the abyss of despair   作:佐谷莢

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第四十四唱——死神が吼えるは過去と罪、主の怒りに下僕はへつらう

 

 

 

 

 

 

 ダアト式譜術の使用、カースロットの影響。

 理由はそれぞれ違うものの疲労の色濃い二人のために用意された馬車に乗り、一行はセントビナーを目指していた。

 

「で~もびっくりしたぁ。まさかスィンがシアだったなんてね」

「こっちも驚いたよ。アニスってばあんなに小さかったのに、覚えてるって言うんだもの。まあ、眼のことは忘れてたみたいだけど……」

「覚えてるに決まってるでしょ! 手っ取り早くお金持ちになるには玉の輿を狙えばいい、料理上手な女は重宝されるって教えてくれたの、シアじゃない」

 

 スィンの正体を知っているガイ、もともとシアを知っていたアニスをのぞいて、やはりほとんどのメンバーは戸惑いを隠していなかった。

 特にナタリアはどうしても信じられないようで、先ほどから自分の頬をつねったり、目をこすってスィンをまじまじ見つめたり、いそがしい。

 

「……どうして、姿を偽っておりましたの?」

「そうする必要があったからです」

 

 ホドより避難してしばらく、身辺が落ち着いた頃。ファブレ公爵の復讐を企み、まずは近づかねばとファブレ公爵家の使用人あたりになるべく画策をした。

 ファブレ公爵の身辺を調べて、幼い一人息子がいることを探って、更にあまり構ってやれてないことも突き止めて。祖父ペールの知恵とコネを使って、使用人兼子息の遊び相手はいらないかと売り込んだのだ。

 ただし、その計画にはひとつ障害があった。当時のスィンは子守はできても遊び相手としては育ちすぎていたのである。

 

「育ちすぎてたって、シ……スィン、そのとき幾つだったの?」

「十四歳。当時四歳だか五歳だかのルーク様の遊び相手は無理で、あと兄妹とかじゃないと一緒には雇ってもらえないかなって」

「ガイのお姉さんでは駄目だったの?」

「駄目だったんだよ」

 

 すでに彼のことを主と定めていたスィンには、ガイをガイと呼び捨てることも、きさくに接すること──一般的に姉が弟にするような自然な態度一切がとれなかった。

 どうにか演じることはできるものの、これでは咄嗟の行動が怪しまれると祖父に駄目出しをされて。

 とっておきの秘術、固定術式と、複雑な段階を経てようやく目論見は成功した。

 

「あれ? ……おい、嘘だろ」

 

 そこへ、話を聞きながら指折り何かを数えていたルークが、バッと顔を上げて信じられないものを見る眼でスィンを凝視した。

 とりあえず茶化しておく。

 

「やだールークさまったらそんなアッツイまなざしで見つめないでくださいよー……」

「ちげぇよ! つかお前、ヴァン師匠(せんせい)と同い年なのか!? その顔でか!?」

「……同じ年、同じ日が誕生日だって聞いてるよ、本当かどうか知らないけど」

 

 年齢をばらされてしまった。具体的な数字を出してしまったのは失敗だっただろうか。

 心底驚いた様子で「ティアとそう変わらないように見えますわ」と呟いてしまったナタリアを、ティアが半眼で見やっているように見えるのは気のせいだろう、と思いたい。

 すべてを承知のガイが顔を背けて含み笑いしているのを指摘しようかどうしようか、悩んでいた矢先。

 

「ところで、先ほどの譜術──姿を変質させていた術の詳細を教えていただけますか?」

 

 やりとりを黙って見ていたジェイドが、ふとそんな質問をした。その言葉を受け、スィンはジェイドの方へ体を向けている。

 

「僕が古代秘譜術を使える、っていうのはご存知ですね」

「……僕、ですか」

 

 呆れたように呟いたジェイドに、スィンはすっかり変わってしまった声で弁明した。

 

