the abyss of despair   作:佐谷莢

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第二十九唱——奏でしは、耳障りな不協和音

 

 

 

 何の滞りもなくカイツールの軍港に着き、時間短縮を考え馬車を御者付きで拝借し。一行はデオ峠へたどり着いていた。

 峠であるために馬車では通れず、アクゼリュスへは徒歩で赴くしかない。

 ここで、不響和音は起こった。

 

「ちぇっ。師匠(せんせい)には追いつけそうにないな。砂漠で寄り道なんかしなけりゃよかった」

 

 結局師匠(せんせい)に会うことができなかった、というか共に旅することができなかったルークが、唐突にそんなことを洩らしたのである。

 

「寄り道ってどういう意味……ですか」

 

 下心あってか、それとも別の理由か、アニスは素直な感情を抑えて聞いた。

 

「寄り道は寄り道だろ。今はイオンがいなくても俺がいれば戦争は起きねーんだし」

 

 思い上がりもはなはだしい、彼のような境遇でさえなかったら、頭を疑いたくなる発言である。

 アニスは呆れてつい本音をストレートに呟いた。

 

「あんた……バカ……?」

「バ、バカだと……!」

 

 かっとなるルークに追い討ちをかけるよう、ティア、ナタリアが続く。

 

「ルーク。私も今のは思い上がった発言だと思うわ」

「この平和は、お父様とマルクトの皇帝が、導師に敬意を払っているから成り立っていますのよ。イオンがいなくなれば、調停役が存在しなくなりますわ」

 

 彼女の発言を受け、イオンはルークを擁護するでもなく淡々と認識の間違いを正した。

 

「いえ、両国とも僕に敬意を持っている訳じゃない。『ユリアが遺した預言(スコア)』が欲しいだけです。本当は僕なんて必要ないんですよ」

 

 おそらくシンクの正体を悟ってしまったからだろう。どことなく寂しそうに呟くイオンに、ガイが思わずフォローを入れた。

 

「そんな考え方には賛成できないな。イオンには抑止力があるんだ。それがユリアの預言(スコア)のおかげでもね」

「なるほどなるほど。皆さん若いですね。じゃ、そろそろ行きましょう」

 

 急にうそくさい満面の笑顔になってとっとと先を行きだしたジェイドの背中に、ガイが誰ともなく呟いている。

 

「この状況でよくあーいう台詞が出るよな。食えないおっさんだぜ」

「まったくです」

 

 少しでも空気を軽くしようとあがいてみるが、効果はなかった。

 一行が先を行き、ふてくされたルークがその最後尾を行く。その後からミュウがちょこちょこついて行き、結果的にスィンがしんがりを努めることになった。

 が、それも束の間のこと。

 無意識のうちに早足になっているルーク、そして急斜面になっていくにつれ、イオンの体調を考えて故意に足取りを遅くしていく一行は、徐々に入れ替わりを見せる。

 峠の中間点、もっとも上がり下りの傾斜が厳しいその斜面で、ついにイオンが限界を見せた。

 

「はぁ……はぁ、はぁ」

「イオン様!」

 

 膝をついて肩で息するイオンに、傍を歩いていたアニスが悲鳴を上げる。

 彼を護衛するように歩いていた面々──先頭を歩いていたルークとその傍を歩くスィン以外が彼に駆け寄った。

 

「大丈夫ですか? 少し休みましょうか?」

「いえ……僕は大丈夫です」

 

 ティアの提案に、イオンは首を振る。当たり前のようにアニスが却下した。

 

「駄目ですよぅ! みんな、ちょっと休憩!」

 

 疲労の激しいイオンの様子に、一同は納得の意を示す。

 しかし、気が急いている彼はまたしても孤立した。

 

「休むぅ? 何言ってんだよ! 師匠(せんせい)が先にいってんだぞ!」

 

 さすがにこれには承服しかね、現婚約者と使用人が反論し。その間に、スィンは道端で花の蜜を探す虫型の小型魔物を捕獲している。

 

「ルーク! よろしいではありませんか!」

「そうだぜ。キツイ山道だし、仕方ないだろ?」

 

