the abyss of despair   作:佐谷莢

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第二十一唱——栄光と奈落の坩堝へ

 

 

 

 罪人部屋にて一夜を過ごし、スィンは差し入れられた粗末な朝食を摂っていた。

 そこへ。

 

「──スィン・セシル。お主に密命を与えるそうだ」

 

 のぞき窓の隙間から、紙切れが差し込まれる。開いて内容を一瞥すると、ふっ、と鼻で笑う声が聞こえた。

 

「死刑宣告だな」

「ああ、うん、そうだね。承知」

 

 肯定を呟く。牢番はつき返されたそれを真新しい蝋燭の炎で隠滅すると、スィンだけを解放した。

 服の埃をぽんぽんと払って自室へ赴けば、途中で朝食へ向かうらしいナタリアとばったり出会う。

 

「──ご無沙汰しております、ナタリア様……」

「スィン!」

 

 一瞬固まって、かしこまり頭を下げるも、その当人にさえぎられた。

 

「災難でしたわね、私心配していました。いくらあなたがヴァン謡将と親しくしているからとはいえ、共謀を疑うとは……でも、無事でなによりですわ」

 

 進言した甲斐がありました、と優雅に微笑む王女に、再度頭を下げる。

 

「感謝いたします、ナタリア様。ご存知の通り、私はアクゼリュス救済の供と抜擢されました。あなた様の名代として、力の限りを尽くして参ります」

 

 アクゼリュス、と聞き、ナタリアは優美な眉をひそめた。

 

「本当なら、この国の王女たるわたくしが行くべきですのに……お父様ったら」

「陛下は、御身を案じて仰られたのですよ。アクゼリュスは瘴気に冒され、道中は危険に満ちている。そのような場所へ姫をお連れするのは、いささか無謀というものでしょう」

 

 ナタリアの言葉をさえぎる形で言っても、彼女に納得する気配は見られない。

 

「今まで軟禁されていたルークが親善大使として参るのですよ!? 預言(スコア)に詠まれていたこととはいえ、民に自国も敵国もありません。それなのに……!」

「──姫様。その娘はもう、姫殿下と何の関わりも持ちませんゆえ、軽率にお言葉をかけるのはお控えください」

 

 昨日のうちにスィンがルークの護衛従者となったことを示唆し、ナタリアについていた侍従長は会話の終了を促した。

 彼女は、もともと身分が低い上にお里が知れないスィンのことをよく思っていなかった。それ故の言葉だが、これ幸いと、スィンが「御前を失礼いたします」と辞儀をして去る。

 自室へ入れば、長らく掃除されていなかった部屋に、うっすらと埃が積もっていた。

 ガイに預けた荷のすべては、机の上に置かれている。今頃、ルークに登城命令を告げるべく使者が派遣されたはずだ。

 装備確認、旅装準備、身体の汚れを落としながら、スィンは刻が満ちるのを待った。

 

 

 

 ──やがて部屋の扉が叩かれ、少し前まで同僚だったメイドの呼ぶ声がする。

 すでに支度を整えていたスィンが扉を開けば、彼女はわずかに目を見開いてから謁見の間へ、と促した。

 彼女が驚くのも無理からぬこと。

 袋状の袖に袷のある襟元が特徴的な小袖、一見風変わりなスカートだが、左右で筒状に別れ腰帯が付属した仕舞袴。

 そんな異国風の出で立ちに外套を羽織っているのだから。

 旅装に身を包んだスィンが呼ばれた場所へ赴けば、そこには、ナタリア、インゴベルト、アルバイン、ジェイド、ファブレ公爵がいる。

 

「……書簡に眼を通したな?」

 

 紙切れを書簡と言い直すだけでそれっぽくなるから困る。しかし言及することなく、スィンは、はい、と答えた。

 

「ならば、多くは語るまい。スィン・セシルよ、汝をナタリアの傍仕えより外し、再びルークの護衛従者とする。第三王位継承者誘拐の嫌疑、此度の任務にてその汚名を返上するがよい」

「……御意」

 

 跪づいたまま、頭を垂れる。

 背後から扉が開かれ、ジェイドと共に下がれば、ルーク、ティア、モースがやってきた。

 

「おお、待っていたぞ、ルーク」

 

