the abyss of despair   作:佐谷莢

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第十四唱——やっとこさキムラスカ。なお、バチカルではない

 

 

 

 

 両国間の無国籍地帯を抜け、マルクトからキムラスカ領に入る。

 キムラスカ側の兵士に旅券を確認させてから、ルークは感慨深そうに呟いた。

 

「ようやくキムラスカに帰ってきたのか……」

「駄目駄目。家に帰るまでが『遠足』なんだぜ」

 

 それをルークの気の緩みととったか、ガイが軽くいさめている。

 

「こんなヤバい遠足、カンベンって感じだけどな」

 

 その横ではそう変わらない空気を懐かしむように大佐が空を仰いでいる。

 

「キムラスカへ来たのは久々ですねぇ」

「ここから南にカイツールの軍港があるんですよね。行きましょう、ルーク様v」

 

 スィンのものとはまた違う『ルーク様』にルーク以外の一行が苦笑いしているのを尻目に、スィンは誰ともなく話しかけた。

 

「それにしても、イオン様をさらうでもなくいきなり斬りかかってきましたね……先決のアッシュとかいう六神将」

「鮮血のアッシュ、な。そうだな、それだけ連中も必死だってことか?」

 

 ガイの疑問に、それはどうでしょうねえ、とジェイドが軽く首をひねる。

 ふう、と息をついてガイが、気分を入れ替えるようにルークに話しかけた。

 

「そういやルーク。ちゃんと日記つけてるか?」

「あー。メンドくせぇけど、やらねえと母上たちが心配するからな」

 

 つけてるよ、と本当にめんどくさそうに話すルークの声に嘘はない。

 事実、エンゲーブでスィンにノートとペンとインクをねだり、うだうだ言いながら道中の空き時間にペンを走らせているのを、ティアと共に目撃しているのだ。

 

「あなたが日記とは、意外ですねえ」

「うるっせーな。記憶障害が再発したとき困らねえように医者からつけろって言われてんだよ!」

 

 心底意外そうに言われて不愉快になったのか、足元の小石を蹴って反発している。

 その様子を見て、スィンはほんのかすかに笑みを浮かべた。

 

「──どうしたの?」

 

 笑みを見つけたティアが聞けば、スィンは「ルーク様は純真な方であらせられる」と呟いた。

 

「七年──ううん、記憶をなくされてからだからほぼ生まれてこのかた、外の世界へ出たことのないルーク様なのに思ったより順応されている、と思ってさ」

 

 不良じみた発言は周囲の眉を歪ませ、友達と呼べるのはガイ兄様くらい。尊敬できる大人は挙げろ言われればヴァン謡将くらい。

 

「かしずかれることしか知らなかった、知ることが許されなかった時のことを考えればすごい進歩で、様々な知り合いが増えるっているのはどんな形であれ、すごく素敵なことだと思う」

 

 あんまし成長が見られないのは残念なことだけど、と締めくくれば、聞き耳を立てていたルークがほめてんのかけなしてんのかイマイチわかんねえ、と感想を呟いた。

 

「それでいいんですよ。わからないよう言ったのですから」

「……お前はなんだかジェイドに似てきたな」

 

 気のせいです、と彼女にしてはやけにはっきり否定する。

 そのスィンに手招きをして、ガイは本人にだけ聞こえるようひそひそと囁いた。

 

「言い忘れてたけどな、お前バチカルのほうで誘──「想像はつきます。お構いなく、ガイ兄様」

 

 皆まで言わさず、にっこりと微笑みかけるスィンに困惑したように頷くガイをじーっ、と見ていたアニスだったが、その視線にスィンが気づいてアニスを見ると、彼女は何気なく聞いてみた。

 

「ね、スィンってどうしてガイに敬語なの? お兄さんじゃないの?」

「……んー、それはねー……」

 

 途端渋面になったスィンがちらりとガイを見る。

 彼もまた複雑そうな表情を浮かべていたが、アニスの質問が消えないことを確信して軽く息をついた。

 

「アニス、料理得意?」

「へ? う、うん。けっこうできるほう……」

「ルーク様には婚約者のナタリア姫っていう方がいるんだけど、この方がまた料理下手でさ。よく味見役任されて、しょっちゅうお腹こわしたっけ」

 

