the abyss of despair   作:佐谷莢

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第三十四唱——真実はどのような刃よりも鋭かった

 

 

 

 

 ティアに先導され、小さな港から街へ移動する。

 ガラン、としていながら、街そのものが巨大な施設であるかのような、そんな印象を与える半円球の天井を見ながら、アニスが感嘆の吐息を吐いた。

 

「ふぇ……! これがユリアシティ?」

「ええ。奥に市長がいるわ。行きましょう」

 

 ティアに先導され、一行が歩んでいく。

 最後尾を歩いていたルークがふと立ち止まり、それに気づいたミュウがちょこちょこと傍へ歩んだ。

 同じように立ち止まっていたスィンが、一行の背中が遠くなっていくのを確認して振り返る。

 

「ルーク様、行かれないのですか?」

「……どうせみんな俺を責めるばっかなんだ。行きたくねぇ」

 

 ふてくされたように、彼は言った。察するに、皆から相当責められたのが堪えているのだろう。

 アクゼリュスの崩落を招いたことなのか、彼の態度を問題にしてのことか。おそらく後者だろうと思われた。預言(スコア)のこともあるのだから、ルークの危惧するようなことは多分ない。

 それを隠しつつ、どうやって説得しようかと考えて。ルークの背後に見えた人影にスィンは眼を見開いた。

 直後。

 

「とことん屑だな! 出来損ない!」

 

 叩きつけるような怒声に反応して、ルークは振り返り人影を確認した。

 

「……お、おまえ!」

 

 表向き悠然と歩み寄ってくるアッシュの表情は、依然見たものよりもつりあがっているように見える。

 

「どうしておまえがここにいる! 師匠(せんせい)はどうした!」

「はっ! 裏切られてもまだ『師匠(せんせい)』か」

 

 心底呆れたようなその意見に、ルークはぶるっ、と体を震わせた。

 

「……裏切った……? じゃあ本当に師匠(せんせい)は、俺にアクゼリュスを……」

「くそっ! 俺がもっと早く、アクゼリュスにたどり着いていれば、こんなことにはっ!」

 

 己の不手際をなじるように吐き棄てながらも、彼はルークに向き直る。

 

「おまえもおまえだ! 何故深く考えもしないで超振動を使った!?」

「お、お前まで俺が悪いって言うのか!」

「悪いに決まってるだろうが! ふざけたことを言うな!」

 

 立て続けに責められたことも関係してか、ルークは駄々っ子のように喚いた。

 

「俺は悪くねぇっ! 俺は悪くねぇっ! 俺は……!」

「冗談じゃねぇっ! レプリカってのは、脳みそまで劣化してるのか!?」

 

 往生際の悪いもう一人の自分の姿に耐え切れなくなったか、アッシュはちらりとスィンに視線を走らせる。

 ルークはその単語を聞いて息を呑んだ。

 

「レプリカ? そういえば、師匠(せんせい)もレプリカって……」

 

 その呟きを耳に入れ、アッシュは驚いたのと同時に口元を歪ませている。

 

「……おまえ、まだ気づいてなかったのか! はっ、こいつはお笑い種だな!」

「な、なんだ……! 何なんだよ!」

「教えてやるよ。『ルーク』」

 

 止めたい。彼のそんな顔は見たくない。が──スィンにその言葉を遮る権利はない。

 おろおろと事の成り行きを見守っているミュウと同じく黙して、その先の展開を見据えた。

 

「俺とおまえ、どうして同じ顔をしてると思う?」

「……し、知るかよ」

 

 だよな、と言わんばかりに、アッシュは笑みを深めている。けして爽やかなものではない、どこからどう見ても邪悪だ。

 一言一言、ルークに理解させるためだけに、ゆっくりと話していく。

 

「俺は、バチカル生まれの貴族なんだ。七年前に、ヴァンて悪党に誘拐されたんだよ」

「……ま……さか……」

 

 血の気がひいていくルークに、アッシュは決定的な一言を放った。

 

「そうだよ! おまえは俺の劣化複写人間だ。ただのレプリカなんだよ!」

「う……嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だっ!」

 

 一時的な錯乱状態に陥ったのだろう。ただひたすら否定を叫び、ルークは剣を引き抜いた。

 

