the abyss of despair   作:佐谷莢

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第二十五唱——砂に沈みし遺跡での再会

 

 

 

 

 

 その後、魔物に混じって旅人狙いの盗賊に幾度か襲われたものの、一行は何の問題もなく遺跡に到達した。

 

「──みつけた」

 

 突然スィンがそう言って走り出した。

 走りにくいはずの砂の丘を難なく駆け上がっていくその姿を追い、一行は現れた廃墟郡を突っ切っていく。

 一際大きな、ところどころ崩れかけた建物のようなところの入り口に立ち、スィンは中をのぞいていた。

 

「この中か……」

「中は暗そうですわね……」

 

 ナタリアの不安そうな声を受けて、ミュウが短い手で挙手した。

 

「ミュウが火を吹くですの」

「ずっと吹き続けるのか? 無理無理」

 

 が、ルークのもっともな意見で却下されてしまった。鼻であしらわれた、といったほうが正しいかもしれない。

 

「風があるせいか、周囲に陸艦の痕跡が残っていませんね」

 

 周囲を見回ってきたらしいジェイドが、入り口で外套を脱いでいる。それに倣いながら、ティアが呟いた。

 

「立ち去った後か、それともまだ居るのか……」

「とにかくイオン様の手がかりがあるかもなんだから行きましょうっ!」

 

 元気よく、それでいてわずかにあせったようなアニスが、外套を荷袋に押し込みながら続ける。

 外套を外したスィンが虚空に手を差し伸べた。差し伸べた先は、崩れてわずかに日が差している。

 

「……レム、欠片を頂戴」

 

 そんな呟きが洩れた後、差し伸べた手のひらに輝きが収束し、煌々と輝きを放つ光球が出来上がった。

 ふわ、と空中を漂い、一行の行く先を照らしている。

 

第六音素(シックスフォニム)の塊……ですか」

「はい。松明と違って、これならすぐにでも消せるので」

 

 一度来た場所ではあるものの、やはり数年立っているせいか、そこかしこでの損傷が目立った。

 ゆっくりと、注意深く螺旋階段を下りていく彼女の後ろを一行が続く。

 螺旋階段を降りきった先には、同じような通路が続いている。そこから先は完全な地下世界となっていた。

 恐れる様子など微塵にも感じられない足取りでスィンはすたすた進んでいたが、ふとその足が止まる。

 

「どうしたの?」

「あそこ……」

 

 スィンの指す先に、自ら光を放つ結晶のようなものが宙を浮いていた。

 一行が近寄ってみても、それがなんなのか、とりあえずルークには判別できない。

 

「ん? なんだこりゃ」

「ルーク! うかつに近づいては危険よ」

 

 ティアが警告を放つも、ナタリアは同意見ではないらしい。

 

「でも、綺麗ですわ。危険そうなものには見えませんわよ」

 

 自然界の中にはそうやって相手を油断させるものが数多く存在するのだが。確かにそれはそう信じたくなる幻想的な輝きを放っている。

 

「おや、これは……」

 

 ジェイドが正体を推測する前に、ミュウはぴょんぴょん跳ねながらその結晶へ近づいた。

 

音素(フォニム)ですの! 第二音素(セカンドフォニム)ですの!」

 

 そのまま宙を浮く結晶に自分の体を──というかソーサラーリングをかざしている。

 

「え? なんで音素(フォニム)が目視できるの?」

「それだけ濃度が高いのでしょうね。恐らくここはフォンスロットにあたるのでしょう」

 

 アニスの質問に、ジェイドが答え、ルークの質問にはティアが答えた。

 

音素(フォニム)っていまいちよくわかんねぇんだよな……」

「全ての生命体や構造物は、固有の振動とそれに伴う音を発しているわ。それらは六つの音素(フォニム)に大別され、振動と結合の細かな差によって個という存在が確立しているの」

 

 ティアによる説明を、ルークは黙して聞いていたが、理解しているかどうかは怪しい。

 

「つまり、物質を構成する元素の一つってことさ。おまえも音素(フォニム)と元素でできてるんだよ」

「こんな風に目に見えるほど、一つの音素(フォニム)だけが結合しているのは珍しいのよ」

 

 と、話が一段落したところで、ナタリアがミュウに眼を向けた。

 