 まったく違う話題を出されて困惑するアニスに、スィンはまったく意に介した様子もなく続ける。

 

「で、運良く見栄えがいいものができるとルーク様に持っていくんだけど、やっぱりダメなんだよね」

「……あのー、それでガイ……」

「だからね、ルーク様よく言ってたよ。『結婚するなら料理の上手な女だろ』って」

 

 きゅぴーん、とアニスの瞳が輝いた。

 

「本当!?」

「うん。ちなみにルーク様の好物はチキンとエビで、嫌いなものは……たくさん。ニンジン、キノコ、ミルク、魚なんかもダメで。イケテナイチキンとイケテナイビーフ、あ、あとブウサギの肉もエンゲーブで見かけてから嫌がってたような」

 

 彼女の気をそらすことに成功したスィンが続けざまにルークの好みをあげ連ねていくと、アニスはそれらすべてを小さな手帳にメモしている。

 

「さすがいいとこのボンボン! 好き嫌い多いなあ……でも、希望が出てきた!」

 

 頑張るぞーっ、と拳を振り上げて気合をいれ、それをルークが「何のことだ?」と聞いていた。

 あわててごまかしているアニスを横目で見つつ、ガイに向かって小さなガッツポーズを見せている。

 何か複雑な事情があると見て黙していたティアであったが、それは同時にスィンへの疑念を大きく抱かせることにもなる。

 知れば知るほど謎が深まった気がした。ヴァンとの関わり、兄と呼ぶガイへの対応、ユリアの譜歌に関する詳細すぎた知識──わからないことだらけだ。

 接触を図りたくても、皆がいる。ティアはティアで、皆に知られては困る事情を抱えているため、慎重にならざるを得ない。

 それはジェイドも同じことだった。

 復讐を叫んだアリエッタに対する過剰な反応、使おうとした術の詳細、瘴気が発生したこととはどのような関わりがあるのか。

 そして彼女はヴァン謡将とどのような間柄なのか──

 ささやかな不協和音を奏でつつ、一行は戦争をとめるため、先を急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カイツール軍港。

 国境とそう変わらず無骨な港に一歩足を踏み入れると、港で行われる作業音とは到底思えない、まるで鳴き声みたいなものが聞こえた。

 

「……ああ? なんだあ?」

 

 ルークがのんきにあたりを見回せば、ティアがいぶかしげに「魔物の鳴き声……」と推測する。

 ふと影が差し、一同が空を仰げば、そこには怪鳥と呼ぶにふさわしい巨大にして獰猛そうな鳥が空を舞っていた。

 それも束の間、すぐに軍港の空を離れて彼方へ飛び去る。

 一体何事かとその後を追ってみていると、アニスがあ、と思い出したように言った。

 

「あれって……根暗ッタのペットだよ!」

「根暗ッタって……?」

 

 聞いたことあるような、でもそんな名をつける親がいるわけが。一行の疑問を代表して尋ねたのはガイだった。

 アニスはあ~、もう! と言いたげにガイへ駆け寄り、彼の胸をぽかぽか叩き出す。

 

「……ひっ」

 

 持ち前の女性恐怖症が発症しても、アニスは気にしていなかった。

 

「アリエッタ! 六神将妖獣のアリエッタ!」

「わ……わかったから触るなぁ~~!!」

 

 なんとも情けない悲鳴を上げる兄を見ていたスィンだったが、見なかったことにして怪鳥が来た方向へ体を向けた。

 

「港から飛んできたね。行ってみよう?」

 

 ティアが頷き、ルークもその後に続く。後ろで、ジェイドの声が聞こえてきた。

 

「ほら、ガイ。喜んでないで行きますよ」

「嫌がってるんだ~~!」

 

 はあああ、とため息をつきながら、前方を見やれば、ルークが「……う……」と呻いているのが聞こえた。

 その気持ちはわかる。

 保管されていた船は炎上し、魔物が人が死屍累々と倒れている。

 倒れ伏した人々も、魔物も、すでに息を引き取っているように見えた。

 そこかしこの血が、この惨劇の結果を語っているようだった。

 と──

 

「アリエッタ! 誰の許しを得てこんなことをしている!」

 

 重厚な男の声がした。

 厳しく叱りつける声などあまり聞いたことはないが、それは彼のものでないことにはならない。

 見ればヴァン謡将が、海を背にして立つ桃色の髪の少女に剣を突きつけている。

 その姿を眼にして、アニスが駆け寄った。

 