 喜色を浮かべて彼を出迎えたインゴベルトとは対照的に、アルバイン内務大臣は淡々と語る。

 

「昨夜緊急会議が招集され、マルクト帝国と和平条約を締結することで合意しました」

「親書には平和条約締結の提案と共に、救援の要請があったのだ」

「現在、マルクト帝国のアクゼリュスという鉱山都市が瘴気なる大地(ノーム)の毒素で壊滅の危機に陥っている、ということです」

 

 交互に語られる親書の内容に合わせ、玉座の隣に座るナタリアが沈痛な面持ちで語った。

 

「マルクト側で住民を救出したくても、アクゼリュスへつながる街道が瘴気で完全にやられているそうよ」

「だが、アクゼリュスは元々我が国の領土。当然カイツール側からも街道がつながっている。そこで我が国に住民の保護を要請してきたのだ」

 

 だんだん説明を聞くのに飽きてきたルークが、ふとあることに気づいた。

 

「そりゃ、あっちの人間を助けりゃ和平の印にはなるだろうな。でも俺に何の関係があるんだよ」

「陛下はありがたくも、おまえをキムラスカ・ランバルディア王国親善大使として任命されたのだ」

 

 息子の下賎な口の利き方に軽く眉をしかめながら、父親による衝撃の事実が明らかになった。

 当然、ルークは嫌がっている。

 

「俺ぇ!? 嫌だよ! もう戦ったりするのはごめんだ」

「ナタリアから、ヴァンの話を聞いた」

 

 伯父の口からヴァンの名を聞き、ルークは顔色を変えた。

 

「ヴァンが犯人であるかどうか、我々も計りかねている。そこで、だ。おまえが親善大使としてアクゼリュスへ行ってくれれば、ヴァンを解放し、協力させる。そこに控えるスィンも同じく、再びお前の護衛従者として、同行させよう」

「……解放? ヴァン師匠(せんせい)は捕まってるのか!?」

 

 手近にいたスィンを捕まえて問いただせば、彼女はゆっくりと頷いた。

 

「現在、城の地下に投獄されております。僕はアクゼリュス救援におけるナタリア様の名代を務めるため、いち早く解放されました。ですが、ルーク様が拒まれるのであれば……」

 

 スィンの視線を追いかけ、彼は初めて謁見の間に配置された兵士の多さに気づいた。

 しばし閉口し、やがてスィンを離してインゴベルトと向き合う。

 

「……わかった。師匠(せんせい)を解放してくれるんなら……」

「ヴァン謡将が関わると、聞き分けがいいですね」

 

 このような場では真面目を貫き通すかと思われたジェイドだったが、そうでもないらしい。

 空気を無視して茶化せば、ルークに渋面で「……うるせぇ」と呟かれていた。

 

「しかし、よく決心してくれた」

 

 大儀そうに、インゴベルトは言う。

 

「実はな、この役目おまえでなければならない意味があるのだ」

「……え?」

 

 初耳だ、と不思議そうにしている彼に、ファブレ公爵が兵士に持たせていた結晶を示した。

 

「この譜石をごらん。これは我が国の領土に降った、ユリア・ジュエの第六譜石の一部だ」

「ティアよ。この譜石の下の方に記された預言(スコア)を詠んでみなさい」

 

 一国の王直々の言葉に、ティアは緊張したように譜石へ歩み寄った。

 

「……はい」

 

 指で文字を追いながら、その内容を謡うように紡いでいく。

 

「ND2000 ローレライの力を継ぐ若者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを、新たな繁栄に導くだろう。ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう。そこで……」

 

 この先は欠けています、とティアは締めくくった。

 

「結構。つまりルーク、おまえは選ばれた若者なのだよ」

 

 そう聞いた彼が目を見開いて何を思い出したのか、それは他者にわかることではない。

 

「今までその力を狙う者から護るため、やむなく軟禁生活を強いていたが、今こそ英雄となる時なのだ」

 

 英雄ねえ、とジェイドの小馬鹿にするような声音を聞き、アルバインが聞きとがめるも、スィンは吹き出したくなった。

 第三者の立場からすれば、周囲がそろってルークを担いでいるようにしか見えないだろう。

 もしくは本当にそう信じているか。何にしても、異様な光景と映るはずだ。

 