「ところでミュウ。あなたは何をしていますの?」

「ソーサラーリングに音素(フォニム)を染み込ませてるですの! 族長が言ってたですの! 音素(フォニム)を染み込ませると、リングが強力になるですの!」

「ふーん。強力にねえ……」

 

 あまりアテにしていなさそうな表情でルークが呟く。

 

「で、実際どんな感じ?」

「みゅうううぅぅ。力がみなぎってくる!」

 

 珍しく興奮したようなミュウに全員が眼を見張ったものの、すぐに萎えた。

 なぜなら。

 

「……ような、そうでないような感じですの」

「なんだそりゃ。くだらねぇ……」

 

 しかし次の瞬間、ミュウの様子が一変した。

 

「みゅみゅみゅみゅみゅうぅぅ! 力が……みなぎるですのー!!」

 

 内から湧き上がる気持ちの高揚を抑えられず、ミュウはぴょこぴょこ飛んで瓦礫の前へ立つと、体を丸めて結構な勢いで体当たりした。

 結果、あんなにやわらかい体のチーグルがどうやって、と思いたくなるような破壊力で瓦礫が砕ける。

 

「すごいですの! 何でも壊せそうですの!」

「ソーサラーリングが強力になったということで、装備者のミュウが新たな力を得たということかしら?」

 

 ティアの考察を受けて、スィンは膝をついてミュウを呼んだ。

 

「ミュウ。ソーサラーリング見せてくれる?」

「はいですの」

 

 お腹に装着されたソーサラーリングの表面を指で触れ、軽く感嘆した。

 

「……へー」

「どうした?」

 

 ガイの質問で振り仰いだスィンは、ジェイドの姿がないことを気づいた。

 

「結晶体となった音素(フォニム)がリングを削ったらしくて、文字が刻まれています」

「文字? なんて刻まれてるんだ?」

「譜ではないかと。これが新たな力となっているようです」

 

 ちら、と視線を流せば、スィンの隣でソーサラーリングを興味深そうに眺めているジェイドの姿があった。

 じりじり、と膝をついたまま間合いを開ければ、じゃりじゃりと砂礫の音がついてくる。

 

「そのリング、前からなんか書いてあったよな?」

「多分それは、今までミュウが使っていた第五音素(フィフスフォニム)の力よ。今回、新たに譜が刻まれたことで新しい譜術を得たのね」

「新しい力ですのー!!」

「うぜーっつーの、このブタザル!」

 

 大喜びするミュウをルークは怒鳴りつけたが、今回ばかりはミュウも気にしていなかった。

 

「このリングを見ると、もう一つくらい譜が刻めそうですね」

 

 スィンが離れたことに気づいてか否か、ジェイドは継続してミュウのソーサラーリングを観察している。

 

「へぇ~。じゃ、また音素(フォニム)が集まるところを見つけたら試してみるしか!」

「ボク、がんばってもっともっとお役に立つですの!」

 

 そんな場所は本当に希少だろうな、と考えながら、スィンはジェイドが離れたことを確認して再度ミュウのソーサラーリングに触れた。

 小さな小さな文字が指の表面を伝わってその意味を語ってくる。

 ひどく懐かしい気分に襲われた。

 

「……約に従い、イフリート……ら、ここに……」

「スィン?」

 

 ナタリアの声を聞き、びくっ、と体を震わせて、スィンが一気に覚醒する。

 

「な、何ですか?」

「どうかしましたの? いきなり何かを呟き始めて……」

「いや別に何にも。あ、そうだ。ここ思ってたよりも長年の風化による損傷が激しいようです。いきなり足場が崩れたり、いきなり瓦礫が降ってきたり、ということも十分ありえますのでお気をつけくださいませ!」

 

 普段聞いたこともないような早口でまくしたてられ、ナタリアが困惑している間にスィンは元来た道を辿って本来のルートを示した。

 

「その先は行き止まりです。何にもないようなところだから、イオン様はおそらくいないと考えられます」

 

 だからこっちです、ひらひらと手招くスィンに、一行は首を傾げながらも従っている。

 

「ここの一番奥には何かあるんですか?」

「……さっきご自分でおっしゃられたではありませんか。ここはフォンスロットに当たるのだろう、って」

 

 すでに教団から脱退しているとはいえ、ずばりそのものを言うことは控えたスィンを見て、ジェイドはふむ、と頷いた。

 同時にスィンの肩に腕を回し、自分の方へ抱き込む。

 意外なことに、彼女は抵抗しなかった。

 

