the abyss of despair   作:佐谷莢

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第二十唱——そして彼らは歩み出す

 

 

 

 

 

 バチカル港につき、キャツベルトから下船する。

 一行が連れ立って港へ赴くと、そこでは豪華な出迎えが待っていた。

 

「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍第一師団師団長のゴールドバーグです。この度は無事のご帰還、おめでとうございます」

 

 そう言ったのは、禿頭に後ろ髪を残し、髭を蓄えた初老の男だった。隣には淡い金髪の、赤い軍服を来た女性が控えている。

 

「ごくろう」

「アルマンダイン伯爵より鳩が届きました。マルクト帝国から和平の使者が同行しておられるとか」

 

 その言葉を受け、イオンが名乗った。

 

「ローレライ教団、導師イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ、親書をお持ちしました。国王インゴベルト六世陛下にお取次ぎ願えますか?」

 

 十四の少年とは思えない堂々とした申し出に、彼は大きく頷いた。

 

「無論です。皆様のことは、このセシル将軍が責任を持って城にお連れします」

「セシル少将であります。よろしくお願い致します」

 

 セシル少将。この場にいる何人が、二人のファミリーネームだと思い出すだろうか。

 スィンはわずかに顔を伏せ、ガイを見たが、彼はわずかに驚愕してしまっている。そういえば、彼は知らなかったか。

 不運なことに、それはセシル少将その人に気づかれていた。

 

「どうかしましたか?」

 

 いぶかしげに問われたその質問をごまかすように、彼は自己紹介をしていた。

 

「お、いや私は……ガイといいます。ルーク様の使用人です」

「スィンです。ナタリア様の傍仕えを務めております」

 

 ここでファミリーネームを口にするほどの迂闊さはない。

 補うようにスィンも名乗れば、それを皮切りに他のメンバーが続々と自己紹介を始めた。

 

「ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団、情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」

「ローレライ教団神託の盾(オラクル)騎士団、導師守護役所属、アニス・タトリン奏長です」

 

 そして最後に。

 

「マルクト帝国軍第三師団師団長、ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」

 

 最後にジェイドが名乗れば、二人はアルマンダイン伯爵以上の警戒を示した。

 特にセシル少将は、何らかの因縁でもあるのか驚きをあらわとしている。

 

「貴公があの、ジェイド・カーティス……!」

「ケセドニア北部の戦いでは、セシル将軍に痛い思いをさせられました」

 

 懐かしむように戦場での記憶を告げれば、彼女は頬をわずかに赤らめた。

 間違っても恋慕によるものではない。

 

「ご冗談を。……私の軍はほぼ壊滅でした」

 

 必要以上の低音でジェイドを睨むセシル少将を、ゴールドバーグが軽く制した。

 

「皇帝の懐刀と名高い大佐が、名代として来られるとはなるほど、マルクトも本気という訳ですな」

「国境の緊張状態がホド戦争開戦時より厳しい今、本気にならざるを得ません」

 

 ──ホド戦争。

 その単語を聞いて、ガイもスィンもわずかに顔をこわばらせる。だが、幸い今度は誰にも気づかれていない。

 

「おっしゃるとおりだ。ではルーク様は私どもバチカル守護隊とご自宅へ……」

「待ってくれ!」

 

 ケセドニアへ渡る途中、ヴァンから色々吹き込まれたルークが、そうはさせじと言い放った。

 

「俺はイオンから、伯父上への取り次ぎを頼まれたんだ。俺が城へ連れて行く!」

 

 もっともらしいこと──もっともも何も事実なのだが──きっぱり告げれば、何も知らない二人から感謝と驚嘆が送られた。

 

「ありがとう。心強いです」

「ルーク。見直したわ。あなたも自分の責任をきちんと理解しているのね」

 

 何の邪気もない、素直な賞賛の言葉に、彼は珍しく素直に、しかし歯切れ悪く返事した。

 

「う、うん……まあ……」

 

 自分が彼らを連れて行かなければ、意味がない。

 そう思っているルークを説得不能と見たか、一悶着起こしそうなセシル少将に頼むのは不適格と判断したか、ゴールドバーグは鷹揚に頷いた。

 