「何か? カーティス大佐」

「……いえ。それでは、同行者は私とスィンと……誰になりましょう?」

 

 ごまかすように、あるいはこの場での公言を避けるようにジェイドが言えば、すかさずモースが口を挟む。

 

「ローレライ教団としては、ティアとヴァンに同行させたいと存じます」

「ルーク、お前は誰を連れて行きたい? おおそうだ。ガイを世話係に連れて行くといい」

 

 ルーク帰還時の働きを思い出したように公爵がガイの名を出しても、ルークは気のない声で答えるだけだった。

 

「何でもいいや。師匠(せんせい)がいるなら」

 

 そのとき、今の今まで思いつめたような顔をしたナタリアが不意に父王へ訴える。

 

「お父様、やはりわたくしも使者として一緒に……」

「それはならぬと昨晩も申したはず! それとも、そなたはスィンが名代では務まらぬと申すのか?」

 

 務まらないなら、彼女はまた牢獄へ逆戻りだ。スィンのことを思うナタリアは黙らざるを得なくなる。

 そんな二人のやりとりなど知らん顔で、ルークはこの場にもう用はないと言わんばかりに言った。

 

「伯父上。俺、師匠(せんせい)に会ってきていいですか?」

「好きにしなさい。他の同行者は城の前に待たせておこう」

 

 その一言でほとんど走るように謁見の間を出て行ったルークの背中を見送り、スィンは嘆息を隠しながらその後に続く。

 謁見の間を出で、ついてきた気配に対し、くるりと振り向いた。

 予想通り、そこには死霊使い(ネクロマンサー)がついてきている。

 

「打ち合わせ、しなくていいんですか?」

「それならあなたが来る前に終わっています。私も城の前で待たせていただこうかと」

 

 それなら、と連れ立って歩けば、約二十センチという身長差が首に苦痛をもたらした。

 少しでも異性恐怖症を治したい彼女ではあったが、首のこともあって少し距離を空ける。

 

「いやしかし、驚きました。まさかあなたがルーク出奔の片棒を担いでいたとは」

「僕には前科がありますからねー。主犯とされなかっただけマシです」

 

 ジェイドのイヤミにあえて応じ、スィンはわずかながら遠い眼をした。

 その彼女に、ジェイドは意外そうな顔をしている。

 

「嫌味が通じませんか。これは深刻ですねぇ」

「イヤミスイッチの入った大佐とマトモに話すのは自殺行為ですから」

「ところで、前科というのは……」

 

 と、そこへ。やや駆け足気味の足音が聞こえたかと思うと、二人の後ろで止まった。

 道を空けようかと振り向いたスィンと視線をぶつけたのは──ティア。

 

「あ……」

「どうかした、ティア?」

 

 狼狽したように軽く下がる彼女に、スィンが首を傾げて近寄る。

 ティアはきゅ、と拳を握ると、勢いよく頭を下げた。

 

「……ごめんなさいっ」

 

 言わずもがな、ルークの出奔に関することである。

 

「ガイと、ナタリア姫から聞いたの。スィンが兄さんの計画に加担して、誘拐犯にされた、って……本当に、ごめんなさい」

「──気にしないで。頭上げてよ」

 

 きわめて軽くスィンは言った。

 彼女がどれだけ反省しても、時は戻らない。

 しかしそれを口にしたところで、やはりどうにかなることでもない。

 

「逃げようと思えばいつでも機会はあった。別に僕がいようといまいと和平には関係なかったしさ。ガイ兄様にも何度も忠告受けたのに、こうしてバチカルへ来たのは僕の判断だから、気にしないでよ」

「でもそれは、ここに残るガイたちにおかしな影響がないように、って……」

「そうだよ。誰かが悪者になっておかないと示しつかないもの。でも、こうして結果オーライになったから大丈夫。それにティアも、あんなことになったせいで大変だったじゃん。ティアへの文句はそれだけで十分」

 

 にこ、と笑ったスィンが、広間のとある一角へ向かう。

 

「僕、荷物取ってくるから。先行ってて~」

 

 城の地下、罪人部屋へ通じる廊下を歩いていると、ナタリアと出くわした。珍しく一人である。

 会釈して道を譲ると、彼女はスィンに気づいた様子もなく通り過ぎていった。

 

「……?」

 