「……やるのか? レプリカ」

 

 抜かれた剣を一瞥し、アッシュが笑みを消す。

 情けない自分の写し身を叩きのめすいい機会だとでも思っているのか、やる気満々になっていた。

 

「嘘をつくなぁっ!」

 

 己の存在を否定されて、それを拒むルーク。そのルークに居場所を奪われ、激しい憎しみをあらわとしているアッシュ。

 鏡合わせのように対峙した二人は──戦いを始めた。

 口火を切ったのはルークだったが、アッシュはそれを簡単にいなして攻撃に転じている。

 激しい剣戟が周囲をこだまするも、先を行った一行がそれに気づいて戻ってくる様子はない。

 

 ──正直な話、勝敗は目に見えていた。

 

 これまで潜り抜けてきた修羅場は、圧倒的にアッシュが勝っている。同じ人物の稽古を受けてきたとはいえ、状況にはあまりにも差がありすぎた。

 二人が積む修練の差もあるが、何よりルークは一人で戦うことに慣れていない。否、慣れていないどころではなく、記憶が正しければこれでやっと二回目だった気がする。

 人を斬ることに躊躇を覚えなくなったことが最大の救いかもしれないが、目の前の人物相手に、それは最低限の条件でもあった。

 烈破掌によって吹き飛ばされ、床に転がったルークに、アッシュが剣を突きつける。幾分自嘲気味に何かを言っているが、戦闘、否、決闘が始まった時点でミュウを伴い避難していたスィンには聞こえない。

 アッシュが剣を振り上げ、ルークは脱力したように床へ崩れ落ちた。

 

「ご主人様!?」

 

 ルークが気を失ったのを見て、スィンはしゃがみこむとミュウの背を押した。

 

「……ミュウ、皆を呼んできて」

「わ、わかりましたですの!」

 

 飛び跳ねるように去っていくミュウの背も見ず、剣を振りかぶったアッシュに抜刀しないまま、肉薄する。

 

「……!?」

「獅子戦吼!」

 

 間合いをつめると同時に獅子の顔をした闘気を放った。すんでのところで飛び退ったアッシュを捨て置き、ルークの傍らへ跪く。

 

「ルーク様!」

 

 数回頬を叩いて目を覚まさないことを知り、呼吸を確認、脈を取って正常であることを確認する。

 とりあえず死んでいないということを確認して振り仰げば、戸惑ったようなアッシュがいた。

 

「……色々思うことも、言いたいこともあると思うけど、今の僕はスィンだ。それを忘れないで」

 

 数人の足音が聞こえて顔を上げれば、一行がミュウを伴い走ってくるのが見えた。

 立ち上がり、ミュウを抱えたティアに駆け寄る。

 

「一体何が……」

「──ルーク様が倒れた! ティア、どこかに休めるような場所ない?」

 

 最優先事項とばかりにそれを言い、ティアが自分の部屋に連れて行くよう提案する。

 ガイがルークを担ぎ上げ、歩きながらも起こった出来事を簡潔に、少し混乱する素振りを加えながら説明した。

 アッシュからの視線がちくちくと痛いが、やむをえない。

 ルークをティアの部屋へ運び、アッシュを交えて戻る方法を検討。アッシュがタルタロスを使いたいからと、タルタロスごと外殻大地へ戻る方法を提案。ティアを除いた全員がそれに従い、唯一ここへ残る彼女が市長──ティアの祖父にそれを進言するという。

 

 

 後はアッシュと市長の対談を残すのみとなり、各々が時間まで自由行動となった時。スィンは誰一人近寄らなかったティアの部屋へ、主人の許可をもらって入室していた。

 ほどなくして、スィンの居所を聞きつけたアッシュがやってくる。

 スィンは、ルークから片時も傍を離れないミュウを第一音素譜歌(ナイトメア・ララバイ)で寝かしつけている最中だった。

 

「……さてアッシュ。何を聞きたい?」

 

 ミュウがころん、と転がって寝息を立て始めたそのとき。スィンは初めてアッシュと向き直った。

 

「……おまえ……本当にシア、なのか?」

「それを疑うなら、話すことは何もない」

 

