the abyss of despair   作:佐谷莢

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第百三十四唱——垣間見えるは策略、愛しい人は今

 

 

 

 

 

 

 

 

「スィン。どうかしたのか?」

 

 それをガイから尋ねられたのは、ダアト式封咒の扉をくぐってしばらくしてのことだった。

 あれから変わらず一行のしんがりを歩み、特別何かしたわけでもない。

 その意図を尋ねると、彼は軽く頭をかいた。

 

「いや、さっきから……雪崩の後からずーっと黙りこくってるから、どうかしたのかと思ってな」

「どうもいたしませんよ。ただ」

 

 変な胸騒ぎがするだけで。

 続く言葉を、スィンはどうにか呑みこんだ。

 それを告げたところで、どうなるだろう。

 スィンが抱える言い知れない不安が伝染するかもしれないのだ。

 

「ただ?」

「お腹が空いて、無駄口叩く元気があんまりないくらいですかね」

 

 最近大食らいになった事実を基にそれらしいことをほざけば、彼のみならず彼らはそれを信じてくれた。

 

「お腹空いたってお前、子供じゃないんだから……」

「そう言われると思ったから、何にも言わなかったんですよ?」

「でも、スィン。本当に食べる量が増えましたわね。体に変調はありませんの? あまり太っているようにも見えませんし……」

 

 そんなことはない、体重が増加していると返答しておく。

 病気の前兆かと心配するナタリアに対して、アニスは意地悪だった。

 

「お腹に虫でもいるんじゃないのー?」

 

 そしてニアピンだから困る。

 無論虫ではないが、こんな戯れ言をまともに受け取るのは馬鹿正直のすることだ。

 

「遅れてやってきた成長期とか、一時的なものだと思うけど」

 

 否、間違いなく一時的なものだが、断言するわけにはいかない。

 思いのほか長引いた話題に終止符を打つべく、スィンは誰もが嫌がるだろう要素を口にした。

 

「あんまり長引くようなら虫下し飲まないといけないかもだね。あ、でも、寄生虫がいるときってやっぱり下から出てくるのかな?」

「スィン……その話はいいよ、もう……」

 

 自分で振ったくせに嫌そうにアニスが顔を歪めたため、口を閉じておく。

 描かれた螺旋を下るように進んだ先。ついに一同は、遺跡の最奥たるパッセージリングを目の当たりにした。

 まずは起動を促すべく、制御盤の眼前へと歩み寄る。

 残るはアブソーブゲートとラジエイトゲートの二か所。

 あとたった二回、パッセージリングの起動に耐えることができれば勝ち、だ。

 起動に伴い、汚染された第七音素(セブンスフォニム)が強制的に体へ取りこまれる。

 体にかかる負担に耐えるべく、そしてそれを悟られないために歯を食いしばり──

 

「……?」

 

 いつまでもあの受け入れ難い感覚がこないことに気付いて、不審に思う。

 歯を食いしばるにあたり閉ざしていた瞳をそろそろと開くと。

 

「!」

 

 視界が、一変していた。

 眼前にあったはずのパッセージリング制御盤に、誰かが立っている。

 その背中が誰のものなのかに気付いて、スィンは戦慄した。

 白を基調とした外套に、頭頂部でまとめられた蓬髪が揺れている──

 

「……ヴァン」

 

 スィンの呟きを、彼が聞きつけた気配はない。

 一体どうしていきなりヴァンが現れたのか。

 さぞかし驚いているだろう一同に振り返って、呆然とした。

 それまで後ろに控えていたはずの誰もが、いない。

 よくよく見回せばこの場所まで至る道が消えており、据えられたパッセージリングだけが同じの別の空間に成り代わっていた。

 呟きが音にならなかった先程を思い出す。

 これは、スィンの意識だけがヴァンのいるアブソーブゲート──正確にはパッセージリングが起動されている場所へ飛んでしまったのか。

 ヴァンと思わしき人物はパッセージリングを仰いだまま、身動きひとつしない。

 ふと、耳元で声がした。

 

「さあ、ルーク。あとは全てのセフィロトをアブソーブとラジエイトのゲートへ連結して下さい」

「わかった」

 

 ロニール雪山のパッセージリングが起動しているためか、ジェイドがルークに指示する声が聞こえてくる。

 それに伴い、眼前のパッセージリングにも変調が訪れた。

 

「来たな」

 

 展開された各地のパッセージリングを模した図式が、発光する。

 ルークの超振動によって強引な操作がなされた直後。

 それを確認したらしいヴァンが、操作盤に手を伸ばした。

 その操作が何をしているものなのか、その場から動けないスィンには伺い知れない。

 しかし、猛烈に嫌な予感が全身を駆け巡る。

 早く止めなければならないのに、成す術がない──

 

「よし。でき……」

「ルーク、駄目! 手を止めて!」

 