 が、本気かどうかはよくわからないものの、彼は決定的な一言を叫んでしまった。

 

「親善大使は俺なんだぞ! 俺が行くって言えば行くんだよ!」

 

 冷たい視線、約一名怒りの視線が殺到する。

 瞬間、スパンッ! と軽快な音がして、ルークが強制的にうなだれた。

 

「てめ、なにしやがる!」

「すみません。蜂に刺されるのはお嫌だろうと、つい……」

 

 自分の後ろ頭をはたいたスィンにルークが睨みつけると、彼女は軽くうなだれて自分の手のひらを差し出している。

 その手には、景気よく潰れたビーワーカーの幼虫の死骸がべったりと付着していた。

 

「だからってなあ!」

 

 ルークの怒りの矛先が自分に向かったと知るやいなや、スィンはひょい、と首を傾げてルークの後ろ頭を見る。

 

「あの、誠に申し上げにくいのですが、御髪に色々なものが……」

「なにぃっ!?」

 

 そう言って、頭を抱えようとしたルークが直前でやめた。スィンの手についている物体を再び見たためだ。

 

「お取りしましょうか?」

「あ、当たり前だ、今すぐやれ!」

 

 スィンの手首を掴んで促すルークに、あちらで、とスィンが誘導し、彼女は一行に向けて軽く会釈すると、紙切れを落としていった。

 一番近くにいたナタリアが気づき、それを拾い上げる。

 

『きゅうけいするならいまのうち』

 

 くしゃくしゃの紙片には、走り書きが書かれていた。

 

「では、少し休みましょう。イオン様、よろしいですね?」

「はい……」

 

 一行の心情を汲み、意図的にルークを隔離したスィンの心に甘え、全員が休憩をとる。

 と、十分な休息をとった時点で、ティアがわずかに逡巡した後に立ち上がった。

 

「ティア、どうかした?」

「……私、ルークに一言言ってくるわ」

 

 険しい表情で斜面を上り、ティアは二人がいるであろう平地へ歩いた。

 そこの光景に思わず眼を覆う。

 あろうことか、ルークはスィンの膝枕で寝そべりながら遠くのアクゼリュスを眺めていた。

 彼女はただ黙々とルークの髪に付着したものを取っている。正確には、何もついていない髪にそれらしいことをしている。

 スィンはその手を休ませぬまま、首だけでティアに振り返った。

 

『もういいの?』

 

 口が疑問の形をとり、首を傾げる。

 ティアが軽く頷くと、スィンは何食わぬ顔で終わりましたー、とルークに告げた。

 気だるそうに立ち上がった彼は、ティアの姿を目にしてわずかに驚いているようだったが、すぐに視線をそらしている。

 

「ルーク。何を焦っているのか知らないけど、そういう態度はやめた方がいいわ」

「……んだよ。何がだよ」

 

 お前が何を言っているのかわからない。

 彼は態度を含む全体の雰囲気でそれを語っていた。

 ティアの眼が限界まで細められる。

 

「……もういいわ」

 

 あきらめたように、言葉少なに去っていくティアの背中を見送って、ルークは苛立だしげに小石を蹴った。

 

「……何なんだよ! くそっ!」

 

 彼の生きてきた年月、境遇、そして現状を考えれば仕方がないことである。が、事情を知っているスィンでも辟易しているのだ。

 他のメンバーが抱いた印象は、埋めることも越えることのできない溝となっているだろう。

 触らぬ神に祟りなし、と特にフォローの一言を入れるでもなく、スィンは再び歩みだしたルークの傍についた。

 が、しかし。

 

「っ!」

 

 不意に胸を襲った激痛に、せりあがってきた呻きを噛み殺して、苦悶の表情を浮かべる。

 いきなり胸を押さえ、うつむいて立ちすくんだスィンをルーク以外の一行が不思議そうに見やったが、彼女は意に介さず水筒とは違う印がつけられたものを取り出すと中身を一気にあおった。

 ふう、と息をついて素早く荷袋へ押し込む。と、そこへ強い視線を感じた。

 

「大佐ぁ。どうかしましたか?」

 