 いぶかしみながらもまとめた荷物を持ち、血桜を腰に差して城の外へと出る。

 すると、ジェイド、ティアの他におそらくルークの分だろう、二人分の荷を抱えたガイが立っていた。

 

「ガイ兄様」

 

 思わず駆け寄れば、彼は優しい笑顔で迎えてくれた。

 

「スィン! 無事か」

「はい、おかげさまで。どうにか首はつながりました」

「乱暴も、されなかったみたいだな。謁見の間であれだったから心配したんだぞ……なんか昨日よりも顔色がいいな?」

「ひ、久々に、ちゃんとお手入れをしたからですかね。後は、心配事もなくなりましたし」

 

 嬉しさによるものか、スィンの頰がうっすら色づく。お互い必要以上に近づかないものの、互いを想う温かな空気が形成された。しかし次の一言で瓦解している。

 

「おや。禁断の愛の領域ですか?」

 

 面白そうにジェイドがぬかせば、ガイはわずかに顔を赤らめ、スィンは半眼でジェイドを見た。

 

「……ネクロマニアが何ぬかしてやがるんです?」

「失敬ですねー。死霊使い(ネクロマンサー)とは呼ばれてはいますが、死人は愛した記憶はありませんよ」

「覚えてないだけじゃないですかね。お年を召されると記憶も飛んでタイヘンだ」

 

 ネクロマニア=死体愛好者。ネクロフィリアとも言われる。生きている人間ではなく、死んだ肉体を愛するという異常者の総称。

 と、そのやりとりをはらはらしながら見守っていたティアが不意に表情を強張らせた。

 

「兄さん……」

 

 彼女がそう呼ぶ人間は、この世で一人しかいない。

 改めて姿勢を正せば、そこにはルークを伴ったヴァンの姿があった。

 

「話は聞いた。いつ出発だ?」

「そのことで、ジェイドから提案があるらしいですよ」

 

 ガイの言葉に、スィンもまたジェイドを見やる。

 考えてみれば、彼女が合流したのはついさっきだ。事前に何かを聞く暇はなかった。

 

「ヴァン謡将にお話しするのは気が引けるのですが……まあいいでしょう。中央大海を神託の盾(オラクル)の船が監視しているようです。大詠師派の妨害工作でしょう」

「大佐……」

 

 批難するようにティアが彼を呼ぶが、一蹴している。

 

「事実です。まあ大詠師派かどうかは未確認ですが。──とにかく、海は危険です」

「じゃあどうするんだよ」

 

 前途多難な予感に、ルークは眉を歪ませて訊いた。

 

「船へおとりの船を出港させて、我々は陸路でケセドニアへ行きましょう。ケセドニアから先のローテルロー海は、マルクトの制圧下にあります。船でカイツールへ向かうことは、難しくありません」

 

 事前に立てた予想の通り、だった。

 キムラスカは建前上マルクトとの和平を選び、預言(スコア)を盲信する大詠師は来たるべき戦争を望み、救援隊の妨害を図る。それに気づいた死霊使い(ネクロマンサー)は、陸路を使ったルートを提案する。

 提案させたならば、しめたもの。おとり作戦を成功させるためと称し、アクゼリュス救援隊に同行することがすでに決定されているヴァンとスィンが船へ乗り、正規の親善大使団より離脱する。

 ここまでが、スィンが事前に聞かされたこれからの運びだが。高い確率でこの目論見は失敗すると彼女は踏んでいた。

 

「なるほど。では、こうしよう。私とスィンが、おとりの船に乗る」

「えー!?」

 

 ルークが主にヴァンとの別れを拒んでいることは、そこにいる誰もが悟ったことだった。

 不満をあらわにするルークを省みることなく、ヴァンは淡々と語る。

 

「私たちがルーク誘拐の汚名を返上するため、アクゼリュス救援隊に同行することは発表されているのだろう? ならば、私たちの乗船で信憑性も増す。神託の盾(オラクル)はなおのこと、船を救援隊の本体だと思うだろう」

 

 もっともらしい説明をされて、ジェイドはふむ、と顎に手をやった。

 

「……スィンはどうお考えで」

 

