the abyss of despair   作:佐谷莢

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第三十二唱——惨劇という名の宴に取り残されしは

 

 

 

 

 轟音が、やがて静まっていく。

 合流したティアの譜歌によって難を逃れた一行は、自分たちが墜ちた場所に確認しようとして、目を見開いた。

 辺りは瘴気と思われる紫色のもやで覆われている。塗りつぶされているわけではないが、視界が悪い。

 すぐそばには、嫌な色の沼が広がっている。そこかしこに大小様々な瓦礫が散乱し、中には人の腕や足が生えているものもあった。

 

「し……しっかりしてください!」

 

 ナタリアが素手で瓦礫を掻き分け始めたのをきっかけに、気を失っているルークとイオンを除く全員が救助活動に当たる。

 が、全員が全員、すでに死亡していた。

 

「ティアの譜歌のおかげで助かりましたね」

 

 鉱夫の脈を診て、首を振ったジェイドが極めて冷静に意見を述べた。

 

「そうでなければ、我々も全滅していた」

「ま、まって!」

 

 その言葉を否定しようと、ナタリアが立ち上がる。

 

「では……では、スィンは……」

 

 地上で待っている、と残してきた彼女の姿が浮かんできた。

 ティアはわずかにうなだれ、アニスはイオンの傍についたまま黙っている。ガイに至ってはジェイドの返事を聞きたくもないとばかりにスィンの名を叫ぶように呼んで、瓦礫を掻き分けていた。

 と、そこへ。

 ふよふよ、と光の塊が一行の目に飛び込んできた。

 

「ひ、人魂……ですの?」

 

 ナタリアが呟いた途端、光球は急に機動力を上げた。怯える彼女の周囲をくるくる回り、威力のない体当たりを仕掛けている。

 

「これ、第六音素(シックスフォニム)の塊ですの。誰かが操ってる、みたいですの」

 

 未だ倒れたままのルークのそばを離れず、ミュウは呟いた。

 どこかで見たような光球の正体を、代表して叫んだのはガイ。

 

「まさか……スィン!?」

 

 その単語を聞き、所在なげに漂っていた光球がぴくり、と反応した。ふよふよと、導かれるよう、あるいは導くようにある一定の場所を目指して飛び去る。

 ルークとミュウを除いた一行がそれを追いかけると、それはガレキで構成された離れ小島の瓦礫の山に近寄り、ある一点で止まる。

 すると瓦礫の中から人間の腕が生えて、光球を受け取った。

 

「スィン!? スィンなのですか!?」

「ナ……リア……さ……?」

 

 弱々しく途切れてはいるものの、間違えようもないスィンの声がした。

 

「瓦礫に埋まっているようですね」

 

 突き出た腕だけが生存を示すようにゆらゆらと動く。姿が見えないということは、そう解釈する以外になかった。

 

「どうします!? あんな場所では助けようが……!」

「スィン! 今から譜術で瓦礫を吹き飛ばします。多少のダメージは覚悟してください!」

 

 小島が自重で沈みそうになっている今、悠長に救出活動を模索している暇はない。

 白い腕が動くのをやめ、瓦礫の中に引っ込む。直後。

 

「切り刻め──タービュランス!」

 

 風の中級譜術が発動した。

 普段は対象を切り裂くように風の渦が発生するものの、スィンを傷つけまいと威力が極限に抑えられているせいか、勢いの強い風の渦だけが発生する。

 しかしその際発生する鎌鼬だけは消すことが出来ず、スィンの背中をずたずたに引き裂いた。

 

「い、たた……」

 

 ガレキが吹き飛び、スィンの姿が見えたところで譜術が停止する。

 少し残った瓦礫を払いのけ、スィンが起き上がった。腕を負傷したのか、片方の腕をかばっている。

 なんとか立ち上がったスィンが、一行の姿を認めてぐらり、と姿勢を崩した。

 幸いなことに足は無事なのか、咳をしながらも、離れ小島の周囲にある瓦礫の足場を使って移動している。

 あと少しで一行のもとに辿りつく、というところで、スィンが着地した瞬間に足場が崩れた。ずぶずぶと音を立てて、足場となっていたアクゼリュスの残骸が瘴気の海に沈む。

 

「掴まりなさい!」

 

 突き出された棒──ジェイドの槍の柄を握ると、ぐっと身体が引かれた。泥海に一瞬足が触れる。

 嫌な音を間近に聞きながら、スィンはジェイドの腕の中に倒れこんだ。

 反射的に腕を突っ張って離れようとするスィンを、ジェイドは地面へ横向きに寝かせる。

 スィンは、半死半生の有様だった。

 背中はもちろんのこと、全身に打撲や裂傷が認められる。左腕は残骸の直撃を受けたのか、有り得ない方向に曲がっていた。片足が泥の海に触れたせいで火傷のような負傷を負っている。

 絶えず咳を繰り返していたスィンが不意に口を押さえた。

 息を止めて咳を抑えようとも、吐き気を耐えているようにも見える。

 

「スィン、大丈夫? 痛い所は?」

「……ぜん……っ!」

 

 全部痛い、と答えようとしたのか、スィンは手で口を押さえて言葉を切った。

 

「咳でも胃の中身でも構わないから出しちゃいなよ! あたしたちは気にしな……」

 

 言いかけたアニスを押しのけ、耐え切れなくなったように地面へ咳を連発する。

 

 びしゃっ! 

 

 咳と共に吐き出されたそれを見て、全員が絶句した。

 口腔にあったであろう土や泥、それらに混じり滴ったのは……血。

 咳をする度に血は量を増し、赤い水溜りがどんどん大きくなっていく。

 

「スィン!」

 

 おびただしい量の血液を吐き出す妹に駆け寄ろうとして、ガイは誰あろう本人に制止された。

 汚いから来るな。苦しげに細められた目が、拒絶するように突き出された血塗れの手が、それを語っていた。

 一瞬気圧されたものの、その手を掴んでスィンの肩を支え、背中をさする。

 やがて吐血が止まったスィンにナタリアが治癒術の詠唱を始めると、ジェイドが強引にスィンを抱え上げた。

 

「こんなところで治療しても、悪化する一方でしょう。タルタロスへ移動しますよ」

「でも、あそこには神託の盾(オラクル)の兵士たちがいるのでは……」

 

 戸惑うように言うティアに、ジェイドはちら、と視線を向けた。

 

「スィンが助かったのは、単に彼女の運によるものです。私達にはあなたの譜歌の加護があり、彼らにはそれがなかった」

 

 行きましょう、と促し、タルタロスのハッチを開ける。

 一部始終を見ていたルークは、一行の後ろをふらふらとついていった。ミュウがその後に続き、ハッチが閉められる。

 タルタロスはゆっくりと、絶望色とでも名づけたい海へ出航した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




運だけで助かったら世話ないんだよなあ。
スィンは譜歌を使って落下の衝撃には耐えたけれど、瘴気の吸い込み過ぎで気絶したので、降ってきた瓦礫には対処できませんでしたとさ。潰されなかったのは、確かに運。どっとはらい。

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