the abyss of despair   作:佐谷莢

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第十五唱——かの地に置かれし

 

 

 

 

 カイツール軍港から途切れ途切れの街道を辿り、海岸線を通ってたどり着いたのは。

 まるでお化け屋敷のように寂れた雰囲気漂う古城だった。

 

「ここが俺の発見された場所……? ボロボロじゃん。なんか、出そうだぜ」

「こんな僻地にある別荘なのにきちんと手入れされているほうがよっぽど怖いですよ」

 

 いつになく無愛想なスィンのツッコミはさておいて、ガイがルークを探るように見た。

 

「どうだ? 何か思い出さないか? 誘拐されたときのこととか」

 

 首をひねり、やはり横へ振るルークに、アニスが尋ねる。

 

「ルーク様は、昔のこと何も覚えてないんですよね?」

「うーん……。七年前にバチカルの屋敷に帰った辺りからしか記憶がねーんだよな」

「ルーク様おかわいそう。私、記憶を取り戻すお手伝いをしますね!」

 

 そんなやりとりに我関せず、といった様子のティアが「おかしいわね」と呟いた。

 

「もう長く誰も住んでいないはずなのに、人の手が入っているみたいだわ」

「魔物いるですの……。気配がするですの」

 

 このコも魔物じゃなかったっけ、と考えながら、スィンは古城の間取り図を頭の中に思い浮かべる。

 

「整備隊長さんとやらは、中かな。行ってみようぜ」

 

 ガイの言葉に従い、一行は崩れた門をくぐって荒れ果てた庭を歩いた。

 錆びた扉を開いてくすんだ赤絨毯を踏めば、舞い上がった埃をまともに吸い込み、ミュウが小さなくしゃみをしている。

 

「ここがウチの別荘だったのか……」

「ルーク。あんまり離れるなよ」

 

 ひとり大幅に前へ出たルークを、ガイがわずかに厳しい声でいさめている。

 

「っせなー。わーかってるって……」

 

 そのとき。ルークの背後にあった彫像がぐるり、と動いた。

 

「ルーク!?」

「ルーク! 後ろ!」

 

 ジェイドやティアの警告を正しく理解できなかったルークが「へっ!?」と頭をかく。

 その彼に彫像は飛び跳ねつつ襲いかかろうと──

 

「獅子戦吼!」

 

 獅子の顔を象った闘気が勢いよく放たれ、それを受けた彫像が己の重さを無視して吹き飛んだ。

 腕をばたばた振り回しながら起き上がろうとする彫像の頭を踏んずけて、両目のくぼみを押し込む。

 途端沈黙する彫像を捨て置き、スィンはルークに振り返った。

 その彼はといえば、仲間から口々にお小言をくらっている。

 

「だから言ったろ? 離れるなって」

「今はスィンが助けてくれたけど、あのまま戦っていたら皆の陣形が崩れて戦闘準備もろくに整えられなかったわ」

 

 ティアから反省を促されるものの、彼は素直に頷こうとせず逆切れした。

 

「るせー! 知るかよ! 大体なんなんだよっ! あれはっ!!」

 

 わめくルークの横をすり抜け、ジェイドがスィンの隣に立って彫像を観察している。

 

「侵入者撃退用の譜術人形のようです。これは比較的新しい型のものですね。見た目はボロボロですが」

「や~ん。ルーク様ぁ! アニス超怖かったですぅ~」

 

 ここぞとばかりルークに擦り寄る彼女から軽く距離を置いて、ガイは再度注意を促そうとした。

 

「まあ、ああいう魔物もいるから……」

「わかったよっ! 気をつけりゃあいいんだろう!」

 

 くそっ、と毒づくルークに冷たい視線を送りながら、ジェイドは肩をすくめているスィンに尋ねた。

 

「ところで、よく譜術人形の停止方法をご存知でしたね」

「だって、前ここに来たときも並んでいましたから。あの人形」

 