 アニスの声に顔を上げれば、ジェイドが珍しく厳しい顔でスィンを──あるいはその後ろを見ている。

 自分の後ろに何かあるのか、と背後を見ても、魔物や大佐に厳しい顔をさせるようなものは何もない。

 

「何か?」

「……少し気になっていたのですが、あなたが時折口にしているそれはなんです?」

「発作止め、です。以前もお話しましたが、僕は気管支が弱いので」

 

 嘘ではない。今スィンが含んだのは度重なる咳を抑えるための鎮静剤であることは事実である。

 

「ふむ……?」

 

 ジェイドが首を傾げ、何かを言い出しかけて。

 

「おわっ!?」

 

 チュイン、という音と、驚いてのけぞるルークの悲鳴に遮られる。

 

「止まれ!」

 

 風上から降ってきたその声に見上げれば、張り出した岩棚を陣取り、両手に譜業拳銃を構えた女性が立っていた。

 

「……魔弾のリグレット」

「ティア。何故そんな奴らといつまでも行動を共にしている」

 

 スィンの呟きは聞こえなかったのか、リグレットはただティアだけを見ている。

 

「モース様のご命令です。教官こそ、どうしてイオン様をさらってセフィロトを回っているんですか!」

「人間の意志と自由を勝ち取るためだ」

 

 脈絡がない上にずいぶんと抽象的な内容である。ティアは首を傾げた。

 

「どういう意味ですか……」

「この世界は預言(スコア)に支配されている。何をするのにも預言(スコア)を詠み、それに従って生きるなどおかしいと思わないか?」

 

 その意見には反対だとばかり、イオンは質問ではなく前提とされている言葉を否定した。

 

預言(スコア)は人を支配するためにあるのではなく、人が正しい道を進むための道具に過ぎません」

「導師。あなたはそうでも、この世界の多くの人々は預言(スコア)に頼り、支配されている。酷い者になれば、夕食の献立すら預言(スコア)に頼る始末だ。お前たちもそうだろう?」

 

 彼女が言っているのは、やや過度ではあるが事実である。

 リグレットの言葉に、彼らが否定する要素は何一つなかった。

 

「そこまで酷くはないけど……預言(スコア)に未来が詠まれてるならその通りに生きた方が……」

 

 預言肯定派たるアニスの意見に、ガイも賛同する。

 

「誕生日に詠まれる預言(スコア)は、それなりに参考になるしな」

「そうですわ。それに生まれた時から、自分の人生の預言(スコア)を聞いていますのよ。だから……」

 

 ナタリアが同じように意見を綴るも、とっさのことでか言葉が続かない。

 

「……結局の所、預言(スコア)に頼るのは楽な生き方なんですよ。もっともユリアの預言(スコア)以外は曖昧で、詠み解くのが大変ですがね」

 

 幾分自嘲的にジェイドが締めくくる。「そういうことだ」とリグレットは頷いた。

 

「この世界は狂っている。誰かが変えなくてはならないのだ。ティア……! 私たちと共に来なさい」

 

 私たち、が誰を指すのかティアにはわかっていたらしく、彼女は即座に首を振って拒絶している。

 

「私はまだ兄を疑っています。あなたは兄の忠実な片腕。兄への疑いが晴れるまでは、あなたの元には戻れません」

「では、力ずくでもお前を止める!」

 

 リグレットの持つ銃口がティアに向けられたのを見て取り、スィンは彼女の前に飛び出して射出弾を払った。

 スィンの抜いた刀を見て、リグレットは仇でも見るような顔つきになる。

 

「それは、あの女狐の……なぜ貴様が」

「あなたにはどうでもいいことでしょう」

 

 しまった余計なことをしたかもしれない。

 それ以上注目されないためにも納刀し、もともと彼女のものであった譜銃を構え手首を支えて撃ちだした。

 お返しとばかり彼女の足もとを狙う。

 

「言いたいことはわかったけど。世界を預言(スコア)から解放するなんて、現存譜石を全部消すか、人類全部を虐殺しない限り無理じゃないの? 抵抗するものは、皆殺し?」

「……っ!」

 

 スィンの一言にリグレットは苦虫でもつぶしたような顔になった。

 