「大佐! スィン!」

 

 直後、がらがらと音を立てて崩れてきた都市上部の瓦礫が、二人の立っていた場所へ降り注いだ。

 もうもうと砂埃が舞う中、小さな人影がそれよりも大きな人影を突き飛ばして逃げるように離れていく。

 やがて塵芥による目隠しが消えたとき、二人はお互い妙に離れた位置で対峙していた。スィンは口をへの字に曲げ、ジェイドは本当にわずかな笑みを唇に刻んでいる。

 

「……一応お礼は言っておきます」

 

 ムスッとした彼女の言葉に、ジェイドはやれやれといった感じで肩をすくめた。

 

「つれない人ですねえ」

「紳士的なのは結構なことですが、僕以外の人にやってあげてください!」

 

 せっかく慣れかけてきたのに、と自分の腕を抱くようにして抗議するスィンから眼を外して、ジェイドは何の前触れもなく落下してきた瓦礫を見やる。

 

「確かに風化が進んでいますね」

 

 瓦礫の量はそれなりに大量で、どかすにはひどい手間がかかると思われた。別のルートはあるかどうかもわからない。

 

「……んだよ、邪魔な岩だな! おいブタザル。さっきの奴で岩を壊せ」

「はいですの!」

 

 時間短縮か、手間かけさせんなという思いか、とにかく主人からの命に従い。ミュウは小さな体をぐるりんっと巻いて瓦礫の山に体当たりした。

 先ほど披露した力とたがわず、ミュウの体が勢いを伴って邪魔な岩を砕き弾く。その威力に、アニスが思わずのけぞって驚いていた。

 

「はうあっ!? すごっ!?」

 

 ナタリアはといえば、そのあまりの威力に使用者の負担を気にかけている。

 

「なんだか、可哀相ですわ。ミュウ、痛くはなくて?」

「譜術なんだろ? 大丈夫だって」

 

 フォローするように言ったルークではあったが、彼女はじろりと婚約者を見た。

 

「ルーク。わたくしはミュウに聞いておりますのよ」

「平気ですの! 心配してくれてありがとうですの! ナタリアさんは優しいですの!」

 

 無邪気そのもの、というイオンと似通ったミュウを微笑ましく見ながら、ティアもちくりとルークに皮肉を告げる。

 

「本当ね。少しは見習ったら?」

「……るせぇなあ」

 

 機嫌を損ねたか、ルークは瓦礫をかきわけて一人でずんずん先を進んでしまった。

 ちなみにその先には、ジェイドから逃げたことによって一行から分断されてしまったスィンがいる。

 

「おい! 早く来いよ!」

 

 一行を促す彼を見て、ジェイドが含み笑いを洩らした。

 

「こういうところは似てますねえ」

「誰にですか?」

「ナタリアに……だろ?」

 

 ガイの言葉に、ナタリアは頬を膨らませている。

 

「まぁっ! 失礼ですわ!」

 

 そのままスタスタとスィンとルークに合流してから、彼女は振りかぶって一行を呼んだ。

 

「ほら! 早く行きますわよ!」

 

 意識していないのか、先ほどのルークとまったく同じ行動になっている。それに思わず笑みをこぼしながらも、一行は地下都市を攻略していった。

 瓦礫が降ってくることも、通路が崩れることも多々あったものの、これといった障害もなく着々と深奥まで進んでいく。

 

「この辺りの廃墟は、オアシスに点在していたものに酷似していますね」

「二千年前までは、あそこもこの都市の一部だったらしいからね」

 

 ジェイドに向けられたと思われるティアの質問を、スィンが勝手に答えた。

 六神将がイオンをここへ連れてきた理由はいいとして、どうして一行をここへ呼び出したのか、ディストによるルーク・アッシュ間の回線開通──チャネリングはヴァンの提案だったのか否か、ジェイドはどこまで事実関係を把握しているのか。

 そんなことを延々と考えているうちに、思わず口に出てしまったのである。

 

「都市? では、昔はこんな地下空間にも人が住んでいたということですの?」

「ここが地下になったのは、ここら一帯が戦争による天変地異で砂漠化して、長い年月をかけて砂の中に埋もれていったからですよ」

「天変地異ねえ……」

 

 ルークはあまり興味なさそうに足を進めていたが、ふと気になってスィンの背中を見た。

 