 血桜を収め、スィンはさらりと説明して見せた。

 両脇にある階段を登ろうともせず、まっすぐ奥の部屋へ向かっていく。

 

「ま、待って! どこへ行くの?」

「……この上にある部屋や屋上はそれほど広くなくて、おまけに足場がもろい。そんな危険な場所にアリエッタたちがいるとは思えないから、多分こっちの隠し部屋抜けた先にある離れのほうにいると思う。それもおそらくは一番広い屋上。やたら狭い場所で罠なんか仕掛けたら、イオン様にも危害が及ぶかもしれない。イオン様命なアリエッタがそうするとは考えにくいでしょ?」

 

 前にルーク様救出で来たことがあるから、とスィンはひらひら手招きしてみせた。

 

「それは心強いですねぇ」

「伊達に斥候頼まれてませんよ。ただ七年前の話だから、変な場所がもろくなってないといいんだけど」

 

 迷いのないスィンの案内で、一行は正面の扉をくぐった。中はこじんまりとした小部屋で、先はないように思える。

 しかし、中央に置かれていた机をゴンゴンゴン、とスィンがノックすると、入って右の壁がスライドし、扉が出てきた。

 

「よかった。記憶に間違いがなくて」

「間違えるとどうなるの?」

「ここの床が抜ける」

 

 前に間違えて、救出する側が救出されたんだよねー、と微笑みながらスィンが先を行く。

 笑えない冗句に一行が微苦笑を浮かべてついていくと、「あ」と彼女が立ち止まった。

 

「どうしたんだ?」

「……あれ」

 

 スィンが示す先、階段を下りたその先には、一階層から三階層をぶち抜いて設置された巨大な譜業装置があった。

 三階層分を貫くだけに飽き足らず、一番下は海水がたゆたっており、浸水していない位置には丸い舞台(ステージ)、それの前に足場と、制御装置らしいものが設置されている。

 更にその上、階段から降りてきたルークたちの前にも同じような台座があり、その上にやはり円形の天蓋があった。

 それらはすべて、同じような形の柱で支えられている。

 

「なんだぁ!? 何でこんな機械がうちの別荘にあるんだ?」

 

 機械に駆け寄り、上から下まで見上げているルークに対し、ジェイドからは滅多に聞けないような驚愕が洩れた。

 

「これは……!」

「大佐、何か知ってるんですか?」

 

 これが何かを知っていて、なぜこれがここにあるのかがわからなくて驚いている。

 とにかくこれの正体を知っているらしいジェイドにアニスが訊くが、彼は困惑した調子を隠さずに呟く。

 

「……いえ……確信が持てないと……」

 

 一度言葉を切り、ジェイドはルークを一瞥した。

 

「いや、確信できたとしても……」

「な、なんだよ……俺に関係あるのか?」

 

 ジェイドの一瞥の意味が分からず、解答を求めるルークだったが、彼はその視線を振り払うように装置へ眼を向けた。

 

「……まだ結論は出せません。もう少し考えさせてください」

「珍しいな。あんたがうろたえるなんて……」

 

 どこか揶揄するようなガイの声に、ジェイドは彼へ顔を向ける。

 どんな顔をしているのかはわからないが、いつもの微笑みはきっとないだろう。

 しかし、ガイがそれをひるんだ様子はない。

 

「俺も気になってることがあるんだ。もしあんたが気にしてることが、ルークの誘拐と関係あるなら……」

 

 そこまで言いかけて、ちゅうちゅうという特徴的な鳴き声とアニスの悲鳴に言葉は中断された。

 ガイの背中にアニスがしがみついている。

 それに気づいた瞬間、スィンは予想された未来を防がんと走った。

 

「……う、うわぁっ!! やめろぉッ!!」

 

 いつもとは明らかに違う過剰反応で、アニスの体が吹っ飛んだ。

 ものすごい勢いで振り払われた少女の体を、スィンが間一髪で抱きとめる。

 

「な、何……?」

 

