the abyss of despair   作:佐谷莢

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第四十七唱——巡りし罪がもたらしたは絶望

 

 

 

 

「ありがとうございました! おいらは先に、浮遊機関を届けてきます!」

 

 シェリダンへと帰り着き。一同に礼を言って飛晃艇ドックへ駆けていくギンジの背中を見送り、一行は消費した道具の買い出しを行ってからその後に続いた。二号機が完成するまでどれだけかかるのかはわからないが、とりあえず様子を見に行って損はない。

 しかし、彼らは飛晃艇ドックを眼前にキムラスカ兵に呼び止められた。

 

「お前たちか! マルクト船籍の陸艦で海を渡ってきた非常識な奴らは!」

 

 巡回中だったのか、二人組のキムラスカ兵はひどく威圧的な調子で一行に詰め寄った。そのうちの一人が、ジェイドの軍服に目を留める。

 

「む? おまえはマルクトの軍人か!?」

「まずい……!」

 

 ルークは剣柄に手をかけていたが、そんなことをしている場合ではない。説明をしたところで信じてもらえる保証はないし、彼らと戦うのもお門違いだ。そんなわけで。

 

「とりあえず逃げよっ!」

 

 イオンの手を取り、アニスが走り出した。こうなってはもう何を言おうと無駄である。一行は目配せをしてその後に続いた。

 

「捕まえろ!」

 

 がしゃがしゃと音を立てて援軍が続々と集まってくる。

 眼前の飛晃艇ドックへ駆け込み、閂を探したがない。仕方なく、背中で扉を塞ぐガイの隣に立って倣う。

 乱暴に閉められた扉の音を聞いてか、イエモンがひょっこりと顔を出した。

 

「おお! 帰ってきおった! 今アストンが浮遊機関を取り付けとるぞ!」

「怪しい奴! ここを開けろ!」

 

 その言葉に被さるように、兵士の怒声が、荒々しい殴打が扉を介して伝わってくる。

 

「なんの騒ぎだい?」

「キムラスカの兵士に見つかってしまいました」

 

 タマラの問いにジェイドが弁明する。そうか、と彼女は納得したように頷いた。

 

「あんたマルクトの軍人さんだったねぇ」

「この街じゃ、もともとマルクトの陸艦も扱ってるからのぅ。開戦寸前でなければ、咎められることもないんじゃが……」

 

 なんだかひどくのんびりとしている会話だが、扉を抑える二人はたまったものではない。背中にがんがん衝撃が走るあたり、兵士は鉄製の扉を拳で殴っているわけではないようなのだ。

 

「陸艦と言えば、おたくらの陸艦から部品をごっそりいただいたよ。製造中止になった奴もあったんで、技師たちも大助かりさ」

「おかげでタルタロスは、航行不能です」

 

 イオンはジェイドを慮って遠慮がちに言ったが、アニスは比較的合理的な意見を述べている。

 

「でも、アルビオールがちゃんと飛ぶなら、タルタロスは必要ないですよねぇ」

「『ちゃんと飛ぶなら』とはなんじゃ!」

 

 昇降機の中からせり上がり、顔を出したアストンが自信たっぷりに言い切った。

 

「わしらの夢と希望を乗せたアルビオールは、けして墜落なぞせんのだ」

「……墜落してたじゃん」

 

 もっともなツッコミをルークが呟く頃、扉がべこっ、と音を立てて歪んだ。そろそろ限界だ! 

 

「おおーいっ! 早くしてくれ! 扉が壊される!」

 

 その感触に冷や汗をかいたガイが、どうも呑気な空気に活を入れる。

 

「アルビオールの二号機は?」

「うむ、完成じゃ! 二号機の操縦士も準備完了しておるぞ」

 

 ティアが尋ね、アストンが準備は出来ているとの知らせを告げた。イエモンが二人を連れ、昇降機の前に立ち塞がる。

 

「よし、外の兵士は、こちらで引き受けるぞい。急げ!」

「ですが、外の兵はかなり気が立っていますわ。わたくしが名を明かして……」

 

 威勢よく壁役を引き受けるイエモンらに対しナタリアが平和的に解決する道を模索するも、タマラが温和に、しかしきっぱりと首を振った。

 