「承知しました。ならば公爵への使いを、セシル将軍に頼みましょう。──セシル将軍、行ってくれるか?」

「了解です」

 

 口元にわずかな笑みを浮かべているルークに利用されているとも知らず、イオンが頼んだ。

 

「では、ルーク。案内をお願いします」

「……おう、行くぞ」

 

 はっ、と我に返ったように、ルークが歩き出す。

 素早く彼の前を歩きながら、スィンは軽く周囲を見回した。

 立ち話をしている間に、一瞬だが刺すような視線を感じたのだ。ちらほら人の姿が見受けられる港の中は、基本的にキムラスカ人しかいないはず。

 スッピンの神託の盾(オラクル)兵が潜んでいるかもしれないが、そんな捨て駒扱いを受け入れる兵士は貴重であってほしい。

 となると、ここでもマルクトの軍服を脱がないジェイドへの私怨やも──

 天空客車への案内をすぐ後ろにいたガイに任せ、しんがりを歩く彼を待つ。

 そんな彼女に、ジェイドは何かを言いかけ──

 

「兄の仇!」

 

 悲痛な叫びに消された。

 

「ビンゴ……!」

 

 無謀にもジェイドの後ろから斬りかかってきた青年を迎え撃ち、足を払って体勢を崩す。

 その瞬間に放られた剣は、軍隊の一般兵士に支給される平刃の剣だった。地に伏した青年を、ティアがすかさず腕をねじ上げて押さえ込んでいる。

 

「おまえ! どういうつもりだ!」

 

 騒ぎに気づいて憤るルークを無視する形で、青年は地面に押さえられたままジェイドを睨みつけた。

 彼はといえば、咄嗟に取り出した槍を再び宙へ返している。

 

「港で話は聞いていた! お、おまえが死霊使い(ネクロマンサー)ジェイドだな!」

 

 兄の仇だ! と叫ぶ青年に、ガイが眉をひそめた。

 

「話を聞いていたならわかっているだろう。こちらの方々は和平の使者としておいでだ!」

 

 仮に今、ジェイドの手を煩わせれば、外交問題に発展しかねない状況でもあった。

 それを示唆された青年は、悲しそうにうつむいている。

 

「……わかってる。だけど兄さんは、死体すら見つからなかった。死霊使い(ネクロマンサー)が持ち帰って、皇帝の為に不死の実験に使ったんだ」

「──兵士さーん。こっちこっち」

 

 話の流れをまったく無視して、スィンが騒ぎを聞きつけてやってきた兵士を招き寄せた。

 簡単に事情を説明すると、兵士はあわてて青年の回収を図る。

 

「た、大変失礼いたしました! すぐにこの男を連行します」

 

 数人の兵士の手によって、うなだれたまま連行される青年を見送りながら、ルークはぼそ、と呟いた。

 

「なんだ、あいつ。馬鹿じゃねえの?」

 

 確かにルークの感覚としては、今戦争を起こさないために二人が来ているというのに、それがわかっていて襲撃を仕掛けるとは馬鹿、にしか見えないだろう。

 だが、人とは感情を持つ生き物である。

 

「……ルーク。そんな言い方はやめろ。あの人のしたことは許される事じゃないだろうが、馬鹿にしてもいいことでもないだろう」

 

 しかし、復讐にまつわる感情など、今のルークに理解できるわけがなかった。

 

「ふん、そんなもんかねぇ。それよりジェイド、前から聞きたかったことがあるんだけど」

 

 すぐに他のことへ興味を示したルークに、ジェイドはきわめて淡々と返す。

 が、すぐ横に立っていたスィンは、彼の瞳がうっすら揺らいでいることに気づいていた。

 

「──なんですか?」

「おまえの槍って、何もないところから突然出てくるよな。どうなってるんだ?」

 

 瞳の揺らぎが止まった。口元が柔らかく弧を描き始める。

 

「コンタミネーション現象を利用した融合術です」

「こんたみ……?」

「コンタミネーション現象。物質同士が音素と元素に分離して融合する現象よ」

 

 ルークでなくても、一般人ならわけがわからず首を傾げそうな単語の説明をティアが引き継いだ。

 

「ああ。合成なんかに使われる物質の融合性質か」

 