「砂漠化したんなら、なんでオアシスになんてなってるんだよ」

「あそこにあった水源から巨大な譜石が突き刺さっていました。あれが落下した衝撃で地下水脈を刺激したのではないかと」

「そういえば、一杯百ガルドで販売してたっけな」

 

 水筒の中身を補充しようとしてぼったくられそうになった、とガイが零した。

 

「寄付金ってことになってますけどね。二人やイオン様には悪いと思うけど、ローレライ教団ってセコいと思うよ」

 

 ひょい、と振り返って神託の盾(オラクル)に所属する二人を見ても、特に怒っている様子は見受けられない。アニスなどは賛同すらしていた。

 

「んー、確かにそうかもね~。貿易なんかでもダアトを通すと、ばっちり関税とっちゃうし。でも、寄付だけじゃあダアトは成り立たないから」

「そういえば、ザオ遺跡にはどんな由来がありますの?」

 

 ナタリアの質問を受けて、スィンは軽く首を傾げてジェイドを見る。

 

「どういう由来があるんです?」

「さあ、歴史全般は専門外ですので。スィンは知らないのですか?」

「調べようとしたら、その文献は偉い人でないと見られない、と司書の人に言われてしまいまして」

 

 二人とも知らない、という事実に、ルークはへっ、と軽く笑った。

 

「ジェイドでも知らないことはあるんだな」

「ルーク様。生き字引じゃないんだから、そりゃあいくらでもあると思いますよ」

「……まあ、私も若輩者ですから、スィンの言う通り知らないことのほうが多いと思いますよ」

「若輩者かあ……大佐、もう三十越えてますよね?」

 

 スィンの突っ込みを軽く流したジェイドに、彼と親子ほども離れているアニスが呆れている。

 

「はい。ですが、人間性に磨きをかけ、円熟味が出るのは……そう、早くて四十以降でしょうか。よい歳の取り方をして、名のある遺跡のように風格が出れば、と思っていますよ」

 

 もう十分独特の風格が現れている気がしたが、彼ともっとも付き合いの浅いナタリアは感心したように言う。

 

「まあ、よい心がけですわ」

「ま、そのためには若い者をいびり倒そうかと」

 

 どうやら彼のイヤミスイッチは、ここのあたりから起因しているらしい。

 

「……呆れた心がけですわ」

「さっきは自分を若輩者とか言ってたくせに……」

 

 ナタリアの一言は聞き流したものの、スィンの一言には目くじらを立てたようである。

 

「はっはっは。それでは、スィンの異性恐怖症を治すために私も一肌脱ぎましょうかー」

 

 なんの脈絡もなく頭を撫でられそうになり、スィンはバックステップでそれを避けた。

 

「大佐。セクハラで訴えますよ」

「頭を撫でようとしただけではありませんか」

 

 抜刀の体勢になってじりじりと間合いを計るスィンを、ガイの声が制止する。

 

「その辺にしとけって。目的がここみたいに風化しかかってるぞ」

「……失礼しました」

 

 鯉口を切っていた緋色の長刀──血桜を収めて、再び先頭を歩いた。今のやりとりで思わず浮かんだ汗をぬぐい、今も沈みゆく都市を歩く。

 何度も上ったり下がったりを繰り返しつつ、やがて一行は大幅に婉曲した通路に差しかかった。

 

「この先に神殿があります。神殿の入り口には封印が施されてるはずだから、そこが最奥だと考えてよろしいかと」

 

 暗にイオンたちの所在をほのめかされ、一行の緊張感は見る間に張り詰めていった。

 自然と前衛メンバーが前に立ち、着実に神殿へ近づいていく。

 やがて、確かに神殿のような建物が見え始め、その入り口にイオンと、その白い法衣とは真逆の、漆黒の外套をまとう血の色のような髪を背中に流した男が立っていた。

 誰からともなく走り出し、全員がそれに続く。と、その行く手を阻む影が現れた。

 

「導師イオンは儀式の真っ最中だ。おとなしくしていてもらおう」

 

 巨漢の影の正体は、タルタロス襲撃時と同じ巨大な大鎌を肩にかけたラルゴだった。

 

「六神将……!」

「なんです、おまえたちは! 仕えるべき方を拐わしておきながら、ふてぶてしい!」

「シンク! ラルゴ! イオン様を返してっ!」

 

