「皆さん、お待ちしておりました!」
カイツール軍港へ足を踏み入れた途端、ルークたちはイオンへ直談判にきた整備士の一人に出迎えられた。
「隊長を助けて下さって、ありがとうございました!」
「あー、もう大変だったぜ……」
当時の苦労を思い出し、うんざりとした様子のルークを励ますように、アニスが相打ちを打った。
「ルーク様大活躍でしたよv」
「……へ、へへ。それほどでもあるかな……」
調子にのるルークに、ティアはつっこみを忘れていない。
「……さらわれてたくせに」
「うるせーっつーの!」
「
やりとりに巻き込まれることなく、彼はきわめて真面目に語った。
「グランツ謡将閣下に置かれましては、カイツール方面司令官アルマンダイン大将閣下とご会談中であります。皆様にも後ほど会談の間へご足労いただきたいとのことです。なお、船の準備は順調に進んでおります」
「ご苦労さん」
珍しくルークが労うように言えば、彼は背筋を正して恐縮した。
「とんでもありません! では、整備に戻ります!」
作業へ戻る彼の背中を見送り、ルークはふと後ろの面々に振り返った。
「会談って、どこでやってるんだ?」
「──港の方の、来客用施設ですよ」
背後からの声に再び振り向けば、そこにはいつの間にかスィンが立っていた。
「な、何いきなり突っ立ってんだよ!」
人の背後に、と、どことなくつっかかってくる彼を不思議そうに見ながら、彼女はわずかに胸を抑えた。
「どうした? 顔色が悪いようだが……」
「どうしたもこうしたも、整備隊長支えてなきゃいけないわ、ヴァン謡将にはお小言喰らうわで、心労たたりまくりですよ……」
ふー、と長いため息を吐き出すあたり、馬車での移動は彼女に多大なストレスを与えたらしい。
そのことに心中でザマミロと呟きながら、ルークはスィンへ命じた。
「よし。んじゃ案内しろ」
わかりました、と頷き、彼女は一行を先導する。
港の中は、襲撃の痕跡が残らぬほど綺麗に清掃されており、あの惨劇を思い起こさせるカケラは一切なかった。
やがてスィンがある施設の前に立ち、こんこんこんっ、とノックをする。
「誰だ?」と問う声に、彼女は大きめの声で名乗った。
「スィンです。ルーク様をお連れいたしました」
入室の許可が下り、スィンが扉を開いてかしこまり、どうぞ、とルークを促す。
中へ入れば、ヴァンが軍人然とした男と何事かを話し合っていた。
「これはこれは、ルーク様」
彼の姿を認め、男は親しげに歩み寄ってきた。
大将というだけあって、彼の軍服はどっしりとした厳かな感じに仕上がっている。
前線で戦うようにはあまり見えないが、わかりやすく
彼の親しげな様子にルークが首を傾げていると、彼は少し残念そうに自己紹介した。
「覚えておられませんか。幼い頃一度バチカルのお屋敷でお目にかかりました、アルマンダインにございます」
「覚えてねぇや……」
一同が中へ入った最後尾で、スィンがゆっくりと扉を閉める。
その扉によりかかるようにして、彼らの様子を観察していた。
「ルーク様はお小さかったですからな。仕方ありません」
彼はどう言って自己完結したが、実際のところルークには事情がある。
それを大将たる彼が知らないということは、ルークが記憶喪失であるということも知らない可能性が高かった。
この分では軟禁生活のことなども、外部の人間には知らされていないのかもしれない。
確かに、誘拐されて記憶喪失になったとはいえ、実の息子を軟禁なぞしていたことが知れたら、ファブレ公爵家最大のゴシップに発展しそうではあるが──
「イオン様。アルマンダイン伯爵には、アリエッタの件をお話しておきました」
話題を変えるためなのか、嫌なことを先に済ませるためか、ヴァンがイオンに報告した。
「我がしもべの不手際、お許し下さい」
「ダアトからの誠意ある対応を期待しておりますぞ」
そう言った彼の口調は固く儀礼的で、内に秘められた感情が押し殺されていることがありありと伝わってくる。
