the abyss of despair   作:佐谷莢

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第三十一唱——大罪の扉、開かれん

 

 

 

 アクゼリュスへ足を一歩踏み入れるなり、一行は我が目を疑ってその光景を見た。

 

「こ……これは……」

「想像以上ですね……」

 

 ルークは唖然として惨状を見回し、ジェイドですら息を呑んでいる。

 山──というよりはまるで地面をくりぬいて、その底に街が造られたような構造のアクゼリュスは、今まさに壊滅しようとしていた。

 瘴気自体は薄くなっていて行動に支障はないものの、紫色のもやが視界を悪化させている。それをすかしてみれば、瘴気に侵され呻く鉱夫が、瘴気触害(インテルナルオーガン)を発症した人々がそこかしこにいた。悪意による放置ではない。対応できる人間が少なすぎるのだ。

 耐え切れなくなったように、ナタリアが倒れていた鉱夫に駆け寄っている。

 泥や何やらで汚れた男を抱き起こそうとして、あろうことかルークがそれを制止した。

 

「お、おい、ナタリア。汚ねぇからやめろよ。伝染るかもしれないぞ」

 

 一行から冷たい視線が注がれていることにも気づかないルークに、ナタリアが同調することはなかった。キッと顔を上げ、険しい眼でルークを見据えている。

 

「……何が汚いの? 何が伝染るの? 馬鹿なこと仰らないで!」

 

 それ以降ルークなど一瞥もせず、彼女は「大丈夫ですか?」と鉱夫に向き直った。それぞれの荷に分担されていた薬等を手に、他の面々も散る。

 アクゼリュスへたどり着いた時点で、スィンもルークの傍につく意味はなくなった。

 呆然としているようにも、ただ何もしていないようにも見えるルークの視線を感じながら、スィンも皆に続いて倒れていた街人に駆け寄る。

 その合間にとある術を発動させれば、思いの外自分の意識が沈んでいくことに気づいた。

 と、そこへ。

 

「あんたたち、キムラスカ国からきたのかい?」

 

 しっかりとした男の声に振り返れば、がっちりとした体格に鉱夫らしい格好の男が、ルークに話しかけているところだった。

 

「あ……あの……」

 

 どうやら誰かを探していたらしく、とっさに言葉が出ない彼を脇へ置くように、ナタリアがやってきて親善大使の代理を務める。

 

「わたくしはキムラスカの王女、ナタリアです。ピオニー陛下から依頼を受けて、皆を救出にきました」

「ああ! グランツさんって人から話は聞いています! 自分はパイロープです。そこの坑道で現場監督をしてます。村長が倒れてるんで自分が代理で、雑務を請け負ってるんでさぁ」

 

 出発当初とずいぶん話が違ってしまったが、ピオニー陛下の依頼、というあたりで反応したのだろうか。彼は新たな救援隊の到着にホッとしているようだった。

 

「グランツ謡将と救助隊は?」

 

 手に負えない状況だということを確認し、戻ってきたジェイドがそれを訊いている。

 

「グランツさんなら坑道の奥でさぁ。あっちで倒れてる仲間を助けて下さってます」

 

 パイロープが指した坑道口の木枠には、たどたどしい字で『第十四坑道』と記されている。

 そこへ彼らのやり取りとスィンの手招きを受け、戻ってきた二名が各々の手に入れた情報を開示した。

 

「この辺はまだ、フーブラス川の瘴気よりマシって感じだな」

「坑道の奥は酷いらしいよ」

 

 ガイとアニスの情報を受け、ティアが律儀にも彼に確認を取っている。

 

「辺りの様子を確認したら、坑道へ行ってみましょう。ルーク!」

「あ……ああ……うん」

 

 別のことでも考えていたのか、気のない返事をしているルークから眼をそらすように、スィンが手を上げて発言した。

 

「……それは僕がやるよ。皆は、坑道に取り残されている人たちをお願い」

 

 呼吸をするごとに肺が痛い。その事実を隠すように、スィンは額に手を当て眼を隠すようにしている。

 唐突な提案に、一同が彼女を見た。その顔色を見て、イオンが心配そうに眉をひそめる。

 

「スィン、大丈夫ですか? 顔色が真っ青ですよ」

「……すいません、瘴気に当てられてしまったみたいで……僕は地上で待機しています」

 

 坑道の奥がひどいなら、足手まといにしかならないから、と引き継ぐ。

 ひどく消耗している様子のスィンに、ルークが役立たずめ、とでも言いたげな顔をしているものの、ヴァンと早く会えることもあってかそれは言葉とされなかった。

 

 

 

 パイロープに示された道をゆき、坑道へ入っていく一同の背中が完全に消えたことを確認し、スィンはひとつ息をついて覚悟を決めた。

 思ったより自分の体に影響は出ているが、気にしていられない。

 誰もいないことを確かめて手近な坑道へ身を潜めると、呟いた。こんな状態では、譜歌を使うことすら、ままならないから。

 