 床へ叩きつけられるのは免れたものの、少女は呆然とした様子でガイを見ていた。

 

「……あ……俺……」

 

 その当人ははっと我に返ると、スィンに抱きかかえられたままのアニスを見て、かすかに青ざめている。

 

「……今の驚き方は尋常ではありませんね。どうしたんです」

 

 追求を免れたジェイドが問えば、反射的にうずくまっていたガイが立ち上がった。

 

「…………すまない。体が勝手に反応して……」

 

 誰が見ても作り笑いとわかる笑みを浮かべ、アニスに謝罪する。

 

「悪かったな、アニス。怪我はないか?」

「……う、うん。スィンが受け止めてくれたから……」

 

 頃合いを見計らってスィンが彼女を床へ降ろす。ありがとう、と礼を言いかけて、アニスは言いよどんだ。

 スィンが、今にも泣き出しそうな顔であらぬ方向を見ていたからだ。

 

「何かあったんですか? ただの女性嫌いとは思えませんよ」

「悪い……。わからねぇんだ。ガキの頃はこうじゃなかったし。ただすっぽり抜けてる記憶があるから、もしかしたらそれが原因かも……」

 

 もっともなイオンの質問に、ガイは沈んだ調子で答えていた。

 

「おまえも記憶障害だったのか?」

「違う……と思う。一瞬だけなんだ……。抜けてんのは」

「どうして一瞬だとわかるの?」

「わかるさ。抜けてんのは……俺の家族が死んだときの記憶だけだからな」

 

 黙して会話を聞いていたジェイドがふと、スィンを振り返った。

 

「──スィンは、ガイが女性恐怖症となる原因を知りませんか?」

 

 唇をかみ締め、眼を伏せていた彼女が一行の視線を浴びて目を上げる。

 その瞳に浮かぶのは苦しみをはるかに凌駕した悲しみだった。

 

「……僕はガイ兄様じゃないから、直接の要因はわからないけど……ガイ兄様がなくされた記憶なら、まだ残っています。でもそれを伝えたところで治りはしないだろうし、それに……」

「思い出したく、ない?」

 

 自分の体を抱きしめるようにして、小さく頷くスィンを見て、彼女もまた、軽度の異性恐怖症であったことを思い出す。

 沈黙を払うように、ガイは意識して呼吸した。

 

「俺たちの話はもういいよ。それより、旦那の話を──」

「あなた方が自分の過去について話したがらないように、私にも語りたくないことはあるんですよ」

 

 そう言って、ジェイドはガイに背を向けた。

 重苦しい雰囲気が一行にのしかかる。

 巨大な部屋を抜けた。先はほぼ一本道で、直接海へ繋がっていた天然の通路を抜ければ、あとは長い階段が屋上まで続くのみだった。

 後もう少しで屋上だというところで、ルークはこのあたりでは見当たらない魔物を発見する。

 

「いたぞ!」

 

 巨大な四足歩行の魔物──ライガが屋上へ誘うように駆けていった。

 

「ルーク様! 追っかけましょう!」

「ミュウも行くですの!」

 

 放たれた矢のように駆け出す三人の背に、イオンが少し的外れな制動をかける。

 

「あ、待って下さい。アリエッタに乱暴なことはしないで下さい!」

「待って! 罠かもしれない……!」

 

 その後を追うイオンを、ティアもまた止める。が、彼らはさっさと行ってしまった。

 

「……追っかけます」

「おやおや、行ってしまいましたね。気が早い」

 

 さすがに飛び出すのは控えたスィンが呟いてから走り出し、ジェイドは彼らの若さに、若さゆえの無鉄砲さに軽く肩をすくめている。

 

「……アホだなー、あいつらっ!」

 

 あんな風にライガが姿を現したということは、相手はこちらが来るのをわかっていて誘った、ということに他ならない。

 彼らのフォローをするべく、ジェイドたちもまた駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 スィンが屋上へ出ると、視界に入ったのは拘束した整備隊長を背中に乗せたライガ、その隣に立つアリエッタ、しりもちをついているイオンに隣で空を見上げるミュウ、そして巨大な青い怪鳥──確かフレスベルクとかいう種の魔物──にさらわれたルークとアニスだった。