「子供の頃からの癖です。女性恐怖症を負ってしまったガイ様のため、女らしく振舞うのは控えようと始めた習慣でして」

「今はどう考えても無駄でしょう。現にガイは、あなたにも恐怖して「それに、今更ですよ。僕の一人称なんて」

 

 変えたところで何がどうなるわけでもないと、しめくくる。

 しかし。

 

「いい加減改めないと嫁の貰い手が現れませんよ」

 

 もう貰ってもらったから気にすることではない。

 からかっているのか嫌味なのか、判別しかねるジェイドの言には煙に撒いておく。

 

「あなたの心配することじゃないですよ。それで──」

「それなら確かにお聞きしましたが、その一種だと考えてよろしいと?」

「その系統ですよ。生体譜術にも通じるところがあります。己を形成する音素を特殊な譜術によって組み替え、外見、年齢、性別、果ては人格まで模写する──のが真骨頂らしいんだけどねえ」

 

 以前とあまり変わらぬ指が、ぽりぽりと頬をかく。彼女は幾分自嘲気味に苦笑していた。

 

「僕は未熟だから、今のところ当時の自分の主にしか姿を変えられないし、性別変化ができないからガイラルディア様にもなれない。眼の色をどうしても変質できないし、自由にできるのが体の一部分のみ」

「未熟っていうか、最後まで教えてもらってないだけだろ」

 

 ガイの言葉を置いといて、そんなところ、とジェイドに向かって締めくくる。

 彼は珍しく胡乱げな目つきで彼女を見やっていた。実際に元の姿に戻っていなければ、欠片も信用していなかっただろう。

 

「生体譜術なら禁術なんですが」

「禁術ですね。使った奴の自己責任系で、特別な罰則が設定されてない」

「もしガイがいなくなってしまったら、組み換えた音素が定着して、元に戻れなくなるかもしれなかったのに」

「そうならないようにするのが僕のお仕事ですよ」

「……肉体の全音素組み換えなど、自力で可能なことなのですか?」

「無理」

 

 スィンはあっさりと首を振った。  

 

「可不可でいえば、熟練の術者なら可能らしいのですが。僕のときは、適性検査をした後、体に補佐用の譜陣──刺青を刻んで、それからやっと修行を始めた」

「刺青?」

「そう。こんなん」

 

 ひょい、と袖を引いて、己の腕を惜しげもなくあらわとする。女性らしくなよやかに見える、細く締まった腕。

 その表面は幾何学模様を髣髴とさせる譜陣が幾重にも描かれている。しかし、刺青にしては沈着した色が非常に薄く、奇妙に歪んでいるようにも見えた。

 ナイマッハ家に伝わる秘術──借姿形成の名がつくそれは門外不出で、スィンに手ほどきをした人間はすでに死亡している。

 更に深い質問を重ねたジェイドに対して、スィンはそう答えることで回答を拒否した。

 

「よく詳細がわかりかねるものを、肌に刻む決意をしましたね。今は大丈夫でも年経たら」

「なんとでもどーぞ。お肌の曲がり角になったら大変なことになるでしょうが、そんなのは僕の責任ですしね」

 

 決意も何もない。騎士として従者として本格的に仕込まれた際の──ホド戦争が起こる遥か前に刻まれたものなのだ。スィンにとってはいつの間にか在ったもの、在って当然のものという認識である。

 己が従者である証、と考えても間違いではないだろう。

 腕のみならず、スィンの全身には借姿形成の補佐用、肉体強化用、フォンスロット強化用その他といった種々様々な譜陣が刻まれているのだ。

 無論のこと、彼女がそれを口にすることはなかったが。

 

「これでできることが増えました。これからは術を使っても倒れることはありませんよ」

「そうなの? 前にあなたは、先天的な身体の欠陥と……」

「身体の欠陥? 持病に関係しているのではないのですか?」

「僕は譜術士としての才能がない、とお伺いしましたが」

 

