the abyss of despair   作:佐谷莢

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第四十六唱——暴かれざるは更なる謎、隠蔽は罪となりえるか

 

 

 渓谷沿いに道なき道を行き、一行は突風が好き勝手に暴れる荒涼とした高原にたどり着いた。

 

「あれがそうね」

 

 ティアの視線の先には、話に聞いていたアルビオール初号機が崖の端にどうにか、といった風情でひっかかっている。

 

「あれ……なんかやばそう。今にも落ちそうじゃん」

「まずいですね。下手をすると私たちがたどり着く前に落ちるかもしれません」

 

 二人の言葉を肯定するように、黒を基調とした機体は風にあおられ、ゆらゆらと揺れていた。おそらく、まずい方向にあと一度でも突風が吹けば、最悪の事態が訪れることだろう。

 

「落ちたらどうなる?」

「操縦士は助からないでしょう。浮遊機関も壊れるかもしれません」

 

 淡々とした声音に一同は絶句し、どちらの被害も思ってか、ミュウが甲高く叫んだ。

 

「大変ですの!」

 

 その声に頷き、こうしちゃいられないとガイが提案する。

 

「発射装置は機体の両側から打ち込まなきゃならない。二手にわかれよう!」

 

 やっぱり、という呟きは、幸いにもティアの声で綺麗にかき消された。

 

「どうわかれましょうか。ガイとスィンは別行動として──」

 

 公正なるじゃんけんの結果、スィンはルーク、ジェイドと共に、ガイはスィンを除く女性陣と共に行動することに決定する。

 

「よかったですねーガイラルディア様ー。ハーレムですよハーレム。両手に花どころか抱え切れないほどの花束じゃないですか」

「は……ははは……」

 

 嬉しいような怖いような。複雑そうな彼に首から提げたロケットを押し付けると、スィンは短く「お気をつけて」と囁いて右のルートを取ったルークたちに続く。

 

「ガイの奴、大丈夫かな」

「女性が大好きだと公言しているんです。大丈夫でしょう」

 

 好き勝手に向こうの様子を想像している二人をちらりと見やり、スィンは歩く速度を少しも緩めないで嘆息した。

 

「どうかしましたか?」

「……それに比べてこっちは、華がないっていうか、治癒術士がいないっていうか」

 

 耳ざとくスィンのため息を耳にしたジェイドがごく自然に質問し、ついうっかり本音が口をつく。

 

「そういえばそうでしたね。第七音譜術士(セブンスフォニマー)を二手に分かれさせて安心していましたが──いい機会ですので、使えるようになってください」

 

 真顔でそんなことを言い出したジェイドを半眼で見ながら、スィンはふっと洩らした。

 

「まあ、不可能ってわけじゃないけどさ──」

 

 とそのとき。風の声とはかけ離れた、ひどく低い唸りが全員の耳朶を刺激する。

 

「な……なんだ?」

 

 ルークの声に反応せぬまま、一行が耳を済ませた。唸りはやがて、特徴的な鳴き声へと変化する。

 

「魔物だ……かなり近い!」

 

 スィンの声に警戒を強めた彼らは、後ろを見たジェイドによって戦闘体勢へと移行した。

 

「後ろです!」

 

 各々の武器を手に取りながら見れば、そこには背中にいくつもの剣をつきたてた巨大なトカゲが立っている。身の丈が見上げるほどもあるトカゲは大きく咆哮を上げたかと思うと、三人に向かって突進してきた。

 

「うぉっ!」

 

 分散し、突進を回避する。後ろからジェイドの詠唱が聞こえてきた。ルークは前線での戦いに勤しんでいる。

 ジェイドの護衛をするよりは、ルークの補佐をしたほうがいいかとスィンが考えたそのとき。

 

「がっ……!」

 

 剣山トカゲは、自分の動きを阻害するルークを排除せんと巨大な尻尾を旋回させた。相手より上の機動力で後ろへ回りこみ、油断したのがいけなかったのだろう。

 直撃を受け、荒野に転がったルークは地面に伏したまま、身動きをしない。

 

「ルーク!」

 

 ジェイドの詠唱が完成したのを見て、彼の元へ駆け寄ろうとし、思いとどまる。傍へ行ったところで、治癒術が使えないのであれば意味がない。

 炎にまかれて悲鳴を上げるトカゲの足を切りつけ、体勢を崩すと、スィンは一気にその背へ駆け上がった。剣山と化している背中、適当に内二本を両手で掴んでその場から飛び降りる。スィンの体重で引かれた剣が、トカゲの背中を容赦なく抉った。

 痛みか、怒りか。

 雄叫びを上げて身震いした拍子に地面へ着地すると、その間にも続けていたジェイドの詠唱が完成した。

 

「終わりの安らぎを与えよ──フレイムバースト!」

 