 返答を避け、彼は血の色を有する瞳で彼女を見た。明らかに不審がっている。

 おとりならば一人いれば十分なのに、なぜ襲撃されるかもしれない船に二人も乗せようというのか。

 そこに企みがあるのでは、と考えるジェイドの心情を如実に察したスィンは、嘆息してヴァンを上目遣いに見た。

 

「──ヴァン謡将。申し訳ありませんが、此度僕はルーク様の護衛従者を任ぜられております。護衛対象を放って、囮となるのは、ちょっと……」

 

 ちらちらジェイドを見ながら申し入れれば、彼は素早く「ならば、私一人で行くとしよう」と改める。

 

「よろしいでしょう。どの道あなたを信じるより他にはありません」

 

 ようやく納得したジェイドのかわりに、ルークが抗議の声を上げた。が。

 

「だけど!」

「ルーク、私が信じられないか?」

 

 ヴァンの一言で反抗はあきらめ、「……わかったよ」と呟く。

 

「では、私は港へ行く。ティア、ルークを頼むぞ」

 

 そう言って立ち去るヴァンを見送り、スィンは安堵した。

 ここで自分に眼を向けるようでは、ジェイドの疑いはますます強くなったことだろう。それでは動きにくい。

 

「こちらは少人数のほうが目立たなくてすみます。これ以上同行者を増やさないようにしましょう。話を通しておきますので、街の入り口で待っていてください」

 

 今の芝居でスィンへの疑念は晴れたか薄れたか、ともかくジェイドはヴァンの後を追うように昇降機方面へ立ち去った。

 

「で、残ったのが冷血女と女嫌いと男嫌いか……」

 

 ヴァンと旅に出られなくなった、ということで不機嫌になっているルークが、揶揄交じりでぼやいている。

 彼の言葉を真似るなら、更に高慢ちき坊ちゃん、といったところか。

 

「誤解を招く言い方をするな! 女性は大好きだ!」

 

 何を思ったのか、力強く言い切ったガイがあっさりと地雷を踏んでいた。

 

「女好きだと声高に言うのもどうかしら……」

 

 思ったとおり、ティアに呆れられている。

 

「そうじゃないっ! そうじゃなくて!」

 

 男好きじゃないと言いたかっただけだと思うが、果たしてティアがそんな人種を知っているかどうか。

 少女をいたずらに汚さぬためにも、スィンは一行に先を促した。

 

「じゃ、先行ってようか」

 

 そうね、と頷き、女性陣に続いてルークも歩き始める。その背中を、ガイの悲痛な叫びが追いかけた。

 

「人の話を聞け~っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ただいまジェイドが赴いているであろう軍事施設の前を通り過ぎ、もうひとつの昇降機前へ一行が向かう際。「ルーク様ぁ!」という甲高い歓声が彼らの足を止めた。

 見れば、たった今昇降機で上ってきたアニスがたったったっ、と笑顔で走りよってくる。

 

「ひっ……」

 

 彼女と接触しそうになったガイが飛びのき、スィンも同じように道を空けてやる。

 ティアはなぜかアニスにどかされ、ルークのそばを離れざるを得なかった。

 

「逢いたかったですぅv ……でもルーク様はいつもティアと一緒なんですね」

 

 ずるいなあ、と可愛らしく呟いてみせるアニスの芝居にティアが見事にひっかかり、謝罪している。

 

「あ……ご、ごめんなさい。でも安心して、アニス。好きで一緒にいる訳じゃないから」

 

 微妙に傷ついているルークをそっとしておくことにして、大きな扉が開くような音に、スィンはその方向を見た。

 見れば、ジェイドが大扉から出てきてこちらを見ている。

 

「アニス。イオン様に付いていなくていいんですか?」

「大佐! それが……朝起きたらベッドがもぬけの殻で……。街を探したら、どこかのサーカス団みたいな人が、イオン様っぽい人と街の外へ行ったって……」

 

 サーカス団みたいな人。

 それを聞いて、一行に緊張が走った。

 

「サーカス団? おい、まさか……」

「そのまさか、のようです。あのサンバカ……!」

 

 兄に答え、石畳を軽く蹴るスィンの横では、ルークも合点がいった様子で拳を握る。

 

「なんだと!? あ、そういえば神託の盾(オラクル)と何か話してたな。あいつらグルか!」

 

 おいかけよう、という話になるも、他ならぬアニスがそれを却下する。

 