「それはまあ極論だから置いといて、どの道第七音素譜術士(セブンスフォニマー)は皆殺しになるんじゃない? 預言(スコア)を詠める可能性があるなら……そうなるとヴァン謡将もティアも例外じゃなくなるんだけど、そこんとこどうよ?」

 

 痛いところを突かれた、といった様子で黙りこくる彼女に畳みかけんと、一行に軽く振り返る。

 心得たもので、後方支援組は詠唱を始め前衛組は彼らの護衛に入っていた。

 遅ればせながらルークがティアの傍についたのを見るやいなや、リグレットは苛立たしげな表情になる。

 

「ティア……。その出来損ないの傍から離れなさい!」

「出来損ないって、俺のことか!?」

 

 ──余計なことを。

 ティアの傍にはスィンもいる。

 その言葉だけならルークがそう思うこともなかったかもしれないのに、リグレットはご丁寧にもルークに銃口を向けたのだ。これで気づかぬ馬鹿はそうそういない。

 その言葉を聞きつけ、ジェイドが前に走り出た。

 ちらりと垣間見たその表情には、今まで一度も見たことがない憤怒が宿っている。

 

「……そうか。やはりお前たちか! 禁忌の技術を復活させたのは!」

「ジェイド! いけません! 知らなければいいことも世の中にはある」

 

 完全に、ではないが、普段と比べれば確実に頭へ血が上っているジェイドをいさめたのは、彼が言いたいことを知るイオンだった。

 そのイオンを振りかぶり、ジェイドは驚愕を浮かべている。

 

「イオン様……ご存知だったのか!」

「な……なんだよ? 俺をおいてけぼりにして、話を進めるな! 何を言ってんだ! 俺に関係あることなんだろ!?」

 

 状況がまったく読めていないルークが、意見としては妥当ではあるものの、言い草はどうしても自己中心的なものを感じざるをえない発言をした。

 しかしジェイドはそれを無視して、再びリグレットを睨み上げている。

 

「……誰の発案だ。ディストか!?」

「フォミクリーのことか? 知ってどうなる? 賽は投げられたのだ。死霊使い(ネクロマンサー)ジェイド!」

 

 皮肉がたっぷりのせられた揶揄に、緋色の双眼が怒りに揺らぎ、彼の手に槍が握られた。

 直後、眩い光が一行の眼を灼き、再び顔を上げたそのとき。魔弾のリグレットの姿はどこにもなかった。

 

「……くっ。冗談ではない!」

 

 声を荒げて歯噛みするジェイドの姿に、誰もが抱いた困惑と、わずかな怯えの感情を代表したのはアニスである。

 

「大佐……珍しく本気で怒ってますね……」

 

 戸惑うようなアニスの言葉に、彼は我に返って槍をしまった。

 軽く眼鏡の位置を直して、平静を取り戻そうとしているように見える。

 

「──失礼、取り乱しました。もう……大丈夫です。アクゼリュスへ急ぎましょう」

 

 今までの会話を説明するでもなく、むしろそれから逃げるように先を行くジェイドに。一行は触れてはまずいと判断してか、聞いても話してくれないだろうと悟ってか、黙してその後に従った。

 例外は、ルーク、ミュウ、そしてスィン。

 しばらく唖然としていたルークだったが、思い出したように怒りをあらわにしていた。

 

「ふざけんな! 俺だけおいてけぼりにしやがって。何がなんだかわかんねーじゃんか!」

「ご主人様、怒っちゃ駄目ですの……」

 

 事情がわからないのは何人かも、そしてミュウも同じはずだが、ルークはそれに気づいていない。気づこうともしていない。

 

「どいつもこいつも俺をバカにして、ないがしろにして! 俺は親善大使なんだぞ!」

「ご主人様……」

 

 泣き出しそうなミュウの声にも反応せず、ルークはふらふらと歩き始めた。

 

「師匠だけだ……俺のことわかってくれるのは、師匠(せんせい)だけだ……!」

 

 ──その様子は、いきなり親元を放り出された子供の姿にも似ていて。

 哀れの一言に尽きた。

 

 

 

 

 

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