もともと少なかった船員を更に減らし。
一行はラーデシア大陸にぽっかりと口を開けたワイヨン鏡窟へ接岸した。
「何だかジメジメしていますわね」
降り立って開口一番、ナタリアは空気の変質を感じ取って周囲を見回している。
「海風が吹き込むからでしょうね」
その彼女に、イオンのもっともな説明が入った。一緒にタルタロスから下船したイオンにクギを刺すように、アニスが逗留をそらんじる。
「イオン様はタルタロスで待ってて下さいね!」
「僕も興味があるんですが……」
「ダメです! 危ないんですから!」
なおも食い下がるイオンに、アッシュがきっぱりと同行を拒否した。
「導師は戻れ。ついてこられると邪魔だ」
「……残念です」
部下である
「奥に行ってみましょう」
暗黙の理由は賛成だったのか、イオンがタルタロスへ戻ると同時にジェイドが提案した。
スィンはといえば、スピノザから得た貴重な情報から読み取れるすべてを解析し、この場所との関連を見つけ出そうとしているため、口出し自体をしていない。
が、ふとナタリアの呟きを聞いて顔を上げた。
「あれは、何かしら」
ぷよぷよと宙を浮かぶよくわからない生物に、ナタリアは好奇心を刺激されたのか無防備に歩み寄っている。
「ナタリア様、危険です!」
まるでその声に反応したかのように、襲いかかってきた謎生物に対し、接近戦ができないナタリアは身をすくめて防御した。
と。そこへ。
抜刀しかけたスィンよりも早くアッシュが彼女の前に立ち塞がり、謎生物を一刀のもとに斬り捨てる。
「アッシュ! すっご~いv」
アニスの賛辞を茶化されたものと判断したのか、アッシュはナタリアのみを振り返った。
「……無事か?」
「え……ええ。大丈夫ですわ。ありがとう、アッシュ……」
ナタリアの謝辞に答えることはなく、アッシュはジェイドに見慣れぬ生物の確認を頼んでいる。
「……ジェイド。こいつに見覚えは?」
「生物は専門ではないのですがねえ。ふむ……この辺りに生息するものとは違います。新種にしては、ちょっと妙ですね」
ぶつぶつ言いながらも、しっかり検証しているジェイドの言葉を受け、彼は難儀そうに前を見た。
「……簡単にはいかないかもな。行くぞ」
ぶん、と黒剣から謎生物の体液を振り払い、奥へ進んでいく。
と、彼は大型のコウモリから強襲を受けて珍しく先制を取り損ね、先程のナタリアの姿を彷彿とさせる防御の姿勢に入っていた。
「アッシュ! ──シュトルムエッジ!」
ナタリアの射撃を受け、サンダーバットは悲鳴を上げて天井へ磔にされる。安堵する前に沈黙していた岩が急に動き出し、どこか反応の鈍いアッシュに襲いかかった。
「ぼーっとしない!」
血桜を引き抜き様アッシュの背後へ割り込む。彼が振り向く頃には、ミラースピリッツがその身に宿す核を緋色の刃で貫かれ、絶命していた。
血桜を収めて、アッシュと向かい合う。首を傾げて尋ねた。
「どうしたよ、考え事?」
「……なんでもない」
えらく気まずげに先を行くアッシュの隣に並び、前衛を勤める。そのことがお気に召さなかったか、彼はわずかに顔をしかめていたものの、文句らしい言葉はなかった。もしかしたら、ルークと何か話していたのかもしれない。
「怪我したなら、ナタリア様にちゃんと言いなよ? 昏倒なんてされたら、前衛を僕一人でやるのは難しいからさ」
「ふん……」
「アニスにも一応可能ですが、
スィンの言葉をうるさそうにはねのけたアッシュに、前衛には向きません、とジェイドの駄目押しがかかる。アッシュはじろ、と彼を睨んだ。
「あんたはどうなんだ、スィンより体力がありそうに見えるが」
「何を言っているんです、適材適所という言葉を知らないんですか? こんな、
「現役軍人のくせに、何言ってんだかこのオヤジは」
にこやかに言いのけたジェイドに、スィンの嫌味が直撃する。
ほほう、と呟いたジェイドの瞳は、うっすらと開かれていた。
「私には妻子を持った記憶などありませんよ?」
「知らないだけでどっかにいらっしゃることでしょう。百人切りの噂が事実でしたらね」
