the abyss of despair   作:佐谷莢

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第四十唱——邂逅せしは、己が罪の分身

 

 

 

 

「双牙斬!」

「!」

 

 悲壮なまでの決意を瞳に宿し、歯を食いしばって剣をふるう赤い髪の青年が迫ってくる。大きく下がって一撃を避ければ、着地地点に譜術が炸裂した。

 

「炸裂する力よ──エナジーブラスト!」

 

 故意に倒れこんでどうにか回避する。起き上がったところで、金の短髪の剣士──ガイの追撃が待っていた。

 

「真空破斬!」

「……っ!」

「ん⁉︎」

 

 咄嗟に同じ技を出し、威力を相殺させる。

 制止の声を出そうとして、自分が適当な成人男性の声音になっていることを思い出した。

 

「手間取らせないでよねっ、リミテッド!」

 

 自分の声へ戻すタイムラグ中に、アニスの譜術が発動する。真下に発生した小さな譜陣から走って回避すると、ティアの歌声が響き渡った。

 

 ♪ トゥエ レイ ズェ クロア リュオ トゥエ──

 

「た、タンマ! それはちょっと無理!」

「「!?」」

 

 知っている声の制止に、彼らの動きが固まる。それを機として、スィンは剣を投げ捨てるとえっちらおっちら、慣れぬ兜を引っこ抜くようにして脱いだ。

 出てきた顔を前にして、彼らは眼を見張り、驚いている。

 

「「スィン!?」」

「アニス、ごくろうさま。イオン様も喜ぶよ」

 

 援軍の到着に頬を緩めるスィンに、ルークがわずかに躊躇しながらも声を上げた。

 

「つか、なんでお前そんなカッコ……」

「ルーク様」

 

 彼にしっかりと向き直り、その眼を見る。

 たじろいでいるその顔は、髪を切ったせいなのか、以前の傲慢さが綺麗に拭われているように見えた。

 

「な……なんだよ」

「おかえりなさい」

 

 意識を取り戻されたこと、お喜び申し上げます、と笑顔で述べれば、彼は「あ、ああ」と戸惑ったように返している。

 そして衝撃の一言を口にした。

 

「ありがとう」

 

 ……

 

「えっ」

 

 あまりの衝撃に、スィンは兜を取り落としそうになって慌てて抱え直す。まじまじとルークの顔を見つめた後に、彼女は自らの頬を強くひねった。

 

「痛たたた」

「……何やってんだ?」

 

 赤くなった頬を撫でさするスィンに呆れたような視線を寄越すルークに、本音が零れる。

 

「いえ……ルーク様がお礼を言うなんて、天地がひっくりかえってもありえないと思っていたので、もしかするとこれは夢かと」

「どーゆー意味だ!」

 

 思わず大声で怒鳴ったルークの声を聞きつけたか、一人の兵士が現れた。

 

「やっべ……!」

「ルークのどじ!」

 

 侵入者だ、と叫ぼうとしているらしい兵士の咽喉に、虚空を切り裂いて何かが飛来する。

 狙い違わず、放たれた矢は勝利の旗のように突き立ち、兵士の首を貫通してその役目を終えた。

 

「──なーんて、ふざけてる場合じゃありませんね」

「スィン……」

 

 ナタリアの弓を使って兵士を仕留めた彼女は、くるりときびすを返している。

 

「二人はこちらで軟禁されています。参りましょう」

「あ、あのさ……スィン」

 

 見張りは片付けた、の追伸にかぶさるように、ルークが言った。

 

「なにか?」

「その敬語、やめてくんねぇか?」

 

 その一言に、彼女は返したきびすを正してルークと向き合う。胸の前で腕を組み、気持ちふんぞりかえってみせた。

 

「なにいきなりふかしぎなことをぬかしてるのルーク」

「その……アッシュがさ、俺に敬語使うスィン見てすんげぇ苛立ってたみたいなんだ。考えてみれば仕方ねえかもしれねえけどよ。お前が仕えてたのは俺じゃなくて、アッシュだったんだから」

 

 どうやら棒読みはスルーされた模様である。腕組みもふんぞりかえるのもやめて、スィンは姿勢を正した。

 

「……なぜそのようなことをご存知なのかはさておいて、今の僕は、一応ルーク様……あなたの、護衛従者ですよ?」

 

 わかってる、と彼は頷いてみせたものの、自説を曲げようとはしなかった。

 

「別にアッシュの奴に気ぃ使ってるわけじゃないぜ? でも俺があいつのレプリカで、今いる俺は本当はあいつだったってこと考えると、どうしても……なんつうかなあ、その──」

 

 居場所を奪い続けているようで、腹の据わりが悪い。こんなところだろうか。しかしルークはそれを言葉にはしなかった。

 

