the abyss of despair   作:佐谷莢

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第三十九唱——別れと捕縛と脱出と

 

 

 

「それで、どいつからどこへ送ればいいんだ?」

「じゃあ私とイオン様をダアトへ送っていって! スィンも行くんだよね?」

 

 この一言で目的地は定まった。

 

 

 

 

 

 

 ダアトへの航行中。一人甲板で水平線を見つめていたスィンの後ろから、誰かが歩み寄ってきた。妙に気になって振り返ってみれば、艦橋(ブリッジ)から出てきたらしいアッシュがいる。知らず、微笑が浮かんだ。

 

「ナタリア様のところへ行かなくていいの?」

「──シア」

 

 その単語がアッシュの口から出るやいなや、スィンはぎゅ、と奥歯を噛みしめる。表へ出そうな動揺を押し込め、再び海の果てを見た。

 

「彼女が、どうかした?」

「あの屑ならもう切り離した」

 

 だから普通に話せ、と言いたげな彼を招き、耳を掴んで直接囁きかける。

 

「だからって無防備が過ぎます。誰が聞いているかもわからないこの状況下で」

「……すまん。今後のことなんだが……」

「彼らと共に崩落を──いや、大地の消滅だけは防ごうかと」

 

 耳を離し、きっぱりと告げた。

 

「アクゼリュスは墜ちるべくして墜ちました。ここから先は好きにはさせません。預言(スコア)に逆らうこともないなら、故意ならば未然に防ぐことも可能でしょう。──反撃開始、といったところでしょうか」

 

 ニッ、と笑って見せれば、アッシュはわずかに目元を緩めて頷いている。

 

「俺は引き続きヴァンの動向を探る」

「定期的にルークを通して、こちらの状況を掴んでいてくださるとありがたく思います」

「わかった」

 

 興味津々、という視線がいくつも飛んできたこともあり、スィンは甲板を去った。何を話していたのか、主にナタリアを中心に飛んできた追求をのらりくらりとかわしながら、ダアト到着を待つ。

 タルタロスの陸上走行機能が使えないとのジェイドの言葉を受け、修理をするという彼一人を残し。

 アッシュを含んだ残りの一行はダアト港に入った。

 

「──じゃあな」

 

 そっけない別れの言葉を残して、定期船乗り場の方へ去っていくアッシュを見送るナタリアを、スィンはタルタロスで待機するよう進言した。

 

「スィンはどうするのです?」

「僕はダアトでガイ兄様と落ち合います。本当は直接アラミス湧水洞へ行きたいけど、入れ違いになっても困りますから……」

「ならわたくしも共に参りますわ。タルタロスへ残ったところで、大佐のお手伝いはできませんもの」

「スィンなら修理の手伝い、できるんじゃない?」

「嫌だよ怖いよ大佐と二人きりなんて」

 

 アニスによるイオンへの気遣いで、随分少なくなった一行は乗合馬車で一気にダアトへ向かった。

 馬車の中から第四石碑の丘を抜け、ダアトへつくまでにイオンの顔を知る人々に彼がもみくちゃにされるというハプニングが起こったものの、アニスの活躍で大きな厄は免れる。

 

「イオン様! もうちょっとびしっと嫌がらないと駄目ですよう!」

「はあ……でもそれでは、あまりにも彼らが」

「可哀想なんかじゃありませんからね! 一般信者ごときが、イオン様をこんな近くで拝めるだけでも果報者なのに!」

 

 それだけ聞くと、アニスが一番やばいイオン信者のように聞こえるが、あえて触れないことにした。ナタリアは、預言(スコア)を詠んでもらうがために世界中から集まってきた信者たちのあまりの多さに圧倒されている。

 スィンにとっても懐かしい、ダアトの街に一歩足を踏み入れたそのとき。

 

「ねえ知ってます? 鉱山の町が消えたって」

「ええ、それが発端でキムラスカがマルクトにいよいよ戦争を仕掛けるんだとか」

「怖いですねえー。でもダアトなら安心ですね」

「ええ、安心です」

 

 自治区に住む住民たちの、そんな会話が耳に入った。

 

「……今の」

「聞きました。キムラスカが、マルクトに、戦争……?」

 

 アニスの言葉に、イオンが半ば呆然として答えている。

 父親が戦争を起こそうとしているのかもしれない、という衝撃に襲われているナタリアを配慮しながらも、スィンは要因を探るべく切り出した。

 

「……そういえば、なんでアクゼリュスが崩落したかなんて皆知らないんだよね……」

「それはそうなのですが、どうして戦争が」

「和平が失敗したから……いや、アクゼリュスが崩落し、消滅したことでルーク様とナタリア様が亡き者にされたことになっているだろうから……まさかそれを口実に」

 

 スィンの推察を聞き、ナタリアは目を見開いた後で、軽く瞬かせた。

 

「た……確かに。わたくしはともかく、ルークは親善大使としてアクゼリュスへ赴いたのだから、第三王位継承者の死をマルクトのせいにして……お父様……」

 

 きゅ、とナタリアは唇を噛みしめたが、すぐに気を取り直してイオンに告げる。こうして後悔している場合ではないとは言いたげに。

 

「お父様の誤解を解きましょう! イオン、導師詔勅の発令を願えませんか?」

「わかりました。教会へ行きましょう」

 

 そうと決まったらこっち! というアニスの先導のもと、一行は裏道を抜けて教会の眼前へたどり着いた。

 あれだけの人数がダアトへ向かっていたというのに、周辺はなぜか一般人の姿がない。そのことをスィンがいぶかしんだ、その時。

 

「導師イオン! ご無事で!」

 

 がしゃがしゃと音を立てて、神託の盾(オラクル)兵が集団で現れた。その向こうには、わずかに顔を歪めている大詠師モースの姿がある。

 一行はあっという間に囲まれた。

 