「やっぱり根暗ッタ! 人にメイワクかけちゃ駄目なんだよ!」

 

 果たしてこれがメイワク、の範疇に入るのかどうか首を傾げたい状況ではあったが、悠長にそんなことを突っ込んでいる場合ではない。

 その声で、ヴァンはルークたちの到着を知った。

 

「アリエッタ、根暗じゃないモン! アニスのイジワルゥ~!!」

 

 このような状況下でさえなかったら、単なる子供の喧嘩でしかないのだが、たとえそうだとしても疑問は残る。

 アニスは確か十三歳、アリエッタは確か、ティアと同じ十六ほどではなかったか。

 ……なんで口喧嘩が成立してるんだろう。アニスが年齢の割に大人で、アリエッタが年齢の割に幼いから? 

 そうでもなければ十三歳の言うことに十六歳が涙混じりで言い返すわけがない。

 そのアニスの後ろ、更にヴァンの背後から何があったのかティアが問えば、ヴァンは突きつける剣を収めてティアと向き直った。

 

「アリエッタが、魔物に船を襲わせていた」

 

 ヴァンの苦々しい言葉に、アリエッタは申し訳なさそうに抱えたぬいぐるみに顔を埋める。

 

「総長……ごめんなさい……。アッシュに頼まれて……」

 

 ──まただ。

 

「アッシュだと……」

 

 ヴァンが鸚鵡返しに尋ねる。その瞬間、どこかで待機していたらしい怪鳥がアリエッタの小柄な体を攫った。

 

「船を修理できる整備士さんは、アリエッタがつれていきます。返して欲しければ、ルークとイオン様がコーラル城へこい……です」

 

 上空にとどまり、アリエッタはアッシュからのものらしい伝言を語る。

 

「二人がこないと……あの人たち……殺す……です」

 

 似合わぬ脅し文句を残し、アリエッタは魔物に掴まって港とは正反対の方角へ飛び去った。

 残ったのは屍と、ルークたちのみ。

 

「ヴァン謡将、船は?」

「……すまん、全滅のようだ。機関部の修理には専門家が必要だが、連れ去られた整備士以外となると訓練船の帰還を待つしかない」

 

 ヴァンがガイへ向かって首を振る。

 

「アリエッタが言っていた、コーラル城というのは?」

 

 聞きなれない言葉を耳にしてジェイドが問えば、刀を収めたスィンは彼に振り返った。

 

「ファブレ公爵の別荘ですよ。前の戦争で戦線が迫ってきたから放棄したっていう」

「へ? そうなのか?」

 

 思わぬところで身内の名前が出てきたせいか、ルークが間の抜けた調子で聞き返した。

 それにガイが呆れている。

 

「おまえなー! 七年前におまえが誘拐された時、発見されたのがコーラル城だろうが!」

「俺、その頃のことぜんっぜん覚えてねーんだってば。もしかして、行けば思い出すかな」

 

 頭をかきながら父親の別荘という未知の地へ興味を示すルークだったが、ヴァンの一言でそれをあっさり散らしていた。

 

「行く必要はなかろう。訓練船の帰港を待ちなさい。アリエッタのことは私が処理する」

「……ですが、それではアリエッタの要求を無視することになります」

「今は戦争を回避する方が重要なのでは?」

 

 正論過ぎる一言でイオンを黙らせ、ヴァンは弟子に向き直った。

 

「ルーク、イオン様を連れて国境へ戻ってくれ。ここには簡単な休息施設しかないのでな。私はここに残り、アリエッタ討伐に向かう」

「は、はい、師匠(せんせい)

 

 一行が連れ立って港から出ようとした矢先、ヴァンに肩を掴まれてその場にとどまる。

 

「コーラル城の間取りは覚えているか? 我々が行くに先立って、斥候を頼みたい」

「……コーラル城にいるであろう人間の命の保証ができないんですけど」

 

 かまわん、という彼の言に頷いて、スィンは一行の後を追った。

 彼らは出ようとしたところで、生き残った整備士たちに足止めをくらっている。

 導師を呼び止めた彼らの前に、アニスが立ち塞がった。

 