 ティアは誰何の声を上げ、ナタリアは彼らに対し臆することなく叱責を上げ、アニスは拳を握りしめてどこかで聞いたような台詞を口にしている。

 が、シンクは最後の一言だけに反応し、わずかに首を振った。

 

「そうはいかない。奴にはまだ働いてもらう」

「なら力ずくでも……」

 

 こいつら相手に説得は不可、と学習したか、ルークは血気盛んにも腰の剣に手をかける。

 その彼に、ラルゴは嘲笑すら浮かべて揶揄を放った。

 

「こいつは面白い。タルタロスでのへっぴり腰からどう成長したのか、見せてもらおうか」

「はん……ジェイドに負けて死にかけた奴が、でかい口叩くな」

 

 当時の記憶──そのラルゴに恐怖した自分を棚に上げて、ルークは応戦している。

 

「わははははっ、違いない! だが今回はそう簡単には負けぬぞ、小僧……」

 

 豪胆にもそれを笑い飛ばしながら、ラルゴは肩に負っていた大鎌を振り上げた。

 

「六神将烈風のシンク。……本気で行くよ」

「同じく黒獅子ラルゴ。いざ、尋常に勝……!」

 

 二人が名乗りを上げている間に、姿勢を低くしたスィンは抜く手も見せずに二人へ接近している。

 問答無用で斬りつけるかと思いきや、二人の間を素通りして神殿への入り口へ駆けた。

 

「スィン! そちらは任せましたよ!」

「はい!」

 

 アッシュに加勢をさせまいとするスィンの意図に気づいたジェイドが、声を張り上げ術の詠唱に入る。

 スィンに気を取られ、ラルゴもシンクも一行から眼を離していた。これは最大の好機である。

 

「ちっ……」

 

 ジェイドが放ったロックブレイクを軽やかに避け、シンクは忌々しそうにスィンの背中を睨んだ。その彼女は、アッシュと刃を交えて睨み合っている。

 

「イオン様! ご無事ですか?」

「え……あ、はい。大丈夫です」

 

 アッシュの肩越しに息災かを問われ、イオンは目を白黒させながらもこくん、と頷いた。

 その割には顔色が悪いようにも見える。スィンが知る限り、彼らがイオンに何をさせた、あるいは何をさせようとしたのかは、はっきりしていたが──

 

「余裕かましてんじゃねえっ!」

 

 はっきりとした苛立ちをあらわとし、鮮血のアッシュが剣を繰り出してきた。まともに合わせず大半を受け流しながら、ちらちらとイオンと見る。

 彼ははらはらしながら、主にルークたちの戦う戦場を見ていた。

 多人数であるために、あちらのほうが派手で、更にアニスも戦っているからであろう。

 今なら──

 

「っ!」

 

 緋色と漆黒の刃を噛み合わせたまま、押す力に逆らわずしてあらぬ方向へ持っていった。

 バランスを崩した直後、袖に何かを差し込まれ、戸惑っているアッシュから大きく間合いを取る。

 差し込まれたもの、棒手裏剣にアッシュが眼を落としたとき、戦況が大きく変化した。

 

「きゃあっ!」

 

 眼をやれば、いつの間にか接近を許していたナタリアにラルゴが大鎌を振りかぶっている。

 スィンは巨漢の背中へ駆け寄りながら、聞こえよがしに叫んだ。

 

「ナタリア様っ!」

 

 びくっ、とラルゴの挙動が一瞬鈍る。その隙をついて後ろから膝を蹴ってバランスを崩させ、大上段から肩口へ刃を叩きつけた。

 

「ぐっ……!」

 

 血に濡れた血桜をそのままに、ナタリアを伴って後ろへ下がる。援護に来たアニスにラルゴの相手を任せてもう一方を見て、スィンはぎょっとした。

 ガイがルークに斬りかかっている。

 シンクに当てようとして逃げられ、その先にルークがいたのか、本当にルークを狙ったのかはわからなかったが、止めるしかなかった。

 耐えるルークを真横へ突き飛ばす。無表情でルークを追うガイの目を見て、前者だと判断した。

 ガイの手に対して抱きつくようにすれば、彼ははっと正気に返り、目の前のスィンを見て大仰に飛び退る。

 それを最後まで確認することなくシンクに目をやれば、彼は前線へ出てきたジェイドと接近戦をこなしていた。

 

「このっ!」

 