 ルークを責めたてていた彼と、とても同一人物には思えない様子に、軽くため息をつく。

 

「いつから入れ替わってたんだ? どっちが本当のあんたなんだ」

「シアがちょっとした手品で姿を変えて、僕になっている。名前は……こっちが本物」

 

 シアも別に偽名じゃないけど、と付け加えれば、彼はまじまじとスィンを見つめた。

 

「……じゃあ、ガイと兄妹っていうのは嘘「答えない。君に嘘をつきたくないし、今この状況じゃ関係ないし」

 

 ガイとの関係に関する質問を一切拒絶すると、彼はあきらめたようにふぅっ、と息を吐いている。

 

「……結局、アクゼリュスでの気がかりはなんだったんだ。どうしてこのレプリカを止めなかった」

「気がかりは他でもない、パッセージリングのことだよ。預言(スコア)に詠まれている以上、覆すのは難しいだろうとは思ってはいたけど……」

 

 以前はスィンも、ルークさえ押さえておけばどうにかなるだろうとは思っていたのだが。バチカルで更なる詳細を求め預言(スコア)を詠み、その考えは変わった。

 いわく、パッセージリングは長い年月を経て老朽化しており、稼動寿命が迫ってきているのだという。

 まさかと思いながらアクゼリュスにたどり着き、救助の合間に譜術による探索を使い、ダアト式封咒を解くことなくパッセージリングを観察した。

 ──結果、かの音機関はすでに限界寸前へ達していた。ルークをとどめようととどめまいと、パッセージリングは崩壊していた運命にある。

 

「……ルークを行かせたのは、ヴァンをだましておきたかったからだ。僕が叛旗を翻したこと、まだ隠しておきたかったから」

 

 黙して話を聞き入っていたアッシュの顔を覗き込んで、スィンは言った。

 

「信じろとは言わない。信じてもらうために話したわけじゃないから」

「……別に、疑ってねぇ。ケセドニアに転送とかいう話は……」

「君の手引きでケセドニアに滞在したとき、手を打っておいた。坑道にいた人たち以外は送ったけど、成功したか失敗したかはわからない。だからルークにこの話はしないで」

 

 最後の一言を受けて、アッシュは鼻で笑っている。

 

「この状態じゃ、話したところで聞こえやしないだろ」

「まあそうなんだけどね」

 

 他に質問はないか尋ねてから、スィンは覚悟を決めたような顔でアッシュを見上げた。

 拳がぎゅっ、と握りしめられている。

 

「……折り入って、頼みがある」

「なんだ?」

「君の感覚を、ルークに貸してあげてほしい」

 

 それを聞き、アッシュは目を見開いて硬直した。

 

「……こいつと、また回線を繋げろ、と? お断りだ! こんなレプリカ野郎に……!」

 

 嫌悪もあらわに拒絶するアッシュを、スィンは寂しそうに見つめている。

 

「……わかった」

 

 それ以上何かを言い募ることはせず、スィンはただそれだけを言った。

 ただ自分を見つめる視線から逃れることができず、アッシュは長い沈黙の後、抗うように尋ねてくる。

 

「……理由くらい話してくれるんだろうな?」

「必要なことだから。君ではない君ってこともあるし、君の居場所でもあった立場で『ファブレ公爵子息ルーク』としてキムラスカの王と直接話すことができる。これから先起こることを予想していくと、『ルーク』がいないのは痛い。君との連携も取れなくなる……君は僕たちとずっと行動を共にする気はないんだろ?」

 

 今まで彼に仕えたスィンとしても、建前上ルーク『様』に立ち直ってほしい、と話したところで、彼女は自嘲気味に微笑んだ。

 

「もっとも、君が嫌がるならどうあったって強制はできない。これから起こることも、自分には関係ないって言うなら、それも仕方がないけど……」

 

 それはどこか、ルークのオリジナルだから同じようなことを言い出すのではないか、という考えの現れのようでもあって。アッシュは即座に否定していた。

 

「こいつじゃあるまいし、俺は関係ないなんて思わない! 確かに、あんたならともかく、あいつらやレプリカと馴れ合う気はないが……」

「ありがとう、嬉しいよ。でも人見知りはよくないよ」

「やかましい!」

 

