地面ががたごと揺れている。
狭い寝台から落ちないように、スィンはゆっくりと起き上がった。
「……馬車?」
「よかった、目が覚めたのね」
ぱっと横を見れば、向かいの座席にティアが座っていた。その隣で、背もたれによりかかったルークが盛大ないびきをかいている。
「おはよ……ふあ」
大きなあくびをして、スィンは軽く目をこすった。
そのしぐさで、ティアは思わずその目元を注視してしまう。
邂逅は状況で、昨晩は周囲が暗かったために気にかからなかった。
しかしよくよく見ればその双眸は緋色と藍色という非常に珍しい組み合わせである。
「!」
「あの後、どうなったの?」
ばっちり目が合ったことから、ティアの視線に気づいていないわけでもないだろうに。
スィンは何事もなかったかのように座席の下に転がっていた
かぶるかと思われたが、彼女はそれを丁寧に畳んでポケットの中に押し込んでいる
「渓谷を出て、居合わせた馬車に乗ったの。終点が首都だから……」
「え?」
終点が、首都。
……今時砂漠越えする辻馬車なんてあったっけ?
その単語を聞いて、スィンはいきなり窓を開けた。あたり一面に草原が広がっている。
「ま、まさか……」
「どうしたの?」
不思議そうに聞いてくるティアに身を寄せ、出発したのはいつなのかを聞く。
「渓谷を出てからすぐだから、早朝……かしら」
「……あっちゃあー」
脱力して、スィンは頭を抱えた。しかし、すぐに気を取り直して声を張り上げる。
「すみません! 終点の首都って、グランコクマですか!?」
「ああ、そうだよ。今ローテルロー橋を渡ったから、エンゲーブを通って……」
突如、突き上げられるような衝撃を伴って馬車が揺れた。
振動で目を覚ましたルークが飛び上がるようにして起き、低い天井に頭をぶつけて呻いている。
「な、なんだ?」
「おはようございます、ルーク様」
「ようやくお目覚めのようね」
癖に近い反射的な挨拶とどことなく冷たいティアの声に、彼は自分の状況を思い出したらしい。
「なんだってんだよ、まったく……」
ぶつぶつ呟きながら、開いている窓から外を見る。
すぐに呟きは消え、彼は窓にしがみつくようにしてそれを見つめていた。
「どうかされましたか?」
「お、おい! あの馬車襲われてっぞ!」
「軍が盗賊を追ってるんだ!」
御者は砲撃音に負けないよう叫んだ。
「ほら! あんたたちと勘違いした、漆黒の翼だよ!」
「漆黒の翼ぁ!?」
天井の窓を開けて、スィンは外を見た。
一台の馬車が超巨大な軍用艦に追われている。
「知ってるのか?」
下でルークが問いかけていることに気づき、スィンはすぐさま天井の窓を閉めた。
「はい。そうですか、お二方、あんな連中と間違、間違われ……」
以前見かけた彼らの姿を思い出し、そして二人をまじまじと見て。彼女はぷっと吹き出した。
「おい! 何笑ってんだよ!」
「な、なんでもありません。申し訳ありません、すいません……」
格好だの特長だの、ピンポイントで似通っている面を見つけてしまい、スィンはこらえきれずにくつくつと笑い出した。
「似ているところでもあったのかしら」
「そんなところー」
気持ちを切り替えるために一息入れる。落ち着いたところで、ルークはまじまじとスィンを見つめた。
「……そういやお前ってさ」
「なんですか?」
「体型のわりに──」
直後、轟音が鳴り響いた。再びルークが窓に張り付き、スィンが天井の窓を開ける。
そこでは、超巨大な軍用艦が停止し、大規模な譜術障壁を張っている最中だった。
更に向こうには長大な橋が、爆発を伴ってがらがらと崩れ落ちていく。
「しまった……」
小さな小さな声で呟き、スィンはもう一度天井の窓を閉ざした。
歓声を上げて迫力満点の光景に心を奪われているルークを呆れながら見ているティアに話しかける。
「……ちょっと、まずいことになった」
「さっきも言っていたわね、どういうことなの?」
「後で詳細を話してあげる。まずはこの馬車降りないと──」
そこでティアは窓に張り付いているルークの腰をつかみ、座席に座らせた。
彼にも話を聞かせるためだろう。ルークは不満そうに彼女を睨んでいるが、かまわずスィンは彼に話しかけた。
「ルーク様、あの……」
「驚いた!」
囁きは、興奮したような御者の大声でかき消された。
「見たかい!? ありゃあマルクト軍の最新型陸上走行艦タルタロスだよ! おれも前に一度遠くから拝ませてもらったことがあったが、こんなそばで見ることができるなんて思ってもいなかったよ!」
「マ、マルクト軍だってぇ!?」
反射的にルークは叫んでいた。彼にとってマルクトは記憶を奪った敵なのだから、当たり前である。
「どうしてマルクト軍がこんなところうろついてんだよ!?」
「そりゃあ、ここんところキムラスカの奴らが戦争を仕掛けてくるって噂が絶えないんで、ここらは警戒が厳重になってるからな」
驚きで絶句しているティア、そしてまた何か口走りそうなルークに、スィンは「少し黙っててもらえますか?」と囁いた。
「すみません! なんか勘違いして乗ってしまったみたいです」
「あ!? あんたら、キムラスカへ行くところだったのかい!?」
御者の口調は不穏なものになってきている。なぜ敵地キムラスカへ行くのか、もしや──と疑っている節があった。
「はい。マルクトの者ではあるのですが、所用でキムラスカのバチカルへ行くことになってて……」
「それじゃあ反対だったなあ」
さらりと紛れ込ませた嘘が効いたのか、御者の口調は元に戻った。
「キムラスカへ行くなら、ローテルロー橋を渡らずに街道を南に下っていけばよかったんだ。もっとも、橋が壊れちゃあ戻るに戻れんが」
何か言いたそうにしているルークを押さえ、御者の次の言葉を待つ。
「俺は東のエンゲーブを経由してグランコクマまで行くが、あんたらはどうする?」
ちらりとティアを見た。暗に自分が決めていい? と聞けば、こくりと頷き返される。
「流石に遠くなるから、エンゲーブまでお願いします。それとも、ここで降ろしてもらいます?」
「エンゲーブまで乗せてくれ。歩くのたりぃ」
「わかった。エンゲーブまでだな」
ぴしり、と御者が手綱を操る音が聞こえ、馬車はみるみる速度を上げていった。
すぐにティアが席を立ち、窓を閉める。転がる車輪の音が遠くなった。
「……困ったわね」
誰ともなく呟いたティアに、ルークは不遜な態度でふん、と鼻を鳴らした。
「まったくだ! なんて面倒なことに……!」
「まーまー。来ちゃったものは仕方ありませんって」
「だからなんでそんなのほほんとしてられんだよっ!」
ほぼ八つ当たり状態で怒鳴りつけるルークをなんとかなだめ、ようやく座席に座らせる。
その向かいに座って頭の中に地図を思い浮かべながら帰る算段を立てていると、やがて馬車はゆっくりと停止した。
称号:漆黒の翼? (ルクティア)
腹出しに、ボイン美女。漆黒の翼に間違えられてもしょうがない?
そんなあなたたちに贈る称号(要らねーっつーの!)