「……それに俺、お前に甘えてひどいこと言ったり、しちまったりしたし……とにかく! お前が俺の護衛従者だから、ってんなら今この場でクビにする。だからもう俺に対して気ぃ回したりするのはやめてくれ。……いいか?」

 

 瞳を閉ざして彼の弁を静かに聞いていたスィンは、ふう、と息を吐いている。

 

「スィン?」

「一体何がどうなって、そんなことを考えるおつむが身についたのかは、聞かないほうがいいのかな」

 

 スィンは、余すことなくルークの挙動を見つめている。

 ナタリアの時と同じく、少しでも憤りを覚える素振りを見せたなら、彼女は己の言動を改めはしないだろう。

 それを悟って、ルークは口ごもりながらも応対した。

 

「い、色々あったんだよ」

「その色々を聞きたいけど、時間ないしやめとくね。護衛従者クビになっちゃったし、わかったよ。ルーク」

 

 意識しているらしく、わずかにたどたどしい、しかし明らかに口調は変えられていた。

 認めてくれたのか、とわずかな喜色を浮かべるルークに、彼女はくっ、と唇に緩やかな弧を刻む。

 

「過去は、忘れないけどね。それじゃ、お姫様たちを救出に行こっか」

 

 護衛従者は今この時をもってクビになったのだ。このくらいはいいだろうと、顔面蒼白になるルークはさておく。

 イオン様は男性よ、と生真面目に修正するティアに、そうだね、と笑みを隠さぬまま、一同はスィンの先導で二人が軟禁されている部屋の前へと向かった。

 

「な、なあ。やっぱり怒ってる、か?」

「怒ってるに決まってるじゃん。今までどれだけ「ノーコメントですのー」

 

 アニスの言葉は遮って、あわあわしているルークには満面の笑みで対応する。それをやめさせようとしてなのか。苦笑をたたえたガイがあるものを放った。

 

「そうだ、こいつを忘れてた」

 

 からかいをやめて受け取りにかかる。それは彼にお守りと称して渡したロケットペンダントだった。

 

「──ガイ兄様も、ご無事でなによりです。ルーク様とカケオチされなくて、本当に良かった」

「だからなんでそーなるんだよ!」

 

 幾分声を潜めて苦情を洩らすガイに微笑みかけてから、スィンはひとつの扉の前で立ち止まる。装備していた弓と矢筒を外している彼女のかわりに、ルークが扉を開けて突入した。

 

「イオン! ナタリア! 無事か?」

 

 突入した彼らを迎えたのは、緊張の垣間見えた表情を瞬時に明るくしたイオン。

 同じく安堵は浮かべたものの、先頭のルークを見てわずかに小首を傾げたナタリアである。

 彼女は、確かめるように彼へ尋ねた。

 

「……ルーク……ですわよね?」

「アッシュじゃなくて悪かったな」

 

 心底そう思っているらしいルークに、それを揶揄と受け取ったナタリアが憤慨している。

 

「誰もそんなこと言ってませんわ!」

「イオン様、大丈夫ですか? 怪我は?」

 

 心配そうに彼の周囲をくるくる回るアニスに、イオンは柔らかな微笑を向けた。

 

「平気です。皆さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます。スィンも、ご苦労様でした」

 

 ルークが黙して首を振り、スィンが軽く頷いた矢先に、ティアの質問が飛ぶ。

 

「今回の軟禁事件に、兄は関わっていましたか?」

「ヴァンの姿は見ていません。ただ、六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました。モースは一蹴していましたが……」

 

 スィンがいない間にそんなごたごたがあったらしい。スィンがナタリアに弓矢一式を手渡し、外装を外している間にも会話は続いた。

 

「セフィロトツリーを消すために、ダアト式封咒を解かせようとしているんだわ……」

「……ってことは、いつまでもここにいたら、総長たちがイオン様を連れ去りに来るってこと?」

 

 アニスの問いに、ガイが頷く。

 

「そういうこった。さっさと逃げちまおうぜ。ひとまず、街外れまでで大丈夫だろう。この後のことは、逃げ切ってから決めればいい」

「なら、第四石碑だっけか? あれがあった丘まで逃げようぜ」

 

 神託の盾(オラクル)本部にいても違和感のないティア、アニス両名が斥候を勤めながら、どうにか本部を抜け出した。

 人払いが解除された教会内を抜け、自治区を素通りし、一行は第四石碑の丘へ到着する。

 

「追っ手は来ないみたいだな」

「公の場で、イオン様を拉致するような真似はできないのだと思うわ」

 