 結局彼は、しぶしぶながらスィンの望みを叶えた。

 

「みんなはもちろん、ルーク様にも僕のことは黙っておきたいから、ルーク様が君とつながっている限り、君の前でもスィンでいるからね。君もスィンとして接してよ」

 

 ありがとう、と感謝を述べながらもしっかりとクギをさす。もうすでにスィンに対しての反応となっているのか、彼はしっしっ、と手を振った。

 ぐったりと寝台に身を預けているルークにアッシュが向き直り、スィンはミュウの頭に手を置いて揺り起こす。

 ぴょこんと跳ね起きて、自分がルークのそばにいることを確認したミュウがほっ、と息をつくのと同時にまた心配そうな目で彼を見つめていた。

 やがて、階下から足音が聞こえてきたかと思うと、ティアが顔をのぞかせる。

 

「スィン。ルークの様子はどう?」

「……眠ってる、のかな。異常はないみたいだけど、意識だけ戻ってこない」

「そう……」

 

 それはそうと、とばかりに、ティアはルークと回線をつないでいる最中のアッシュに話しかけた。

 

「アッシュ、市長に話は通したわ。会議室にいるから、話の詳細を……」

 

 アッシュからの反応は当然のことながら皆無である。スィンはあわてて話題をそらした。

 

「ティアは、ここに残るんだよね?」

「ええ。私が皆と外殻へ戻っても意味がないから……聞いているの、アッシュ!」

「聞いている。大声を出すな」

 

 終わったらしい。彼はいつも以上にむすっとして見える表情でティアに応じた。

 

「とにかくタルタロスの打ち上げに関しては市長に……お祖父様にお話して」

 

 わずかに戸惑ったようなティアがそう言って、自分の部屋から退室していく。

 おそらくルークに状況の説明をしているのだろう。黙してルークを見やるアッシュから眼を外して、スィンは立ち上がった。

 

「ミュウ、ルーク様のこと、頼むね」

「スィンさん、行っちゃうですの?」

 

 つぶらな瞳にいっぱいの寂寥を乗せているミュウの頭を軽く撫ぜる。

 懐かしいような、くすぐったいような。なんともいえない感覚にスィンは眼を閉じた。

 

「ここにいても、なーんにもできないからね……ガイ兄様も戻られるというし」

 

 退室していくアッシュの後を追うように、ティアの家から出る。

 どこか苦虫を噛み潰したような表情の彼の後をついていくと、ガイに声をかけられた。

 

「スィン。ルークの具合は?」

「お眠りになっている状態に近いようです。特に異常は見られないのですが、意識が戻る気配がなくて……」

 

 そうか、と彼は軽く頷いている。

 

「なら、やっぱり戻ったほうがいいな。ルークのことはティアとミュウに任せよう」

「はい」

 

 アッシュが会議室のほうへ行ったことを確認し、そのままガイとこれからのことを相談していると。他の皆を伴ったアッシュが姿を現した。

 

「……準備が整った。行くぞ」

 

 ぶっきらぼうに告げられる言葉を首肯で返し、港へ赴く一行に加わる。その際、アニスがこっそりと呟いた。

 

「正体不明の『鮮血のアッシュ』が、バチカルのお貴族様とはね~」

「なにアニス。一緒に行くって事は、ルーク様からアッシュに乗り換える?」

「冗談! あたしはイオン様についていくだけだもん。ルークもあ~んなお馬鹿さんとは思わなかったし。お金持ちでも馬鹿はちょっとね~」

 

 先を行くアッシュの肩がぴくり、と震える。

 それを視界の端に収め、スィンは意外そうにアニスに応じた。

 

「馬鹿だと駄目?」

「駄目駄目! 私は理知的な人がい~の! 例えば大佐みたいな……」

 

 さりげなく大佐にアピールしているらしいアニスから眼をそらして、「アニスって変わってるね」と呟く。

 

「あら、どうしてですの? 好みは人それぞれですのに」

「馬鹿の方が何かと扱いやすいだろうに」

 

 ナタリアの問いに答えるように言いのけたスィンに、一行の空気がぴし、と固まったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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