 ティアが、ナタリアが、イオンが、三者三様による過去スィンが放った言い訳を並べていく。

 己の放言の責任を取るべく、彼女は肩をすくめてみせた。

 

「僕が模したマリィベル様のお体には譜術を扱いきれる素養がなかったもので。それに誰であろうと姿を変えているときは、フォンスロットをいくつか犠牲にしているから不具合が生じていたの」

「フォンスロットを犠牲って、それって封印術(アンチフォンスロット)かけられたのと同じってこと?」

「あくまでいくつか。封印術(アンチフォンスロット)くらったことないから何とも。持病に関しては、譜術のみならず行動すべてに関係していますよ。今も昔も変わりなく」

 

 他にできることとは何かと尋ねられ、スィンは軽く黙考している。長年の枷──言い方は何だが事実である──が外れて高揚している内心のまま、手の内を晒すことは憚れたが。

 それでもこれならかまわないだろうと、スィンは何も持たない手のひらを突き出した。

 

「?」

「ほい」

 

 ぱちん、と指が鳴る。微弱な光が灯ったかと思うと、その手にはいつの間にか棒状の刃物──棒手裏剣が握られていた。

 

「「!」」

「手品~」

 

 一度たりとも瞬かない、いくつもの眼を前にして、棒手裏剣は音もなく消えている。空っぽになった手を振ってみせて、スィンはそのようにのたまった。

 しかし、その言葉を信じる者は誰もいない。

 

「これは、コンタミネーション!?」

「やっぱり、そうなのか。でも、普通は拒絶反応が出るもんなんじゃ……」

「そうならないようにしているのが、『詳細がわかりかねるもの』なんだよ」

 

 珍しいものを見せてもらった。

 そんな心境のもと、スィンは心底驚いているように見えるジェイドを眺めていた。

 ルークの質問に嘘はついていない。ただしこれはダアトに所属していた頃、ジェイドをかつての友と呼ぶ奇人から仕入れたものである。

 それも、コンタミネーション現象を行えるようにする代償として、とても彼らには語れない条件を提示された経緯があるのだ。

 故に彼の手を直接借りることはあきらめて、独自の方法──とっくの昔に刻まれていた刺青を利用し、更には奇人であれども「ケテルブルグの天才」の名を冠した研究資料を強奪することで実用に至っている。

 各指の表層、手の甲の表層、腕の表層。

 件の研究結果を反映させたためにスィンが体内へ収めているのは棒手裏剣一本どころではないのだが……蛇足につき、省いておくことにする。

 これは知らせずとも、問題はないはずだ。

 

「一体その技術をどこで……」

「技術として存在する以上、あなただけの専売特許じゃない、ということで」

 

 さて後は、どうやってジェイドの質問から逃れようか。

 未だ自分の眼が信じられないのか、何度も眼をこすっては眼球が傷つくとティアに注意されるナタリアに話しかけようとして。

 馬車は急に振動を発して、ガクンと急停止した。

 

「きゃっ!」

 

 誰もが身をすくめる中、何かが起こったのだろうと察したスィンは身軽に馬車から飛び降りた。ぱたんと扉をしめて、馬車前方の確認に向かう。

 開いている窓から女性陣の誰かと接触してしまったらしい主の悲鳴が聞こえるが、彼の命の心配はないにつき放置する。

 ──今までの、妹という立場なら彼を心配するのが普通のはずだが。従者であると立場を明らかにした以上、心配を含める過剰な干渉は控えるべきとスィンは考えていた。

 

「大丈夫ですかー?」

 