 血桜を水平に構えて突進すれば、シンクはジェイドから逃れて、向かってきたスィンに片手を突き出した。

 わずかにのぞいた唇がいやに歪んでいる。

 それに気づいたとき、スィンは自分の左手が勝手に動いたことに気づいた。

 

「……った、大佐、逃げて!」

 

 剣帯にはさんでおいた譜銃が制御の利かない左手によって奪われ、引き金に指がかかる。

 慣れない動作のはずなのに、左手はなめらかに動き、銃口が、照準がジェイドに合わせられた。

 引き金が容赦なく引かれる。

 引かれた直後にスィンは自分の手首を殴って譜銃を自力で落とさせた。

 暴走した左手をしっかりと捕まえ、ジェイドの視線から逃げるようにシンクへ眼をやれば、彼は──否、六神将の二人はそれぞれ負傷した場所を押さえて地面に膝をついている。

 

「……くっ……」

「ぬぅっ……!」

 

 へたり込む二人を見て、アッシュは持っていた棒手裏剣を懐へねじ込んだ。

 

「二人がかりで何やってんだ、屑!」

 

 イオンを扉の前に残し、アッシュは黒剣を手に駆けた。皆の見ている前でルークが応戦する。

 その姿に、初めて邂逅を果たしたときの戸惑いはない。ただ──

 

「今のは……今のは、ヴァン師匠(せんせい)の技だ!」

 

 そう。二人の剣戟はさながら鏡を合わせたように同じ動きで、更に埒があかないと繰り出されたのは、同じ師から伝授された同じ技であった。

 

「どうしてそれをおまえが使えるんだ!」

 

 同じ顔、その上同じ技まで使われて心底混乱しているルークに、アッシュは音高く舌を打っている。

 察しの悪いルークに腹を立てるように。

 

「決まってるだろうが! 同じ流派だからだよ、ボケがっ! 俺は……!」

「アッシュ! やめろ!」

 

 さすがにその先はまずいと、シンクは頭に血が上っているアッシュを落ち着かせるように、その肩を掴んだ。

 

「ほっとくとアンタはやりすぎる。剣を収めてよ。さあ!」

 

 しぶしぶアッシュが応じたのを見て取って、彼は警戒を崩していない一行の前へ立った。

 

「取り引きだ。こちらは導師を引き渡す。その代わり、ここでの戦いは打ち切りたい」

「このままおまえらをぶっ潰せば、そんな取り引き成り立たないな」

 

 当然のようにガイが却下を促したが、まったく調子を変えずに寄越された一言に、全員が息を呑む。

 

「ここが砂漠の下だってこと、忘れないでよね。アンタたちを生き埋めにすることもできるんだよ」

「むろんこちらも巻き添えとなるが、我々はそれで問題ない」

 

 本気なのかはったりなのか、彼らの表情からそれを読むことはできなかった。

 唯一感情を表に出しているアッシュを見ても、しかめ面は揺るぎもしていない。

 

「ルーク。取り引きに応じましょう。今は早くイオン様を奪還して、アクゼリュスへ急いだほうがいいわ」

「陸路を進んでいる分、遅れていますからね」

「……わかった」

 

 ティアとジェイドの助言に、ルークはいぶかしげにアッシュを見据えたまま下がった。一方で、イオンがラルゴに促され、こちらへ歩いてくる。

 

「イオン様! 心配しました……」

「……迷惑をかけてしまいましたね」

 

 弱々しく微笑むイオンに、アニスはとんでもないとばかりにぶんぶんと首を振った。

 その空気をぶち壊すような声が飛び込んでくる。

 

「そのまま先に外へ出ろ」

 

 切り札はこちらが握っている、と言わんばかりにシンクは命令した。

 

「もしも引き返してきたら、そのときは本当に、生き埋めにするよ」

 

 底冷えのする声に本気を感じながら、譜銃を拾ったスィンは軽く咳をしながら一行の後に続く。

 神殿前を過ぎ、通路に差しかかると、スィンが咽喉になにかつまったのかと思うくらい激しく咳き込んだ。

 まるで肺炎でも患っているかのように、音がこれ以上ないほど濁りきっている。

 あまりにひどい咳を聞いて、ルークはげげ、と距離を取った。

 

「きったねーな! 咳するならあっち向いてしろよ!」

 

 その言葉を受け、彼女は無言でそっぽを向いた。咳はまだ止まらず、会話が不可能なためである。

 しかし、この暴言に仲間たちが反発した。

 