が、そんな微妙な空気に気づけないルークはきわめて軽く提案した。
「あ、そうだ。伯爵から親父に伝令を出せないか?」
「ご伝言ですか? 伝書鳩ならバチカルご到着前にお伝えできると思いますが」
彼のぞんざいな口のききように、心なしか不思議そうな面持ちで応対する。
もっとも、疑問の具体的な内容は何を伝えるのか、に占められてはいるが。
「それでいい。これから導師イオンと、マルクト軍のジェイド・カーティス大佐を連れてくって……」
その名を出した途端。アルマンダイン伯の顔がみるみる引きつった。
「……ルーク。あなたは思慮がなさ過ぎますね」
ジェイドがため息混じりに言う。
それをルークが反論する前に、アルマンダインの厳しい詰問がさえぎった。
「カーティス大佐とは、
「その通り。ご挨拶もせず、大変失礼致しました」
できれば隠し通したかったのだろう、ジェイドはいけしゃあしゃあと事情を説明した。
「マルクト帝国皇帝、ピオニー九世陛下の名代として、和平の親書を預かっております」
「……ずいぶん貧相な使節団ですな」
アルマンダインはジェイドに警戒しながらもイヤミを
「あまたの妨害工作がありました故、お許しいただければと思います」
「こいつら、俺を助けてくれたんだ。何とかいいように頼む」
己の感情を素直に出すか、ファブレ公爵の機嫌を取るか。彼は後者を選んだようだ。
「……わかりました。取り急ぎ、本国に鳩を飛ばしてみましょう。明日には出航できます故、本日はこの港でお休み下さい」
「お世話になります」
イオンは丁寧にそう言ったが、彼から返事がもらえることはなかった。
──翌日。一行は予定通り、ケセドニア行きの連絡船『キャツベルト』に乗船した。
「お世話になりました」
イオンが一礼し、他の面々も出港間近の船へ乗り込む。
最後尾を歩くルークの背中に、「よい旅を!」というアルマンダインの声がかけられた。
「やっと帰れるのかぁー……何気に大変だったな」
甲板で無事出港を見届けた後、ルークたちはひとつの船室に集まっていた。
彼らには二部屋用意されていたものの、ティアたちは荷物だけ船室においてきている。おそらくはルーク、イオンの護衛のためだろう。
それを象徴するように、杖だけは手放していないティアが戒めるように言った。
「まだ安心はできないわ」
「どうしてですの?」
机の上にいるミュウが小首を傾げる。
「
「あいつら、行く先々待ち伏せてやがるからなー。面倒くせぇったらねえ」
ルークは髪をかきあげてため息をついた。
敵がマルクトの連中ならここへ来た時点で危険も減るというものだが、相手はダアトだ。両者の仲介者であるダアトでは、関係ない。
「──そういやガイ、スィンの奴はどこへ行った?」
ふと集まった面々を見渡して、ルークは彼の妹がいないことに気づいた。
しかし、ガイは首を振っている。
「いや、見てないぜ? 部屋にいるんじゃ……」
「いいえ。そもそも荷物を置きにきていないわ」
ティアもまた知らないという。一同が首を傾げる中、アニスがふっふっふ、と含み笑いをしていた。
「……アニス。何かを知っているという顔ですね」
「よっくぞ聞いてくれました!」
小さな胸を張り、アニスは見知った事実を大暴露し始める。
「スィンならねえー、乗船した後に主席総長のお部屋へ入っていきましたー☆」
「はあああ!?」
年頃の女性が男性の部屋へ入る。
これ以上ないくらい明らかな事実に、ある者は頬を染め、ある者は目を白黒させている。
「いいのですか、ガイ? 妹の貞操の危機ですよ」
ジェイドが真面目な顔でガイに問う。
しかし彼は、一同の予想に反して冷静だった。苦笑いすら浮かんでいる。
「いや、いいも悪いも……あいつもう子供じゃないからなあ。兄貴だからってプライベートに首突っ込むのはよくないし、大体あいつがヴァン謡将と個人的に親しくしてる、ってのはバチカルの城下町でも結構有名だったから……」
ひゃわー、とアニスが手を叩いた。
