the abyss of despair   作:佐谷莢

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第二十四唱——早すぎる再会の兆し

 

 

 オアシスに到着し、まずは休息を取ろうと一行が歩いていた矢先。

 歩いていたルークがふと立ち止まったかと思うと、頭を押さえた。

 

「いてえ……なんだ……!?」

 

 演技とは程遠い悲痛な声に、ガイが駆け寄ってくる。

 

「ルーク! また例の頭痛か?」

「例の頭痛?」

「誘拐されたときの後遺症らしくて、たまに頭痛がして幻聴が聞こえるんだって」

 

 同じくルークの傍に寄り、頭を抱えるルークのこめかみに冷やした手ぬぐいを添える。

 しかし、痛みが引いたような気配はなく、彼はぶつぶつと呟くのみだった。

 

「誰だ……おまえは……!」

 

 幻聴がそれを答えるとは思えなかったが、当人はそのように思わなかったようだ。驚いたことに反応があったらしい。

 

「おまえ、アッシュか……!」

 

 つい最近ルークとの対面を果たした彼の姿がよみがえる。

 コーラル城にルークを呼び出し、なぜかディストがルークに対してデータを採取……

 

(……情報採取のついでにフォンスロットの操作を? ディストがアッシュに頼まれて? それとも、これもヴァンの計画のうち……?)

 

「おまえ……っ! 一体どこに……」

 

 まるで誰かと会話していたような様子のルークだったが、やがて力尽きたようにへたり込んだ。

 

「ルーク様! 大丈夫ですか」

「ご主人様、気分悪いですの?」

 

 普段ならうるさいと返す彼ではあるが、うずくまり、黙して頭痛を耐えているあたり、そんな気力はないらしい。

 そんなルークを支えながらスィンが彼のこめかみを揉んでいると、ティアがやってきて治癒術の詠唱を始めた。

 

「しっかりして」

 

 淡い輝きがルークを包み込み、呻きが宙へ消えていく。

 落ち着きを取り戻したルークに、ガイが確かめるように聞いた。

 

「また幻聴か?」

「幻聴なのかな……」

 

 疑問の形をとってはいるが、彼の口調にそれらしいものはない。

 確信しているが、信じたくない。そんなあいまいな言葉を、ナタリアが聞き返す。

 

「アッシュがどうとかって……おっしゃってましたわよね。アッシュって、あの神託の盾(オラクル)の……?」

 

 いまだ額を押さえて、それでもルークはスィンの肩を掴んで立ち上がった。

 

「……さっきの声は確かにアッシュだった。イオンとザオ遺跡にいるって……」

 

 彼の言葉に、別々の部分でどこかに通っている二人が反応した。

 

「ザオ遺跡!? そこにイオン様が!?」

「ザオ遺跡……二千年前のあのザオ遺跡のことでしょうか」

 

 しかしそれには答えず、自分の傍らにいるスィンを見る。

 

「……なあ。アッシュの奴、お前なら場所を知ってる、みたいなことを言ってたけど」

「僕、ですか?」

 

 自分を指差しながら問うスィンに、ルークがこくりと頷いた。

 

「そこにいる虹彩異色症(オッドアイ)に聞け、つってた」

「……一応、知ってますけど」

 

 途端に疑惑の目を寄せてくるジェイドに言い訳するように、スィンはその理由を話した。

 

「僕がバチカルから追放された、って話はガイ兄様から聞きましたね? 僕はその期間中、ヴァン謡将を頼ってダアトで働いていました。そのとき、ザオ遺跡調査メンバーの補佐として加わったから」

「六神将は兄さんの部下だから、兄さんからそれを聞いたかもしれないってこと?」

「多分……でなければ、ザオ遺跡に関する調査報告書を勝手に閲覧したとか」

 

 ──嘘ではないが、事実でもない。調査報告書に記載されているスィンの名は当時ヴァンが勝手につけた偽名だし、六神将は誰も事実を知らないはずだ。

 ヴァンに吹き込まれたと考えたほうが正しいように思えたが、普通に考えればそちらの線も考えられた。

 

「ただ、砂嵐とかで当時の地形が変わってないといいんですけど……」

「オアシスの人たちに聞いてみましょう」

 

 聞き込みと補給の役割分担を話し合い、一行は一時解散となった。

 聞き込みを早々に済ませ、私用の補給を済ませようとしたところで、自分が尾行されていることに気づく。

 何食わぬ顔で雑貨を取り扱う天幕へ足を踏み入れれば、後からジェイドがついてきた。

 

「そんなに僕のこと信用できません?」

 

 別に信用なんかほしくないけどさ。

 そんな本音はしっかりと心の中にしまい、振り返ってずばり訊く。彼はいつもの微笑を浮かべてそらっとぼけた。

 