 

「ふみゅ……。イオン様をかばっちゃいました。ルーク様、ごめんなさい……」

 

 風の音にまぎれてそんな声が聞こえる。

 とりあえずイオンを助け起こすと、アリエッタが意味ありげに片手を挙げた。

 攻撃の合図か、と身を硬くしたスィンだったが、アニスが降ってくるのを見るや真下に立って受け止める。

 それほど上空にいたわけでもないため、そしてアニス自身体重が軽かったために衝撃はなかった。

 ありがとっ、というアニスに軽く視線で答え、地面へ降ろす。

 すぐにルークの姿を眼で追えば、ルークを捕まえた巨鳥は足場の外に待機していた。

 

「ひどいよアリエッタ! スィンが受け止めてくんなきゃ顔から着地してた!」

「ひどいのアニスだもん……! アリエッタのイオン様を取っちゃったくせにぃ!」

 

 年齢不相応の修羅場を横に、スィンはルークのそばへ駆けていた。

 

「アリエッタ! 違うんです。あなたを導師守護役(フォンマスターガーディアン)から遠ざけたのは、そういうことではなくて……」

 

 イオンがアリエッタに弁明をしている。今なら魔物がいきなり襲いかかってくることはない。

 見る限り、ルークは襟首をつかまれて急な旋回を何度か味わったはずだ。おそらく意識は朦朧としているはず。そんな状態でなくても、海面に叩きつけられでもすれば。

 ガイやティアの声を聞きながら、スィンは青い巨鳥に斬りかかり──

 それに驚いた巨鳥はルークを離して上空へ逃れた。

 

「ルーク様!」

 

 血桜を収めて飛び込み様腕を伸ばす。捕まえた。

 自由落下を肌で感じながら、どこかバルコニーのようなものがないか視線を巡らせる。

 すると。

 

 ドサッ!! 

 

「タイミングが早すぎますよ、アリエッタ! おまけまでくっつけて……!」

 

 どうも不安定な足場にルークを抱えたまま着地する。何かにしがみつこうとやみくもに腕をのばしたところで、人の肌に触れた。

 ルークは片手で抱えている。彼ではない。

 はた、と気づいて顔を上げれば、白に近い銀髪に眼鏡をかけた神経質そうな男の顔──ディストがすぐそばにいた。

 ぞわ、と全身があわ立つ。

 

「……いやあああああああッ!!!!????」

 

 反射的に叫んだその声は、普段の彼女とはかけはなれたものだった。

 足場のこともルークのことも忘れて、無我夢中で彼から離れる。

 再び自由落下を味わったあと、息つく暇もなくスィンは海へ転落した。

 細かな泡が顔や体をこすり、水底へ体がひっぱられる。

 水の感触で忘我状態から脱却したスィンは、海草や藤壺が付着している岸壁にしがみついて水面近くまで移動した。

 水面に顔を出さなかったのは、会話が聞こえてきたからだ。

 

「何いまの、女みたいな悲鳴は?」

「ルークにくっついてきた娘のものですよ! こいつが殺されるとでも思ったのか、屋上から一緒に落下してきて──」

「護衛従者の妹の方か。それであんたに驚いて海へ落っこちたっての? 傑作だね」

 

 額に青筋が浮かぶのをはっきり感じながら、スィンは聴覚に全神経を集めた。

 

「まあ、ほうっておいたところで問題はないでしょう。それよりこっちのほうを……」

 

 気配が移動していくのを待ち、スィンはようやく顔を出した。

 反響する足音はひとつしかないが、屋上のほうへいったわけではないのは明確である。

 確かあの装置の下には塩水の水路があったはず──

 スィンは大きく息を吸って、再び海中へと潜っていった。

 

 

 

 

 

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