「時間がないんでしょう? 私たちに任せてくださいよ」

「年寄りを舐めたらいかんぞ! さあ、おまえさんたちは夢の大空へ飛び立つがいい!」

 

 アストンのハッパを受け、一行は頷きあう。はっきり言うと心配だが、他にいい術もない。優先させるべきは、彼らではなくセントビナーの住人たちだ。

 代表して、ルークが頭を下げた。

 

「後は頼みます!」

 

 彼の後を追い、一行が昇降機に飛び乗る。

 ガイとスィンが退いたことにより、破壊され扉を押しのけてなだれ込んできた兵士を前にして、イエモンの決め台詞らしい口上が聞こえてきた。

 

「この先にはいかせんぞい! わしらシェリダン『め組』の名にかけての!」

 

(元気な人たちだなあ……)

 

 二年前のあの日、浮遊機関を預けにきたときと全然変わっていない。一人か二人いなくなっているかもしれないくらいには考えていたのだが。

 昇降機が降りきったその先は、大規模な格納庫になっていた。大破したアルビオールとフォルムは酷似した、しかし塗装は正反対の白を基調とされている機体のタラップに乗り込むと、その先には飛行服に身を包んだ少女が背筋を伸ばして立っている。

 

「お待ちしておりました」

 

 少女は乗り込んできたルークたちに微笑みかけた。

 

「あんたは?」

「私は二号機専属操縦士、ノエル。初号機操縦士ギンジの妹です」

 

 兄がお世話になりました、と、深く頭を下げている。

 

「兄に代わって、皆さんをセントビナーへお送りします」

「よろしく頼む!」

 

 ルークたちが全員乗り込んだのを見て取った彼女は、頷いて軽やかにコクピットに座った。どこをどう操作したのか、滑走路に続くゲートが開いていく。

 

「さあ、行きましょう!」

 

 ゲートが開ききったのを見て取り、ノエルはゴーグルを装着した。機体に細かな振動が走り、窓から見える、左右の翼に取り付けられた円筒形の筒からちらちらと光が洩れる。

 

「……アルビオール二号機、発進します!」

 

 わずかな緊張と、それを大きく上回る期待を乗せ、ノエルは掴んでいたレバーを大きく引いた。

 円筒形の筒から青白い輝きが放たれ、ぐんっ、と搭乗者たちの体に重力から解放される際の圧力がかかる。

 そして窓の外を見やれば──もうシェリダンが小さくなっていた。

 

 

 

 

 

 初めての飛行に一同のほとんどが興奮しきった頃。これまでの行程を考えれば信じられないほどの速さで、セントビナーの街が見えてきた。

 

「良かった……まだあった」

「縁起でもないことを言わないでください!」

 

 思わず本音を洩らせば、ナタリアの叱責が飛んでくる。スィンの軽口に彼女が反応してしまうほど、セントビナーは危うい状況にあった。

 一応ディバイディングラインは越えていないものの、ゆっくり、じっくり、そして確実に街は陥没しつつある。

 ノエルに頼み、アルビオールをセントビナーの広場へ着地させ、大勢で行っても仕方がないと、ルークとジェイドが代表してセントビナーの地へ立った。

 

「マクガヴァンさん! みんな! 大丈夫ですか?」

 

 彼らが姿を現すと、無事な家々に隠れていた住民たちが、老マクガヴァンが駆けてくる。

 

「おお、あんたたち。この乗り物は……!」

「元帥。話は後にしましょう。とにかく乗って下さい。みなさんも」

 

 てきぱきとしたジェイドの指示で住民を収容していくと、ずずずずっ、と地滑りのような音が聞こえてきた。

 あえてそれを聞かないフリをして──下手に知らせれば彼らはパニックに陥るだろう──全員を収容する。

 

 アルビオールが再び飛び立ったそのとき、セントビナーは最後の一線を越えた。

 

 大地のひび割れは地割れとなり、ぼこりと陥没していた箇所はこらえきれなくなったように落下を始めていく。一際巨大な塊が──セントビナーの大地が魔界の海に着水するのは、そう時間のかかることではなかった。