ふっ、とジェイドが浮かべた笑みを見て、ともに後衛を務めるナタリアが、中衛ではあるものの事の成り行きを見ていたアニスがあっ、と呟く。
ジェイドは、呟きを耳にして振り返りかけたスィンを拘束するように腕を回していた。
「いぎゃあっ! 何すんですかっ!」
「──下世話な冗談を口にすると、そのうち寝床へお邪魔しちゃいますよ~?」
暴れるスィンの耳にふっ、と息を吹きかける。
「ひいい!」と悲鳴を上げて全身に及ぶ鳥肌を立てたスィンは、何者かに首根っこを掴まれてジェイドから引き剥がされた。
「……馬鹿やってないで、行くぞ」
わずかに怒りがこもったようなアッシュの声音が、一行に先を行くことを促す。
「ありがと、助かった」
アッシュに礼を言うと、彼は呆れたようなまなざしを寄越してきた。
「……年上の男を怖がる癖は、治ってないんだな」
「ただいま治療中だよ。ガイ兄様と違って、僕は原因がはっきりしてるから。ようは気の持ちようなんだけど……」
「そういや、あいつも女嫌いだったな」
「違う、って言ってるけどね。やっぱりその言い方には語弊があると僕も思うんだ」
「事実だろうが」
ナタリアでさえあまり言葉を交わそうとしないアッシュが、自然に、そして雄弁に会話を続けている。
どこか表情が和らいでいるようなアッシュに、他三人が意外そうに見守る中、一行は一際大きくくりぬかれた空間へたどり着いた。
「ここは……?」
「フォミクリーの研究施設のようですね。廃棄されて久しいようですが……」
明らかに人工的な音機関を前にして、誰ともなしに疑問を呟くナタリアに、ジェイドが答えた。
アッシュは機械を見ているスィンのそばを通って、おもむろに電源を入れている。
「演算機は──まだ生きてるな」
「大したものですね。ルークでは扱えなかったでしょう」
手馴れた様子で操作しているアッシュに、ジェイドはからかうような感想を呟いたものの、彼は聞いていなかったのか華麗にスルーした。
「これは……フォミクリーの効果範囲についての研究……だな」
「データ収集を広げることで、巨大な物のレプリカを作ろうとしていたようですね」
巨大なもの、と聞き、アニスが身近に考えられるものを例に挙げている。
「大きなものって……家とか?」
「もっと大きなものですよ」
ジェイドはとてつもなく朗らかに、反比例するような衝撃の事実を口にした。
「私が研究に携わっていた頃も、理論上は小さな島程度ならレプリカを作れましたから」
「でか……」
思わず、といった様子で呟いたアニスの感想にかぶさるように、会話を聞いていたかどうかも怪しいアッシュが驚愕をあらわとしている。
「……なんだこいつは!? あり得ない!!」
「どうしたのですか?」
「見ろ! ヴァンたちが研究中の最大レプリカ作成範囲だ!」
アッシュはジェイドの体を演算機の前へ押しやった。
「……約三千万平方キロメートル!? このオールドラントの地表の十分の一はありますよ!」
「そんな大きなもの! レプリカを作っても、置き場がありませんわ!」
小さな島どころではない、途方もなく巨大な大地製造の兆しを見て、ナタリアは否定するようにかぶりを振っている。
スィンは投影されたもうひとつの情報を食い入るように見ており、反応ができなかった。
「採取保存したレプリカ作成情報の一覧もあります。これは……マルクト軍で廃棄した筈のデータだ」
「ディストが持ちだしたものか?」
「そうでしょうね。今は消滅したホドの住民の情報です。昔私が採取させたものですから、間違いないでしょう」
……やっぱり。
一覧の中には、レプリカ情報だけでなく、個人の情報も記されている。
そこには、ガイの本名はおろか、見覚えのありすぎる名前も数多く存在した。
「まさかと思いますが……ホドをレプリカで復活させようとしているのでは?」
「……気になりますね。この情報は持ち帰りましょう」
──まずい。
こんなものをジェイドに調べさせたら、そこからガイの正体を初めとする諸々の情報がダダ漏れしてしまう。
表向きなんでもないような顔でどうするべきなのか迷いながら、スィンは成す術もなく情報処理を進めるジェイドの手元を見つめていた。