「おや。もう聞き込みは終了ですか?」

「僕の記憶と大差ないから、もう情報は要りません。それと、僕を信用しないのは正解です。命が惜しいなら、気を許さないほうがいいですよ」

 

 さすがに真面目な顔になって「なぜです?」と彼が問えば、スィンはガイたちに向けるものとはまるで違う笑みを浮かべた。

 それはさながら、天使のような悪魔の笑顔とも言えるべきもので。

 

「──内緒です♪」

 

 ひょい、と人差し指を自分の唇に当てる。

 すぐにきびすを返して、店主に話しかけるスィンを見ながら、ジェイドはそっと眼鏡の位置を直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オアシスで一晩過ごし、再び砂漠を出て、ザオ遺跡を目指す。

 

「ガイ兄様、こちらを」

 

 その折、スィンがガイへ差し出したのは、陽射し避けの外套だった。スィンが着ているものと同じタイプで、身体をすっぽりと覆えるものである。

 

「うわあ、暑そう」

「見てるだけであちぃ」

 

 アニスやルークは見ただけで暑いと辟易し、ジェイドは我関せず。ナタリアやティアは心配そうに外套を着る二人を見ている。

 

「スィンも、そのように着込んで大丈夫なのですか? 逆に熱がこもってしまうのでは」

「まあ、そうなる前に脱ぐようにする……ん? お前、なんか仕込んだか?」

 

 苦笑いをしながら受け取ったガイは、羽織ってすぐにきちんと着た。

 不思議なことに、ガイが外套を着込んだ瞬間、その額に浮かんでいた汗が引いている。

「勿論」と言葉少なくスィンは肯定しているが、興味に駆られたジェイドがその外套の裾をめくったことで、カラクリがばれた。

 

「これは……譜陣の刺繍ですか? 第六音素(シックスフォニム)、この場合は太陽光を受けることで第四音素(フォースフォニム)に変換し冷気を生成、更に第三音素(サードフォニム)で拡散して冷えた空気を外套の内部で循環させている……ようですね」

「……ちらっと見ただけでわかるのかあ……」

 

 看破されたのがショックなのか、ジェイドの考察を聞いてスィンは頭を抱えている。

 

「構成自体はそこまで複雑なものではありませんから」

「複雑じゃないって大佐、この刺繍ものすんごく難しい奴ですよ……!」

 

 どれどれ、とジェイドと同じように外套の内側を見るアニスは戦慄していた。

 

「ええ、見事なものですし、面白い発想です。響律符(キャパシティコア)のように特許が取れるのでは?」

「特許申請なら却下されちゃいましたよ。こんなもん広がったら、音機関や譜業の価値が下がるんですって」

「音機関や譜業の価値?」

「全然関係ないように思えますけれど」

「金属や鉱物を用いず、布や糸で似たようなことされたら困る、だったかな? まあこの話の面白いところは、僕の申請が却下された後、特許局のすぐ近くにでっかい手芸工場が建築された辺りからですが」

「手芸工場って、まさか」

「調べたところ、局長の息子が僕が持ち込んだ試作品をお手本に似たようなもの、作ろうとしていたみたいですよ。大量のお針子を雇って。刺繍だけで再現できるわけないのにね」

「えっ」

 

 話を聞きながら、刺繍の絵柄をメモしていたアニスの手が止まる。

 

「縫うだけじゃダメなの?」

「アニス……まさか」

「それだけでいいなら、僕より早く誰かが見つけてるよ。もちろん成功するわけないから、すぐに潰れてた。借金取りに追い回されて、雇ったお針子には給料払えって袋叩きにされて、あの時は本っ当に面白かったなあ」

「スィン……すごく悪い顔になってるぞ」

 

 勝手に真似をされた怒りなどは一切なく、スィンは邪気しかない笑みを浮かべて思い出し笑いをしている。ガイにそれを指摘され、「失礼しました」と収めたかと思うと、急に真顔になってジェイドへ尋ねていた。

 

「ちなみに大佐、原理はわかりますか?」

「この状態では……見た感じ、刺繍だけで全行程まかなっているように見えますね。動力源は第六音素(シックスフォニム)ですし。解体すれば、何かあるのではと思いますが」

 

 それを聞いて。スィンは明らかにほっとしたような顔になった。それが示すところは。

 

「ハズレのようですね」

「大佐には真似っこされないことがわかってほっとしています」

 

 件の局長息子も同じことを考えて、スィンが持ちこんだ試作品を分解していた。しかし特別な仕掛けは何も見つからず、同じものを作ってもそれは何の効果も持たない布切れのままだったのだ。

 ジェイドの言葉は全て的を射ている。刺繍だけで全てを完了させているし、動力源も相違ない。布と糸の術処理に、縫い目の数、ステッチの使い分け、それからこれが一番重要なことだが、縫い針を砂状にした譜石で丹念に寝刃合わせしなければならない。それをしなければ込めた譜力があっという間に拡散してしまうのである。