 単語は知らなくても、譜業系統の知識に似通る点を見つけたらしく、ガイが合点のいった顔をしている。

 

「ええ。生物と無機物とでは、音素はもとより構成元素も違います。その違いを利用して、右腕の表層部分に一時的に、槍を融合させてしまっておくんです」

「へえ。それで必要なときに取り出すのか。便利だな」

 

 明らかにやりたそうな表情をしているルークを、ティアがとどめた。

 

「自分もやりたいなんて言い出さないで。普通は拒絶反応が出て、精神崩壊を起こしかねないんだから」

「そうだな。このおっさんだから出来てるんだろうよ」

 

 二人の言い方は、ジェイドが普通ではない、と語っている面が多々あった。確かにジェイドは普通ではないが、それを口にするのはいかがなものか。

 しかしジェイドはそれを気にした様子はなく、朗らかに肩をすくめて見せた。

 

「はい。使いこなせるように努力するうちに、おっさんになってました。はっはっはっ」

 

 さあ、行きましょうか、と一行を促すジェイドに、イオンとルークがその後を追っている。

 が、他のメンバーは動こうとしなかった。

 

「なあ、さっきの奴が言ってた噂……」

 

 ガイがこう切り出したからである。

 

「そうね。軍人たちの間では有名な話よ。戦場で死体を回収して、死者をよみがえらせようとしているって」

「マルクト軍の第三師団は、死人の軍だって噂があったくらいだもんね。実際会ってみたら違ってたけど」

 

 今は亡き、タルタロスメンバーを思い起こす。

 確かに会話は成立していたし、腐臭のようなおかしな匂いもしなかった。

 

「……死者を、ねえ……」

 

 後ろでガイがぶつぶつ呟いていたが、スィンはとりあえず放っておいて、見た目行き止まりで立ち止まっている三人に歩み寄った。

 

「こちらですよ、お三方」

 

 目の前に停止している天空客車の扉を開き、招き寄せる。

 後から来た三人が乗るのを確認してから、スィンは自動運転装置のスイッチを押した。扉がロックされ、ゴンドラがゆるゆると動き出す。

 物珍しげに周囲を見回していた面々──ガイとスィンを除く──が、とある一点で止まった。

 王都バチカルへ到着したのである。

 

 

 

 

 

 

 ゴンドラが固定されてから、扉のロックが外れた。

 いち早く天空客車から降りたルークが、どこか呆けたように町並みを眺める。

 

「ここが……バチカル?」

「なんだよ。初めて見たみたいな反応して……」

 

 言いかけて。ガイは彼の事情を思い出した。

 

「仕方ねぇだろ! 覚えてねぇんだ!」

「そうか……記憶失ってから外には出てなかったっけな」

 

 その二人を尻目に、アニスとミュウがやはり町並みに眼を奪われていた。

 

「……すっごい街! 縦長だよぉ」

「チーグルの森の、何倍もあるですの」

 

 上を見上げすぎてひっくり返りそうになっている二人に、ガイの説明というBGMが聴こえてきた。

 

「ここは、空の譜石が落下してできた地面の窪みに作られた街なんだ」

「自然の城壁に囲まれてるって訳ね。合理的だわ」

 

 渋い顔をしているルークとは裏腹に、ティアもまた少しズレた……というか、えらく殺伐とした感想を爽やかに述べている。

 そんな一行を引き連れ、スィンが再びルークの前を歩き出した際。密かに交わされる会話を耳にして、スィンは思わず立ち止まった。

 見れば、特徴的な格好の三人組が神託の盾(オラクル)兵士相手に何かを話している。

 

「……なるほど。そいつはあたしらの得意分野だ」

「報酬ははずんでもらうでゲスよ」

「しかしこいつは、一大仕事になりますね、ノワール様」

 

 ──と、そこへ。同じく会話を聞きつけたルークが口を挟んだ。

 

「なんだ。またスリでもしようってのか?」

 

 その声で初めて気づいたように、彼らはルークらを見た。

 イオンの姿を見た兵士が、あわててその場を去る。

 

「で、では頼むぞ! 失礼します。導師イオン!」

 