「じゃあ主席総長に恋人発覚!? 新聞に垂れ込んだら謝礼がっぽり……!」
そのとき、ノックもなしにバタン! と乱暴に扉が開かれ、顔を真っ赤にしているスィンがずかずかと入ってきた。
向けられる視線をものともせず、びしっ、とガイに指を突きつける。
「悪質なデマを流さないでください!」
「別にデマってわけじゃないだろ? 現によく城下町で……」
「後生ですから誤解を招く言い方はやめてください! ルーク様が本気にされたらどうするんですか、まったくもう!」
ひとしきり喚いた後に、スィンはルークへ向き直った。
そのとき、彼は初めて彼女の髪型がもとに戻っていることを知る。
包帯は解かれ、藍と緋色の瞳はしっかりとルークを見据えていた。
「ルーク様。グランツ謡将がお呼びです。甲板でお待ちください、とのことですが」
「ヴァン
ガイの話の真相を聞きたいが、彼を待たせるわけにはいかない。ルークは「そういうこったから」と船室を後にした。
ふぅ、と息を吐いたスィンだったが、無邪気な導師が刹那の安寧を破る。
「スィンは、ヴァンの恋人だったんですか?」
「──違います」
じゃあ何で部屋に? と興味津々聞いてくるアニスに、軽く嘆息しながらも言葉少なに答えた。
「ちょっと用事があったから、だけど」
「どんな用事で?」
「……想像にお任せするよ」
扉に背を預けるようにして、瞼を閉じた。
──今頃、ヴァンはルークに仕込みをかけているところだろう。それを邪魔させないために、スィンはここに留まっている。
何も思わない。割り切らなければならない。心苦しく思ってはいけない。
さもなくば待ち受けるのは──
「スィン?」
ふと眼を開ければ、目の前にガイがいた。
「はい?」
「……あのことで悩んでるのか? もしお前が俺たちの巻き添えを恐れてるなら、その心配は──」
「お心遣い感謝しますが、別件です。お気遣いなく」
イオンたちによる会話を聞いていたジェイドが、それを小耳に挟んでか、ちら、とスィンを見やる。
しかしそれに触れることなく、彼はまったく違うことを切り出した。
「そういえば、スィンの腕は完治したのですか?」
「……まぁ、一応。もう平気ですよ」
にこり、と一同に微笑みかける。が、次の言葉でスィンは再び真っ赤になった。
「では本題です。この際だからはっきりしておきましょう。スィンはヴァン謡将とお付き合いしているんですか?」
例の微笑を絶やさぬままされた質問に、彼女は両の頬を押さえてそっぽを向いた。
「……こ、答える義理はありませんね」
「いえいえ。ここは答えてもらいますよ? あなたに興味を持つ一人の男としてね」
歯の浮くような台詞にアニスやティアが心底驚いているものの、これは照れなくていいだろうと、スィンはまったく本気にしていなかった。
この軍人は、こちら関連の感情を操ることも厭いはしていない。それっぽいことを言って、事実を把握しておきたいという魂胆が見え隠れしている。
「……先ほどガイ兄様がおっしゃっていたことは事実です。僕は自分の恐怖症のこと結構邪魔だと思ってるんで、ルーク様の子守役の頃からヴァン謡将に協力を仰いで、どうにかしようと思っているんですよ」
軽く腕を組み、ジェイドの眼を真っ向から見た。
藍と緋色の瞳が、事実を隠さんと力強く輝く。
「部屋へ入ったのは、バチカルへ行くのにアリエッタをどうするつもりなのか聞いてきただけ。ケセドニアで僕たちと別れて、ダアトの監査官に引き渡すつもりらしいですけど」
これで満足ですか? と挑発的にジェイドへ聞くと、彼はあっさり頷いてみせた。
「なるほど……私はてっきり、あなたを彼の回し者だと思っていたんですがねえ」
「あなたはマルクトの回し者ではないんですか?」
違いありません、と苦笑するジェイドから目を外し、スィンはおもむろに腰かけた。
先ほど一瞬だけではあるが、超振動発生時特有の、空気が震えるような気配がしたのである。
それを面へ出さないよう、スィンはガイへ例の音譜盤を渡しながら、ケセドニア到着の汽笛を待った。