「駄目だよ~! 街を出てすぐのトコに六神将のシンクがいて邪魔するんだもん」

「……よし、シメよう」

 

 シンク一人なら囲んで叩けば何とかなるかも、と静かに物騒な一言を呟いて行こうとするスィンの襟首を、ティアが掴んだ。

 

「……まずいわ。六神将がいたら私たちが陸路を行くことも知られてしまう」

「ほえ? ルーク様たち、船でアクゼリュスへ行くんじゃないんですか」

 

 不思議そうに首を傾げるアニスに、ルークがあせった様子で答える。

 

「いや、そっちはおとりだ。くそ、何とかして外に出ないと……」

「それなら私も途中まで連れてって! 街の外に出られれば、イオン様を探せるから!」

 

 ジェイドに意見を求めると、彼は珍しく即答した。

 

「仕方ないでしょう。しかし今回のイオン様誘拐には、モースの介入がないようですね」

「そうですね。怒ってたもん、モース様……」

 

 いつの間に彼と接触したのかわからないが、とにかくアニスがそう証言した。

 

「ということは、やっぱり六神将とモース様は繋がっていない……?」

 

 どこか論点のずれたことを口にするティアだが、彼女は彼女でいまだモースを信じているらしい。

 

「だからといって、モースが戦争を求めていることの否定にはつながりませんがね」

 

 ジェイドがクギをさせば、彼女は閉口して沈黙した。否定はしないが、肯定もしない。

 

「六神将はイオンをどうしたいんだ? 前の時は確か……セフィロトってトコに連れて行かれたんだよな」

 

 この場合は好都合だが、話の流れを無視したルークがジェイドに尋ねる。が、彼は首を振る。

 

「推測するには情報が少ないですね。それより、この街をどうやって脱出するかです」

「それなら、一応考えがあります」

 

 その一言を発して、スィンは全員の意識をこちらへ向けさせた。

 

「旧市街にある工場跡へ向かってくれますか? 港とは反対方向の天空客車で行けます」

「工場跡? わかった」

 

 それにはとにかく、昇降機で下へ降りる必要がある。

 一行が連れ立って赴く際、ガイがふと足を止めた。

 

「ああっと、そうだ。皆、ちょっといいかな」

 

 一同の疑問を代表し、尋ねたのはティアである。

 

「どうしたの?」

「いつかルークに見せてやりたいと思ってた場所があってね。この機会に連れていきたいんだが……」

「俺を? おもしれぇトコなのか?」

「だけどイオン様がっ!」

 

 興味を示したルークに対し、アニスがそんな場合じゃないとあせりをあらわにしている。

 しかしガイは、自分の意見を曲げなかった。

 

「それはわかってる。けど、こいつが長いこと閉じこめられてたってのも考慮してやってくれないか? それに旅にも役立つことなんだ。頼むよ」

 

 ガイの説得により、とうとうアニスも妥協を見せる。

 

「……じゃあ、ちょっとだけだからねっ」

「すまない。みんなも、悪いな」

 

 ガイの案内の下、階段を下りてすぐそこの扉、『ミヤギ道場』という看板を眼にして、スィンは見るからに嫌そうに顔を歪めた。

 

「──いってらっしゃいませ」

 

 入ろうとする一行の最後尾で手を振ると、ガイが呆れたように腕を組んだ。

 

「おまえ、まだあのこと気にしてんのか?」

「そんなことありません。僕、天空客車のところで待ってます」

 

 すたすた歩き去るスィンを眼で追いながら、どういうことなのかをアニスが尋ねる。

 

「何かあったの?」

「──昔はよく、俺とこの道場に遊びに行ってたんだけどな。ここの練習生とひと悶着あった、ってあるときを境にぱったり行くのをやめちまったんだよ」

 

 まさか、とティアが呟いた。

 

虹彩異色症(いろちがい)が……」

「気持ち悪い、とかで、いじめられたと俺も思ったんだ。放っておけなくて、調べてみたら──」

「見たら?」

「なんか、練習生の何人かに告白されたらしくてさ。自分より強くなったら考えてやる、とか言ったみたいで。だんだん相手にするのがめんどくさくなってきて……どろん」

 

 想像以上にぐだぐだな結末に、一同はただガイの苦笑いに続くしかなかった。

 

 

 

 

 

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