「何のつもりです!」

「──ご無事であられたは何よりでございます、導師イオン、ナタリア姫。教会の保護を受けていただきましょうか」

 

 弓を構えかけるナタリアに、モースは表面上愛想良く、しかし二人が生きていることに対して明らかに厄介な、という感情を漂わせながら神託の盾(オラクル)兵に包囲を狭めるよう命じた。

 

「──援軍を呼んできて」

 

 小さな小さな声でアニスに語りかけ、スィンは懐に差し入れていた手を抜いて前方へ投げた。地面と接触した黒玉は破裂した瞬間に煙幕をまき散らかし、モースを含む兵の目をくらます。

 とん、と背中を押したアニスが駆け出したのを見て取るやいなや、スィンは二人の耳元にひそひそと囁いた。よもや暴走することはなかろうが、意思疎通をしておいて損はない。

 

「……今は大人しく捕まっておきましょう。最低でも僕がお護りしますから」

 

 低い声で囁き、やがて煙幕が晴れたその中で、スィンはおもむろに両手を上げた。

 

「保護を受けます。だから、おかしな真似はしないでください」

 

 ふん、と鼻息荒く、モースは三人の連行を命じている。

 どういう命令をしたのか、住み込みで働く信者たちの姿すら見当たらない中、三人は神託の盾(オラクル)本部の一室に軟禁された。

 

「──これから、どうしましょう」

 

 弓矢一式を取り上げられて心許なさそうなナタリアに、イオンは泰然と微笑んでいる。

 

「大丈夫ですよ。きっとアニスが皆さんを連れてきてくれます」

「僕も、大人しくしているつもりはありませんから」

 

 そう言って、スィンは軽く両手を組み合わせた。足元に特徴的な譜陣が展開する。イオンは驚いたように眼をみはった。

 

「扉を吹き飛ばすんですか!?」

「やりませんできません。できたとしても、見張りが何人いるかもわからないのに、そんな大胆なことしませんよ」

 

 譜陣の輝きに合わせて、目蓋を閉ざしたスィンの脳裏に第三音素(サードフォニム)を通じて状況が伝わってくる。

 教会内の様子を一通り探ってみたが、とりあえずヴァンはいない。六神将の姿はちらほらあるものの、接触を避けることは可能だった。

 と──ある六神将が誰かと話している。耳を傾けてみた。

 

『ええいっ! ヴァンの奴にはまだ連絡がとれないのか!?』

 

 大詠師モースが、魔弾のリグレット相手に何かを喚いている。

 

『申し訳ありません。総長閣下はベルケンドに視察に向かわれて……』

『ようやく預言通りに戦争が起こせそうなのだぞ。こんな大事なときに、あやつは何をしているか』

 

 彼がいないのは彼女のせいであるかのように苛立ちを隠さないモースに、リグレットは淡々と提案をした。

 

『大詠師モースは、一足先にバチカルへ向かわれてはいかがでしょうか』

『仕方ない。そうするか』

『お送りします』

 

 厄介な奴が一人消えたのは重畳である。肝心の見張りの数だが、この数ならなんとかならないことはない。

 

「……よし」

 

 瞳をこじ開け、術を解除する。

 何が起こったのかよくわからない二人を尻目に、スィンは服の隠しから針金を取り出すと、おもむろに内側の鍵穴へ突っ込んで開錠を試みた。

 当然、扉がおかしな音を立てたことに気づいた兵士が部屋の中へ突入してくる。

 

「おい、何をして──」

 

 扉が開いた瞬間、粛々と兵士に当身を入れ、部屋の中へ引き込んだ。

 

「な、何をするんですの?」

「身包み剥いで兵士に変装します。突破口開いてくるんで、二人はここにいてくださいね」

 

 兜と外套、剣を取り上げ、きっちり拘束してから部屋の隅へ転がしておく。手早く服の上から着込み部屋の外へ出れば、巡回の兵士が来るところだった。

 

「おい、何事だ」

「……彼らが少し、騒ぎまして。今、落ち着かせたところです」

「そうか──」

 

 一応成人男性の声をつくったものの、この兵士は知り合いでないのか違和感を覚えなかったらしい。

 なら異常なしだな、と兵士が背を向けた瞬間。音を立てないように兵士に支給される剣を引き抜いて、背中から斬りつけた。

 

「なっ……!」

 

 余計なことを叫ばれる前に、咽喉笛を切り裂いて沈黙させる。

 向かいの部屋をこじ開けて死体を放り込むと、その部屋の中にナタリアの弓矢一式と血桜があった。回収し、ゆっくりと歩いて巡回中を装いながら見張りの兵士たちを二度と目覚めぬよう眠らせていく。

 

「ぐわっ!」

「ぎゃっ……!」

 

 アクゼリュスでもこっそり使った、唯一この姿で使って消耗しない探索の譜術によれば。六神将は教会の中にも、この神託の盾(オラクル)本部にもいるらしいのだ。彼らとことを構える危険を考えれば、障害は確実に減らしておきたい。

 そうこうしているうちに廊下が突き当たりにさしかかり、扉が現れた。確かここを出れば、集会場に出るはずである。

 直後、ごおぉーん、と鐘が鳴り、スィンは思わずびくっ、と体を震わせた。

 

 まずい。

 

 合図の方法が変わっていないのだとすれば、これは集合を意味する合図だ。数人ならともかく、数十人集まってしまったら、スィン一人の突破は可能でも二人を連れての脱出は難しい。しかし、すぐにでもでていかなければ怪しまれる。

 スィンは外にいるのが数人であることを願い、剣を引き抜いて扉を開いた。

 ──そこにいたのは、幸運なことに数人だった。

 

 

 

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