 安否を確かめる声にも反応しない御者の悲鳴が聞こえる。前方には行く先を塞ぐように、幾匹かの魔物が散らばっていた。

 大地の異変を感じ取っているのか、縄張り意識が激しいとされる種類の魔物までもが他の魔物と仲良く肩を並べている。

 久々に全身のフォンスロットが解放されて──それに伴う身体能力の抑制も解除されて、本調子なのだ。

 これまで封じられていた術技の再確認もするべく、スィンは血桜を抜き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですから父上、カイツールを突破された今、軍がこの街を離れる訳にはいかんのです」

 

 崩落の兆しで落ち着かないセントビナーの街を通り、常駐していた兵士に事情を話して通された部屋の先にて。

 ルークたちの入室にも気づかず、男は老人と口論を重ねていた。

 事前にされたジェイドの説明によると、軍服に身を包んだ男がマクガヴァン将軍、老人が将軍の父にして今は退役しているという元帥だという。

 

「しかし、民間人だけでも逃がさんと、地盤沈下でアクゼリュスの二の舞じゃ!」

「皇帝陛下のご命令がなければ、我々は動けません!」

 

 二人の口論をさえぎるように、ルークはわざと大きめの声で会話に割り込んだ。

 

「ピオニー皇帝の命令なら出たぜ!」

 

 やっと一行の存在に気づいた二人が視線を向け、将軍は驚きを隠せないでいる。

 

「カーティス大佐!? 生きておられたか!」

 

 が、父親の方は特に驚きもせず、優先させるべき事項を尋ねてきた。ジェイドが生きていることを当然と考えていたか、はたまた驚きを隠しているかは定かでない。

 

「して、陛下はなんと?」

「民間人をエンゲーブ方面まで避難させるようにとのことのことです」

「しかし、それではこの街の守りが……」

 

 あくまで街を守ることに固執する将軍を、ルークが押し留め、ジェイドがおそらく皇帝の前で決めてきたであろう内容を指示する。

 

「何言ってるんだ。この辺、崩落が始まってんだろ!」

「街道の途中で私の軍が、民間人の輸送を引き受けます。駐留軍は民間人移送後、西へ進み東ルグニカ平野でノルドハイム将軍旗下へ加わってください」

「了解した。……セントビナーは放棄するということだな」

 

 落胆を隠しきれていない将軍とは裏腹に、老マクガヴァンはあまり気にした様子もなく、善は急げと避難指示の準備に乗り出した。

 

「よし、わしは街の皆にこの話を伝えてくる」

 

 元軍人ゆえか豊かな髭に似合わぬフットワークで部屋を出て行く老人に続こうと、ティアが言う。

 

「私たちも手伝いましょう」

「そうだな」

 

 一行も協力しての避難活動中。住民の約三分の二がエンゲーブ方面への移動に成功し、どうにか間に合いそうか、という雰囲気が漂い始めたそのとき。

 門の両側に立って大地の変化を見張っていたティア、ジェイド両名が譜陣を展開した。

 門のところには、ちょうど避難指示を受けて出ようとした少年がいる。

 

「逃げなさい!」

 

 突然のことに腰を抜かしている少年に、不吉な影が差した。ルークが飛び込み、少年を抱えて転がるのと同時に球体をモチーフにした譜業兵器が降ってくる。

 

「な、何だ……!?」

 

 ルークが思わずそう呟いたのも無理はない。

 がっちょんがっちょんと音を立てるそれは、球体からひょろ長い手足が生えたようなフォルムをしていて、おそらく目をかたどったであろうライトが意味もなく輝いている。

 

「ハーッハッハッハッ。ようやく見つけましたよ、ジェイド!」

「この忙しいときに……。昔からあなたは空気が読めませんでしたよねぇ」

 

 こんなときでも余裕を忘れず、やれやれと首を振るジェイドにディストは己の要求を上げ連ねた。

 

「何とでもいいなさい! それより導師イオンとあの小娘を──!」

 

 口上の途中で、ディストの動きが止まる。イオンを護るアニスの横を通って、スィンがジェイドの隣に立ったのだ。

 

「ディスト! そこのデカブツをどけろ、邪魔臭い!」

「シ、シア……!?」

 