「導師様に何の用ですか?」

「妖獣のアリエッタにさらわれたのは、我らの隊長です! お願いです、どうか導師様のお力で隊長を助けてください!」

「隊長は、預言(スコア)を忠実に守っている敬虔なローレライ教の信者です。今年の生誕預言(スコア)でも、大厄は取り除かれると詠まれたそうで、安心しておられました」

「お願いします、どうか……!」

 

 二人の整備士による嘆願に、イオンは小さく頷いた。

 

「……わかりました」

「よろしいのですか?」

 

 咎める気配もなくジェイドが問えば、イオンは彼を見てことさら丁寧に頷いた。

 

「アリエッタは、私に来るよう言っていたのです」

「私も、イオン様の考えに賛同します」

 

 常に彼の身を案じるティアが珍しかったのか、イオンは彼女を顧みた。

 

「冷血女が珍しいこと言って……」

「厄は取り除かれると預言(スコア)を受けた者を見殺しにしたら、預言(スコア)を無視することになるわ。それではユリア様の教えに反してしまう。それに……」

「それに?」

「……なんでもない」

 

 ルークの軽口を聞き流し、神託の盾(オラクル)騎士団らしい理由を挙げ連ねる。

 言いよどむ理由の中にヴァンの言葉に従う反発心があったのか、それは彼女にもわからないかもしれない。

 

「確かに預言(スコア)は、守られるべきですがねぇ」

「あのぅ、私もコーラル城に行ったほうがいいと思うな」

「コーラル城に行くなら、俺もちょっと調べたいことがある。ついてくわ」

 

 次々と賛成の声が上がる中、ジェイドがガイをからかっている。

 

「アリエッタも女性ですよ?」

「お、思い出させるなっ!」

 

 あの容姿でどうやったら女性以外に見えるのか、思い出す思い出さないの問題なんだろうか。

 スィンが思わず考え込む矢先でミュウが主人にどうするのかを聞いた。

 

「ご主人様も行くですの?」

 

 多少の興味を寄せていても、ヴァンに逆らうとなるとその好奇心は無意識に消されてしまうらしい。

 彼は心底嫌そうに反対している。

 

「……行きたくねー。師匠(せんせい)だって行かなくていいって言ってただろ」

「アリエッタは、あなたにも来るように言っていましたよ」

 

 さりげなくイオンが来るよう誘えば、整備員たちは必死でルークの説得に当たった。

 

「隊長を見捨てないでください! 隊長にはバチカルに残したご家族も……」

 

 彼らの剣幕に押され、ルークはしぶしぶ承諾した。

 

「……わかったよ。行けばいいんだろ? あー、かったりー……」

 

 整備士たちの礼を聞き流し、先を促すジェイドをルークが不思議そうに見やった。

 

「……ん? あんたはコーラル城に行くの、反対してるんじゃないのか?」

「いいえ、別に。私はどちらでもいいんです」

 

 なんじゃそりゃ、とルークに変な奴扱いされたにもかかわらず、ジェイドは一行の最後尾に立つスィンに振り返った。

 

「そんなわけで連れが増えましたが、構いませんね?」

「……聞いてたんだ」

 

 耳ざとい人だなあ、と呆れているスィンに、話が見えないとルークが訴える。

 

「さっきヴァン謡将にコーラル城への斥候を頼まれました。ルーク様の護衛はガイ兄様の方が適していると考えられたのでしょうね」

 

 見くびられて不機嫌になっている、様子を演じながら、ルークの反応を軽く確認した。

 ヴァンから頼まれたことに嫉妬でもするのでは──と考えたのだが、それは杞憂だったらしい。

 

「そうなのか? じゃあ俺も行く。抜け駆けは許さねーからな!」

 

 誰よりもヴァンの役に立ちたい、という思考が勝ったらしく、ちょっとやる気になって先頭を行くイオンの隣に並んでいる。

 変な八つ当たりがこなかったことにホッとしたスィンではあったが、ジェイドの独り言を聞き逃しはしなかった。

 

「……なぜ、たかだか護衛従者にそのようなことを……」

 

 反射的に言い返しそうになって、ぐっとこらえる。

 その言い訳は用意してあるが、聞かれてもいないことを慌てて返すなんてやましいことがある証拠でしかないからだ。

 表向きなんでもないようなフリをして、スィンはジェイドから離れるように歩を早めた。

 彼の視線から逃れるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

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