 着水と同時に大規模な津波が起こり、どこまでもどこまでも波紋を広げていく。

 今住民たちは貨物室にいるためその光景を拝むことは叶わないが、これを見たら、否、この魔界を見たらどう思うだろうか。

 スィンはスィンで思うところがあり、ぼうっとして変わり果てたセントビナーを眺めていたが、扉が開く音がして我に返った。

 そこには、豊かでユーモラスな印象の髭がチャームポイントの老マクガヴァンが立っている。彼は窓の外に広がる光景を一瞥し、どうにか動揺を抑えた後で深々と頭を下げた。

 

「助けていただいて感謝しますぞ。しかしセントビナーはどうなってしまうのか……」

「今はまだ浮いているけれど、このまましばらくするとマントルに沈むでしょうね……」

 

 彼の疑問に、ティアが痛ましげに真実を答える。収まった彼の感情はあっさりと浮き彫りになった。

 

「そんな! 何とかならんのか!?」

 

 すがりつくような彼の問いに、言いにくそうなティアに代わって、スィンが自分でも平坦だとわかる声音で答える。

 

「このまま放っておいたら、一月くらいでこの海に呑まれると思う。ここはホドが崩落したときの状況に酷似しているから」

「ホド……そうか……これはホドの復讐なんじゃな」

 

 ──そうか。この人はマルクト軍の元帥だったんだっけ。

 

 肩を落として小さく呻く老爺を、スィンはどうしても冷たくなってしまう視線で見た。ある意味では、その通りである。

 ジェイドは沈黙し、ティアが不思議そうにしているものの、真相はそう遠くない未来に明らかとなるのだ。今真実を語る必要はない。

 

「……本当になんともならないのかよ」

「住む所がなくなるのは、可哀想ですの……」

 

 しばらく押し黙った後で、沈黙を破るようにルークが呟いた。ミュウも過去を思い出してか、泣きそうな声で訴えている。

 う~、と唸っていたアニスだったが、こちらはすぐにかぶりを振ってしまっていた。

 

「大体、大地が落っこちるってだけで常識はずれなのにぃ、なんにも思いつかないよ~。超無理!」

 

 もっともな意見であったが、だからといって何の解決策にも繋がらない。

 

「そうだ、セフィロトは?」

 

 唐突に、本当に唐突にルークが提案した。

 

「ここが落ちたのは、ヴァン師匠(せんせい)がパッセージリングってのを操作してセフィロトをどうかしたからだろ。それなら、復活させればいいんじゃねーか?」

 

 これしかないとばかりにルークが勢い込むも、ティアが現実をもって押し留める。

 

「でも私たち、パッセージリングの使い方を知らないわ」

「じゃあ師匠を問いつめて……!」

「おいおいルーク。そりゃ無理だろうよ。おまえの気持ちもわかる……」

 

 その言葉は、他でもないルークによってかき消された。

 

「わかんねーよ! ガイにも、みんなにも!」

「ルーク……」

 

 ティアの呟きも、悔恨に満ちたルークには届かない。

 

「わかんねぇって! アクゼリュスを滅ぼしたのは俺なんだからさ! でもだから、なんとかしてーんだよ! こんなことじゃ、罪滅ぼしにもならないってことぐらいわかってっけど、せめてここの街くらい……!」

「ルーク! いい加減にしなさい。焦るだけでは、何もできませんよ」

 

 あまり聞いたことがないジェイドの怒声を受け、ルークはびくりと体を震わせ、沈黙した。

 

「とりあえず、ユリアシティに行きましょう」

 

 怒鳴った自覚はあるらしく、声音を平静なものに戻したジェイドの言葉が続く。

 

「彼らはセフィロトについて我々より詳しい。セントビナーが崩落しないという預言(スコア)が狂った今なら……」

「そうだわ。今ならお祖父様も、力を貸してくれるかもしれない」

 

 ティアの言葉に頷き、ジェイドはルークを一瞥もしないまま、だがひどく感情のこもった声でルークに言い聞かせた。実に珍しい光景である。

 

「それとルーク。先ほどのあれはまるでだだっ子ですよ。ここにいるみんなだって、セントビナーを救いたいんです」

「……ごめん……そうだよな……」

 

 視線を落とし、床を見つめるしかない、皆に合わせる顔がないといった風情のルークに、ガイが極めて軽く肩に手を置いた。

 

「まあ、気にすんな。こっちは気にしてねぇから」

「では、アルビオールを発進させます」

 

 平静なノエルの声に、ルークは軽く頬を張って気を取り直しているようだった。

 

 

 

 

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