 収束した第五音素(フィフスフォニム)が、対象に小規模な炎の爆発を浴びせる。未だ起き上がらないルークを目の端に留めたまま、スィンもいささか早口で詠唱を完成させた。

 

「炎帝に仕えし汝の吐息は、たぎる溶岩の灼熱を越え、かくて全てを滅ぼさん! サラマンド・フィアフルフレア!」

 

 展開した譜陣が、体中を焦げ付かせた剣山トカゲを取り巻いた。地面から吹き出した灼熱がトカゲを蒸し焼き、更に発生した火焔の柱が渦となり、その絶叫をもかき消している。譜陣が消え失せる頃、剣山トカゲはその姿の残滓も残さず抹消されていた。

 が、今はそれを喜んでいる場合ではない。

 脅威が消えたことを確認したジェイドは、一足先にルークの元へ駆け寄っている。

 

「ルークは!?」

「……非常に危険な状態です。グミを受け付けてくれません」

 

 見た目気絶しているようにみえるが、あんな太い尻尾の一撃をまともに受けてしまったのだ。

 ティアたちがいない以上回復はグミを使うしかないのだが、それが食べられないとなると──

 

「あ、そうだ。口移し!」

「では、発案者にお願いします──と言いたい所なのですが、無意味です。グミは中身を口腔で吸収し、治癒を促すものですので、あくまで対象が噛まないと意味がありません」

 

 知って得するマメ知識だった。が、それでどうしろというのだろうか。

 

「……」

「スィン。一応聞いておきますが、本当に使えないんですね?」

 

 この非常時にもかかわらず、ジェイドは探るような目でスィンを威圧している。

 その気迫に臆することなく、どこかすがるような目でジェイドを睨んでいたスィンだったが……こんなことをしている場合ではないとばかり、ルークの傍らに膝をついた。

 

「……使えないのは本当だよ。治癒術は、ね」

 

 衝撃の一言に、ジェイドは目を見張り──耳を疑った。

 

「命よ健やかであれ。心安らかな癒しを、あるべき姿を」

 

 ♪ Lou Rey Qlor Lou Ze Rey Va Ze Rey──

 

 ルークを中心に、広範囲の譜陣が緩やかに展開し、温かな光がルークのみならず、スィンやジェイドをも包み込む。

 輝きの抱擁は先の戦闘にて負った傷を癒した。

 

「……譜歌、ですか?」

「肯定、です。できれば今は何も訊かないで、その時がきたら納得してくれるのがベストなんですけど」

 

 顔色が格段によくなったルークをゆさゆさと揺すれば、折れていたあばらに違和感を覚えたのか。患部を軽くさすりながら起き上がってくる。

 

「……あれ、俺……?」

「直撃を受けて倒れられたのですよ痛いところはありませんか?」

 

 いけしゃあしゃあと体に異常がないかを聞き、スィンはルークの無事を確かめて立ち上がった。

 何か考え事をしているジェイドと体を確認しているルークに話しかける。

 

「ガイ様たち、無事かな?」

「──信じるしかありません。こちらも急ぎましょう」

「ああ、そうだな」

 

 先を行く間にも、ジェイドの視線はスィンの方へ行きがちだった。

 単なる譜歌が、あそこまで強力な回復を促せるはずがない。ティアが歌っていたものと酷似している気がするし、なによりそれが使えることを隠していたということは──

 またも浮上してしまった彼女の謎を振り払うように、彼はしんがりを努めつつも軽く首を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間に合った!」

 

 一行がもっとも問題の崖に近い距離まで来たとき、向こう側ではすでに準備が完了していた。ジェイドがルークに背負わせていた発射装置をスィンへ渡し、その発射装置をスィンが素早く起動させる。

 間に合ったとはいえ、近くで見るアルビオールは本当に限界のような気がした。

 突風でなくても、気まぐれな風が吹き続ければ、もう落ちてしまうような危うさがある。

 

「そちらの準備はいいですか?」

 

 スィンの準備が整う前に、ジェイドが風に負けない大声で向こう側に立つガイに呼びかけた。

 

「いつでも大丈夫さ!」

「行きますよ!」

 

 スィンの『OK』サインを受け、ジェイドが号令をかけた。発射装置のワイヤーが機体にまきつく、そのとき。

 アルビオール墜落の原因と考えられるメジオラ突風が、嵐を思わせる凄まじさで吹きぬけ、機体が大きく揺れ動いた。

 

「あーっ!」

 

 ワイヤーが風にあおられ、ガイの放った発射装置が不発に終わる。スィンの放ったものはどうにか巻きついたものの、アルビオールを支えるには到底足りない。このままでは、浮遊機関はおろか操縦士が死んでしまう。

 発射装置の地面固定を一瞥で確かめたスィンは、張り詰めるワイヤーの上に足をかけた。

 

「スィン!?」

 

 ルークの声を無視して、一気に駆け出す。

 こんな細い綱を渡るなど、幼い頃一度やってそれきりだ。バランスを崩せば、墓を前にして大笑いされること請け合いである。

 それだけは避けたい! 