 少々拍子抜けしたように遠くへそびえるダアトを見ながらガイが呟き、ティアが常識的に考えてもっとも妥当だと思われる意見を述べた。

 

「でもぉ、この後どうしますかぁ? 戦争始まりそうでマジヤバだし」

「バチカルへ行って、伯父上を止めればいいんじゃね?」

 

 誰ともなく出されたアニスに言葉に、ルークがそんな提案をする。

 戦争を仕掛けようとしているのはキムラスカ、そして彼の国の王は自分とナタリアの知り合いということを考慮しての、通常であれば妥当な意見ではあったが、ティアが却下した。

 

「忘れたの? 陛下にはモースの息がかかっている筈よ。敵の懐に飛び込むのは危険だわ」

「残念ですが、ティアの言う通りかもしれません。お父様はモースを信頼しています」

 

 つらそうに俯くナタリアに合わせ、ジェイドも気がかりを持ち上げる。

 

「私はセントビナーが崩落するという話も心配ですねえ」

「それなら、マルクトのピオニー陛下にお力をお借りしてはどうでしょう。あの方は戦いを望んでおりませんし、ルグニカに崩落の兆しがあるなら、陛下の耳に何か届いているのでは」

「それでいいんじゃないですかぁ?」

 

 アニスの言葉に否を唱える者はいない。そしてルークが決定を打つ。

 

「よし、じゃあ、決まりだな。でもマルクトに行くのに、船はどうする?」

「アッシュが、タルタロスをダアト港に残しておいてくれました。まずは港へ向かいましょう」

「アッシュが……。わかった、港は北西だったよな。行こうぜ」

 

 途中、またも揃った顔ぶれに対する話題が持ち上がり、ルークの驚くような変貌に移行、ジェイドとアニスという黄金コンビによるイヤミをイオンがフォローし、ルークが頬を赤らめて謙遜を見せるという会話が成り立ったものの、スィンはその中へ入らなかった。

 これから起こる事例にも寄るが、彼の決意は本物であると、そう認めざるを得なくなる日が必ず来る。

 今までのような態度であれば、自分の気持ちを隠すことなど容易であったのに、それ以前に彼は気づこうとしなかっただろうに、こうなると隠すのは難しい。積極的に話すことなど論外であったが、それでも一生隠しきるのはおそらく不可能だろう。いつかはバレる。

 スィンはちらちらと自然体でいることができるガイをうらやましそうに見た。

 港へ至り、ふとルークは思いついたように皆を見やる。

 

「皇帝のいるグランコクマって、ここからだとどの辺になるんだ?」

「えっと、確か北西だよ」

 

 頭の中の地図を思い浮かべたアニスがそう答えた。それを皮切りに、今まで黙しがちだったスィンがジェイドの顔を見る。

 

「……そういえば、グランコクマは戦時中に要塞になる……んですよね? タルタロスで入れるんですか?」

「よくご存知ですねえ。そうなんです」

 

 ジェイドの感心したような、しかし探るような瞳からふいと視線をそらした。

 いいタイミングでアニスの疑問が彼の気をそらす。

 

「でも、今はまだ開戦してませんよ?」

「それはそうですが、キムラスカの攻撃を警戒して、外部からの侵入経路は封鎖していると思います」

「ジェイドの名前をだせば、平気なんじゃねーの?」

 

 彼の国の軍人──それも大佐という地位にいる彼ならば、とルークは考えたらしいが、これまで起こった出来事の産物にあっけなく覆された。

 

「今は逆効果でしょう。アクゼリュス消滅以来、行方不明の軍人が、部下を全て死なせた挙げ句、何者かに拿捕された筈の陸艦で登場──攻撃されてもおかしくない」

 

 惨劇を思い出したか想像したか、う、と言葉を詰まらせた彼のかわりに、イオンが穏便な手段を提案する。

 

「どこかに接岸して、陸から進んでいけばどうでしょう。丸腰で行けば、あるいは……」

「ローテルロー橋がまだ工事中ですよね。あそこなら接岸できると思います」

 

 意見を受け、ティアがルートを模索した。わずかに躊躇して、ジェイドが承諾する。

 

「……それしかなさそうですね」

「決まりですわね。ローテルロー橋を目指しましょう」

 

 何を嫌がっているのだろうか、といぶかしんだ疑問は、ナタリアの決定を聞いたアニスの呟きで回答を得られた。

 

「うは……歩くんだ……」

 

 

 




こっそり弓術も心得ていますオリジナルキャラクター。
幼少のナタリアが教えを受けていた傍で、ライバルいたほうが上達が早いからという理由で一緒に修練受けてました。
ナタリアの上をいってはいけないという制限つきだったので、ランバルディア流なんたらかんたらは持っていません(笑)
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