 驚愕で瞳を眼鏡のフレーム同様丸くしているディストに、スィンは気にした様子もなく怒鳴りつけている。

 

「スィンでなくて残念だったな! それよりも、今すぐどけないと勝手に解体するぞ!」

 

 どこからともなく巨大なスパナを取り出したスィンを、ディストは心配そうに見ながらもせせら笑った。

 

「ふっふっふっ……なるほど、隠し通せないと判断して暴露したんですね。それにしても……なぁーんでその陰険眼鏡の隣にいるんですかっ!?」

 

 それもそうかと思ったのだろうか。スィンはちらり、とジェイドを見やり、てててっと移動する。

 

「背後に行ったって同じです!」

「うるせえ奴だなあ。じゃあどこにいろってんだよ?」

 

 スィンのボケに引きずられることなく、ディストは自分を指した。まさか、自分のところに、とでも抜かす気だろうか。

 

「今からでも遅くはありません! 総長は裏切り者には冷たいですが、あなたならば快く迎えてくださるでしょう! 私の側につきなさい」

「お断りだ、このすっとこどっこい!」

 

 怒声と共にスパナが投擲され、ディストの顔面に迫る。それを躱している間に、スィンは譜術行使に入っていた。

 が、次の台詞に詠唱を中止する。

 

「こんな虫けら共は助けようとするくせに、ネビリム先生のことをあきらめたジェイドについていても何にもなりません! あなたは事実を知っているのでしょう!?」

 

 なんて余計なことを! 

 

「……何の話かなー」

 

 内心はらわたを煮えくり返らせながら、表情としては何の変化もない彼女に、ディストがじたばた駄々をこねていた。

 

「キイィー! この期に及んでとぼけるつもりですか! あなたが「今のうちにどこからでもいい、避難を続けて!」

「私の話を聞きなさーい!!」

 

 わざとらしく耳を塞いでディストを無視するスィンに腹を立て、彼は譜業兵器を動かし始める。

 スィンに迫るアームを取り出した槍で払い、珍しくルークと並んでジェイドが前線に立った。

 

「詳細は後で話してもらいますよ」

「嫌でーす」

 

 間髪入れず返された拒絶を問いただす間もなく、スィンの詠唱が終焉を迎えている。

 

「セイレネウス・タイダルウェイブっ!!」

 

 限定的に海が召喚されたかと思うと、キャツベルトでの騒動を彷彿とさせる津波が巻き起こった。

 立ち上がった水流にきりきりまいしている譜業兵器は海ではなく地に沈む。その衝撃でセントビナーの門が崩れ落ちた。呼応したように、足元が震える。

 ──崩落の前兆!? 

 

「あああああ! 私の可愛い、カイザーディスト号がぁ!」

 

 門と共にばらばらになったカイザーディスト号とやらの最期を目の当たりにし、ディストが大空で絶叫した。

 

「ぎゃあぎゃあと、やかましいんだよ屑が!」

 

 スィンによる罵声を耳にし、どこかで聞いたような台詞に一同がぎょっとしながらも、共通の人物を頭に思い描いている。

 

「てめぇの顔見てると胸糞悪ぃんだよ、くそったれがぁ! さっさと()ねや!」

「ううう……あの弟子にしてこの師匠といったところですか。口の悪さは天下一品」

「うるせぇ、黙れ、死ね! 誰のこと言ってんだよ、とうとう呆けたか!」

「そんなことを言うとアッシュが悲しみま……」

 

 かこぉんっ! 