 どこか挙動不審の兵士をスィンが見送っていると、なにかを揶揄するような口調でノワールがイオンを見た。

 

「へぇ~、そちらのおぼっちゃまがイオン様かい」

 

 こんな子供が、とでもいいたげな言葉に、アニスが当然反発している。

 

「何なんですか、おばさん!」

「つるぺたのおチビは黙っといで」

 

 額に四つ角を浮かべるアニスをもはや一瞥もせず、ノワールは色っぽいウインクを披露した。

 

「楽しみにしといで。坊やたちv 行くよ!」

「へいっ!」

 

 悠々と立ち去る三人を、アニスは睨みつけて、一行は黙って見送った。

 放っておくのは嫌だが、ここでは何もしていない彼らに喧嘩をふっかけるわけにはいかない。

 

「なんなの、あいつら! サーカス団みたいなカッコして!」

 

 アニスはまだ怒っている。そんな彼女の気持ちをまったく理解せず、ガイが口を滑らせた。

 

「そういや、あいつらどことなくサーカス団の『暗闇の夢』に似てるな。昔、一度見たきりだから自信はないが……」

 

 似てるも何も同一人物なのだが、それを口にするわけにはいかない。

 案の定、彼の言を聞きとがめたルークが駄々っ子のようにガイを責めている。

 

「なんだよ! おまえ俺に内緒でサーカスなんか見に行ってたのかよ!」

「あ、ああ、悪い悪い……」

 

 二人の、というかルークの文句をさえぎるように、ジェイドが口を開いた。

 

「……気になりますね。妙なことを企んでいそうですが」

「……ええ。それにイオン様を気にしていたみたい。どうかお気をつけて、イオン様」

 

 兵士は大声でイオンに挨拶をして去った。

 それは教団では当たり前の行為だったのかもしれないが、まるで漆黒の翼に標的を示すかのような態度だったことも否めない。

 ティアが心配をあらわにして言えば、彼は軽く頷いている。

 

「はい。わかりました」

 

 もっとも、彼の性格では少し難しいような気もするが。

 

「……スィン? 顔色が優れないようですが、どうかしましたか?」

 

 バチカルの街並みを眼にしてから、終始無言で通していたスィンに、ジェイドが話しかけた。

 

「……いいえ、どうもしませんよ」

 

 口先はそう言い繕っているものの、どこか落ち着きがない。

 ここへ来てからの表情の薄さといい、帰ってきて安心している、とは程遠い反応だった。

 どちらかというと、敵地へ潜り込んできて緊張しているような──

 そんな彼女を心配そうにガイが見ていることに気づき、ジェイドはアニスに一計を案じた。

 現在はスィンが先頭を歩き、そのやや斜め後ろをガイが歩いている。アニスはその横を歩くルークを気にかけながらも、ガイの背中をぽん、と叩いた。

 

「ガーイ♪」

「っのわあぁっ!?」

 

 いきなりのことで海中を泳ぐ海老のごとき敏捷さで、ガイは大きく飛び退る。背中をかばうように飛び退ったため、すぐ後ろにはスィンがいた。

 容赦ない勢いで背中を押された彼女が、大きくたたらを踏んでよろける。──と思いきや。

 スィンは簡単に体勢を立て直し、後ろからガイの背を手のひらで支えていた。

 軽く押してガイの体勢を戻し、素早く彼から距離を取っている。

 軽く背筋を伸ばすようにして、スィンは腕を組むと二人を半眼で見つめた。

 

「……二人とも。何がしたかったのさ?」

 

 退屈しのぎにからかおうでもしたのか、と聞けば、二人は素直に教えてくれた。

 

「いやー。お二人がくっついたらどんな反応になるのか、猛烈に知りたくなりましてね」

「ごめんねぇ、二人とも。大佐に頼まれちゃって……っていうか、私も興味あって」

 

 二人の言い訳を嘆息で流し、ふ、とガイを見る。

 彼は、スィンの触れたあたりをしきりに気にしていた。

 

「……ガイ兄様。ジンマシンでもできましたか?」

「あ、いや、そんなことはないが……」

 

