 不本意ではあるが、少女の言い分は至極まっとうなものだ。その挙動不審に思うことはあるものの、実害はないからということで放置を決めたのだろう。

 それに、問い詰めたところであのアニスが素直に吐くかどうか。

 少女の態度に疑問を抱きながらも、スィンはそれどころではなかった。

 コンタミネーションが勝手に解除され、契約の証である螺旋を描いた指輪が服の下に浮き上がっている。

 即座に薬を飲まなければならないような、発作の衝動ではない。

 タタル渓谷で引き起こしたようなものではなく、耳の奥で誰かが囁くような、そんな感覚があるのだ。

 これといった罠もなく、時折思い出したように襲いかかってくる魔物を撃退しながら道なりに進む内。

 

『──ユリアを継ぎし者。応えられよ』

(……火山ってことは、イフリートかな?)

 

 囁きが初めてはっきりと聞こえた。

 鼓膜を震わせることなく脳裏に響く、チャネリングにも似た聞こえ方の声がずしりと腹の据わった、低い男声である。

 

(ウンディーネに促され、契約を?)

『然り。誓いの提示を求める。さすれば──』

(あなたに力を借りる必要なんかないよ。と、僕が答えたらどうする?)

 

 想像していなかったわけではない。だが、こうも契約の重ねがけを強要されると試したくなることが様々出てくる。

 そもそもスィンは自分の窮地を助けてもらいたかっただけで、他の意識集合体の力を借りようとは思わないのに。

 僅かな沈黙を経て、イフリートは再び話しかけてきた。

 

『我が司るは焔。命を屠るにはうってつけ、そなたが軽々しく扱うとは思わない』

(ウンディーネは契約を強固のものとするために、と言っていたけど。僕が裏切れないよう、契約を重ねたいということなのかな?)

 

 スィンが契約に背く理由はない。その意志もない。しかし、背かざるをえない状況に陥る危険性がある。

 それは、スィンが命を落とした時。

 死ぬ予定など一切ないものの、意志に反してスィンの体はすでに医者も匙を投げているのだ。

 だからこその、あの誓いでもあるのだが。

 

『……そなたの体のことは、皆承知の上。だからこそ、支援をそなたに受けてほしいのだと我らは考える』

(僕が死ぬ、その危険を少しでも回避しろということかな。あなた達の力を使って)

 

 そういうことなら、確かに納得できる。

 しんがりを歩くスィンは小さく頷いて、誓った。

 

(僕が生きている限り、預言(スコア)の消滅に全力を尽くすことを誓うよ)

『そなたにその意志がある限り、我はそなたの従僕とならんことをここに誓おう』

 

 じわ、と異なる熱を感じる。

 後で確認すれば、螺旋を描く契約の証は数えて五番目に刻まれていることだろう。

 火山の中に存在する、入り口さえも隠されていたパッセージリングだからなのか。

 結局道中にこれといった困難はなく、一行は難なく最奥まで到達した。

 

「ティア、あんま近づくなって」

「もう、過保護なんだから……」

 

 入り口の付近でいちゃいちゃしている二人を余所に、スィンがパッセージリングの起動を試みる。

 やはり体に更なる異常は感じない。

 すでに異常だから、これ以上悪くなる余地もないのか、それすら気づけないほど感覚が壊れつつあるのか。

 

「ほら、ルーク。操作盤を」

 

 私はここにいるから、と、とうとう折れたティアにそこから動くなと念を押し、ルークがパッセージリングへ歩み寄る。

 恒例となった作業を繰り返し、ルークはふうっ、と息を吐いて一同を振り返った。

 

「終わったよ」

「次はロニール雪山か?」

「そうですが、その前に一度ベルケンドに戻って、スピノザに頼んだ検証を確認しましょう。それ如何で、瘴気の処理について答えが出せます」

 

 ジェイドの提案に、一同が納得する。

 もしもその検証が的外れなものなら、瘴気問題は一から見直しだ。

 ここで、もう黙っていればいいのにアニスも同感と声を上げた。

 

「そ、そうだね。早くここを離れよ~う!」

「やれやれ。アニスは最後まで挙動不審でしたねぇ」

 

 少女はへらへら笑ってその言葉を流すものの、それを挽回しようとしてなのか。

 きょろりん、とわざとらしく周囲を見回して両手の人差し指で自らの頬を指す。

 

「へんてこなものがいっぱいだね~」

「まったく。へんてこなのはあなたですよ、アニス」

「う……」

 

 自覚は一応しているらしく言葉に詰まるも、どうにかこうにか言い募る。

 だから黙っていればいいのに、ジェイド相手にここまで食い下がるのはすごいと思うが、それすらも蛇足にしか見えない。

 

「あまり挙動不審だと、本当に詳しい話を聞かせてもらいますよ」

「きょ、きょどってなんかないですもん」

 

 どの口がそれを言うか。

 しかしジェイドは、するべきことはすでに終わったからだろうか。

 それを今、追及することはなかった。

 

「……まぁ、良いでしょう。話せるようになったら話してもらいますからね」

「隠してることなんてきっと体重だけですから! アニスちゃん超ガラス張り、ある意味開放的な人生の曲がり角まっしぐらですから!」

 

 早口と訳のわからない言い回しで誤魔化しているが、言っていることは極めて正直だ。

 それほどまでしての隠し事なのだと、ジェイドが理解することも容易かっただろう。

 

「おそらく確定で、隠してませんから!」

「ふっ、やれやれ……」

 

 そろそろアニス節に付き合うのが疲れたのか、ジェイドは追及をあきらめた。

 しかし彼は気づいているだろうか。

 ほんの僅かな一瞬少女が浮かべた、後悔と罪悪感に苛む表情を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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