「ルーク……あなたは本当に思慮が足りませんねえ」

「同感ですわ! よりにもよって、なんてことを仰るの!」

 

 大事ありませんか? とナタリアがスィンの背中をさすると、彼女はやんわりそれをやめさせた。

 しかし依然咳は止まらず、ぜいぜいと苦しげに呼吸している。

 

「スィン」

 

 見かねてガイが彼女へ近寄ると、スィンは苦しい呼吸の中、聞き慣れた者でないとよくわからない言葉を発した。

 

「スィン、なんだって?」

「先に行っててくれ、だとさ」

 

 この状況下において危険極まりない発言に、ティアは眉をひそませた。

 

「何を言っているの! 何なら私が背負うわ。置いていくなんて……」

「……少し休めば治まるから。これからあんな螺旋階段登らなきゃいけないのに、女の子に荷物背負わせるわけにはいかないよ」

 

 咳を押さえ込んだスィンがひどく冷静な意見を述べた。

 

「ならここで休憩したほうが……」

「六神将がこっちを睨んでる。あんまり刺激しないほうがいいよ。前に調査しに来たとき、入り口へ戻れる抜け道も知ってるし……」

 

 それに、とルークを見やる。

 

「ヴァン謡将に、早く追いつきたいでしょう?」

 

 わずかに含まれた揶揄に対し、ルークは当たり前だがカチン、ときた様子でスィンに背を向けた。

 

「そこまでわかってんなら上等だ。もう行こうぜ!」

 

 振り返りもせず早足で歩き去るルークの背中を見送って、スィンは残りの面々にも続くよう促した。

 大丈夫ですから、と念を押す。ルークが行ってしまったこともあり、彼らはしぶしぶ承諾した。

 

「いいですか? 何かされそうになったら、大声を上げるのですよ?」

 

 去り際、そう残してちらちら振り返る皆を見送ってから、スィンは膝をついて大きく深呼吸した。

 再び咳がこみ上げる。

 こらえるのをやめて盛大に咳き込めば、覆ったてのひらにぬるぬるした何かが付着した。痰なのか他のものなのか、確認もしないで地面の砂になすりつける。

 正体を見て、嫌な予想が当たっていたら、彼らを追う気力が萎えてしまうだろう。それが怖かった。

 壁にもたれて六神将の様子をうかがえば、彼らはスィンを用心深く監視しながらこれからの動向を話し合っていた。

 

「どうする? 追い払うか?」

「ほうっておけ。どうせ動けんだろう、ついてきたら殺せばいいだけだ」

「しかし……」

 

 アッシュとラルゴの言い合いが続く中、スィンに向かってひとつの足音が近づいてきた。

 

「シンク?」

「ちょうどいい。あいつには聞きたいことがあったんだ」

 

 ──シンクが来る。

 ずかずかと、無造作に間合いを詰めてくるシンクを前に、スィンは軽く唾を飲み込んで顔を上げた。

 無理をすれば動ける。とはいえ、今から走っても追いつかれるのが関の山。

 

「……カースロットなんか使えたんだ。前の導師は使い勝手が悪いから、って使おうともしなかったのに」

「やっぱり知ってたのか。あせっただろうねぇ、アンタにかけるつもりなんかさらさらなかったんだけど、面白いことがわかったからよしとするよ。それより……」

「そんなに知りたいなら、ダアトの加工譜石でも調べれば? 最も、それが出来ればの話だけど。レプリカには難しい……いや、つらいか」

「!」

 

 掴みかかってきたシンクをいなし、通路側に向かって大きく下がる。

 懐から取り出した手のひらに収まる黒玉を地面へ力いっぱい叩きつけた。

 途端、真っ白な煙が視界を覆い隠す。それが晴れた後、残っていたのは地面に残る赤い染みだけだった。

 

「ちっ……」

 

 捕まえ損ねた手を引いて、シンクは気を取り直したように神殿の扉へ歩いていく。

 一連の行動には触れず、その後を追うラルゴをみやり、アッシュは懐にねじ込んだ棒手裏剣を──くくりつけられていたくしゃくしゃの紙をちらりと見下ろした。

 

「その気があるなら、ルークたち一行をケセドニアに一晩足止めして。国境線上に立つ酒場の前にて。シア」

 

 見覚えのある懐かしい字で、手紙には走り書き程度の言葉が綴られていた。

 

 

 

 

 

 

 

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