 そうですか、と寂しそうに眼を伏せて、スィンは再び歩き始めた。

 同じ異性恐怖症である以上、理解は出来るが事実を見るのはつらい。ガイが自分を拒むところなど、見たくもないといった風情である。

 後ろでアニスとジェイドがひそひそ話しているが、会話を拾う気にはなれなかった。

 そのまま昇降機を使い、下段から中段へ、そして上段へ至る昇降機前へ進む。

 

「……スィン」

 

 城へ至る最後の昇降機前で、立ち直ったガイは最終通告を送った。

 

「本当にいいんだな? 今ならまだ間に合う、お前だけここで……」

「大丈夫です。いざとなれば、ちゃんと脱出しますから、ご心配なく」

 

 預かってください、と武装含む荷を差し出せば、彼は渋い顔をしながらそれを受け取ってくれた。

 

「──なんの話だ?」

 

 ふと足を止めた二人に、ルークが不思議そうに訊く。

 しかし、「すぐにわかりますよ」とスィンが言うだけで、二人が事情を話すことはなかった。

 王城前までやってくると、ルークは案内役を務めるべく先頭を歩き出した。その意を汲み、スィンも後ろへ下がる。

 街中を歩くならともかく王城へ入るとなると、彼に進んでもらったほうが、都合がいい。

 連絡はすでに伝わっているのか、門番はルークの姿を眼にしてかっちりと敬礼し、素早く門を開けた。

 懐かしい、はずなのだが、どうしてもそう感じない──感じたくないスィンが最後尾を歩く。

 まっすぐ行った、謁見の間に通じる大階段を上りつめると、一行は初めて兵士に阻まれた。

 

「ただいま、大詠師モースが陛下に謁見中です。しばらくお待ちください」

 

 それを、ある人物の名前を聞き、ルークは表向き悠々と一行に提案した。

 

「モースってのは、戦争を起こそうとしてるんだろ? 伯父上に変なこと吹き込まれる前に入ろうぜ!」

「おやめください」

 

 否とも応とも返事がないまま、ルークが扉をこじ開けようとした。即座に兵士に止められる。

 が、あることで頭がいっぱいになっているルークには、大した抑止力にはならなかった。

 

「俺はファブレ公爵家のルークだ! 邪魔をするなら、おまえをクビにするよう申し入れるぞ!」

 

 その一言で完全に沈黙した兵士をわきに、ルークは扉へ手をかける。

 

「ルーク、いいのでしょうか。こんな強引に……」

「いいんだよ」

 

 イオンにしてみれば、他者の家に許可も得ず、ずかずか入り込んでいるという感覚だが、ルークにしてみれば身内の家へ上がるようなものだ。遠慮などという感覚は微塵にもない。

 ただ、ルークの言うことも間違ってはいないため、全員が黙認したようだ。

 ジェイドあたりは、もしものことがあればルークに責任を取ってもらおう、と考えているかもしれない。

 彼の後について、謁見の間へ入る。

 すると、そこではルークの予想通り、というかなんというか、とにかくモースは事実と若干異なる点を、玉座へ座る男に申し立てていた。

 

「マルクト帝国は、首都グランコクマの防衛を強化しております。エンゲーブを補給拠点として、セントビナーまで……」

 

 そう言いかけて、玉座に座るインゴベルトの表情が急変した。

 それを見て、モースが後ろに何かあるのかと振り向く。同じく彼の顔色も一変した。

 ルークたち一行の登場である。

 

「無礼者! 誰の許しを得て、謁見の間に……」

「うるせぇ、黙ってろ!」

 

 内務大臣たるアルバインは、ルークの顔を知っているらしい。

 怒鳴りつけられたにもかかわらず、渋い顔をしているものの逆らわないようにしている。

 

「その方は……ルークか? シュザンヌの息子の……!」

「そうです、伯父上」

 

 赤い髪の青年がルークと聞き、モースは急いで彼の前から退いた。

 

「そうか! 話は聞いている。よくマルクトから無事に戻ってくれた。すると横にいるのが……」

「ローレライ教団の導師イオンと、マルクト軍のジェイドです」

 

 彼の紹介を受け、イオンが一礼する。

 

「ご無沙汰しております、陛下。イオンにございます」

「導師イオン……お、お捜ししておりましたぞ……」

 