 ようやく言葉が声として出た。

 同時に、体が鉛と化したかのように重くなり、その場にべしゃっ、とへたりこむ。

 その瞬間。

 操作されたパッセージリングが、極めて正確に、命令通りに稼働を始めた。

 その余波なのか、大地に属さないはずの足元が鳴動を始めた。

 予想もしていなかった事態に、仲間達は浮足立つ。

 

「何ですの!?」

「まさか、俺、しくじったのか!?」

「……やられた……」

 

 崩れ落ちた体を支えてくれた手に礼を言って、ふらつく足で制御盤に近寄る。

 どうしてあのとき、意識だけがヴァンの元へ飛んだのかはわからない。

 その原因を考える暇もなく、制御盤を通じて現在のパッセージリングの状況を探りにかかると。

 

「どうしたの? 何が起きたの?」

「アブソーブゲートのセフィロトから、記憶粒子(セルパーティクル)が逆流してる。連結した全セフィロトの力を利用して、地核を活性化させてる……ね」

「そんなことができるのは、パッセージリングを操作できる奴だけ……」

 

 呆然としたようなスィンの声を受けて、ガイもまた制御盤を見つめた。

 今の状況でそれを可能とするのは、たった一人しかいない。

 

「兄さん……でもどうして! 記憶粒子(セルパーティクル)を逆流させたら、兄さんのいるアブソーブゲートも逆転して、ゲートのあるツフト諸島ごと崩落するわ!」

「……違うよ、ティア。今は……」

「私たちによって、各地のセフィロトがアブソーブゲートに流入しています。その余剰を使ってセフィロトを逆流させているのでしょう。むしろ落ちるなら、アブソーブゲート以外の大陸だ」

 

 あちらにしてみれば起死回生の一手だ。

 こちらにしてみれば、見事足をすくわれたといったところか。

 

「冗談じゃないぞ!」

「ねえ、地核はタルタロスで振動を中和してるんでしょ。活性化なんてしたら……」

「タルタロスが壊れますわ!」

 

 そして、世界には瘴気が溢れだすと。たまったものではない。

 戦艦であったタルタロスが早々に壊れるとも思えないが、それでもあまり猶予はないだろう。

 となれば、やることはこれしかない。

 

「くそっ! 師匠を止めないと!」

「総長を止める前に、イオン様を街で休ませるのも忘れないでよ」

 

 はやるルークにアニスが釘を刺す。

 その気持ちは痛いほどわかるのだろう。それでも体がついていかないイオンは、小さくうなだれた。

 

「……すみません……」

「謝るなって。大体、イオンは体を張って俺たちを助けてくれた。ちゃんと休ませるべきなのは、ルークだってわかってるだろ?」

「ああ。ごめんなイオン。もう少し辛抱してくれ」

「はい……お願いします」

 

 焦る気持ちは皆同じ。

 それでも消耗の激しいイオンを男性陣が代わる代わる運び、下山を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ロニール雪山を出て、麓。

 ふと、歩みを止めてティアが下山してきたその場所を振り返った。

 どこか口惜しささえ滲ませた声音で、呟く。

 

「……わからないわ。教官もみんなも、どうして兄さんの馬鹿な理想を信じるの」

 

 人それぞれ思うことが違うからこそ、争いは起こるものなのだが。それがわかっていても、尚納得のいかないことなのだろう。

 答えなどあるはずもないが。彼女の気持ちに寄り添うように、ガイは口を開いた。

 

「それぞれに思惑があるんだろう。俺にはわかる気がする」

「ガイ……どうしてですの……」

 

 ナタリアの声音は疑問のみならず、どこかしら恐れも含んでいた。

 彼の背景を鑑みればどことなく想像できたからだろうか。

 復讐を遂げることなく、一同と──ルークと行動を共にする主の言葉は重かった。

 

「俺はずっと、公爵たちに復讐する為、ヴァンと協力する約束をしていた。どこかで違う道を選んでいたら、俺は六神将側にいたかもしれない」

「ガイ……ヴァン師匠の目指す世界の姿を知ってもか」

 

 現存する全人類を滅ぼし、大地さえもよく似た別物に取り替えんとする、常軌を逸した計画。

 それでも見方を変えれば、受け入れ難くはなくなる。

 実際彼らは、見方を歪めたそちらを見据えているから。

 

「それでホドが復活するなら……例えレプリカでも……仲間や家族が復活するなら、それもいい」

「ガイ!」

「……と、考えたかもしれない。今だって、正直何が正しいのかはわからないさ」

 

 ガイなりに、もしヴァンに協力していたらどのように感じていただろうか、想像したことがあるのだろう。

 ただ彼は、そうとは考えなかったから今ここにいる。

 それがわからぬルークではなかった。

 

「……そうだよな……故郷を失ったんだったな」

「六神将はそれぞれ、この世界を消滅させてまで、叶えたい思いがある。それがヴァンの理想と一致しているのでしょう」

被験者(オリジナル)を生かす世界と殺す世界。とても近くて遠いわね……」

 

 押し殺すように零したティアの呟きは、ひとひらの雪を載せた山颪にさらわれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

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