 これら細かい条件の中で、お手本だけ見て真似られたのは、縫い目の数とステッチの使い分けくらいだろう。

 話を聞いて、実際に外套の涼しさに当てられて。ルークはある意味お約束の行動を取った。

 

「ず、ずっりぃ……! なあガイ、貸してくれよ」

「ルーク様が着ても効果は無いですよ。盗難防止付きですんで」

 

 試しにと、外套をルークが着てみるも。スィンの言葉通り、まったく涼しくない。

 ぐぬぬ、と歯噛みするルークが、外套をガイに返しながらスィンに食ってかかるより早く。

 

「だからルーク様はこっち」

 

 スィンは取り出した手拭いを広げ、ルークの頭に乗せていた。

 

「へ?」

「本当は麦わら帽子とか用立てようと思ったのですが、難しかったもので。こちらで我慢してくださいね」

 

 見れば手拭いにも、譜陣の刺繍が重なるようにいくつか描かれており。頭に乗せた瞬間から、そよそよと心地よい冷気を発している。

 

「こーゆーもんがあるなら早く渡せよな!」

「失礼しました」

 

 文句しかないルークに取り合う気はないらしい。そして用意したのはルークの分だけではないらしく、皆にも、と平等に手拭いを渡している。

 

「ありがとう」

「不思議だわ。ホントに涼しい……」

「……ガイのものと比べてかなり簡略化されてますね。外套のように空気の循環を必要としないから、その分でしょうか」

「それは文句ですか? ご不満がお有りでしたら、ご返却いただきたいものです!」

「いえいえそんな滅相もない。ありがたく使わせていただきます」

 

 表裏余さず、手拭いを検分している——オアシスでこともあり、何か余計なものが仕込まれていないかと調べるジェイドを放って、最後にミュウの頭に刺繍入りのハンカチを乗せ、移動を始める。

 スィンの先導で砂漠を横断していた彼らではあったが、ふとガイの一言が波乱を呼んだ。

 

「にしても、すごい砂埃だな。後で服を脱いだら、きっと砂の山が作れるぞ。あちこちに入り込んでやがる」

 

 各人、服のつくりにもよるだろうが、風が吹くたび舞い上がる砂に辟易するその声に、ティアが賛同した。

 

「確かにそうね。さすがに私も水浴びしたい気分だわ」

「水浴び……」

 

 ルークの呟きに、ナタリアが過剰反応した。

 

「ルーク! 何鼻の下を伸ばしているのです!」

「な、な、なんだよっ! 何もしてないだろ!」

 

 スィンの眼から見てもそれはなかったが、言いよどんでいるあたり想像しかけだったのかもしれない。

 

「ルーク様! えっちなこと考えてる暇があったら早くイオン様を助けて下さいよぅ」

「き、決めつけるな! いつ誰が何を想像したってんだ! 勝手なこと言うなっつーの!」

 

 彼が言っているのはまったくもって正論だったのだが、興奮状態にある彼女らに──女性には通用しなかった。

 

「不潔ですわ! あなたがこんな方だったなんて!」

「ひどーいひどーい!」

「あーもーうるせーっつーの!」

 

 そのまま、スィンを除いた女性陣とルークは離れていってしまったが、ジェイドは面白そうにセシル兄妹を見ている。

 スィンはガイを見て半眼になっていた。

 

「ガイ兄様」

「ん、なん……っ!?」

 

 いきなり何かを放られて、ガイは反射的にそれを受け取った。次の瞬間、悲鳴を上げて飛び退る。

 

「うおわっ!?」

 

 投げ捨てたそれが地面を転がった。それを見て、ジェイドが軽く苦笑いを浮かべる。

 スィンがガイに放り投げたもの。それは小さな蠍の子供だった。

 オアシスに多く見受けられた無毒な種類なのだろうが、普通こんなものを兄貴に渡す妹はいない。

 

「な、な、な、何すんだよお前はっ!」

「お兄様も男ですからしょうがないですね、と言いたいところですが、それはアウトです」

「どういうことなんだよ……」

「大佐にお聞きしたらいかがです?」

 

 ツン、と横を向いてルークたちを追うスィンを、ガイは困惑したように見送っていた。

 

「……ガイ。スィンとルークに救われましたね」

「どこが! つーか、何がだよ」

「口。よだれ。スィンがばらしていたら袋叩きですよ」

 

 その言葉にあわてて口をぬぐうガイを横目に、ジェイドはスィンからの警告を反芻していた。

 

『命が惜しいなら、気を許さないほうがいいですよ』

 

(兄同様、何を隠しているのやら……)

 

 先を行く彼女の背中を見、未だに水浴びをめぐってぎゃあぎゃあ言い争う彼らを見、ジェイドはふっ、と息を零した。

 

 

 

 

 

 

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