the abyss of despair   作:佐谷莢

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第二十八唱——序曲の名は、奈落への行程

 

 

 

 

 翌日。一行は連れ立って、マルクト領事館の扉を叩いた。

 受付の女性を介して領事の元へ案内される。

 

「大佐。ルーク様。お待ちしておりました。グランツ謡将より伝書鳩が届いています。グランツ謡将は先遣隊と共に、アクゼリュスに向かわれるそうです」

 

 領事によって告げられた事実に、ルークは口を尖らせて不服を示した。

 

「えーっ!? 師匠(せんせい)早すぎだよ!」

「僕たちも急がなければ」

 

 と、そこへ。領事が引き出しから大きめの筒を取り出した。

 

「スィン・セシルという方宛てに、書簡を預かっておりますが……」

「僕?」

 

 入れ物の筒もさることながら、それなりに立派な書簡であることに首を傾げるふりをしながら受け取りに行く。

 書簡の封蝋は、破られていた。

 

「誠に失礼ではありますが、内容を検閲させていただきました」

「……わかりました」

 

 視線に気づいたのか、女性領事が丁寧に、しかしじむてきに謝罪を述べる。

 それに頷き開こうとして、どさりという音と「ガイ!?」というルークの声に反応して書簡を懐へ押し込んだ。

 振り返れば、ガイが膝をついてその場にうずくまっていた。ルークが咄嗟に助け起こそうと近寄るが、差し出された手を払い更に突き飛ばしてルークに尻餅をつかせている。

 

「ガイ兄様!?」

「いてて……! お、おい。まさかおまえもアッシュに操られてるんじゃ」

「いや……別に幻聴は聞こえねぇけど……」

 

 押し殺したような声音のガイにジェイドが近寄り、彼が自らの腕で押さえている部分を観察した。

 

「おや。傷ができていますね。……この紋章のような形。まさか『カースロット』でしょうか」

 

 聞きなれない単語にルークが尋ねると、ジェイドではなくイオンがそれに答えた。

 

「人間のフォンスロットへ施すダアト式譜術の一つです。脳細胞から情報を読み取り、そこに刻まれた記憶を利用して人を操るんですが……」

 

 そこで、不気味な光を放っていたガイの傷から光がなくなる。

 次の瞬間、スィンが悲鳴のような警告を放った。

 

「危ないっ!」

「!」

 

 ガイの傍にしゃがんでいたジェイドに、緋色の刃が襲いかかる。

 左腕だけが勝手を働いているように見えるスィンの右手が、自分の手首を掴んで軌道そのものをそらしたものの、血桜は呼ばれたかのように今度はナタリアへ切っ先を向けた。

 

「……このっ!」

 

 掴んだ左手首を、全体重かけて床へ押しつける。長刀は彼女の手から離れ転がったものの、左腕は抵抗を示しているのか、スィンは左手を自分の膝で踏みつけた。

 イオンが進み出て調べると、不意にその顔が驚愕に染まる。肘から手首にかけての部位にガイのものと同じ傷を見つけたからだ。

 どうにか落ち着いたスィンが、袖を持ち上げるイオンの手をやんわり外す。

 

「医者か治癒師を呼びますか?」

「……俺は平気だ。それより船に乗って、早いトコヴァン謡将に追いつこうぜ」

「……お気遣い、ありがとうございます……でも、へーき、です……」

 

 マルクト領事の気遣いに礼を言いつつも、スィンはガイの言葉に従った。

 

「……でも、ヤバくないのか?」

 

 腕を押さえて立ち上がったスィンと、未だにうずくまっているガイを交互に見ながら気遣わしげにルークは言ったが、イオンの言葉で決定する。

 

「カースロットは術者との距離で威力が変わるんです。術者が近くにいる可能性を考えれば、ケセドニアを離れた方がいい」

「それではこちらからどうぞ」

 

 領事に案内され、ルークに支えられて歩くガイを気遣わしげに見ながら、イオンの呟きを耳にした。

 

「ダアト式譜術を使えるのは導師だけ……。やはり彼は……」

 

 憂いを帯びた表情で目を閉じたイオンだったが、アニスに促されて皆の後についてくる。

 その足で船に乗り込み出港すると、ガイの体調は嘘のように回復した。

 

「おかしいな。ケセドニアを離れたら、すっかり痛みがひいたわ」

「なんだよ。心配させやがって」

「悪い悪い!」

 

 冗談めかしてルークが言えば、ガイもまた調子を合わせると、ジェイドが船のへりによりかかって書簡の中身を読んでいるスィンを見た。

 

「あなたはどうですか?」

「……んーと、治っちゃったみたい、です」

 

 ぐしゃっ、と高価な羊皮紙を両手で握りつぶし、スィンは顔を上げてジェイドの顔を見る。

 

「じゃあやっぱり、カースロットの術者はケセドニアの辺りにいたのね」

「早めにケセドニアを出て正解でしたのね」

「ああ、そうだな」

「そですねー……」

 

 二人の言葉にどこか上の空で反応しているスィンをいぶかしがりながらも、ガイは腕をさすって海の彼方を見た。

 

「そういやこの傷をつけたのはシンクだったけど、まさかあいつが術者かな」

「おそらくそうでしょうね」

 

 珍しく、イオンがそう断言している。彼がさきほど呟いていた言葉のこともあり、ほとんどシンクの正体を確信していると思われた。

 密命を早めに済ませ、ダアトへ亡命すること。

 体調を心配する文面に隠された暗号を解読すればそんな内容になる書簡は、やはりヴァンから送られてきたものだった。

 

「ねぇスィン。差出人は誰?」

「……さあね」

 

 ジェイドに声をかけられた際、思わず握り潰してしまったそれを丁寧にたたむ。

 アニスの質問をはぐらかして、指先に結集させた第五音素(フィフスフォニム)を当てると、簡単に燃え上がった。

 

「あ……!」

 

 あっという間に炎に包まれたそれを潮風に流せば、風にあおられ激しい火の手を上げて、手紙は海の彼方へ消えていく。

 

「よ、よかったのか?」

「ええ。問題ありません」

 

 あっけに取られていた一行の疑問を代表したガイに、スィンは淡々と甲板を立ち去った。

 もう後には戻れない。覚悟を決めなければいけない。自分の気持ちを整理する、ほんの少しの時間がほしかったから。

 書簡が入っていた筒に、懐に入れていた漆黒の短刀を入れてしっかりと封をする。

 それを荷袋に押し込めて、スィンは船室の片隅で瞑想を始めた。

 惨劇への扉を目指し、一行は着々と歩んでいく。

 

 

 

 

 

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