 

「避けるな、当たれ!」

 

 無茶な要求を喚いて棒手裏剣による投擲を開始したスィンの攻撃から徐々に遠ざかりながら、ディストは棄て台詞を放った。

 

「お、覚えてなさい! 今度こそおまえたちをギタギタにしてやりますからねっ!」

「おととい来やがれ、てめぇこそ撃ち落としてやらぁ!」

 

 ついには譜業銃を取り出してかけているスィンから逃れんと、ディストは大空の彼方へ逃げ去る。

 

「無駄だとは思うが、念のため追跡しろ」

「はっ!」

 

 ジェイドの命令を受け、マルクト兵数名がディストの追跡に当たった。

 その間に、大地の身震いが激しさを増し、びしびしっと大地にひびが入る。生まれた亀裂はすさまじい速度をもって、どうにか合流できた一行と残された街の住民らをまっぷたつに分断した。

 

「くそ! マクガヴァンさんたちが!」

「待って、ルーク! それなら私が飛び降りて譜歌を歌えば……!」

 

 とにかくどうにかしようと飛び降りかける二人を、ジェイドが制止する。

 

「待ちなさい。まだ相当数の住人がとり残されています。あなたの譜歌で全員を護るのはさすがに難しい。確実な方法を考えましょう」

「わしらのことは気にするなーっ! それより街のみんなを頼むぞーっ!」

 

 もはや叫ばなければ届かないような段差の下で、老マクガヴァンが叫んでいる。気にするなと言われて気にしないようにできる事態ではない。

 

「くそっ! どうにかできないのか!」

「空を飛べればいいのにね」

 

 もはや亀裂が生み出した段差は通常の手段でどうにかできる状態から程遠い。

 苦し紛れなアニスの言葉を受け、ガイがぽつりと切り出した。

 

「……空か。そういえばシェリダンで飛行実験をやってるって話を聞いたな」

「飛行実験? それって何なんだ?」

 

 聞いたこともない単語に一同を代表して首を傾げるルークに、ガイが説明を始める。

 

「確か教団が発掘したっていう大昔の浮力機関らしいぜ。ユリアの頃はそれを乗り物につけて、空を飛んだんだってさ。音機関好きの間で、ちょっと話題になってた」

「確かに、キムラスカと技術協力するという話に、了承印を押しました。飛行実験は始まっている筈です」

 

 ガイの言葉を裏付けるようにイオンが頷いた。

 

「それだ! その飛行実験に使ってる奴を借りてこよう! 急げばマクガヴァンさんたちを助けられるかもしれない!」

 

 彼らの言葉から希望を見出したルークがそう提案するも、ジェイドははっきりと眉をひそめている。

 

「しかし、間に合いますか? アクゼリュスとは状況が違うようですが、それでも……」

「兄の話では、ホドの崩落にはかなりの日数がかかったそうです。魔界と外殻大地の間にはディバイディングラインという力場があって、そこを越えた直後急速に落下速度が上がるとか……」

 

 ガイの提案、ティアの話。僅かなものでしかないが、希望に僅かもへったくれもない。

 

「やれるだけやってみよう! 何もしないよりマシだろ!」

「そうですわね。できるだけのことは致しましょう」

 

 すがれるものにならなんだってすがる。結果がどうなろうと、何もしないよりも見出せるならば。

 

「シェリダンはラーデシア大陸のバチカル側にありましたね。キムラスカ軍に捕まらないよう、気をつけていきましょう」

「よし、急いでタルタロスへ戻ろう!」

 

 キムラスカの王女たるナタリアがいても、彼女を連れていると知られれば話はややこしくなるだろう。一同は足早に、きびすを返してセントビナーを出た。

 馬車等は全て避難民たちが使用しているため徒歩だが、この際贅沢は言っていられない。

 

「そういやお前、術使って大丈夫だったのか?」

「平気平気。今までは、少ないフォンスロットで無理に術を使っていたから」

 

 平然と一同の歩に合わせている彼女から、無理をしている素振りはない。

 そんなスィンに、アニスからとある話題が振られた。

 

「ね、そういえばスィンはやっぱりアッシュの師匠だったの?」

「やっぱり、って?」

「結構前の話だけど、鮮血のアッシュはヴァンとシアの子供で、二人が師匠でもあるから出自不明でも六神将に取り立てられたって……」

 