「Rey Va Neu Toe Qlor Lou Ze Rey。望むのは……」

 

 体にまとわせていた音素(フォニム)が緩やかに消失していく。

 手鏡でそれを確かめ、外へ出ると、息を切らして走りこんできたアッシュとでくわした。

 

「シア……!」

「──手遅れだった。僕は今から地上にいる人たちをできるだけケセドニアへ転送する。ルークを……ヴァンの方を頼める?」

「わかっている!」

 

 ならあっちも、と今まさに神託の盾(オラクル)兵数人がかりで強引に連行されてきたティアを指す。

 駆け出したアッシュが兵たちを蹴散らし、ティアと二言三言かわして、彼女の後を追って第十四坑道へ入っていった。

 それを確認してから。

 

「母なる抱擁に覚えるは安寧──」

 

 ♪ Qlor Lou Ze Toe Lou Rey Neu Lou Ze──

 

 声は透明になりながら大気へ融け、一時的にアクゼリュスの底に溜まった瘴気を消していく。

 薄れていく毒々しい紫の蒸気を完全に祓うため幾度も謡いながら、雪色の長髪をなびかせてスィン──シアは街の広場へ立った。別にそこいらに倒れた被害者のためではない。自身が倒れないためだった。

 周囲の人間が空気の浄化に驚いているのを尻目に、適当に行商人から購入しておいた杖で広場いっぱいの譜陣を描いていく。

 と、そこへ先ほどの男──パイロープがシアに向かって駆け寄ってきた。

 

「あ、あんたは──」

「ナタリア様の供の者です。今から、アクゼリュスにいる人々をケセドニアへ避難させます」

 

 いきなりまくしたてられ、眼を白黒させている彼を置いてかなり複雑な譜陣作成の続行を努める。

 

「避難って……どうやってやるんですか!?」

「特殊な譜陣を編み、刻が来たらケセドニアへ転送します。あなたはここへ集まるようその旨を皆さんに伝えてください!」

 

 刻が来なければ──超振動が使われてからでなければならないのは、ろくな下準備もなく一人でこんな大人数の転送は不可能だからだ。

 ざくり、と杖を譜陣の中心に刺し、滅多なことでは崩れないよう陣を補強してから、陣の外へ出る。

 体中のフォンスロットを開いて音素(フォニム)を流し込むと、譜陣は描いた紋様と同じ輝きを発した。

 

「お姉ちゃん、これなあに?」

「……さあ、この中へ入って」

 

 パイロープの息子を譜陣の中へ立たせ、パイロープの指示によって続々と集まってくる人々を収容していく。

 途中譜歌が切れ、瘴気が再び出現するも、同じ譜歌を歌っては発生するそばから消していった。

 

「……地上にいる方では、もう誰もいませんね?」

「へえ、後は坑道内に取り残された連中だけで……」

「わかりました。では、あなたも陣の中へ。ケセドニアのアスター氏にこれを渡せば、よいように取り計らってくれるはずです」

 

 突如、地響きがあたりを揺るがした。

 おびえる人々の声を聞きながら、パイロープに用意しておいた手紙を押しつけて譜陣の中へ促す。

 がしゃがしゃと鎧の鳴る音がして、神託の盾(オラクル)兵が走っていくのを横目に見ながら、大地と同じくして揺れる意識を叱咤して地下からあふれ出る音素(フォニム)に伴い、術を発動させた。

 おびえる息子を支えながら何か言いたそうにしている逞しい鉱夫の姿が、行商人の親子が、うんうん呻いている重症人が消えていく。

 全員の姿がなくなったことを確認すると、シアはフォンスロットを閉じて地面にへたり込んだ。

 そのままの体勢で呟く。

 

「Rey Va Neu Toe Qlor Lou Ze Rey。望むのは失われた剣の主」

 

 雪色の髪が金色に染まっていく。にじみ出る瘴気の中に身をひたし、咳き込みながら羽音を耳にして上空を見れば、真紅の髪を背中に流した黒衣の青年が、怪鳥型の魔物に腕をくわえられ、遥か彼方へ飛び去っていった。

 はっ、と思い立って物陰に隠れれば、そのすぐ後を同じ怪鳥型の魔物に乗った、白を基調とする外套の男が飛び去っていく。

 アッシュ……に、ヴァン。この二人が逃げたということは。

 地響きが激しくなり、地割れを生んでいく。彼方へ走り去ったタルタロスが巨大な地割れに飲み込まれていくのを見ながら、スィンは自分がどうなるのかを承知で詠った。

 

 ♪ Qlor Lou Ze Toe Lou Rey Neu Lou Ze──

 

 誰もいない地上で、澄んだ歌声が不可視の結界を形成し、スィンを包み込む。

 どうかティアが、無事合流していますように!

 保てなくなった意識をそのまま手放しながら、彼女は本当の主の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

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