と、手持ち無沙汰だったアニスの声が向こうから聞こえてくる。
「あれっ、これチーグル?」
「まあ! こんなところに閉じ込められて、餌はどうしているのかしら」
保存手続きを終えたジェイドが、興味を持ったのか演算機の前から離れた。
「生きているんだから、誰かがここで飼っているんだろう。多分こいつらは、レプリカと被験体だ」
「そのようですね。星のようなアザが同じ場所にあります」
ということは、チーグルは二匹いるのだろうか。
操作盤を手荒く打たないよう静かに、それでも素早く、まずは本元のデータ改ざんを企むスィンの耳に、チーグルたちを前にしての彼らの談義は続く。
「この仔たちもミュウみたいに火を吐いたりするのかな」
ごんごん、という音がして、ぼふっ! というミュウの火炎放射に酷似した効果音が届いた。アニスが檻を叩き、驚いたチーグルが威嚇の炎を吐いたのだろう。
「うわっ、びっくりした!」
「この仔も同じかしら」
遠慮がちに、おそらくはナタリアも檻を叩いている音が聞こえるが、続く音はよく聞こえなかった。
「あら、こちらは元気がありませんわね」
「レプリカは、能力が劣化することが多いんですよ。こちらがレプリカなのでしょう」
「でも大佐? ここに認識票がついてるけど、このひ弱な仔が被験体みたいですよ」
「そうですか。確かにレプリカ情報採取の時、被験体に悪影響が出ることも、皆無ではありませんが……」
本元のデータ改ざんが終了する。
すでにコピーされていたフォルダを探し、そのデータもいじろうとするが、小賢しくも修正不可というガードがかかっており、こじ開けるにはかなりの時間と労力が必要と見た。
「まあ……悪影響って……」
「最悪の場合、死にます。完全同位体なら、別の事象が起きるという研究結果もありますが……」
……それは初耳である。
ヴァンがフォミクリーを使用するに当たって、どういうものなのか知っているだけだと言っていたあたり少し不安を覚えていたのだが、どうやら的中してしまったようだ。
とはいえど、スィンはそれほど心配していなかった。なぜなら。
「ナタリア、それにアッシュまで。心配しなくていいですよ。レプリカ情報が採取された被験体に異変が起きるのは、無機物で十日以内です。生物の場合はもっと早い。七年もたってピンピンしているアッシュは大丈夫ですよ」
「よかったですわ……」
アッシュのレプリカが作られたことで彼に異変が発生するなら、もっと早くにその前兆らしいものが発生し、誰よりも彼自身が初めに知るはずなのだ。
それよりは、ジェイドの言う『別の事象』が気になった。
「はぁーっ。レプリカのことってムズカシイ。これって、大佐が考えた技術なんですよね?」
「……ええ、そうです。消したい過去の一つですがね」
いわゆる黒歴史というやつだろうか。幾分自嘲気味に語る彼の横を通り過ぎ、アッシュが撤退を促した。
「……そろそろ引き上げるぞ」
結局、ジェイド側の情報改ざんはできていない。
素早く演算装置の前から離れ、ジェイドが音譜盤に収めた情報を引き出している光景を目の当たりにしながら、あれをいつどうやってどんな手段で破壊するべきか悩みながら、彼女も一行の後に続いた。
「結局わかったことって、総長が何かおっきなレプリカを作ろうとしてるってことだけ?」
「それで十分だ。……行くぞ」
「行くって、どこへ……」
もっともなナタリアの質問に、アッシュは軽く振り返る。
「後は俺一人でどうにかなる。おまえらを故郷に帰してやる」
これだけで何を悟ったのか、そして意外そうな顔をしている面々に視線を滑らせ、アッシュは終始無言だったスィンへ目をやった。
顎に手を当てて考え込んでいたスィンだったが、アッシュの視線を鋭く感知し、顔を上げている。
帰り際にアニスがエンシェント鏡石を盗掘したいようなことを言ってアッシュにどやされ、特殊な工具が無ければ掘れるものではないとジェイドに駄目出しを出されてぶんむくれるというハプニングが発生するも、一行は割と順調に出口へ向かっていた。