 ティアの問いにアニスが答える。それを聞きつけて、スィンは盛大に噴き出した。

 

「あ、あっ、アッシュがヴァンと僕の子!?」

「う、うん。そんな噂が流れてたけど……」

 

 顔を真っ赤に染めて「あんなでかい子供生めるか」だの「なんでそういうことに」だのぶつぶつ呟き始めたスィンに対し、ガイは珍しく半眼になって彼女を見ている。

 

「ほー……お前、アッシュの正体を知っていながら自分の子供みたいに接してたのか?」

「違います、誤解です、そんなことしてません! そ、そうだ。アッシュの師匠の話だけど、正確にはヴァンだよ。僕は彼がアッシュに教えた技術の反復と補足をしてただけだから。シグムント派の技術は門外不出だから、アルバート流の剣術しか教えてないから、実質ヴァンが教えたのと変わりな──」

「ものすごい不自然な話のそらし方だな」

 

 氷点下まで落ち込んだ主の声を聞き、スィンは首をすくめて黙り込んだ。それでも、謝ったりしないということは、嘘は言っていないのだろう。

 アッシュのことになるとやはり不機嫌そうな表情を隠さないガイの気をそらすためなのか、はたまた自分の好奇心に従ってのことか、ジェイドがこんなことを言い出した。

 

「ということは──ヴァン謡将と付き合っていない、というのは嘘ですか」

 

 しばしの黙想を経て、スィンは自分が言った言葉を思い出している。

 唐突に、その手がぽん、と叩かれた。

 

「あー、キャツベルトでの。でも僕、『付き合っていない』なんて一言たりとも言ってませんよ」

 

 開き直りにも近い態度で、暗に付き合っていたことを認めるスィンに、ジェイドはにっこりと微笑みかけている。

 

「なるほどなるほど。あなたに対するアッシュの態度も相当納得しかねるものでしたが……これでやっと合点がいきました」

「……何かあったのか?」

 

 自分が抜けていた時期の話になり、ガイがわずかに険のこもった声音で詳細を尋ねてきた。

 これ以上話をややこしくしないためにだろうか、アニスがどうでもいい話題を取り出してくる。

 

「じゃ、じゃあ実はスィンってものすごく口が悪くて、それがアッシュにうつっちゃった、てこと!?」

「……さあ、どうだろうね。自分じゃよくわかんないけど。ディストもああ言ってたってことは、そうなのかもしれない。どうでもいいけど」

 

 それはさておきシェリダンへ急ごう、という気の抜けたスィンの号令の元、一行はタルタロスへ急いだ。

 航行中、どうにも機嫌が直らないガイにスィンがシェリダンの話を振り、皆を巻き込んで彼の機嫌回復に努めたのは、些細な(エピソード)である。

 

 

 

 

 

 




「ところで生体譜術ってなんだ?」
「身体に直接影響を及ぼす類の術ですね。用途は様々ですよ。肌を綺麗にしたり、鼻を高くしたり、背を伸ばしたり、脚を長くしたり、胸を大きくしたりできます」
「すごい術があるもんだな」
「でも、禁術なのですよね」
「ええ。譜術なのでいつかは解けるものなのですが、その解けた時が大変悲惨でして」
「悲惨」
「脚を長くした者は脚が腐り落ちる。肌を綺麗にした者は肌が爛れて、人のものではなくなる。鼻を高くすればもげて、胸を大きくした者は信じられないほど垂れる」
「あっ、胸は落ちないんだね」
「でも、足元まで垂れるらしいよ。歩くたびに胸を蹴るって、やっぱり悲惨だよ」
「その悲惨なことになる術を事もあろうに全身に使っていたのはどなたですか……」

※ファンタジー版美容整形手術。魔法は解けたその後が怖いということで。
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