 大風に身を任せるかのようにたわんだワイヤーを蹴り、アルビオールがかろうじてひっかかる崖に到達する。

 歪んで開かない扉を持っていた工具で取り外し、ぐったりしている操縦士──ギンジを荒っぽく引きずり出そうとした。ひっかかっていた片足を四苦八苦しながら、操縦席から引き抜いたそのとき。

 ぶちん、と音を立てて、ワイヤーが限界に達し、突風をも切り裂く音を立てて、アルビオールが宙を舞う。

 しばしの無重力を体験した機体は、轟音と共に大破した。

 崖から身を乗り出してその惨劇を臨めば、隣でギンジが青い顔をしながら同じように崖下をのぞきこんでいる。

 慰めた方がいいかどうかを思案しているうちに、逆方向から突き刺さるような視線を感じた。

 暗黙のうちにこれから落ちるであろう雷の予告を受け、スィンは小さく唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……お前はどんだけ無茶をやらかせば気が済むんだっ!」

 

 大破したアルビオールから、事情説明を受けたギンジがアルビオールの残骸から浮遊機関を取り出している間に。

 スィンにとってはアルビオール大破時よりも大きく感じられる轟音が辺りに木霊した。

 

「も、申し訳ありませんっ!」

 

 怒鳴られた瞬間に身をすくませ、スィンがその場に平伏する。両手両膝、そして額をしっかりと地面につけた土下座だ。

 が、主の怒りは収まることを知らない。

 

「謝ってすまそうとするな! なんつーことをするんだ、お前は! 一歩間違えればお前だって死んでたんだぞ、それを──!」

「ガイ、その辺にしておきなさい」

 

 顔が上げられないスィンの頭上で、一番予想外の声がガイをなだめにかかった。

 

「ジェイド……」

「誉められた行為でなかったことは事実です。ですが、今は従者の無鉄砲さを責めるときではありませんよ。……行動を起こさなければ、死者が出ていたのは確実でしたからね」

 

 後半、ギンジに聞かせまいとひそめられた言葉に、ガイも沈黙している。

 ジェイドの話は続いた。

 

「あと、今の言葉を聞いてブルーになっている方があちらにいますよ」

「……謝ってすまそうとするな……」

 

 ガイの叱責を自分が起こしたことと重ねたのか、ぶつぶつとルークが呟いている。あまつさえ、地面にのの字を書いてはティアにフォローされている有様だった。

 それを見て、ガイはひどく気まずい思いを抱きながらスィンを見る。

 彼女は沈黙したまま、一向に立ち上がるどころか、顔を上げようともしなかった。

 

「スィン。俺がどうして怒っているのかは、わかるよな?」

「……はい」

 

 小さな小さな肯定が返ってくる。なら、とガイは続けた。

 

「頼むから、あんましぶっ飛んだ真似はしないでくれ。お前は平気かもしれんが、俺は……寿命が縮まった」

 

 もういいから立て、という言葉に従って、スィンは平伏した際に付着した土を払い、顔を上げる。

 色違いの瞳に浮かんでいたのは、謝罪でも反省でもなく、困惑だった。

 スィンが、何かを言いたそうに口を開きかけるも、浮遊機関を手に駆けてきたギンジによって中断される。

 

「助けて下さって、ありがとうございます」

 

 言うのが遅れた、と言って軽く恥じる彼にスィンは向き直った。

 

「……お怪我はありませんね」

「はい。おかげさまで」

 

 それにしてもお久しぶりです、とギンジが切り出すも、当人たるスィンに待ったをかけられる。

 

「一刻を争います。お話はその後で」

 

 了承するギンジに、ルークが気遣わしげに尋ねていた。

 

「ギンジ、動けるか?」

「はい。おいらは大丈夫です」

 

 浮遊機関も無事です、と小脇に抱えたそれを掲げている。

 従者が無茶をしてまで助けた人間を前に叱責を下すわけにもいかず、ガイはどうにか怒りを納めた。

 

「──スィン」

 

 その代わり、でもないが。彼はスィンにロケットを手渡し、告げる。

 

「これだけは言っておく。お前が死んだら悲しむ人間がいるってこと、俺がその例に洩れないことをちゃんと頭に入れておけ」

「……もったいないお言葉です、ガイラルディア様」

 

 どこか寂しげに目をすがめ、彼女は大きく頭を下げた。

 

 

 

 

 




グミについては当作品、このように考えています。間違っても公式設定ではありません。
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