 取り繕うように言うモースを一瞥し、イオンは小さな声で囁いた。

 

「モース。話は後にしましょう」

 

 いつもの雰囲気は失われていないが、拒絶を許さぬ一言である。

 彼は再びインゴベルトと向き合った。

 

「陛下。こちらがピオニー九世陛下の名代、ジェイド・カーティス大佐です」

 

 イオンの紹介を受け、ジェイドが軽く跪いた。

 

「御前を失礼いたします。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に、親書を預かって参りました」

 

 ジェイドの目配せを受け、アニスが進み出て大切に守ってきた親書を内務大臣へ手渡す。

 彼はモースが述べていた内容を思い出していたらしい。ルークは再度進み出て忠言した。

 

「伯父上。モースが言ってることはでたらめだからな。俺はこの目でマルクトを見てきた。首都には近づけなかったけど、エンゲーブやセントビナーは平和なもんだったぜ」

「な、何を言うか! ……私はマルクトの脅威を陛下に……」

 

 あわてて言い逃れを始めるモースだが、相手が悪かった。

 さらに言えば、ルークの言葉は真実である。

 

「うるせっ! 戦争を起こそうとしてやがるんだろうが! おまえマジうぜーんだよ!」

 

 ……この言動さえなければ、完璧に近かったのだが。

 

「ルーク、落ち着け。こうして親書が届けられたのだ。私とて、それを無視はせぬ。皆の者、長旅ご苦労であった。まずはゆっくりと、旅の疲れを癒されよ」

「使者の方々のお部屋を城内にご用意しています。よろしければご案内しますが……」

 

 アルバインの言葉は、どこか気が急いているようにも感じられた。

 しかしイオンはそれに気づかなかったのか、丁重に辞退している。

 

「もしもよければ、僕はルークのお屋敷を拝見したいです」

「では、ご用がお済みでしたら城へいらしてください」

 

 きびすを返そうとする一行を見て、アルバインが嘆息する。そして

 

「──ゆめゆめ誤解なさらぬよう」

 

 そう言うと、内務大臣はすっ、と片手を上げた。

 途端、数人の兵士がやってきて、一行の眼前を陣取る。

 

「勘違いで暴れないでくださいね。この人たちは僕に用事がありますから」

 

 そう言って、彼らの前へ出たのは、それまで後ろで控えていたスィンだった。

 

「違う?」

「……それがわかっていてこの場へ足を踏み入れるとは、いい度胸だ」

 

 隊長格と思われる兵士へ話しかける。兵士長からは押し殺したような返事が寄越された。

 

「聞いてると思うけど、従うから乱暴しないでほしいな。あと、触んないでほしいな」

「戯言を抜かすな!」

「そう。火傷しても知らないよっと」

 

 連行するにあたって、だろう。二人の兵士がスィンの両脇を抱えるように取ろうとする。

 無骨な手が、その腕を鷲掴む瞬間。

 

「うわっ!」

 

 触れたその場から譜陣が浮かび上がり、雷気が発生した。

 微弱とはいえ電流を体中に流し込まれて、左右に立っていた兵士が悶絶している。

 

「だから言ったのに」

「か、確保しろ!」

 

 ばかだねー、と真顔で呟く彼女に対し、兵士長が待機していた兵士達に号令をかけている。

 御前で騒いでいいのかと問うスィンを無視して、兵士が長柄斧槍(ハルバード)を突きつけんと振り上げた。

 この場で乱闘なんかするつもりはない。それからするりと逃げ出して、彼女は丁寧な会釈を一同にしていた。

 

「──それでは、御前を失礼いたします」

 

 すたこらと謁見の間を後にするスィンを追って、兵士長が倒れた兵士の回収を部下に命じながらもその後を追う。

 彼らに追われながら連行されるはずだった罪人部屋へ赴けば、牢番は訝しげにしながらも一言も発さずにスィンを投獄した。

 今頃は、どういうことなのか不思議がっているだろうが、きっとガイが事情を話してくれているだろう。

 後から来るであろう彼を思いながら、彼女はすえた臭いのする寝台を使うことなく床にねそべった。

 冷たい石畳が、運動して火照った頬に心地いい。スィンはそのまま眼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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